80. ☆「破滅への足音」
「――なんで助けたのよ。あんたを化け物呼ばわりしたのにさ」
暴漢どもを撃退ののち、デオッチェに上着をかけて切り株に座らせ、落ちついたところに少しずつ答える。俺でなくルーシーの意思が。
「昔世話になった恩人に言われたんだ。『悪を野放しにすればどこかで同じことをくり返す、そうなれば見過ごしたお前の責任だ』って」
「……」
「それに、君が俺の仲間だったってことに変わりはないからな」
俺が言い終えたあとデオッチェは頭を上げて、
「ばかね、今も仲間よ。大切な、ね」
と、立ち上がってこの胸に顔をうずめてきた。
「ごめんなさい、本当に――本当に」
「いいんだ。確かにこの力は異常だ」
「それでこれからはどうする気なの」
「また旅に出る。もっと遠い地へな」
「なら私も行く。傷つけたのを償う」
「デオッチェ――。ありがとう――」
「まずはこれがその証。受け取って」
月に煌めく大きな瞳が閉じられる。薄く紅の塗られたその光を、この影が覆うのはすぐだった。
「――ごめんね、ちょっと汗拭くね」
そしてその後、その夜。枕をともにしているこの子への感情が、ルーシーの抱く想いが俺にも流れ込むように頭の中で統合されていく。
“彼女は俺を化け物と呼んだが【死超星】は受け入れてくれた。ならばこれからはこの子を守るために生きよう。たとえ呪われた力でも”
と、こんな風に純粋な愛しさに変わっていく。
「あのさ」
やがてベッドの中の静寂がゆっくり破られる。
「新天地じゃさ、ふたりで静かに暮らしたいな」
「――冒険者はもう引退したい、ってことか?」
「戦う以外なら何でもいいかな。商売とかでも」
「そうだな。俺もこれは二度と使いたくないよ」
「【反逆の刃】――だったっけ。その力の名前」
「ああ、俺が“怒り”を向けた相手は必ず倒れる」
「ならもし夫婦喧嘩になれば私、死んじゃうね」
天井に視線を背け笑う顔をこの手で強引にもとの位置へ戻し、この唇で発した言葉を戻させる。
「そんなこと言うな。君を傷つけるわけがない」
「本当?」
「憎しみなんて抱くものか。力を律してみせる」
「私のこと、ほんとにほんとに怒らないの??」
「当然だろ。好きだから……愛してるんだから」
「じゃ、私のために死んでくれるってことね?」
「えっ?」
「“即死”すれば力は発揮されない。そうよね?」
その時首の後ろにズブリ、何かが鋭く突き刺さった。一瞬だった。激痛すらすぐ消えたほどに。
「はい、こいつの革袋。約束の金よ」
「おお、150はあるかこの中身!?」
「それでも全然ね。本当なら666万の儲けだったのにこのクソ野郎、勝手に辞退しやがったのよ」
「666万!? もったいねーっ!!」
「こんな何発もさせて150万じゃね。私も買い叩かれたものよ」
ここからも刹那だった。判断が遅れてればそこで終わってた。
刺された刃物を抜いて即座氷で止血して【増幅の光】で治癒。まさに紙一重の一歩手前だった。
「おい、野郎起き上がったぞっ!?」
「ウソ、何してんのよ下手くそ!!」
意識が戻ったと同時、右手に握られる異常なほどの冷たさ。この女俺を、俺たちをはめたのか。
思考が追いつかない。だが次の瞬間には【反逆の刃】を横一閃に、本能のままに振るっていた。
「きゃあああああああああっっ!!」
悲鳴をあげるデオッチェをよそに、押し入ってきたその男たちは無言のまま肉塊となり果てた。
こいつらは、さっきの連中だ。すべては狂言だったってのか。
「ちっ違うっ、違う違うの!! おっおおお願い信じて!! そうよ、もっもももう一度抱いて!! あなたを愛してる、証明する!!」
深い不快な水中へゴーグルなしで潜るように。眼球からの水分がすべて流れ出たみたいに歪み乱れる視界で、剣を静かに振り下ろす――
* * *
(【死超星】め、とうとうカタギに手をかけたか! 近隣各所に手配! 応援をもっと募れ! 生死は問わず、報奨金3,300万ポッチ!)
……
「いたぞ!! 皆こっち――ギャアアアッ!!」
風を切り肉を斬る。俺が駆ければ首も欠ける。
ひたすらに突き進みながら追っ手を斬り刻む。
「グオ!!」「ゲギャ!!」「あばばあん!!」
ただ走ってるだけ。絶えず生じる斬撃を纏い。
逃げ惑ってるだけ。氷の剣を握りしめたまま。
「ゴア!!」「グギョ!!」「あんごらっ!!」
死んでく、殺してく。何もしてないのに人が次々倒れてく。【反逆の刃】が勝手に襲う。しかも今回はいつまで経とうとも終わらない。
そう、この身にまるで鎧のごとく張りついてる蒼白い太刀筋は、敵を斬っても降り注ぐ赤黒い返り血の雨までは拭い取っちゃくれない。
俺自身を助けてくれても、心までは護っちゃくれないんだ――
「俺はどれだけ走ればいい……? どこまで逃げればいい……」
憤怒と復讐心が暴走し両脚が無限に動き続ける。夜はもうとっくに明けてるのに目の前が暗い。
そう、これが本当の【死超星】生誕の日。だがこの時の俺たちは自らの慟哭を壊れたナビとして、ただ道なき道をさまようのみだった。




