70. 「追憶――邂逅」
『我が君よ。出陣の前に、是非とも一献賜りたく』
『よかろう。それでは酒と水――どちらを望むか』
『酒を。この命は未来永劫我が君のもの。水盃など無用にありますれば』
『ほう、あくまで勝つ心づもりであるか。流石は我が自慢の“懐刀”よな』
『――あ~美味い! そうコレよコレッ。こんなふざけた負け戦、呑まなきゃやってらンねェっつうの』
『おっ、おい一体なんとしたのだ夜刀よ。もっ、もう酔いが回ったか?』
『否、わらわは常に正気にて御座います。これも今後の去就が為、今世の言葉を学んでおります処にて』
『フフ、徹頭徹尾生き残る気概か。成程、すべて終わりしのちは野に下るもまた一興――やも知れぬな』
『その時もいつまでも、この魂はとこしえに我が君のお傍に。さあ、みなが首を長くし待っております』
蒼月の下に照らされ夜風の中美しく舞い流れし双翼は、かたや光をも蛇の一呑みにするがごとし漆黒。
そしてそれを伴った、星屑のように煌めく白銀が西の空を指し雄弁に語る。己が身を崖下より見上げる、また三色の影へと――
『荒ぶ嵐は鎮んだ、照る陽も没した! 残るはわたしとそなたらのみ!』
『さあ皮肉に笑え、天の悪戯に猛よ! この地を救うは夜に追いやられし我ら“日陰者”であることに!』
『仇敵は我が国を嘲った、黄の猿と! されどかつての我が友はこう讃えた! 光輝けし“黄金郷”と!』
『今こそがまさにその誇りを示す時! 猿が魂の、黄金の輝きに刮目しその眼を灼かれるは彼奴らよ!』
『敵は光の軍勢、相手に不足はなし! 絶対なる力を弾き返すは、この“月”のもとに集いしそなたらぞ!』
* * *
「夜っさん、ねえ夜っさんってばさあ? 潰れるにゃあちと早くね〜?」
――頭痛とともに目が覚める。開けた視界にナリコとサノさんに、ゲドやマルら見知った連中がいる。
「夢でも見てましたって顔だネ。叔母さんにしちゃだいぶらしくないナ」
ここはさっき入った店か。チッ、この私が寝落ちとはね。これもミカちゃんに会ったせいなのかね――
「ヘヘヘッ夜っさんももう年なんじゃないのォ? アハハ、ハ。――ぐおふえェェェ!? ドゴシャッ」
そりゃお前だよこの女狐め。「玉前を送る。では皆お先に」と肩に担ぐマルを「墓標は殺生石でこさえな」と見送り飲み直す。
「残ったのは叔母さんとアンタか。ハァ、付き合い悪い野郎が隣じゃあしょっぱい6次回になりそうだネ」
「生憎と筋肉にゃ酒は御法度でな。まあおめえ等で勝手にやってくれや」
「もちろん言われるまでもないサ。目指せガンマgtp900! ってネェ!」
ベンチ800kgの脳筋とそれに対抗し自己ベスト666超えを狙う呑兵衛を見てると、いつの間にやらもうひとりいないのに気づく。
「“いつもの”だ。8、9次回あたりで合流するとよ」
ああそう、この前の賄賂のソ〇プ回数券使いきったっつってたし今回は出会い系かな。あの色欲魔め。
「まあ今日ぐらいいいじゃないか。大事な時計を質に入れてまで、ボクら部下たちのために飲み代を工面してくれたんだしサ!」
大事な時計ねえ。アレにとっちゃ200万のロレックス・サブマリーナでも2万のオメックス・シャブリーナでも大差ないけどね。
パイデアだのフェラガモだのブルーナボインだの、ブランドはただ語感で選んでるような野郎だしさ。
「まあ、弟のおれ以上にそんな男の事ァ何でも知ってるこいつも大概よ」
「違う、それは長年ふたり連れ添ったがゆえの“愛”サ。ねえ叔母さん?」
バカどもの顔に水をかけ、ふう、ひとつ寝起きの煙草でもと席を立つ。
「明星くん……大丈夫……?」
そして喫煙所では大学生とおぼしき男女が座ってた。左手で頭を抱える男と、その空いた右手を握り背中をさすってる女の子。
こいつもナリコみたく飲みすぎたのかな。ふと灰皿を見ると同じ銘柄、ブラックデビルの吸殻がある。
ふうん今時の若いのが、しかもこんなの吸ってるなンてな。酔ってるせいも手伝ってつい声をかける。
「ねえ。お連れサン、ずいぶん具合悪そうだね?」
「えっ。あっはいっ、突然こうなっちゃって――」
ここで彼氏が口を開き始め、
「平気ですよ……。少し経てば……よくなるンで」
「ならいいけど無理は駄目よ。ンで、彼女に面倒かけンのはもっと駄目」
「彼女……? 全然そんなンじゃあないですよ……。ほっといて下さい」
即座、女の子が顔を赤くし手を慌てて離す。なるほど青春してンねぇ。
そンじゃ今さっき頬にされてた慰めと労りのキスにも気づいてない片想われ中ってか、いい身分よね。
言っとくけど恥をかかせンのはもっともっと駄目だからね? だなンて心中でニヤついてるとその時、
「ふん……三夜お前、新人のくせに酌もせず油を売るとはいい度胸だな」
あれっ。さっき私、酒の肴にまったく同じの注文して食ったばっかだよねと一瞬見紛うほどの体型した男が部屋に入ってきた。
「怪しいとは思ってたが“そういうこと”か、君も見る目がないな。類とつるんで友になる、自分で自分の肩身を狭くするとはね」
ンで何の騒ぎなの? 察するにバイト先の同僚とかだろうけど、ヒトが一服したいって時に迷惑よね。
「テメーいい加減にしろよ河野……何もしてない人に、一方的によ……」
さあて肴だけにつまみ出すか、と思ったその時。彼氏の方がおもむろにそいつに食ってかかり始めた。
「何だよ、君は関係ないだろ」
「あるね、今のは俺のことだろ。ンで前に俺に歯向かわれたら次は彼女を標的に、か。この卑怯者がよ」
「これは、指導だよ……。先輩として、のね……」
「ふうん、そうか。じゃあいいモノ聞かせてやる」
すると今度は携帯を出して、
《今度の入塾生は問題児ばっかりだなあ。だが全部三夜に回して、仕事をなめてる新人には苦労させろ》
と録音データを流し出した。
《河野先生、ボディタッチが多いんです。それにラインアカも聞かれました。キショすぎます――!!》
そして「貴様……」と、聞いた顔は顔で瞬く間にレア色に戻っていく。
やれやれ、反撃にしちゃちっぽけだな。この程度でイキっちゃってさ。
「三夜さんに謝るなら今だぜ。でなきゃこれグループ本部に送るからな。これが立場を笠に着た報いだ」
まあでもこんな、自分で自分を危うくしてまで抗う不屈の異端者は嫌いじゃない。何より誰かのためにできるのが気に入った。
そして2本目を吸いつつ、私はこの小さな造反劇を見守ることにした。




