50. ☆「Forgiveness」
「とどめはお前がやれ」
アンジュがじっと俺を見据えてくる。視線を反らすことは許されない、そんな力強い光を眼に宿して。
「やれ」
そして剣を差し出してくる。生まれたての小鹿ばりのこの両脚とは対照的な、不動の岩のごとき拳で。
「なあルーシーよ、改めて聞くぞ。この男がこうなったのは2度目だが、では最初に執行したのは誰だ」
「……僕です」
「では、そこの女は?」
「僕……です」
「あの首なしの男は?」
「僕です……」
「そう、その通りだな。すべてお前がやったことだ。なればこそ自分で責任を取るべきだと思わないか」
「せき……に」
「もう一度言うぞ。こいつらには然るべき報いが必要なんだ。悪事がもう二度とくり返されないように」
「……」
「命の奪い合いは確かに苛烈極まりない。しかし感傷に支配されてはならない。哀れむくらいなら殺せ」
責任、然るべき報い。言ってることはわかるし正しいと思う。リアルの俺だって、反撃しないと思って好き放題してくるやつは大嫌いだ。
何が何でもやり返して後悔させたい。“そうしなけりゃそいつはわからない”から。――けど殺すなんて。生きた人間を自ら進んでなんて。
虫ケラをつぶすのとはわけが違うんだぞ。それだって誤って踏んだだけでも嫌な気分になるのに。アンジュの前で石像となるそんな中で、
「わたくしからも、ひとつ言っておきますわ」
と、エブリンも言う。
「我らは来る者拒まず。たとえ実力に差があろうと仲間を追い出したりは致しません。あくまで対等な扱いをします」
「……」
「ですが“いつまでもそのまま”では困るのです。なすべきこと、己が務めはしかと果たして頂かなくてはなりません」
「……」
「個々の関係は同列でも“全”には従ってもらう。そして今がその時で、これがみなの総意です。さあ、おやりなさい」
「……」
「ねえルーシー。『僕は皆さんのために働きます』。あの時の言葉は、選択は、決意は、嘘であったと仰いますの?」
「……」
「自分自身の心から、責任から逃げますの? ――アナタには長くいて欲しいの。だからよくお考えになって下さい」
――剣を受け取る。そうするしかなかった。そして向き直った先の、再び身体を欠損し失血と痛みで虚ろな目をしてるベリィはといえば、
「へへ……ルーシーよ。やっぱ、悪いことはできねえな」
「……」
「因果、応報。マジで全部……自分に返って来るとはよ」
「……」
「今まで、悪かったな。この首でどうか……許してくれ」
これこそ真の虫の息、そんな状態でこれまた蚊の飛ぶような声で言う。そう、こいつには恨みがあった。あの屈辱と激痛――地獄だった。
“ニャァ、ニャァ――”
“クゥン、クゥン――”
だがここで不意に眼前の情景が霞んだ。代わりに視界に入ってきたのは昔リアルで飼ってた愛猫と、前にこっちで殺した魔物のループス。
あの、どっちも最期は苦しんで死んでいった2匹の姿だった。横たわるそれぞれが、ホログラム映像のようにうっすらとベリィに重なる。
「……待ってろ……今」
気づけば俺は刃を置いて、やつの両腕を再び拾ってた。そしてさっきと同様傷の断面を重ね合わせる。
「おい! 何してる!」
最初は何もできずに見殺しにした、次も自分で葬った。では今は。――そうだ、もう昔の俺じゃない。
願い、念じろ。【増幅の光】。治癒能力を増大させていると思い描け。切れた神経を縫合し、失った血液すら創造できると想像するんだ。
「おっ、おおおっ!? オレの腕が、傷が!? また治って――!?」
――できた。さっきの薬とも遜色ない、見事元通りだ。
「どういうつもりだ!」
跪いた俺の後ろから襟首をつかむアンジュに、背を向けつつ答える。
「ごめん、やっぱり僕にはできない。こいつはそこまで救いようのない悪人じゃない――そう思うから」
そしてその握りを払い立って向き合い、今度は彼女の目を見て言う。
「仲間のための一心でここまで耐えてみせて、死ぬほどの痛みをこうして二度も味わったんだ。これ以上はいけない、もうこれで充分だよ」
「それを決めるのは私だ。お前じゃあない!」
「じゃあ意見をさせてよ。この状況を打破できたのは僕の手柄でもあるね。だからここまでにしてくれ」
「何――!?」
「あとさっきのパフィの言葉。『強さとは恨みや報復の、怨嗟の連鎖をそこで止める力』。ならこれで終わりにするのもそうじゃないかな」
「――言ってくれるな。ではもうひとりの功労者にも聞くとしようか」
横を向き「ミカエル、お前はどう思う」と彼女。尋ねられた当人はずっと肩を震わせていたが、やがて顔一面に垂れる金の暗幕の下から、
「はい……さすがに殺さなくてもと思います」
と、涙にむせぶビブラートをか細く発した。
「……(-_-)=3」
「まさか自分の言葉を盾にされるとは――ね」
「これもまたアナタらしさ、なのでしょうか」
「好きにしろ。敵にも情けをかけるその気質、いつか後悔することになってもそれを含めお前の責任だ」
そして俺はベリィの方へと再び向き直って、
「これはさっき散々殴る蹴るしてくれた分!」
「これはあの時カマ掘ってくれた屈辱の分!」
「ンでこれは落とし前だ! 今回全部のな!」
顔面を3発殴った。強く激しく思いっきり。
「皆は無事だった、お前らは死ぬ以上の目に遭った。だったらもうこれで終わりだ。チャラにしてやる」




