↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星輪のギメルス エフェス編  作者: アドム・ザナヴ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/28

第27話 鉱山の蠢く深淵

 エフェスとガルドが石片の入った背負い籠(かご)を引きずりながら坑道の入り口へ向かう中、何人かの見張りとすれ違った。しかし、エフェスが奴隷に紛れ込んだ部外者だと気づく者は誰一人としていなかった。


 ガルドは最初は冷や汗を流していたが、見張りたちのあまりの無関心さに、次第に余裕の表情を見せ始めた。


「やっぱり、あいつらは奴隷のことなんて何も気にしちゃいねぇんだべ。使い捨てて、足りなくなったらまた別の村を襲って新しい奴隷を連れてくるだけの蛮族だからな。変に目立つようなことをしなければ大丈夫だべ」

「そうやね。まぁ、もしかしたら、おいの『奴隷の演技』が上手くなった可能性もあるかもばい!」

「それはないべ。正直、本物の奴隷からしたら、ただ『奴隷ごっこ』をしている子どもにしか見えないべ。もっとちゃんと絶望した顔をしないと、逆に他の奴隷たちに怒られるかもだべさ」

「……ごめんなさい」


 軽口を叩き合っているうちに、二人は坑道の入り口を抜け、外へと出た。

 容赦なく照りつける太陽の光に、エフェスは思わず目を細める。昨夜、闇に紛れて高台から見下ろした時とは、村の印象がまるで違って見えた。


 青白い月明かりの下では、大地が腹をくり抜かれたような痛々しさと不気味な静寂があった。しかし、明るい日の下で改めて見渡すと、そこにあるのは生々しいまでの『過酷な現実』だった。

 北側の川からは強引に引かれた用水路が泥水を流し、南側の赤茶けた山肌には、巨大な獣の爪で抉(えぐ)られたような四つの坑道が暗黒の口をぽっかりと開けている。


 施設を囲む尖った木の柵。中央に墓標のように並ぶ十棟の巨大な木造長屋と、土埃にまみれて点在する二十棟ほどの粗末な小屋。

 それらを睥睨(へいげい)するように、坑道から少し離れた高台には、支配者のものと思われる頑丈な「石造りの家」が傲然(ごうぜん)と鎮座していた。


 そこかしこで、泥と汗にまみれた奴隷たちがうつむきながら重労働を強いられている。

 シギロア村にいたであろうエルフ(植物民族)のような外見の人々も外で作業をさせられていたが、ドワーフたちとは違い、足には鉄の鎖ではなく、分厚い獣の革や硬い木材でできた特殊な足枷(あしかせ)をはめられていた。金属を身につけられない彼らの体質に合わせて、それでも決して逃げられないよう悪辣(あくらつ)に工夫されたものなのだろう。


「おい、エフェス。捨てる場所はあっちだべ」


 ガルドに顎でしゃくられた方向――村の端にある『廃棄用の崖穴』へと歩きながら、エフェスは周囲を観察し、懐に隠した『五葉松の挿し木』を植えられそうな場所を探した。


 ふと、崖壁の近くに、水分を絞り取られ、乾いた荒野の土に辛うじてしがみつくように捻じ曲がって立ち枯れた木があるのを見つけた。あそこなら見張りの死角にもなりそうだ。


「おい、ガルド。あっちの枯れ木のそばに、この木ば植えに行ってよかか?」

「ん? 今はダメだべ。俺たちは石を捨てに行ってるんだ。そんな寄り道をして不審な動きをしたら、四隅にある見張り台の奴らにすぐ射抜かれるべ」

「じゃあ、いつなら良かか? やっぱり、ボルムのおっちゃんが言っとったみたいに昼食時?」

「んだべ。昼食なら、極端に離れなければ食べる場所は自由だし、皆バラバラになる。それに……ご飯時は、奴隷同士でも食べ物を盗む奴がいるから、お互いに警戒して近づかないんだべさ」


 その言葉に、エフェスは胸の奥が冷たくなるのを感じた。

 極限状態に置かれれば、同じ奴隷同士でも食い物を奪い合うようになる。自分もそこまで追い詰められたら、同じように他人から奪うのだろうか。


 エフェスには、迷いの森(レイブードヤアル)を空腹で何日も彷徨(さまよ)った経験がある。あの時は確かに辛かったが、そこには「次はどこへ歩くか」という自分の意志と、果てしない自由があった。

 しかし、ここは違う。四方を囲まれ、自分の意志で動ける場所が一つもない、逃げ場のない「檻」だ。


 広大な自然の中で行くあてがない孤独よりも、この閉塞された暴力の空間の方が、よほど恐ろしく息苦しい。野生児であるエフェスは、獣が檻を恐れるような本能的な恐怖を感じていた。


「……そっか。とりあえず、昼食まで我慢やね」

「……エフェス、ちょっと待つんだべ。前で何か動いてるべ……」


 崖穴に到着しようとしたその時、ガルドが足を止めた。

 エフェスの目にも、異様なものが飛び込んできた。乾いた地面を這うように、ドロドロとした半透明の流体が動いているのだ。


 水たまりが自らの意思を持って盛り上がったような、あるいは巨大な魚の表面のヌルヌルした粘液だけが独立して這いずっているような、得体の知れない気味の悪い物体だった。


「ありゃ、『水坊主(スライム)』だべ」


 ガルドがホッとしたように息を吐いた。


「魔物だけど、こっちからちょっかいを出さなきゃ襲われることもないべ。少し遠回りして避けるべさ」

「えっ? あれが魔物!? なんかフィンネルから聞いとった魔物とは全然違うばい……全然強そうに見えんけど」

「馬鹿、舐めちゃダメなんだべ。魔物はあの水坊主以外にも沢山いる。この荒野で怖いのは、巨大なサソリや蛇の魔物だべ。見張り台の奴らは、奴隷の監視よりも、ああいう魔物から施設を守るのが一番の仕事なんだべさ」

「へー……。で、あの水坊主はどうやって襲ってくると?」

「人間とか動物の『呼吸』に反応して、顔に張り付いて口や鼻を塞ぎ、窒息させるんだべ。寝ている時に襲われたら、音もなく殺されてそれでおしまいだべさ」

「……うわっ、それは怖か……」


 今のエフェスは丸腰だ。もしあんな得体の知れない魔物に襲われたら、ひとたまりもないだろう。

 やはり、何があっても戦えるように武器を常に持ち歩きたいと、彼は自分の無防備な状況に強い不安を覚えた。


 そんなこんなで、二人は『廃棄用の崖穴』の淵へとたどり着いた。

 背負い籠を下ろし、中の石片を穴へ投げ捨てようとした瞬間――エフェスの背筋を、ぞくりとした悪寒が駆け抜けた。


(なんだ……?)


 崖の下を覗き込むが、真っ暗で何も見えない。

 いや、おかしい。今は太陽が高く昇り、強烈な光が真上から差し込んでいるのだ。エフェスの視力なら、外から差し込む光の反射で、どれほど深くともある程度の底の様子は見えるはずだった。


「ガルド、この崖穴って、底は見えんと?」

「見えないべ。この場所は、ちょうど上の岩肌が出っ張ってるから、真上に太陽があっても底が日陰になって見えないってことだべさ」

「……」

「ほら、さっさと籠を空にして戻るべ! これ以上突っ立ってたら、見張りに目をつけられるべ」


 ガルドの言う理屈は分かる。だが、エフェスはにわかに信じられず、吸い込まれそうな崖の淵からさらに身を乗り出して、目を凝らした。


(……いや、この位置なら、やっぱり光の反射が下から少しは見えるはずばい……)


 じっと暗闇を見つめていると、エフェスの目に「それ」が映った。

 ただの岩の陰ではない。真っ暗な闇そのものが、まるで巨大な泥のように、うぞうぞと不定形に蠢(うごめ)いているように見えたのだ。


(影……? 闇が、動いとる……?)


「おわッ!?」


 その光景に目を奪われていた瞬間、エフェスの背負っていた空の籠が背後から乱暴に引っ張られた。

 足枷で足がもつれ、上手く受け身を取れなかったエフェスは、そのまま仰向けに地面へと転げた。


「おらッ! 自殺しようとすんじゃねぇ! ぶっ殺すぞ!」


 見張りの一人が、顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていた。


「この穴に飛び込んで楽になれると思うなよ! お前らは死ぬまで働くんだ! ここで生かされてることに感謝して這いつくばれ! そして、働きながら死ね!」


バチンッ! バチィィンッ!


 容赦のない鞭が、倒れたエフェスの体を何度も打ち据えた。

 エフェスは咄嗟(とっさ)に腕と足を丸めて顔を庇ったが、頭の中は先ほどの「崖穴の闇」のことで完全に支配されていた。


 肌を裂く鞭の痛みなど、どうでもよかった。

 あの崖の底で蠢いていた闇は何だったのか。そこから立ち上ってくる圧倒的な嫌悪感と、本能を逆撫でするような得体の知れない恐怖。それがべっとりと心にへばりついて離れないのだ。


 結局、その不気味な感覚が抜けきらないまま、エフェスは昼食の時間になるまでジークやガルドと共に採掘と石の廃棄作業を続けた。

 その間、ガルドたちが何を話しかけてきても、エフェスは終始上の空で、生返事をするばかりだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。