第三話 お洒落大特訓!?
翌朝──
「……やっぱりいるのね」
目を覚ましたユリアが最初に確認したのは、ベッドの足元。
そして、いた。
『私、三千代っていうの。ミッちゃんって呼んでね!』
テンション高めに手を振る女。足はない。浮いてる。ついでに透けてる。
「……無視するわ」
さくっと無視して布団から立ち上がるユリア。冷たい。冷たすぎる。いや、そもそも浮遊霊に慣れるのが早すぎるんじゃないか?などと誰かがツッコむ隙もない。
『あら、無視?この子、案外女王様気質ね』
背後でちゃっかり分析するミッちゃんこと三千代。ユリアは無言でキッチンへ。朝からゴーストトークなんてしてられない。
ちなみにこのシュタイン侯爵家、使用人ゼロ。家事は全部ユリアの担当。貴族の娘とは?と思わず誰もが一度は問いかけるであろう疑問は、既に心の隅に片付け済み。
当然のようにキッチンにもミッちゃんがついてくる。むしろもう、取り憑いてる。距離感が異常に近い。一定以上は離れられないらしい。なんだそれ。
『手慣れてるわね』
「家が貧乏だから、全部私がやるしかなかったのよ」
『家事スキル、金になるわね……』
おい、ゴースト。いきなり現金の話するな。
そんなわけで、朝食完成。香草香る雷鳥の蒸し焼きに、スパイス効いた火竜の卵のふわとろ焼き。風猪の腸詰めに、薬草入り月麦パン、そして甘酸っぱい星果のコンポート。
出てくるメニュー、どれもこれもファンタジー世界ならではのハイレベル。
ほどなくして登場したのは、白髪混じりの中年男性──ユリアの父、シュタイン侯爵。座ってフォークを手に取り、さあ食べようかというタイミングで、彼の周囲をくるくる飛び回り始めるミッちゃん。
おい。やめとけ。いや、やめろ。
『あらよっ!』
という掛け声とともに、ズボッと侯爵の身体に侵入した。え、えぇ……。
(えっ!?入って大丈夫なの!?)
動揺するユリアをよそに、フォークが宙を泳ぐ。そして──
『おはようと挨拶をしろ。いただきますと言え。朝食をありがとうと感謝しろ』
侯爵の口から、地の底から響くような呪詛ボイスが炸裂。
「ひ、ひぇっ!お、おはよう、ユリア!今日も……朝食をありがとうと。い、いただきます!」
言い終えると同時に、侯爵の体からミチヨがぬるりと抜け出す。
背後に戻ってきた霊は、息混じりに文句たらたら。
『はぁ~。上手く憑依できたけど、疲れるわ。長時間は無理ね。……あんたの父親、ほんと教育がなってないわよ?娘を売ろうとする上に、家事まで押し付けるとか、まあまあのクズよね』
言いたい放題。でも、正論。ちょっと悔しい。
『いい?誰かに“消費”されちゃだめ。親しき仲にも礼儀あり。挨拶も感謝もできない奴には、親だろうと飯を食わせちゃ駄目。これから毎回、私が教育してあげるから』
こうして始まる、シュタイン家の朝の礼儀作法強化週間。
朝食と片付けが終わったタイミングで、ミッちゃんが元気よく声を上げる。
『さぁ、次は学校でしょ?お洒落して、糞野郎に一泡吹かせてやろうじゃないの!』
「……残念だけど、学校は週休日よ。今日と明日はお休みなの」
ユリアは少しほっとした。クラウスの顔も見たくないし、ミッちゃんが何をやらかすかもわからない。
『なんだ~!つまんない!じゃあさ、この世界のことを知りたいから、買い物に行きましょう!』
偶然にも買い出しが必要だったユリアは、その提案にコクリ。
着替えを漁っていると、背後でぽつりとミチヨがつぶやいた。
『あんた、服が少ないのね。それに全部地味……』
母が出奔した際に置いていった服を、ユリアが縫い直して使っている。だから、確かに派手さはない。
『もっと鮮やかで、可愛らしい服でも、絶対似合うと思うけどね』
わかってる。でも、お金がない。
市場では、香辛料の前で足を止めるユリアと、はしゃぐミッちゃんの姿があった。
『あれは何?これは?……あんたの世界、面白いわね!』
そんな彼女が、やたらと人だかりができている、ちょっとお高い有名料理店の前で立ち止まる。
新メニューの考案コンテスト。優勝者には賞金&採用料つき。
『面白そうじゃない!飛び入りもOKみたい。出ましょう!』
「でも私、料理の考案なんて……」
『大丈夫!異世界から来たこのおばちゃんがついてるわ!言うとおりに作ればいいのよ!』
勢いに押されて参加。結果──
“雷獣肉の香草揚げ”と“黒角牛の煮込みスープ”で見事優勝。
しかも料理長からスカウトされるというオマケ付き。「学生だから」と丁重に辞退したが。
『これは私のお陰で得た賞金だから、私の思う通りに使うわよ』
リューデル家への返済の足しにできると喜んでいたユリア、内心で落胆。でも次の瞬間にはそんな気持ちも吹き飛ぶ。
ミチヨが買わせたのは、ユリアに似合う明るく若々しい服、きらめく髪飾り、化粧品まで。
母と買い物に来たことも、自分の物を自由に買ったこともなかった──初めての、心ときめく“自分のための買い物”。
『顔は地味だけど、元が悪い訳じゃない。化粧映えする顔よ』
その確信めいた言葉に、ユリアはぱちくりと目を開いた。
そして翌日、“お洒落大特訓”が始まった。
最新風の服に身を包み、化粧で艶をまとったユリアの姿は、まさに──
別人。
そしてその翌日、学校では。
「誰だ?あの美女……」
「嘘だろ、あの席ってシュタイン嬢じゃないか?」
「マジかよ、あんなに綺麗だったのかよ」
「クラウス、邪険にしたこと、今ごろ死ぬほど後悔してんじゃね?」
そう、ユリアの変貌ぶりは全校中に衝撃を走らせ──
休憩時間にユリアのクラスを訪れたクラウスは、その姿を見て目を見開いたまま──
硬直した。
これが、『お洒落大特訓』の──
確かな、成果である。