「うわいちゃんかんさつにっき」
さて、サンサン商事ともうり連合がバチバチやっていたころ、しまづは絶好調でした。
丁度新年になり、皆が浮かれまくっていました。
株式会社しまづの常務の一人である上井 (うわい)の小さな娘がその当時の様子を日記にしていました。
その名も「うわいちゃんかんさつにっき」
ではその内容を見てみることにしましょう。
一月一日 お父さんはかいしゃの同僚とお酒を飲んでいた。
二日、お寺に行き、お酒を飲んでいた。
三日、神社に招かれてお酒を飲んでいた。
四日、お爺ちゃんの所に行き昼はお茶を、夜はお酒を飲んでいた。
五日、会社にあいさつに出かけ、社長さんたちとお酒を飲んでいた。
六日、主に親戚の女性も含めて集まり、宴会を開き、歌や踊りで盛り上がっていた。
とまあ、こんな感じで毎日人の集まりに行っては酒を飲んでいました。
社長さんにあった時に、もうしんどいから会社を辞めたい、というのが口癖でしたが、社長さんから「今が大事だから!」と言われていつも引き下がっている姿を見ました。
ここ最近何度同じぐちを聞いたか忘れるくらいお父さんは会社を辞めたいと口にしていました。
この日記からも分かる通り、しまづの県では酒は日常にあるもので、会社にも神社にもお寺にも親戚にも、もちろん自宅にもありました。
もちろん常務ともなると酒ばかり飲んでいるわけではなく、会社について話し合ったり、贈り物の交換などもしていたようです。
現在ではお金やお酒がやり取りされていますが、戦国時代には刀などが贈答品としてポピュラーだったようです。
流石に娘のいる前で重要な話はしなかったようですが、それでも会社を辞めたいという愚痴だけは魂の叫びだったのか、娘の前でも自省できなかったようです。
※今回のリスペクト、および参考資料
上井覚兼 (うわいかくけん)日記 新名一仁編著
島津家の老中として活躍、その日記を現代語訳した内容が現在時点で二巻出版されています。
やたら、酒や宴会の話が出てきますが、他にも歴史的に重要な資料が盛沢山の内容なので良かったらご覧になってください。
それと名古屋の至宝「八十亀ちゃんかんさつにっき」




