揺れる人影の怪 4
生まれてからずっと、私はミナを殺す為に生きてきた。
他の怪異達もそうだ。私達はみんなミナを殺すために生まれて、それだけの為に生きてきた。
そこに自我なんて存在しない。要らない。
「可哀想だよ。だって、私を殺そうとすることですら自分の意思じゃないんだろ?」
「違う!!!」
だから、彼女の言葉はただの取るに足らないくだらない言葉のはずなのに、どうして私はその言葉を否定しているの?
その通りじゃないか。これは私の意思じゃない。そう有るべきと生まれた私の言わば生存本能だ。
あぁ。うるさい。うるさい。うるさい!
ミナの首を締めて、私は私の存在意義を果たそうとする。そこにそれ以上の意味は無い。
「っ違、わっ、ない!!ちが、わ、ないっ、だろ?!でも、わ、たし、っは、ちがっ、う!!!自分、の意思でっ、生、きて、う、ごいて、喋っ、て、戦う!!!」
ミナの手がくい込んで私の皮膚に傷を付ける。そこから流れるのは生きているものの証の色ではなく、私が化け物であるとでも自覚させるような黒い霞のようなものだけ。
不安定で不確定で、存在しているはずなのに、朧で、霞のように掴めない。それはまるで私の存在そのもののようで─……。
「っざまぁ、みろっ!」
だから、首を締められながらも笑ったミナが色を付けたように鮮やかに、鮮明に目に焼き付いた。
その時初めて、私はミナを殺す対象としてではなく、生きている者として認めた。
彼女を殺すために生きてきたのに、私は彼女を知らなかった。
───知らなくても問題は無い。私はただ彼女を殺すだけ。
そもそもどうして、私は彼女を殺すために生まれたのだろう。
────理由なんて要らない。ただ殺すために生まれた。
どうして、私は彼女を殺すのだろう。
─────それが私の存在意義だから。
どうして。──殺せ。どうして。──殺せ、どうして。──殺せ。
答えの出ない問いと、生存本能にも似た何かの声が頭の中をぐるぐると掻き回して、息が出来なくなる。
不意に、視界がブレた。
何重にも見える視界の中で、ミナは笑っている。手の力が徐々に抜けていき、苦しそうに眉を顰めて、それでもミナの唇は弧を描いていた。
「─────、」
まるで自分じゃないような声が自分の喉から零れたのが分かった。
「どう、シテ…。わたシ、ミナ、をコロす、ノ?」
疑問を口に出した瞬間、ジッと内側から何かが燃えていくような、消えていくような、そんな音が聞こえた。
ミナの首を締めようとしていた手から急に力が抜けた。いや、違う。私の手は緑の粒子となって消滅していた。
「……な、ンで…」
あぁ。あぁ。何故。どうして。やっと、私は私の意思を持てたのに。
でも、きっとそれがダメだった。
私は、ただミナを殺すためだけの怪異でいなければいけなかった。
─────そこに、理由なんて要らなかった。
「ド、う、シテ、」
ミナには許されて、私には許されないのは何故?
悔しい。ズルい。妬ましい。あぁ、なんて、憎らしい。
きっと今なら私はミナを殺せるのに、どうして、その機会を世界が私から奪うの。
《あなたは役目を違えました。》
無機質な声が頭に直接響いた。男とも女とも取れない機械的な声だ。
《よって、デリートを開始します。》
体が緑の粒子となって空気に溶けて分散していく。
脳が燃えているように熱い。
「──────っ!────っ!!」
叫びたくても声が出ない。焼かれたように喉が痛い。
ミナを殺そうと伸ばした腕はもう半分もない。
サラサラと、私の身体が崩れていく。
《あなたの役割は『更科ミナ』を殺すこと。役目を放棄したあなたには一度消えてもらいます。》
「──っ!──っ!!」
《「放棄していない」。否。あなたは役目を放棄しました。しかし恐れることはありません。他の怪異が『更科ミナ』を殺す、または『更科ミナ』がエンディングに辿り着けば、あなたはまたこの世界に生を受けます。役目を放棄する前のあなたがそうだったように、理由もなく『更科ミナ』を殺すための怪異として。》
「───────!!!」
《怪異は、そうでなくてはならないのです。》
その声を最後に、私の意識はまるで電源を落としたかのようにぶつりと切れた。




