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「ああ、本当。残念だ」


アランは薄い笑みを浮かべると、縋り付くシャルロットを押し退けた。

突然の事でバランスを崩し、無様にシャルロットはその場に尻餅をつく。


「ア、アラン?」

「俺は言った筈だ。此方が用意した台本通り事を進めろとな。なのに何だ、俺とフレイア様を引き剥がす?どの口がそんな事を言う」


アランはあくまで笑顔のまま、シャルロットの顔を鷲掴みする。


「そんな事俺が許さない。そんな事、この世の誰にもさせてたまるか」

「アラン、やり過ぎよ。腐っても相手は公爵令嬢なんだから」

「ええ。ですがフレイア様を罵りました。罰を与えなくてどうするのです」

「この私がやめろと言っているの、アラン。それよりも先に、私に説明しなさい。何故こんな事になったのか全部」


アランはくすりと笑う。


「おや、フレイア様はトリックの種明かしをされるのがお嫌いじゃないですか。ご自身で考え、解き明かすからこそ面白いと仰っていた。仕掛け人である俺からトリックの全貌を語るのは勿体無い」


こいつ、この悲惨な状況がトリックの一環だと言うのか。ジュールはシャルロットの勢いが無くなったこの隙にとアレク様の側へ駆け寄り、心神喪失といった様子の兄を支えている。近くから自分の侍女を呼びシャルロットに倒された取り巻きを含め男爵令嬢達を救護室へ連れて行くよう指示を出した。そして彼らが連れられて行くのを確認してから私も口を開いた。


「トリック?これが、私の好きなミステリだというの?」

「はい!俺がフレイア様に用意したトリックですよ。全ての糸を引く黒幕を手酷く成敗する展開が好きだと聞いたので」

「ええ、そうよ。黒幕は最後まで悪でなくてはいけない。蛇足程度の改心や謝罪など必要ない。だけど、この場合の悪とは、お前の事を言うのでは?」

「そうですね。この女が口走ってしまいましたから。台本通りに進めば、俺がワトソン役としてこの悪役令嬢という黒幕を成敗する筈でしたのに」


何がそんなに面白いのか。アランはずっとにこにこと笑ったままだ。だが頰は少し赤く染まり、私に責め立てられているこの状況を楽しんでいるように見える。


「俺は『小説愛好会』の視点では純粋なワトソン役。『婚約破棄物』の視点では無事王太子と男爵令嬢を返り討ちにした主人公を側で支える後釜役ですよ」

「では、私視点だと何役だと言うの」

「ええ、そうですね。それは俺よりアガサの方が詳しいのでは?彼女の書く小説は大変共感が出来、好ましく思います」


アガサ?そういえばアガサはどうしただろうと振り返ると、緊張した面持ちのままヴァンと共に私の後ろで事の成り行きを見守っていた。王は先程までの剣幕は何処へやら。今は気分が悪そうに顔を青く染め、衛兵に椅子を持って来させている。ジュールはその様子を心配そうに見やるが、自身が背中を摩る事はしない。


何故王はそれ程まで具合が悪そうなのだろう。実の娘に責められたから?いや、それくらいで折れかけるような人間は王など出来る筈がない。そういえば男爵令嬢も後半はただ涙を流すのみで、小説の中の男爵令嬢のように見苦しく言い訳や開き直りの言葉を並べる事はなかった。王太子も取り巻き達も、シャルロットに怒りの矛先をぶつけるような事もない。一人は襲いかかったが、あれはプライドを酷く傷付けられたからだろう。男尊女卑の固い考えを未だに持つ貴族もいる。そんな奴の子供もまた同じ思考を受け継ぐのだ。

第四王子は未だにけろりとした様子で、今の現状が理解出来ないのか私達を交互に間抜け面で見ていた。

だが先程までその第四王子に黄色い声を浴びせていたシャルロットの取り巻き達もまた、顔色が優れない。これは何かあると踏んでいいだろうな。

そして最後に、黒幕に相応しい恍惚とした表情を浮かべるアランに視線を戻す。


「アラン。正直に全て、私に白状しなさい。いい?私のノックスと言う名の元となった偉大な小説家の定めた十戒に反する事は許さない。自分がワトソン役だと言うのなら、判断や思考を全て読者に提示しなければならないのよ。そうではないとミステリは成り立たない」


「はい。フレイア様がそうお望みなら喜んで全て白状いたしましょう。ですが一つ。理解してください。貴女様は読者なんて小さな存在じゃない。フレイア様は探偵役なのです。そう視点を変えないとこのトリックは解けませんよ」


私が探偵役?つまり、全ての渦中となり謎を解き明かす重要な人物だ。物語はホームズとワトソンを軸に進んでいく。その責任を私も一任しろと?


私は少し迷ったが、どうしても続きが気になって堪らない。次のページをめくりたくて仕方がないのだ。

頭の中に過ぎる嫌な予感を払いのけ、頷く。


「いいでしょう。それを承諾するわ」

「それでは。明日はフレイア様の誕生日ですね」


ぞわりとする。この男、こんなロマンチストだったか?口頭一番そんな事を言うなんて、このミステリの場を結婚の祭壇にでもするつもりか。確かに明日は私の誕生日だが、そんな事を言われるとは思わなかった。父にも既にこの歳まで誕生パーティーを開く事はやめるよう進言してある。精々が花束を贈られる程度だと高を括っていたのに。


「俺は妬ましかったのです。フレイア様があの三人と共に『小説愛好会』を定期的に開き、楽しそうに趣味を語り尽くしている事が。とても、とても」

「だからお前も誘ってあげたじゃない。でも断ったのはそっちよ」

「俺如きがフレイア様と共通の趣味を持ち嗜むなんて不相応だと思いましたので・・・。心の中では羨ましく思いながらも、苦渋の判断で断ったのです」

「何よそれ」


本当に呆れて物が言えない。確かに私は『小説愛好会』を開いた頃、こいつもちゃんと誘った。偶然か運命か、アランの名前は私の好きな推理小説家の名前と響きが良く似ていたし、自分の婚約者が他に男もいるテーブルで一人でに茶会を開くのは婚約者として嫌だろうからと、私にしては珍しく気遣ってあげたのだ。


「"ノックス様"はとても楽しそうでした。俺といる時よりも、比べ物にらないくらい」

「だけど私はお前もポウと呼んでいたではないの。それでも足りなかった?」

「ええ。俺はアランと名前を呼んでほしかったので。だから俺は考えました。もう一度俺にも関心を持っていただけるよう、誕生日には素晴らしいトリックを用意しようと」


悪魔のように妖艶に笑い、アランは私の手に口付ける。後ろからヴァンの息を飲む声が聞こえた。


「するとどうでしょう。丁度良い役者が周りにはごろごろと存在しました。これ程までに自分が貴族であった事を嬉しく思った事はありません。もし平民でしたら、誰かを殺して殺人トリックを作らなければならなかった」

「お前は、この婚約破棄をあくまでトリックだと主張するのね」

「ええ。あとは簡単です。『男爵令嬢』を焚き付け、有力な子息に近付くよう仕掛けました。王太子様には特に。『悪役令嬢』には近々王太子様は婚約を破棄したがっている事を教え、周りの取り巻き達との絆を強固なものへと変えさせました。『第一王子』は何故か俺が口を挟むまでもなく婚約者より、自身の恋を優先するようになっていましたが。きっと思わぬ助けが入ったのでしょうね?」


それはジュールの事だろう。ただヴァン達と共に私達の会話に耳を傾けていたジュールは、悔しそうに口を歪めた。


「あとは王にも進言いたしました。宰相の息子という立場を使い、『悪役令嬢』に味方するように言い、怒りを貯めさせておきました。王妃も然り。第四王子は王が勝手に用意した人材でしたが、トリックに支障は無いと判断したので静観させていただきました。いつの世も上に無能が立てば、その周りの家臣は大変扱いやすく楽をしますので」

「何故、そこまで徹底的に」

「実の所今回の第一王子と悪役令嬢の婚約は王から頼み込んだものではなく、多くの王妃候補の中から金の力でのし上がった公爵家の力技でしたが、それでは上手く返り討ちが成り立ちません。少し反則ですが、ここは恥を忍んで嘘を吹き込みました。自分の立場に自信を持てるようにね」


男は私に傅く。身分など変わりもしないのに、下僕の真似事をするアランの気持ちがよく分からなかった。


「途中までは完璧でしたのに。後は俺が『後釜』として『悪役令嬢』に甘く囁いてやり、そこへフレイア様が異議を申し立てるシナリオでした。フレイア様の事だから、最後まで『悪役令嬢』の思い通りに進むシナリオを気に入らないと分かっていましたので。なのに、王が詫びと言って婚約者を用意すると言い出した。少し俺の洗脳が足りませんでしたね。最後まで『王様』通り動いてくれなくては困るというのに。そして俺とフレイア様はなくなく違う役として舞台に上がる事になってしまった」


確かにそうだ。あの時のアランはとても不機嫌そうだった。きっと自分の思惑通り事が進まなくなり、柄にもなくその綺麗な顔を歪めて歯軋りでもしていたのだろう。


「あの時もし、王の言葉通りフレイア様が俺との婚約を破棄すると淡々と仰ったらその場で心中する考えでしたよ。ですが、俺の事は手放したく無いと言っていただきとても嬉しいです。それこそ、死んでもいいくらいに」

「あれはシャルロットの思い通りに進むのが嫌だったから反抗しただけよ。ジュールの力添えがなければ私は不敬罪で牢に入れられていたかも」

「そんな事俺がさせませんよ。ですが確かにアミュレット様はお見事でしたね。俺が立てた筋書きを綺麗に撃ち壊してくださった。文句はありません。フレイア様は最後まで意外性を好みます。『後釜』の俺が最後は『悪役令嬢』を手酷く振るシナリオを狙いましたが、この展開もまた面白い」


アランの種明かし、又は黒幕の自供もそろそろ終幕なのだろう。アランはそれ以上はあまり語ろうとはせず、ただ私の髪を撫でていた。その間に痺れを切らしたヴァンが声を荒げる。昔からヴァンはアランと仲が悪かったのだ。いつも会っては口喧嘩ばかりだった。


「アラン、ではお前はこの事態の責任をどう負うんだ。お前が用意したこの劇場のせいで王位継承権は第一王子から第四王子へ移行した。これは大きな事だ」

「ふん、そうだろう。アミュレット様が上手く収めてくれると投げていたが、確かに困る。では第四王子は馬車での移動中不幸の事故を遂げたシナリオはどうだろうか。すると有力な後継はもういない。俺はこの目で、初めて女王という存在の誕生を見てみたいものだが」

「ジュールに玉座を座らせるという事!?」


確かにそれは私も一度は考えた事だ。

ジュールは令嬢の"博識"とは違い"聡明"であった。男よりも賢く、強くなってはいけないと言われる令嬢の中でもジュールの立場だけは特別だ。良く自治も理解しているし他国との交流も深い。私は家臣達が、ジュール様が男であったらと嘆いていた事を知っている。だからと言ってそんな簡単な事ではないだろう。いくら賢くとも、ジュールはあの通り貴族女性を体現したような我儘な性格だ。口は悪いし、怒りっぽいし。実の兄以外の子息は認めていない様子だし。


「あくまで理想の話ですよ。第四王子があの通り、ただの女性に現を抜かす平凡な男である事はこの場の全員が証言人となりますし、フレイア様の方が余程自分に責任を持っていらっしゃる」

「お前って、私を褒める事が好きなの?口を開けばそう賛美する言葉しか吐いていないじゃない」

「勿論です。私の口はフレイア様の素晴らしさを讃える為にあり、目はフレイア様の美しさを映すためだけにあるのですから」

「アラン、ノックスから離れろ!」


頰を寄せるように近付く変態を、ヴァンが無理矢理引き離す。

よくもこの男はそんな内臓が痒くなるような事をポロポロ言えるものだ。ヴァンだって私には少し甘い所があると思っていたけど、さすがにそこまでしっかりと言葉にする事はない。だが私は頭を撫でてくれる程度で良いのだが。

そんな中アガサがくらりと倒れる。慌てて隣のジュールがその体を支えるが、どうしたのだろうか。アガサもまた王達のように体調を崩したのだろうか。


「ああ、ノックス様。ありがとうございます。私の理想郷が今目の前に・・・」

「理想郷?」

「ちょ、ちょっとアガサ。しっかりしてちょうだい!」

「ジュール、アガサは大丈夫なの?」

「ええ。ただ意識を手放しかけているだけみたいだけど」


なら良いのだろうか?

確かにアガサはぐったりとはしているものの、顔色は良い。アランに操られたいた王や取り巻き達とは違うようだ。その事実に安心する。アガサまでに手を出していたら、本当にこの婚約者をどうにかしてやらなくてはならなくなる。


「いい、アラン。ヴァンの言う通り、お前がこんな大事にしたのだから責任を取って"元通り"にしなさい。いいわね」

「おや、元通りですか?折角俺が丁寧に組み立てたのに。いえ、フレイア様がそう望むのなら異論はありませんが」

「何よ。嫌なの?さっさと悪役令嬢には別れを告げて、第四王子にはさよならを言ってあげなさいよ」

「もしかして嫉妬してるのですか?」

「してない」


本当に、話が通じなくて困る。だが私がその白い頬を抓ってやると、アランは痛そうに顔を顰めたかと思えばすぐ嬉しそうに表情を緩め、とても名残惜しそうに私の側から離れて行った。すると怒りを露わにして顔を真っ赤に染めたシャルロットへ向かう。シャルロットは愛しいアランが自分へ関心を向けてくれた事に歓喜し、怒りを緩め心底嬉しそうに微笑んだ。


私はそんな彼女が哀れで、くすりと笑ってしまった。その様子を見ていたヴァンからは恐ろしいものを見たような視線を向けられたが、貴族の女性とは大概がこんなものじゃないだろうか。

私達『小説愛好会』があそこまでのんびり出来ていたのはとても貴重な事だ。そもそも小説などを読み耽る令嬢はとても少ないので、アガサとジュール、それに私はとんだ変わり者扱いをされていた。だからこそ同じ趣味が揃った時は乱れが生じないのだ。それにヴァンもメンバーの女性全員に手を出すような軽い男ではなく、女性誰にも興味がないような冷徹な男だったからこそ、一人だけが令息という偏りがあっても今まで何も起きなかったと言える。あの三人が集まってくれたのは私にとって素晴らしい奇跡だ。



「アラン!ねえ、貴方からも言ってちょうだい。フレイアなんかより、私の方が好きでしょう?綺麗でしょう?言ったじゃない!アレク様との婚約が破棄されたら、ずっと一緒にいようって!」

「そうだったかな。生憎覚えが無い。俺が死ぬまで心に留めるのはフレイア様の言葉のみ。残念だが、俺はお前を愛してなどいないよ。ここまで公の場で醜悪な姿を晒したんだ。それこそ隣国の王子と婚約したらどうだ。この国ではもう無理だろう。お前みたいな穢れた令嬢、誰が貰ってくれるのだろうね?」

「酷いわ、裏切り者!ずっと愛してるって言ってくれたのに!私も、誰よりも、フレイアなんかよりも愛してるのに。何であんな女を。その変人が私よりも優れていると言うの?」


「貴様、それ以上ノックスの事を貶すのはやめろ」


ヴァンが一歩踏み出る。相当頭にきているらしい。いつもよりも熱のこもった鋭い瞳でシャルロットを睨みつけていた。私の事でそこまで怒ってくれるのは嬉しいが、それはヴァンの役目では無いと手で制す。ヴァンは不服そうな顔をしたが、渋々と体を戻してくれた。


「アラン、早くして。これ以上シャルロットの言葉を聞くのは不快だわ」

「はい、分かりました」


アランは私に頼りにされているのがそんなにも嬉しいのか、頬をほんのりと赤く染め、うっとりと微笑んだ。


「フレイア様の耳を汚すわけにはいかない。シャルロット嬢、お前はその声がない方がいい。後で喉を焼く薬を贈らせてくれないかな?それが俺からの最後のプレゼントだ」

「ひっ、アラン、よして。お願い」

「ああ、駄目駄目。最後までお前は悪役令嬢を演じなくては。俺が好きでもない女に永遠と甘い言葉を吐いてやった意味がないだろう」


アランは自分の腕に縋り付くシャルロットをとん、と押した。それだけの力でもシャルロットの体は地面に沈む。腰が抜けてしまったのか、土がその豪華なドレスに染み付こうとも立ち上がろうとしない。ただ自分よりもずっと高い位置にあるアランの顔を見上げて、呆然と涙を流す。やっぱり、彼女は哀れだ。


「第四王子リアム様には辺境地へ戻っていただく。申し訳ありません、此方の都合で呼び戻してしまって。お望み通り貴方は王太子にはならず、王族の端くれとして生涯を終えてください。仲がよろしいようなので、その潰れ顔の侍女と余生を過ごしてみては?ああ、そうだ。リアム様に靡く思いであったシャルロット嬢の取り巻き方にも付いて行ってもらいましょう!流行りのドレスも菓子も手に入らない田舎で過ごす。権力の腰巾着の貴女達にはぴったりだ」


ちょっと、アラン!と声を上げる。そこまで手酷い仕打ちを告げなくても。仮にもリアム様は第四王子であるのだ。例え教養もなっていない、口も汚い、侍女なんかに現を抜かす女狂いの典型的な男主人公だったとしてもだ。私達からはどう命令する事も出来ない。王族の方が上で、権力がある。国で一番尊い人間の一人なのだから。それは残念な事にリアム様は第一王子のアレク様とはかけ離れた庶民顔だとしてもだ。


「いいえ?俺の手には王を動かす程の権力と技量があります。フレイア様さえ命じてくだされば、第四王子の命をこの場で断ち切る事も可能ですが」


命を、そうアランが言った時、リアム様の側にずっといた侍女が懐刀を取り出す。威嚇だとは分かっているが、上位貴族に刃を向けた。彼女自身がどれ程の実力者なのかは知らないがそれは重罪だ。腕が立つとしても数には敵わない。

ヴァンが片手を上げると、すぐその侍女に衛兵が群がり、あっという間に手を拘束され剣は地面に滑り落ちた。

そしてその剣をアガサが白いハンカチに包み持ち上げる。


「あらあら、この剣には毒が塗ってありますわねえ。この前本を読みましたわ。刃先がボロボロ。蛙の毒かしら?」

「毒だと?第四王子は暗殺者を側に従えていたのか。どこまでも愚かな奴」

「ニア!よせ、お前ら!俺の侍女に手を出すなんて反逆罪だ!」

「その侍女が僕達に剣を向けたから抑えているのだが?」


ニアと呼ばれた女が暗殺者という事は、第四王子は身を守らせる人間を金で雇っていたのか?人望のない奴だ。それに暗殺者を買うのは犯罪だが。


「違う!ニアは暗殺者じゃないんだ、俺の身を守ってくれる為に剣術を学んだ。それに毒が塗ってあったのは、女の力でも相手を倒せるように・・・」

「毒を剣に塗る行為は禁止されていますよ。それに、その女性も貴族なのでしょう?にも関わらず男の為に剣を握るなど、少し、考え難いですわねえ?」

「ああ、じゃあ二人は姦通していたのではない?必要以上に親しそうだし、口を開くのを許可している。リアム兄様は婚約者がいなかったものね」


こ、婚約者のいない王子がその侍女と姦通なんて、破廉恥だ!何事もないように言ってのけるジュールの言葉に顔をぶわっと赤くする。小説を読んでいると少なからずそう言った表現は出てくるが、いざ現実で話題に上がると気恥ずかしさで身が捩れてしまう。そんな私の様子に気が付いたのか、アランと視線が合うとあいつまで顔を赤く染めた。


「フ、フレイア様。そのような初心な反応を見せられては困ります。私が手取り足取り全て教えてさしあげたくなる」


アランは乙女のように赤くなった頰に手を添え、目を伏せたまま首を横に振る。


「ノックスに近寄るな変態」

「アラン、お前は他にやる事があるでしょう。それをこれ以上疎かにするのなら、私はヴァンに教えてもらう」


な、と顔を真っ赤にするヴァン。それに反してアランはとてもショックを受けたように顔を顰め、その瞳から今にも涙を流しそうな雰囲気となった。

アランが感情豊かなのは今更だが、ヴァンがここまで動揺するのは初めてだ。目を泳がせるヴァンの様子は本当に珍しい。


「ノックス、お前は淑女なのだから、そんな事を軽はずみに言うな。僕はお前に関して我慢し慣れているからいいけど、他の奴には絶対言うなよ」

「もう、冗談よ。さすがに私だってその点は弁えている。アランに痺れを切らしたの。真剣に受け取らないで」

「フレイア様、今すぐ、全て終わらせます。だから二度とそのような恐ろしい事を口にしないでください。ね?」


そんなに慌てられては、私の頰の熱も冷めていくというものだ。アガサはまたよろめきそうになるが、アランが慌てて呼んだ衛兵にその毒が塗られた剣を渡す為、何とか踏みとどまった。


その後目を見開いたままのシャルロットや抑え付けられた侍女。結局姦通している事を否定しなかった第四王子はそれぞれ別の人間達によって連行されたいった。本当に、文字通りそれぞれ行く場所が違うのだから恐ろしい。シャルロットは公爵令嬢なのだから、数日軟禁程度で済むだろう。あくまで、だが。婚約破棄を申し出たのはアレク様だったからな。


顔色の優れない王と王妃もそれぞれ側近に支えられ戻って行かれた。そしてようやくいつもの庭園が戻ったのだった。長いシナリオを終えて。



「それじゃあ、私も行くわ。今日は私の家族がごめんなさい。騒がせた挙句、みんなを巻き込んでしまって」

「いいえ。元よりアランが全て悪いんだもの。ジュールが責任を感じる必要はないわ。気にしないで」

「ええ、そうですわ。おかげで私は良いものが見れました。ノックス様とアラン様を筆頭に」

「成る程、ずっとアランに目を付けていたアガサの眼は正しかった訳か。確かにこいつは理想の狂愛の婚約者だろうな」


アガサが書いていた小説の婚約者は、現実になるとアランのような男なのか!

どうりで主人公の令嬢は幸せになれないわけだ。こんな面倒な奴が側にいては、幸せも逃げて行くだろう。


「うふふ、お二人にはこれからお世話になりそうですわね。それでは、私も失礼します。書き途中の小説を、今日受けた新しいイメージを付け加えて一から書き直さなくては」

「ええ、アガサ。それではまた次回に会いましょうね」

「楽しみにしております」


ゆったりと礼をしてからアガサは去って行った。その後に続くようにジュールとも別れる。すると後に残るのは未だニコニコしたアランと、すっかりいつもの顰めっ面に戻っているヴァンだけだった。


「それじゃあ私達も行きましょう。アラン、お前には少し話があるから、場所を移しましょうか」

「ええ、喜んでついて行きます」

「僕も途中まで同行する。いいよな?」


ええ、と私がヴァンに頷いた。

それからここは視線が多過ぎるので、少しでも人気の無い場所へ向かう。

すると途中アランは私を自分の側へ引き寄せるように腰へ腕を回すので、それを無理矢理解いて私はヴァンに凭れかかった。またアランが泣きそうな顔になる。


「酷いです、フレイア様。俺がどうすれば傷付くか分かってるくせに。やっぱり幼馴染のヴァンの方が好き?」

「まあ、そうね。ヴァンはアランと違って女好きじゃないし、重過ぎない程度に大切にしてくれるわ。それに婚約を結ぶのはヴァンだと思ってたんだもの」

「絶対にヴァンには渡しませんから!もし、取られるくらいなら、フレイア様の目の前で死んで貴女の永遠になります」

「そういう所が重いって言ってるのよ」


はあ、と溜息をつく私の頭を、ヴァンが撫でた。


「僕を痴話喧嘩に巻き込むのはやめろ」

「痴話喧嘩じゃない、ただの喧嘩よ」

「そうか?まあ、もしアランに耐え切れなくなったらいつでも僕の所へ来るといい。僕は、フレイアだったら絶対に拒まないさ」

「きゅ、急に真名を呼ばないでちょうだい!」


ヴァンからフレイアと呼ばれるのは珍しい。昔は確かにそう呼ばれていたが、最近はずっとノックスと呼ばせていた。私よりも小さかった昔とは変わり、すっかり背も高く、男らしくなったヴァンのよく響く低い声で名を呼ばれると、変な気分になる。


「いつか、絶対殺してやる」

「やれるのか、お前に。僕を殺したらノックスが怒るぞ?一生口を聞いてもらえないかもしれないな」

「に、憎らしい奴。さっさと唯一の女性を見つけてしまえばいいのに」


ヴァンの好きな人か。確かにそんな浮ついた話は一度もヴァンの周りからは聞かない。公爵家の次男で、顔だってアランと並ぶ程整っているのだからもう少し女性の影があっても良いものだろうに。

ヴァンは寂しそうに笑うと、私を見た。


「もう唯一の女性は見つかってるさ。だから独り身のままなんだ」

「ヴァン?」

「それじゃあ、僕もこれで失礼する。最近は読みたい小説が溜まっているからな。また愛好会を開く日時が決まれば知らせてくれ」


去って行くアランの背中はとても悲しそうだった。だが私にそれを追う資格はない。私の手を強く握るこの男がいる限り、それは絶対に無理だ。


「フレイア様、浮気は許しませんからね。相手を殺されたくなければ、絶対にやめてくださいね」

「分かってる。そんな事、お前にだけは言われたくないわ。いつも私以外の令嬢と一緒にいるくせに。今日だって数人の令嬢と薔薇園のアーチにいる所を見たわよ。そっちが先に浮気してるじゃない」

「遠くからフレイア様をうっとり眺めていると、何故か周りに令嬢が寄って来るので。何か話しかけられても無視をしているのに、女性は強かですね。ずっと一方的に話しています」

「信じられるわけがないわ」


そんな嘘で誤魔化せると思っているのだろうか。それに私を眺めるって。婚約者なのだから話しかけたって罪にはならないのに?茶会に参加したいなら最初からそう私に言えばいい。


「私が見つめるのは、この世でフレイア様だけですよ」

「はいはい、分かったから」

「む、信じてませんね。フレイア様は冷たい。プレゼントの感想も聞かせてくれない。折角こうして二人きりになったというのに」

「感想を聞きたいの?」

「はい。とっても時間を掛けましたから」


そう。と呟くと、一先ず深呼吸する。

アランはそわそわと待ち遠しそうに私が口を開くのを待っているが、一体そんな自身はどこから湧いてくるのか。


「いい、アラン。あれはドラマであってミステリではないわ。私が好きなのは必ず誰かが殺される事から始まるストーリーなの。あれはただの人間関係の縺れよ。いい?その時点であのプレゼントは私の好みの土台にも上がってないの」

「そう、ですか」


アランはしゅんとさせ、苦しそうに顔を歪めた。唇をきつく締めている。

そんな姿に少し同情を誘われ、うっ、とそれ以上文句を言おうとしていた口が閉じる。ずるい。そんな庇護欲を誘うような顔をされては、これ以上手酷く出来ないではないか。


「それでも、まあ。アランの最後まで黒幕であろうとする姿勢と、ここまで舞台を整えた努力は凄いと認めるわ。好みではないけど、面白かった。見ている間に感情移入をして、最後はすっきりしてしまったもの」

「フ、フレイア様・・・!嬉しいです。そんな風に言っていただけるなんて」


頬を赤く染めうっとり瞳を蕩けさせるアランの頭を撫でてやった。いつもは絶対にしないが、今日は特別だ。

するとアランはもっと顔を赤く染め、やはり乙女のように狼狽え出した。


「初めてフレイア様から触れていただいた!それだけでも天にも昇る心地です」

「は、初めてだった?」

「ええ。いつもは近寄る事も許されませんでしたから、遠目で見るばかりで。今日は何故か触れる事を許してくださる様子だったので、俺の方からのみ」


それは悪い事をしていたかもしれない。私はアランの上辺だけを勝手に見て、勝手に嫌っていた。人を知ろうともせず。今更素直になんかなれないかもしれないけど、改める必要はある。


「ねえ、アラン。私達会話が足りなかったわね」

「会話?」

「そうよ。私は貴方を徹底的に避けていたし、アランは私を見つめるだけだった。今日、こうして話すのも何日ぶりかしら」

「七日と二時間三十分ぶりですね」

「そ、そう」


一々数えていたのだろうか。分刻みまで。


「悪かったわね。ずっと無視して」

「いいえ、フレイア様を見つめられるだけでも幸せでしたよ?」

「そうじゃないの。だって婚約者なんだもの、これからは見つめるだけじゃなくてもっと話しましょう。あと、私以外の女性を侍らせるのはやめて。じゃないとまた嫌いになる」

「嫌いになる、なら、今は、その。俺の事を好きになってくれたのですか?」

「どうかしら?アラン、貴方は私の事が好き?」


アランは答えるよりも先に自分の頭へ置かれた私の手を恭しく取ると、柔らかく口付けた。瑞々しいアランの唇が触れる感覚が、少しくすぐったい。


「ええ、勿論。愛してますフレイア様。この世の何よりも。何でもしてさしあげたくなるくらい」

「ちょっと重いわよ」

「でもそれが俺の気持ち全てです。来年のプレゼントには密室殺人を贈るのはどうでしょう?殺されるのはヴァンで」

「ああ、また嫌いになりそう」

「冗談です!」


慌てて弁解するアランの焦った様子を見るのが楽しくて、ついつい笑ってしまった。アランに顰めっ面以外の表情にされた事が少し気恥ずかしくて、それを隠すように自分の唇をアランの頰に当てる。


「私も、ちゃんと好きよ」

最後までお読みいただきありがとうございました。

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