冒険記録その十六 初心者用スライム、初見禁止になる
「散開しろ!」
誰かが叫んだ。
「何から!?」
別の誰かが叫び返した。
「知らん!」
「じゃあ何で散開するんだ!」
「でかい敵が出たら散開するだろ!」
「経験則が雑!」
はじまりの街リスタ。
東草原。
五千人の冒険者たちが。
一匹のスライムを囲んでいた。
ただし。
そのスライムは。
家より大きかった。
《初心者用スライム》
《混雑緩和個体》
《推奨参加人数》
《5000人》
そして。
五千人の中央。
レベル3の新人少年の前に。
《パーティーリーダーに選出されました》
という表示が浮かんでいた。
「嫌です!」
少年が即答した。
《パーティーリーダーに選出されました》
「断ってます!」
《パーティーリーダーに選出されました》
「会話になってない!」
ミーナが走ってくる。
「なんでまたこの子なんですか!」
グレンが巨大スライムを見上げる。
「昨日、五千人をまとめた実績があるからでは?」
「まとめてません! 招待しただけです!」
「攻略律から見れば同じなのだろう」
「雑すぎる!」
少年は泣きそうになっていた。
「俺、冒険者になって三日目です」
「はい」
「スライム一匹も倒してません」
「はい」
「何で五千人率いてるんですか?」
「私が聞きたいです」
初心者育成。
順番がおかしい。
――――
「まず役割を決めるぞ!」
グレンが叫んだ。
「前衛!」
剣士たちが手を挙げる。
「後衛!」
魔法使いたち。
「回復役!」
神官たち。
「偵察!」
盗賊系冒険者。
「荷物持ち!」
誰も手を挙げない。
「誰かやれ!」
「戦闘に参加できない!」
「経験値減る!」
「昨日まで回復薬三本持てって言ってただろ!」
「自分で持つ!」
役割分担。
一枠目で崩壊。
「では前衛千!」
グレンが続ける。
「多い!」
ミーナが止める。
「五千人いるんだぞ!」
「だからって千人横一列に並べないで!」
「では五百!」
「十分多い!」
東草原。
五百人。
前衛。
千五百人。
後衛。
五百人。
回復役。
残り。
「何役?」
「余り」
「余りって言うな!」
五千人パーティー。
人数だけ増えて。
役割の方が足りなかった。
――――
「戦闘開始!」
新人少年が。
ものすごく小さな声で言った。
誰にも聞こえない。
「もう一回!」
ミーナが叫ぶ。
少年が息を吸う。
「戦闘開始ぃぃぃ!」
「うおおおおお!」
五千人が動いた。
剣士。
突撃。
魔法使い。
詠唱。
弓兵。
照準。
神官。
祈り。
巨大スライム。
ぷるん。
その表面に。
赤い光が走った。
「何だ?」
グレンが止まる。
地面。
巨大スライムの周囲。
赤い円。
「……嫌なやつ」
ミーナが呟く。
「何がだ?」
「そこから出て!」
「なぜ?」
「いいから!」
赤い円。
さらに濃くなる。
「前衛!」
「下がれ!」
「攻撃届かなくなる!」
「下がれって!」
半分は下がった。
半分は残った。
「攻撃チャンスだ!」
「まだ詠唱中!」
「今離れたら火力が落ちる!」
「それ絶対ダメな考え方!」
次の瞬間。
巨大スライムが。
跳ねた。
ずん。
地面。
爆発。
「うわあああああ!」
前衛。
三百人。
一斉に吹き飛んだ。
ミーナが叫ぶ。
「予告されてたでしょう!」
地面の赤い円。
消える。
グレンが起き上がる。
「攻撃範囲を事前に示していたのか」
「そうです!」
「親切ではないか」
「避けなかったら意味ないんです!」
初心者用スライム。
攻撃前にちゃんと教えてくれる。
初心者向け。
ただし。
五千人いると。
教えても聞かない人が必ずいる。
――――
「回復!」
「回復役!」
「三百人まとめて!?」
神官たちが青ざめた。
「順番!」
「重傷者から!」
「俺HP赤い!」
「俺も!」
「こっち!」
「動けない!」
神官の女性が叫ぶ。
「並んで!」
「戦場で!?」
「じゃあ番号札取って!」
「病院になってる!」
五千人レイド。
第一の壁。
回復待ち。
しかも。
昨日まで。
《レベルアップ時 HP・MP全回復》
に頼っていた者たちが多い。
「あと一匹倒せば回復する!」
「敵一匹しかいない!」
「あ」
巨大スライム。
一匹。
レベルアップ用の雑魚。
いない。
「回復薬!」
「三本持ってきた!」
「飲め!」
「昨日値上がりしたやつ!」
「今は値段気にするな!」
道具屋店主。
遠くから見ていた。
小さく拳を握る。
「売れる」
戦場でも。
商機は見逃さない。
――――
「次!」
巨大スライムの体が。
青から黄色へ変わった。
「色変わったぞ!」
「強くなった?」
「弱点変化?」
「第二形態?」
誰も分からない。
だから。
全員が一斉に試した。
「火!」
「氷!」
「雷!」
「毒!」
「石!」
「木の棒!」
「最後だけ弱い!」
巨大スライム。
火。
吸収。
《HPが回復しました》
「回復した!」
「火やめろ!」
「誰だ撃ったの!」
「五百人くらい!」
「多い!」
氷。
《弱点》
「氷だ!」
「氷撃て!」
雷。
《通常》
「雷普通!」
毒。
《無効》
「毒効かない!」
石。
《無効》
「そりゃそう!」
木の棒。
《1》
「一入った!」
「だから何!」
検証。
戦闘中に始まった。
数千人の冒険者が。
敵を倒すより先に。
数字を見始めた。
――――
「氷だけ撃て!」
グレンが命令する。
「火は禁止!」
「了解!」
十秒後。
火球。
どおん。
《HPが回復しました》
「誰だあああ!」
「すみません!」
「聞いてなかった!」
「何してた!」
「戦利品設定見てました!」
「今見るな!」
五千人。
情報共有。
困難。
一人が聞いていないだけならいい。
五千人いると。
百人くらい聞いていない。
「チャットみたいなものないんですか!」
ミーナが叫ぶ。
「何だそれ!」
グレンが返す。
「全員に一度で伝える手段です!」
「大声!」
「限界あります!」
新人少年。
リーダー。
前に表示。
《パーティー告知》
「これじゃないですか!?」
少年が触る。
《全メンバーへ通知しますか?》
「これ!」
入力。
『火属性攻撃禁止』
送信。
五千人の前。
《火属性攻撃禁止》
一斉表示。
「便利!」
ミーナが感動する。
一人の冒険者が。
「邪魔!」
表示を閉じた。
火球。
どおん。
《HPが回復しました》
「読めえええ!」
――――
巨大スライム。
体力。
八割。
五千人。
既に疲労。
「まだ二割しか削ってないのか?」
グレンが呻く。
ミーナが首を振る。
「途中で回復させてますから!」
「火を撃つ者を追放しろ!」
新人少年。
「俺が!?」
「リーダーだ!」
「誰か分かりません!」
「探せ!」
「五千人から!?」
リーダー権限。
《追放》
対象一覧。
四千九百九十九人。
「無理!」
「検索!」
「名前知らない!」
「詰んだ!」
パーティー管理。
人数が増えるほど。
権限が強くなる。
そして。
操作不能になる。
――――
午後。
巨大スライム。
体力。
半分。
表示が浮かぶ。
《フェーズ移行》
「何ですか?」
ポポルが聞く。
ミーナの顔が引きつる。
「たぶん」
「たぶん?」
「もっと面倒になります」
巨大スライム。
ぷるぷる。
震える。
そして。
分裂。
一匹。
二匹。
四匹。
八匹。
十六匹。
「増えた!」
冒険者たちが歓声を上げた。
「経験値!」
「レベルアップできる!」
「全回復!」
ミーナが叫ぶ。
「絶対そっちじゃない!」
小型スライム十六匹。
表示。
《分裂体》
《一定時間以内に全個体を同時討伐してください》
沈黙。
「同時?」
「一定時間?」
「何秒?」
表示。
《30》
「始まってる!」
《29》
「待って待って!」
《28》
「誰がどれ担当!?」
《27》
「一番から十六番!」
「スライムに番号ない!」
《26》
「右から!」
「誰から見て右!?」
《25》
五千人。
パニック。
「俺これ!」
「じゃあ俺こっち!」
「そこ俺!」
「二百人集まってる!」
「向こう誰もいない!」
《20》
小型スライム。
一体。
撃破。
「倒した!」
《19》
二体目。
撃破。
《18》
三。
四。
五。
「早い!」
《15》
十匹。
撃破。
「あと六!」
《10》
「どれ!?」
「分からん!」
「死体と生きてるの区別つかん!」
《5》
一匹。
草むらの陰。
ぽよん。
「いた!」
《3》
「撃て!」
魔法使い。
詠唱。
《2》
「長い魔法使うな!」
《1》
どおん。
《0》
「やった!」
最後のスライム。
消滅。
一秒後。
《時間切れ》
「え?」
倒した十六匹。
全部。
再出現。
「戻ったああああ!」
五千人の心が。
一つになった。
最悪の形で。
――――
「もう一回!」
誰かが叫ぶ。
「作戦を決めてから!」
ミーナが止める。
十六匹。
三十秒。
同時討伐。
「十六班に分けます!」
グレンが即断。
「一班約三百人!」
「一匹に三百人!」
「確実だ!」
「火は禁止!」
「分かっている!」
「本当に!?」
班分け。
一。
二。
三。
十六。
「班長!」
「はい!」
「攻撃は合図まで待つ!」
「了解!」
「削るだけ!」
「了解!」
「止めを刺すな!」
「了解!」
十六匹。
それぞれ残りわずかまで削る。
「準備!」
新人少年が叫ぶ。
「一班!」
「準備完了!」
「二班!」
「完了!」
三。
四。
五。
「八班!」
返事なし。
「八班!?」
「班長トイレ!」
「なんで今!」
「長期戦だから!」
「代理!」
「誰!?」
九。
十。
「十三班!」
「回復中!」
「待つ!」
「十五班!」
「一人火属性しか使えない奴が!」
「棒持たせろ!」
「十六班!」
「スライム見失いました!」
「三百人いて!?」
準備完了確認。
五千人。
敵より強い。
準備が。
敵より長い。
――――
三十分後。
「全班準備!」
新人少年。
息を吸う。
「三!」
五千人。
構える。
「二!」
魔法。
詠唱。
「一!」
剣。
振り上げる。
「今!」
十六匹。
一斉攻撃。
どおおおおおおん!
煙。
沈黙。
表示。
《同時討伐成功》
「うおおおおおおお!」
歓声。
冒険者たち。
抱き合う。
グレンまで拳を握る。
「やった!」
ミーナも笑う。
「やればできるじゃないですか!」
その瞬間。
《フェーズ移行》
全員の笑顔。
消える。
「まだあるの?」
――――
巨大スライム。
再結合。
今度は。
赤い。
《最終形態》
五千人が黙る。
巨大スライムの周囲。
赤い円。
さらに。
別の円。
別の円。
地面のほぼ全部が赤くなる。
「どこ避けるの?」
一人が呟く。
よく見る。
一か所。
小さな。
緑色の円。
「……あそこ?」
「五千人で?」
安全地帯。
馬車一台分。
推奨参加人数。
五千人。
「入れないでしょう!」
ミーナが叫ぶ。
《強力な攻撃が来ます》
「分かってます!」
五千人。
緑の円へ。
一斉に走る。
「押すな!」
「入れない!」
「俺先!」
「後ろ!」
「前詰めて!」
「詰める場所ない!」
「上に乗れ!」
「人間を積むな!」
巨大スライム。
溜め。
グレン。
安全地帯の外。
「もう無理だ!」
「グレンさん!」
「俺は耐える!」
「そういう攻撃じゃない気がします!」
《強力な攻撃が来ます》
発動。
白い光。
東草原。
包まれる。
数秒。
静寂。
そして。
五千人。
全員。
地面に倒れていた。
「……」
ミーナ。
草むら。
顔だけ上げる。
「全滅……?」
グレンも。
倒れたまま言う。
「死んではいない」
初心者支援。
なので。
体力1。
全員生存。
「そこだけ優しい……」
――――
巨大スライム。
元気。
五千人。
体力1。
魔力。
ほぼゼロ。
回復役。
倒れている。
「どうする?」
誰かが聞いた。
別の誰か。
「レベルアップすれば全回復」
全員。
巨大スライムを見る。
「倒せないだろ」
「ですよね」
昨日作った攻略法。
役に立たない。
「回復薬!」
五千人。
一斉に鞄を見る。
三本。
飲む。
一。
二。
三。
「足りない!」
「宿!」
「遠い!」
「撤退!」
五千人。
一斉に町へ走る。
巨大スライム。
追わない。
《戦闘範囲外へ移動しました》
《戦闘を終了します》
巨大スライム。
ぷるん。
元の位置へ戻った。
体力。
《100%》
「全回復したあああああ!」
冒険者たちの叫び。
東草原に響いた。
逃げると。
ボスも回復する。
初心者用。
とても分かりやすい。
とても残酷。
――――
その夜。
冒険者組合。
掲示板。
紙が貼られた。
『巨大スライム攻略』
『推奨五千人』
『火属性禁止』
『赤い範囲から離脱』
『分裂後は十六班』
『30秒以内同時討伐』
『最終形態の安全地帯は極小』
『撤退すると最初から』
その下。
さらに一枚。
『明日再挑戦』
『参加条件』
『攻略内容を理解している方』
『指示を聞ける方』
『回復薬三本以上』
『火属性攻撃禁止』
『途中離脱禁止』
そして。
最後。
『初見の方はご遠慮ください』
ミーナが紙を見た。
「……」
もう一度。
見る。
『初心者用スライム』
討伐募集。
『初見の方はご遠慮ください』
「初心者用なのに初見禁止になってる!」
受付嬢が疲れた顔で答える。
「今日、初見の人が火を撃ったので」
「初心者用なんですよ!?」
「でも失敗すると五千人が最初からです」
「理屈は分かるけど!」
そこへ。
レベル3の新人少年。
「俺、参加できます?」
受付嬢が尋ねる。
「今日の戦闘は?」
「リーダーでした」
「経験は?」
「あります」
「では参加可能です」
少年が笑う。
「やった!」
その後ろ。
今日リスタへ到着したばかりの。
レベル1の新人冒険者。
「僕も参加したいです」
受付嬢。
「経験は?」
「ありません」
「申し訳ありません」
「初心者です」
「はい」
「初心者用ですよね?」
「はい」
「参加できない?」
「初見なので」
新人。
黙る。
ミーナ。
頭を抱える。
はじまりの街リスタ。
ついに。
初心者用の敵を倒すために。
初心者お断りになった。
その瞬間。
空に。
文字が浮かんだ。
《初心者の戦闘参加率低下を確認しました》
ミーナの顔が上がる。
「いや」
《初心者がパーティーへ参加しにくい状況を確認しました》
「違う!」
《初心者支援を追加します》
「何もしなくていい!」
掲示板の前。
新しい表示。
《初心者優先参加制度》
《レベル5以下の冒険者を》
《パーティーに一名以上含めると》
《追加報酬を獲得できます》
沈黙。
五秒後。
酒場の奥から。
声。
「レベル5以下いる!?」
「初心者!」
「初心者どこだ!」
「一人貸して!」
「報酬分けるから!」
さっき断られた新人へ。
数十人が走った。
「君!」
「うち来て!」
「こっち報酬二割!」
「三割!」
「装備貸す!」
「何もしなくていい!」
新人が後ずさる。
「……僕」
「はい!」
「戦いたいんですけど」
全員。
「危ないから後ろにいて!」
ミーナが叫んだ。
「また初心者を冒険させなくなってる!」
初心者を参加させるための制度は。
初心者を。
報酬ボーナス用の置物にした。




