第4話 お名前は?
「あなた、名前は?」
「・・・」
「ええと、フラル語でいいのよね?私のフラル語、通じてる?」
「・・・カミーユ…。」
小さい声で、女の子が答える。なんというか、考えていたより落ち着いた声だ。
「そう、カミーユ。よろしくね、私はリーサだ。」
「・・・」
返事をする代わりに、こくりと頷いた。
屋敷は商館の同じ敷地に建っている。門こそ別だが、二つの建物をぐるりと塀が回されている。
「あら、思ったよりお早いお帰りで。」
執事とエンマが揃って馬車寄せまで出迎えてくれた。
「ああ、客人を預かることになった。疲れているところ悪いが、客間を用意してくれるか?あと、風呂な。」
「はい。この子の荷物は?」
「ないみたいなんだ。商館から見繕って持って来てくれ。掛かった分は請求できるそうだから、伝票を私にあげておいて。カミーユ、という。訳アリらしいから、エンマが付いてくれるとありがたい。」
「はいはい。ではカミーユ様、私がご案内しますね。」
隣の商館はまだ明るい。飲んだくれが寝転がっているに違いない。
「ん?どうした?」
カミーユが、私の上着の裾を掴んで離さない。
「心細いのか?風呂に入ったら、私と寝るか?」
「・・・・・」
上目遣いに、私を見上げる。背は私より少し低い。そうだよな、あちこち預けられたら心配になるよな。
「ダメです。」
黙って見ていたスーが、珍しく大きな声を上げた。
「それは、ダメです。いくら子供でも。」
「は?」
「私の部屋ならまだしも、お嬢の部屋なんて、とんでもない。」
真顔?ナニ言いだすのこの人?
なに?身分の問題とか言いだす?それとも、このか細い、庇護したくなるタイプの女の子が気に入ったわけ???そのほうがダメだと思うけど???預かりものだよ????
スーと言い合いしているうちに、エンマがカミーユを風呂に連れて行った。
「とにかく、ダメなものはダメだ。」
「あらまあ、スーとだってずっと一緒に寝てたでしょう?心細いと思って。」
「いや、あれは…子供だったし。」
「違うところから連れてこられたんだもの、不安なんじゃない?」
「あの子はダメだ。」
「はああ?」
風呂にカミーユを連れて行っていたエンマが、帰ってきた。
「お嬢様、同じ部屋はご遠慮くださいませ。」
「あらま、エンマまで?」
「あの子は…男の子でした。」
「え?」
エンマの後から応接用の部屋に入ってきたカミーユは、フリルのたくさんついた寝間着を着ていた。この春の新作。ひょろりとした足が出ている。
ドカッとソファーに座ると、足を組んだ。え????
「ふーーん、まあまあだね。僕としてはお前と同じ部屋でも構わないぞ。男と同じ部屋なんか嫌だし。フランシーヌの所では、女の子が毎晩変わり番子に僕の面倒を見てくれたけど?うふふっ。役得だよね。」
「・・・・・」
「僕としては胸に顔が埋まるくらいが理想なんだけど、貧乳でもいけるよ?」
張り倒してもいい??
「エンマ、って言った?僕の専属になるんだろう?僕、お前ぐらい年上もいけるよ?」
「・・・・・」
バコッ、と大きな音がして…無言でエンマがカミーユの後頭部を張り倒す。
来たばかりのスーもよく叱られてたなあ…。懐かしい。
それにしても…可愛い顔して、何言ってんの?この子??
フリフリの寝間着、似合うよ?
スーが無言で立ち上がり、カミーユの首根っこを掴んで客間に引きずって行った。
「なにすんだ、この野郎!僕を誰だと思っている?僕はこの国の第2王子だぞ!!」
スーがドアの前に、護衛を付けて帰ってきた。窓の外にも二人付けたらしい。
「思ったより…教育のしがいの有る子みたいね。」
「押し付けられたな。マダムに。」
「・・・・・」
はあああ…と頭を抱え込む。メンドクサイ。着任早々、なんなんだ??