第2話 エクルーズ商会フラル支店。
隣国の王都のはずれに、エクルーズ商会の支社がある。
この国、フラル国内で買い付けを行って、自国に輸出したり、自国の物を営業して売りさばいたりする、いわゆる貿易会社だ。フラルには海があるので、海外から入ってきた物の買い付けも行う。
ついでに、情報も集める。色々な意味で、フラルは流行の最先端だ。情報も集まって来る。どちらかというと…そのほうが目的っぽい気がする。
税金はもちろんフラルに納めるので、現地に支社を作ったわけだ。
難を言えば、夏は暑い。
南に位置しているのと、海洋性の気候のせいか…暑い。
お嬢の付き添いで来ていた初めの頃は中々慣れなかった。みんな驚くほど薄着になる。社員はお昼ご飯を食べてからは昼寝して働かない。うちの社員に限らないようで、木陰という木陰には何人も寝転がっているのが夏の風景だ。
驚きの光景だったが、なるほど無理して働いても生産性は上がりそうにない。
サマータイム、といって、出勤が早い時間になるのも納得。
そして…真夏は1か月近く休む。バカンスだ。
正直、暑くてやってらんなくなる。
そんな気候のせいか、国民はおおらかだ。
おおらかすぎ?オープン?なんと表現したらいいだろう?
フラルの人たちに言わせると、愛と自由の国なんだそうだ。
愛と自由ねえ…。
女の子を見たら口説く。年齢関係なく。なんというか…。
お嬢が男の子の格好をしたいのもわかる。
と、いうか、その恰好のほうが安心だ。
以前は俺が側にいても、通りすがりの男どもがお嬢を口説きに来た。
なんなら、俺まで口説かれた。
自国では考えられないこと。
商会の付き合いで出席した会合でなんか、老人までお嬢を口説きに来やがる。にやにや笑いながら。
「マドモアゼル…。僕と食事に出ないか?なんならそのさきまで、ね?」
・・・不思議な国だ。
もちろんお嬢は上手に断るが。
愛と自由ねえ…。
お嬢がなぜこんなにもこの国にこだわったのかは知らない。
友好国は他にもたくさんあるから、留学でも何でも、他国に行くのは易そうだが。
商会はもう基盤がしっかりしているので、運営にはなんの支障もない。元々はお嬢のひいお爺様の始められた会社。本店はユテイニ王国の自国内にあるのでゆくゆくはお嬢の兄が継ぐ。公務も領地もあるので大変そうだが。
「この度、正式に支社長に就任したリーサだ。よろしく頼む。」
社員を一堂に集めて、お嬢が挨拶をする。
長かった髪をバッサリ切ったので、決意のほどが伝わったようだ。拍手が起こる。
スーツの中にリボンタイのブラウスを着たお嬢は、良く通る声で続けた。綺麗なフラル語だ。
「エクルーズ商会の繁栄を!!!」
歓声とともに、グラスが掲げられる。
今日はもう仕事にはならないな。こいつらがほどほどを知っているとは思えない。
あっという間に用意したワインが無くなり、追加を出すようにエンマが指示している。
「お嬢様な、あんな格好でもそそるよなあ。」
「ぐふふっ、俺が女にしてやってもいいなあ。」
「しかし、思い切って切ったな!長い髪も良かったけどな。」
「あんたたち!腕を折られる前に、その話はやめたほうが良いわよ?」
「折られるぐらいならまだしも、明日、セーム川に浮いてるかもよ?」
社員たちがお嬢の後ろに控えている俺を見る。何?
何こそこそ話してんだよ?あ?
*****
「はあ、いつまで付き合っていても終わらないだろうから、スーとご飯に行ってくるわね。」
「はいはい。ワインが底をつきそうですがどうされますか?」
「あるだけ出していいわよ。明日がお休みの日で良かったわ。じゃあ、後は頼んだわね、エンマ。」
「はいはい。お気をつけて。」
「行こう、スー。」
玄関を開けると、もうすっかり暗くなっていた。
街灯がオレンジ色に光っている。
ドアをスーがゆっくり閉めると、急に静かになる。
「フランシーヌの店ですね。」
「そうよ。酔い覚ましがてら、歩いていきましょう。」
「はい。」
スーが持ってきたコートを羽織らせてくれる。
4月の夜は、流石のフラルでもまだ少し肌寒い。
ぎゅっとスーにしがみついて歩く。いつもの事なので、スーも何も言わない。
暗いし、誰も見てないし、寒いし。
セーム川沿いの道には恋人たちがいっぱいだ。
語り合ったり、キスしたり、お互いしか見ていない。
ふと、しがみついたスーを見上げてみる。
真っすぐ前を見ている。
治安は良いほうだが、どこに何が潜んでいるか分からないから、緊張しているんだろう。
くすっ。変わらないなあ。