第二百五十八話
都市部を抜け、南門から街道へ出る。
すると、ここまで持ちこたえていた雨が、まるで俺達を都市から洗い流すように降り始める。
穏やかな雨とは程遠い、本当に押し流すような土砂降りだ。
「ひゃー! ものすごい雨! 馬車の屋根が凄い音! ばちばちばちーって!」
「凄いですね、この雨。付近に山がある所為でしょうね」
「シズマー! 大丈夫? すっごい雨だよー?」
「大丈夫、コート羽織ってるから!」
豪雨の中、街道を進む。
路面の状況が悪化することを考え、少しだけ速度を落としながら、都市から離れていく。
山が近いからという話だが、何となく俺は幸先が悪いような、先行きが不安になってきていた。
馬車を走らせること一時間。雨脚が遠のくこともなく、まるで雨雲が俺達を追いかけまわしているかのように、土砂降りの雨が続いていた。
「このまま帝都側に向かって途中の峠で南下する予定だけど、途中でどこかで雨宿り出来そうならしようか? 昼食がてら」
「そうですね、この先は峠道になりますし、その前にどこか雨をしのげる場所……木の近くに停めて馬車の中で食事にしましょうか」
「あ、なら私の魔法の出番ね! 木を操作して、枝を大きく葉っぱを増やして雨宿りできるようにするね」
そろそろ昼食の時間が近くなってきたからと、馬車を近くにあった木の傍に停め、メルトの魔法で密度の増した枝の下で昼食にする。
馬車の屋根を打つ雨音が静かになるも、葉を揺らす雨音が続いていた。
「アイテムボックスにいっぱい食べモノが入っているからね。何食べようか?」
「シズマ、私エビが食べたい! エビのお料理ってあるかしら?」
「ああ、それなら港町で買ったエビパテサンドがまだあるよ」
「私は、西都のサーモンのバーガーを頂けますか?」
アイテムボックスは本当に便利だ。時間が停滞どころか、停止しているのだから。
俺は未だに温かさと香ばしさを維持しているエビパテサンドをメルトに渡し、サーモンに似た魚の切り身、恐らくスモークサーモンのように加工してある食材がたっぷりサンドされているバーガーを手渡した。
「便利だよねー! ほらほら、まだサクサク!」
「この魚、美味しいですよね……スモークサーモンに似ているのに、こんなに分厚くカットされていて。あれ高いんですよね、買うと……」
「シーレが元の生活で、サーモン買ってワインを家で飲んでる姿が目に浮かぶよ」
「ふふ、正解ですよ。私はよくそんな晩酌をしていましたから」
雨の中。気の滅入るような天気でも、馬車の中で和やかに食事を摂る。
俺はシーレと同じバーガーを食べながら、馬車の窓から外の様子を窺う。
雨雲はまだ濃い。これはしばらく止みそうにないな……。
「それにしても、この馬車って広いし、揺れないし便利ねー?」
「そうですね、正直この悪路でも問題なく走れていますし、快適ですよね」
「そうだなぁ、都市内でも、うちの馬車と似た機構の馬車って少なかったよね。貴重なんだな」
「セイム、凄く奮発してくれたのねー!」
快適な馬車を贈ってくれたセイムに改めて感謝の念を捧げながら、昼食を終える。
さて、まだ雨が続くようだし、御者は引き続き俺が引き受けようかな。
「この後も俺が御者を務めるよ。雨が止んだら、どこか停められそうな場所で野営しようか」
「いいのですか? この雨です、朝から体力を消耗しているんじゃないですか?」
「ふふふ、俺にはスキルがあるからね。食事の量が増えるけど、あと数時間は疲れ知らずさ」
ほら、前に複数のスキルが融合した『食繋者』があるのですよ。
正直食べる量まで指定される分、不便にはなったのだが、付随効果も有能だからな。
『食繋者』
食事をすると6時間のリジェネ効果に加えスタミナ消費がなくなる
また空腹でない限り10分に一度死の淵から蘇ることが可能
デメリットとして食事の量が最低1キロ必要となる
かつて『生存本能』と『美食家』が融合して生まれたスキルだ。
正直破格の性能だと言ってもいい。
空腹でない限り、一〇分に一度、死を回避出来るのだから。
そうして、再び馬車を走らせる。
ここから先は峠道、少々道幅も広く、すぐ横は崖だ。雨で路面状況も悪いのだし、慎重にいかなければいけないな。
「南都ってどんなところかしらねー?」
「そうですねー……『なんと! 南都はどこにもなかった』なんて」
「? ないのかしら?」
「……なんでもありません、忘れてください」
客車の中から、シーレの渾身のギャグが滑っているのが聞こえてきた。
いやはや、ギャグと一緒に車輪も滑ったらシャレにならないので聞かなかったことにしましょう。
「しかし雨が酷いな……それに狭い道が続くし。ん……あれは……」
峠道。崖の下には広大な森が広がり、その果てに、大きな建造物が見えた。
方角的に、恐らくあの見えている建物、都市が『帝都ロンドルマキア』だろう。
この距離からも見えるほど巨大な都市、宮殿……凄まじいな。
「権力と武力の大きさに比例しているんだろうな、きっと」
遥か彼方の帝都を目に、そんな感想を漏らす。
きっと、あの場所にシズカがいるのだろう。彼女の目的はきっと……俺達を屈服させること、なんだろうな。
直接手を下したいというよりは『完全に自分の力の方が上だと誇示したい』そう感じたのだ。
なら、ちゃんと打ち破ってみせないとな。
その上で……認めないといけない。
シズカの力は、俺の他のキャラにも劣らないどころか、強大な力を秘めているのだと。
そして……今一度、心からの謝罪をしなければ俺の気が済まないのだ。
「……待ってろよ、シズカ」
決意の呟きが、雨音に掻き消される。
そうして、馬車は進む。この細く不安定な道を。
まるで、今の俺達が置かれている立場のような、そんな道を――
「ん……なんだ?」
細い峠道を進むこと一時間。相変わらず雨脚が弱まらない中、薄暗い景色の向こう、道の先に動く影が見えてきた。
それは、どうやら大量の馬車の列のように見える。まずいぞ、こんな細い道であの量の馬車と行き違うのは無理だ。
「二人とも、緊急事態だ。前を見て」
二人にも状況を確認してもらい、どうするべきか相談する。
「可能な限り崖の反対側に馬車を寄せましょう。少し進んだ場所、道幅が少し広くなっているのが見えますから」
「お、そうだね。じゃあそこに移動しようか」
「もしもそれでも難しかったら、私が魔法で山を少しくりぬこうかしら?」
「いや、この雨だし、山肌も岩だらけだ。変に形を変えて土砂崩れでも起きたら大変だ」
「なるほど……じゃあ、そっちに移動しましょう」
大量の馬車がこちらに到達するのを、今か今かと観察していると、どうやらその馬車は普通の馬車ではなく、どこか軍隊を思わせる、武骨なデザインをしているのが分かった。
それに御者も……見たところ鎧を身に着けているようだ。
「馬車だけじゃないね、お馬さんに乗った人も一緒にいるわ。騎士さんね、きっと」
「これは……どう見ても行軍ですね。何かあったのでしょうか?」
「……少し、警戒した方がいいかもしれないね」
やがて、先ぶれであろう、一頭の馬に乗った騎士がこちらに駆け付けてきた。
「そこの馬車、何者だ」
高圧的な物言いだが、恐らく向こうもなにか火急の用事なのだろう。
俺は事を荒立てないように受け答えをする。
「自分達は西都から移動してきた探索者です」
そう答えた次の瞬間だった。
目の前の騎士が突然、空に向かい、赤い煙を出す発煙筒を放り投げた。
なんだ――――
「っ! 二人とも衝撃に備えて!」
次の瞬間、騎士が全速力で引き返し、遠くにいる馬車……いや、騎士達から、一斉に魔法による射撃が放たれたのが見えた。
これは……どういうことだ……。
「シズマ! シーレ!」
「くそ! 二人とも魔法を! 落ちる! 衝撃を弱める魔法を何か!」
「っ!」
攻撃は俺達に向けられたものではなかった。
俺達の今いる場所、この道そのものを攻撃するものだった。
大量の魔法による衝撃で、道が崩れる。崩落する。
そして……馬車が傾く。滑り落ちる。
咄嗟に御者席から飛び出ようと思うも、馬車の中の二人を放っておくことも出来ず、あっという間に俺達は――崖の下に投げ出されたのであった――
激しく降る雨の中。帝国騎士団を率いる男の元に、一人の伝令が報告に戻る。
薄暗い空。まもなく日も落ち始める、危険な峠道。そこを何故、こんなにも大量の騎士や魔導士が移動していたのか。
「報告します。報告にあったターゲットが崖の下に墜落したのを確認しました。直ちに別動隊に回収に向かわせます」
「ご苦労。しかし本当にここまでの戦力が必要だったのか些か疑問ではあるな……まさか『人間だと思うな。直接攻撃では倒せないと思え』なんて仰られるとは」
「しかし、確かに殿下はそう指示なされたのですよね?」
「そうだ。どうにも……念には念を入れるとのことだ。死体を回収できればベストだが、恐らく生きていると思え。曰く、連中は『外世界の勇者』だそうだ。どこかの国で召喚したのだろう」
それは、何者かの意思で、明確にシズマ達が狙われていたことを示唆する会話内容だった。
召喚された存在であること。人知を超えた強さを持つこと。それらの情報が、既に伝わっていたのだ。
「生きていてもすぐには動けないはず。厳重に捕縛し、帝都へ連行せよ」
「は! すぐに崖下に部隊を向かわせます!」
そうして、騎士達の別動隊が、崖の下で大破した馬車を発見し、倒れている三人を確保したのだった。
厳重に、あらゆる魔導具により封印措置にも近い方法で捕縛される三人。
この世界で、初めてシズマ達は、明確に敵の手に落ちたのであった。
果たして……それがシズカの意思であったのか、それとも――――
夜。ようやく止んだ雨の名残が、雫となり木々の先、枝葉から零れ落ちる。
大破した馬車と、どこかに逃げ去ってしまった、牽引していた馬型の魔物。
衝撃で大破し、内部機構も露出、今にも崩れそうな残骸が月光に照らされる。
静寂の森の中、シズマ達の旅の相棒であった馬車が、ゆっくりと朽ちていく。
そんな中、一際大きな水雫が、馬車の内部機構にぶつかり、それを合図に崩れ落ちる。
板ばねや最新のスプリング機構のダンパーを内包した制震機構が崩れ落ちる。
その機構に、拳よりも小さな箱が厳重に括り付けられていた。
まるで『馬車よりも、こちらの振動を抑えていたかった』とでも言うように、厳重に、一切の揺れを感じさせないように、丁寧に梱包されていた物。
その何かが、地面に転がり落ちる。
その衝撃で簡単に壊れる箱。
数カ月ぶりに『箱の中身』が外気に晒される。
『チリン』と、音を立てて。
鈴の音が――森の中に響いた。
(´・ω・`)これにて、十六章、そして第二部の終わりとなります。第三部は誰の視点で開始されるのか、最後の鈴は何を意味するのか。
(´・ω・`)また現在、書籍版の二巻が発売中となっております。この先も作品を書き続けるモチベーションを維持できるかは、正直今回の売り上げにかかっています(打ち切りになる可能性が高いので)
何卒宜しくお願い致します。




