第二百四十九話
その日の夕方、観光とスティルの捜索を終えた俺達は、今日も借りている家へと帰宅した。
夜は外食に行く予定だが、俺はその前に、こっそりとドロップ缶を開け、中身を取り出す。
「……やっぱり手紙か」
カサリと出てきた紙片。それを開こうとしたところで――
「あ、あの飴だ! シズマ、私にも一つ、くーださーいな」
メルトが楽しそうにこちらにやって来た。が、残念ながら紙しか入っていないのだ。
そこで――
「いや、残念だけど中身は空っぽだったよ。ほら」
「ほんとだ! やっぱり悪いヤツだ! ゴミをシズマに押し付けたのね! 今度また『えい!』ってやっておくわ!」
なんだか面白いので、もう一度スティルにヘイトを向けておきますね。
これで次回、また会うことがあればメルトパンチの餌食になるだろう。
……あんなポコポコパンチ、痛くないだろうから我慢してください。
「シズマ、晩御飯はどこに食べに行きますか?」
「んー、出来ればあまり遠くないお店がいいかな」
シーレの問いに、俺は紙片を軽く見せてから答えると、彼女はそれで察してくれたのか、この近くにある歓楽街、その中でも比較的客層の良い食堂を提案してくれた。
さすがだ、これだけで察してくれるとは。
そうして、俺達は食堂へと向かい、この大都市で発展しているのは服飾、娯楽だけではないことを存分に知ることが出来る夕食に舌鼓を打ったのであった。
夕食後。帰宅した俺達は、借りている家にお風呂が付いていないからと、最寄りの公衆浴場へと向かうことにした。
探索者区画の方にも公衆浴場はあるのだが、あちらは人が多くて落ち着けそうにないからな。
本当、とことん広い都市だ。ここ一週間で都市の区画はあらかた見てきたのだが、なんと探索者ギルドの建物が四カ所もあったのだ。
街の入り口に、探索者区画、そして商業施設が密集する区画と、西の居住区とはまた違う、東の居住区。もはや探索者ギルドというよりは、一種の警察署のような、悩み事を相談する為の場所のように感じた。
もしかしたら、ダンジョン以外の仕事を専門に受ける探索者もいるのかもしれないな。
もはや冒険者と何が違うのか。
「じゃあ行こうか、公衆浴場」
「お風呂屋さんがいっぱいあって面白いよねー。今度、ダンジョンの近くの方にも行ってみようかなー」
「一人で行ってはいけませんからね? あ、そうだシズマ。『私達はお風呂が長くなるかもしれませんから、先に家に帰っておいてくださいね』」
またしても、シーレがこちらの考えを先読みしてくれる。
俺が一人で行動しやすいように配慮してくれているのだろう。
正解だ。何せ、俺がスティルから受け取った紙片には――
『この都市で情報収集中ですが、興味深い話を聞けたので一度共有したいと思います。今夜九時、歓楽街にある“クラッシャー”という路地裏のバーに来てください』。
――と、伝言が書かれていたのだ。
流石にこちらにはメルトは連れて行けないからな。
しかし、路地裏のバーか。俺、たぶん子供に見られるよな、以前、酒場の用心棒の依頼でもナメられたし。
「人の多い場所だしなぁ……そろそろ変装すっかねぇ」
公衆浴場で一日の疲れを癒した俺は、宣言通りまだまだ出てくる様子のないシーレとメルトを残し一度帰宅した。
前々から、この姿では舐められることを懸念していたのだ。が、かといって新しい姿でシーレ達と行動するのも、それはそれで後々面倒なことになるかもしれない。
ということで、俺は素顔を隠すような装備を身にまとってからスティルの元へ向かうことにした。
「フルプレートアーマーって結構ヘルムなしの装備が多かったんだよなぁ……これもキャラクリに力の入ったゲームの宿命か」
ゲーム時代、結構多く耳にした意見なのだが『折角可愛いキャラ、格好いいキャラを作ったのに、ヘルメットで顔と髪が見えない』というものがあった。
なので、初期に実装されたフルプレートアーマー以外は基本、ヘルム無しなのだ。
が、『それはそれで寂しい、ヘルムありの方がいい』という意見も出たので、個別にオンオフが可能になっているのだ。
というわけで、俺はヘルムをオンにした状態の鎧を取り出し、着こんでいく。
一人で装着するのは難しいはずだが、そこはゲームの装備だからか、思いの外簡単に装着出来た。
姿見で、今の自分を確認する。
「ううむ……威圧感たっぷりだな『血錆の鎧』こりゃ誰も近づきたがらないぞ」
黒と、黒ずんだ赤。随所に返り血が乾いたような錆が浮かぶ、黒のフルプレートアーマー。
ヘルメットで顔も隠れている為、こちらがまだ若い人間には見えないはずだ。
これなら出歩いても問題ないだろうと思うも……これはこれで、通報でもされそうだな。
「よし……確か『クラッシャー』っていうバーだったな」
メルトとシーレの二人が帰ってくる前に、俺は足早に家を出発するのだった。
案の定、だった。
別段、全身鎧を装着した探索者なんて珍しくもないのだが、やはりこの『血錆の鎧』の威圧感が凄まじいのか、通りで人と行き交うと、皆ギョッと驚き、一歩後ずさってしまうのだ。
まぁ、今が暗い夜であるということも関係しているのかもしれないが。
普通に視認性が悪いからな。
などと考えながら、歓楽街に到着する。
街灯の数も多く、ネオンのような色とりどりの輝きを放つ看板が多く並ぶ一角。
夜でも一定の明るさを保つこの通りでは、やはり俺の姿はかなり目立ってしまっていた。
俺は、そんな浮いてしまっていることなどお構いなしに、件のバーを捜索する。
路地裏と言っていたのだし、恐らく密会するような、あまり目立たない場所にあるのだろうとあたりをつけ、薄暗い路地を選ぶように探して歩く。
そこで改めて実感する。この鎧を装備していてよかった、と。
「っ! なんだい剣士さん、俺になにか用事かい?」
「……いいや」
路地の裏には、ほぼ必ずと言っていいほど、怪しい人間がたむろしていたからだ。
この威圧的な鎧でなければ、きっと絡まれたり、たかられたり、面倒なことになっていただろう。
間違ってもこんな時間にメルトは連れてこられないな。ましてやこんな路地裏。
周囲から時折嬌声も聞こえてくるあたり、『そういう人種』も商売をしているのかもしれない。
そうして、何人かの怪しい連中や、妙に色っぽいドレスの女性に声をかけられたりもしながら、路地裏を一つ一つ調べて歩くと、ようやく一つの路地の最奥に『クラッシャー』という文字が輝く看板を見つけることが出来た。
扉を押し開くと、来客を知らせるベルが静かに鳴る。
新しい客が入ってきたことを気に留めるような人間は誰もいないのか、まばらな客は皆、自分の目の前のグラスに集中している様子だ。
見たところ、客層は悪くないようだ。無論、ガラの悪さはあるのだろうが、少なくとも無暗矢鱈に他人に喧嘩をふっかけるような人種ではなさそうだ。
「お客さん、新顔か? いや、顔は見えねぇが。ヘルムを脱ぎな」
「断る。人に会いにきただけだ」
「なら客じゃねぇ、帰んな」
「一杯くらい飲むさ」
すると、店主と思われる、やたらと風格のある老人が、カウンターの向こうから不愛想な調子で声をかけてきた。
まぁ、言い分はごもっともです……確かに地球だとしても、コンビニにフルフェイスヘルメット被った客が来たら身構えるもんなぁ。
「だったらヘルムを脱ぎな」
困った。中身は高校生なので、絶対子供に見られるんですよ。やっぱり他のキャラクターの姿になっておくべきだっただろうか?
シレントもルーエも、あまり帝国で、それも人の多い場所で目撃されたくないんだよなぁ。
だったらいっそ、シジマの姿になっておけばよかったかもしれないな……。
あ、勿論ハッシュは論外です。半分自我が持っていかれそうになる上に、恐らくスティルが不機嫌になるから。
「店主、私の客です。今回は大目に見てくれませんかねぇ」
「なんだ……アンタの客か。いいぞ、奥の席だ」
するとその時、店の奥に一つだけあるブース席から、スティルの声が聞こえてきた。
どうやら顔なじみ……いや、ある程度信頼されているのだろう。その一言だけで、俺を警戒していた店主が、すんなりと奥に通してくれた。
奥まった席。所謂VIP席と言ったところだろうか。
上等なソファとテーブルが備え付けられたその場所で、スティルは顔も隠さず、一人でこの場所にそぐわない、紅茶を嗜んでいた。
「常連なのか? スティル」
「ええ、少々この界隈で活動していましてね。情報収集がてら、付近の荒くれ者相手の治療、そして悪質な者には相応の罰を与えてきました」
「で、なんでモデルなんてしてるんだ? 驚いたぞ」
「簡単な話ですよ。『扇動』には『信仰』をぶつけるつもりです。ああ、ご安心ください? 何もシズカと直接やりあうつもりはありません。ただ――彼女が今、少々厄介な協力者を得ているという情報を得ましてね。兵士や騎士、国に属する武力に、彼女の意思が介在している様子なのです」
「……お前は、モデルとしてファンを獲得し、そこから自分の為に動く人間を増やすつもりなのか」
「ええ。幸い、この国は男女平等です。上層部にも女性はいますからねぇ……それに上に立つ男には妻もいる。ある程度顔が浸透すれば、やりようはいくらでもあります」
「……国の動きをけん制出来るところまで動くつもりなのか?」
「そうでもしなければ、我が主はシズカの元まで辿り着けないと思いましてね。今、シズカに協力しているのは、この国の皇帝の次男、所謂『第二皇子』でしてね。流石に、事を荒立てずに彼女の場所まで辿り着くのは難しいのですよ。まぁ……お許しを頂けるのなら『帝国を壊滅させる』という手段で彼女までの道を整えることも可能ですが、それは望むところではないでしょう?」
……それは、誇張表現ではない。スティルは、武力でも、信仰でも、そのどちらでも国を一つ落とすことが出来る、そういう存在だ。
そもそも、こいつが背負わされている物語が『狂信者による扇動で国を乗っ取る』というもの。
つまり、ゲームとはいえこいつは、実際に国を落とした経験すらあるのだ。
「そうだな。俺もある程度情報は得ているが、次男は力を求め、ダンジョン攻略を推進しているそうだ。ダンジョンコアによる戦力増強が目的だろうな。で、俺はそこに『フース・ファン』を始めとした、黒幕連中も関与しているんじゃないかと睨んでいる」
「恐らくそうでしょうね。この国に連中がいるのは、以前こちらに転送された際に確認済みですから。私が飛ばされた『エグゾースト』と呼ばれている禁域ダンジョンの消失については、どうやら次男も血眼になって調査中だとか。これについて、もしかしたらシズカが既に情報を渡しているかもしれません。我が主がシレントの姿をこの都市で晒さなかったのは正解ですねぇ」
「……そうか。シズカがもう、そんな位置の権力者まで辿り着いていたのも驚きだが……俺の情報を渡している可能性、か」
「確定ではありませんけどね。くれぐれもお気を付けください。彼女は少々、周囲が見えなくなっている。どこかでお灸をすえなければいけないでしょうねぇ……でないと身を滅ぼすことになる」
「直接手出しはするなよ。シズカの暴走の原因は俺にあるんだ。好きにやらせた上で、正面から打ち破って辿り着くさ。まぁ、俺の言う『正面』っていうのは、お前の搦め手や裏工作も含めるがね」
「私は我が主の忠実なしもべですから。私のする工作も全て、主がシズカに正面から挑んだ結果でしかありません。なんの憂いも引け目も感じる必要はありませんよ」
そうなんでもない風に言いながら、冷めた紅茶を呷るスティル。
バーで酒を頼まないのは少々嫌がられるはずなのに、平然とこいつは給仕を呼びつけ、代わりの紅茶を注文していた。
「我が主も紅茶でいいですか?」
「あんまり長居はしないけどな」
「それは残念。ここは中々良い焼き菓子を出してくれるのに」
なんて冗談めかしながら、スティルは今後の動きについて語りだした。
「私はしばらくこの都市で信者を増やしますよ。シズカも手出しは出来ませんよ、ただのファンには。我が主はこの都市のダンジョンクリアに集中してくださって問題ありません。少なくともこの都市内で、シズカの息のかかった兵がダンジョンに介入は出来ませんし」
「そうなのか? 医薬品やら治癒術師の独占で困っているらしいが」
「ですが、その程度ですよ。ここのダンジョンだけは、武力による強引な突破は不可能ですから。知っていましたか?」
「ああ、なんというか、随分とバラエティに富んだダンジョンだったよ」
「ええ、そうです。なので、この都市のダンジョンへの介入優先度は低いんですよ」
流石、しっかりと調べてあるようだ。
恐らく、モデルという立場を利用し、様々な方面から情報を得ているのだろう。
結局、どういった経緯でモデルになったのかは聞きそびれてしまったが、俺はスティルの話を聞き、それを踏まえた上で、この都市、この帝国での動き方を今一度考えるのであった。
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