第二百四十二話
まず間違いなく、シズカは自分が持つ【扇動】や【魅了】といったスキルを駆使し、人々の行動をある程度操作しているのでしょう。それが港町で起きたストライキの原因と見て間違いないはず。
元々は格下の雑魚モンスターを操るスキル群だが、この世界ではそういった制限がない。
人間の意思を、ある程度操作することができる、恐ろしいスキルになるのだろう。
私は、我が主の意に沿う。だが元々、シズカを処分するつもりなどはない。
だが、確実に脅威となることは想像に難くない。ならば、殺さずとも『陣営を壊滅させる』程度には、こちらも攻勢に出る必要がある。
「やれやれ……また『狂信者』を大量に生み出すように動く必要が出てくるとは」
私は、この極めて近代的な、文化的に成熟しつつある巨大都市に足を踏み入れる。
きっと、ここならシズカも自分のやり方で勢力を増やせるだろうから。
それに対抗する為にも、私も動かなければ。
……数には、数ですからねぇ。
近代的な都市。行き交う馬車の数もさることながら、道行く人の服装もまた、バラエティーに富んでいた。
上流階級の人間が流行のドレス、外着を着こなすのはどこででもよく目にする光景ではあるが、この都市ではその服装が『似通っていない』のだ。
一般的に、服というのは流行り廃りが存在し、貴族の間で流行りがあれば、皆似たようなものを制作する職人にオーダーをするのが常。
大規模な量産体制がまだ整っていないであろうこの世界ではそれが当然。
だがそれでも、時間をかけて似たようなドレスが、まるで侵食するように人々の間で広がっていく。
が、この都市は違う。本当に様々なドレスが、様式の違う服装が、当然のように出回っている。
それは職人の数や、様々な文化圏から人が集まったからではないのだろう。
「ふむ……建物の規模からも感じていましたが、実に工業的に発展した都市ですねぇ」
量産されているのだろう。様々な服が、ドレスが、服飾関係の品が。
それだけではない。その服飾品が、しっかりと広告の力で宣伝されているのだ。
ポスターだけではない。電子的な広告、映像広告すら存在している。
魔法という便利な技術や、魔導具というそれを応用した道具も存在する世界。
誰か現代知識を持つ者が後押しすれば、飛躍的に文化文明が発達していくのは、リンドブルムにいた時から感じていたことだ。
「……ダンジョンの規模に大都市の数々……やはり、他世界から召喚した人間を重用してきた歴史があるのでしょうねぇ……」
我が主は、地球の知識を積極的にこの世界に広めようとはしていなかった。
だが、仮に国がその知識を取り入れ研究を重ねたら、間違いなく一足跳びに文明は発達する。
この国は、恐らくそれをしたのだろう。
「やれやれ……発展も度が過ぎると、こちらもやり難くなるのですが、どうしたものやら」
人を騙す……否、人を妄信させるには、ある程度人が馬鹿でなければいけない。
情報に疎く、信心深くなければいけない。これは、中々骨が折れそうです。
どうにかして……私の『信者』を増やさなければいけませんねぇ……。
「いーち……にーい……さん! 凄いわ、さっきの馬車、客車が三連結だった!」
「物凄い人数を運んでいましたね……ここまで大きな都市はそうそうないでしょうね」
リーゼネーヴェンのメインストリートを徒歩で進む最中、メルトは道行く馬車を観察し、興奮した様子でその報告をしてくる。
その様子がなんだが子供みたいで可愛らしい。
が、確かに驚くのもよく分かる。まるで、都市バスのような馬車が人々を運んでいるこの様子は、もはや地球の都市とほぼ変わらないくらいなのだから。
「ダンジョンのある区画が近くで良かったね。これなら俺達の借家から歩きでも迎えるし。まぁ近いと言っても三〇分は歩かないとだけど」
「でも、この街って大きくて、見ていて飽きないわ! 歩いてるだけで楽しいもん」
「そうですね、こうしてショーウィンドウを眺めているだけで楽しいです」
大通りに面した店舗は、リンドブルム以上にバラエティに富んでいた。
無論、それは様々な内容が印刷された広告からくる楽しさもあるのだが、本当に飽きがこない。
二人が楽しそうなのも当然と言えるだろう。
そうして、俺達はこの都市の探索者ギルドや冒険に必要な道具の数々を売る店が密集する『探索者区画』に辿り着いたのであった。
「すみません、ダンジョンへの挑戦についてお尋ねしたいのですが」
基本、探索者ギルドは都市の出入り口付近に建てられているという話だが、ここは俺達が入ってきた出入り口ではなかった。
どうやら、ここは俺達がこの大陸に上陸した港町、そこから直通で繋がっている街道からの出入り口のようだ。
「ようこそ、リーゼネーヴェン探索者ギルドへ。個人ですか? それともパーティ単位での申請でしょうか?」
この大都市の探索者ギルドは、これまで見てきたどのギルドよりも規模が大きかった。
というのも、建物がそもそも複数並んでいたのだ。
『新規探索申請』『特殊階層攻略受付』『成果物買取所』という、三つの大きな建物が隣接し、そこにとんでもない数の人間が吸い込まれるように殺到していた。
その建物につけられている名前からして、どうやらこれから挑むダンジョンは、これまで挑んできたダンジョンとは一味違うらしい。
「パーティでの申請です。メンバーは後ろの二人ですね」
俺の背後にいたメルトとシーレが横に並ぶと、受付の女性は俺達が身に着けている勲章、この国での探索者としての身分証を目に、驚いた様子で言葉をつづけた。
「白銀鷲翼章が三人……凄いですね、まだお若い様子ですが。これならば直接ダンジョンに挑めますよ。通常ですと、都市内での依頼や近隣の森での討伐任務を課せられるのですが」
「恐縮です。では、許可を頂けますか?」
「勿論です。ただ、この都市のダンジョンは他のダンジョンとは大きく勝手が違いますので、事前に冊子をお渡しします。くれぐれも、よく目を通してくださいね」
すると、受付嬢は許可証と思われるブレスレットを三つと、何やら薄い雑誌のようなものを手渡してくれた。
事前説明の為のパンフレットのようなものだと思うが、そんなものを用意しているとなると、いよいよもって、このダンジョンが普通のダンジョンではないことが伝わってくる。
「ありがとうございます。じゃあ、読んできますね」
「はい。返却は入り口のポストにお願いします。買い取りの場合は五〇〇リクスとなっております」
「了解です」
受付を済ませ、俺達は一度建物を後にする。
とてもじゃないが、待合所は落ち着いて読めるような環境ではないのだ。
人の数も多く、待合場のベンチも全て埋まっている程の盛況ぶりなのだから。
「というわけで、どこかで読もうか」
「へー! ダンジョンの本なんて私、初めて見たわ! んーと……あっち! あっちで読もう」
「広場ですね。どうやら探索者同士が個人で売買をしているようです」
「なるほど、そういうのも許可されているんだ」
早速、広場の片隅にある石のベンチに座り、渡された冊子に目を通していく。
だが、どうにもそれは『らしくない』けど『それらしい』内容であった。
「……らしくないけど『システム的にあるある』って感じだね」
「これは、随分と『システマチック』と言いますか、まるで『手本となる何かを知っている』かのようですね」
「なんだかリンドブルムの人工ダンジョンみたいねー?」
そう、非常に『便利で快適』なのだ。
ダンジョンの階層には全て、外への離脱用の転送装置が置かれ、さらに次回挑む際は、最後に挑んでいた階層から再スタートが出来るという徹底ぶり。
そして、現れるアイテムは全て、具現化することなく、ダンジョンを脱出した際に初めて手元に現れるという、もはや『天然という名の完全人工ダンジョン』と呼ぶべき仕組みだった。
完全に、このダンジョンの主が『ゲーム』を知っているとしか思えない内容だ。
「ねぇねぇ、この『特殊階層における中継』ってなにかしら?」
「これは……どうやらこの階層だけは、中の様子がダンジョンの外に放送されるようです。放送と言うのは……先程街中で見た、動く写真、映像のことですね。リアルタイムで現在の様子を、外の人間も見られるようにしているんです」
「マジか……その階層だけとはいえ、生配信なんてできるのか……」
いや、だがダンジョンはそもそも、この世界とはどこか異なる、恐らく地球以上の文明や文化を持っていると思われるダンジョンマスターの領域なのだ。
それくらい、できてしまっても不思議ではない。
ダンジョンマスター達はきっと……もっと『上位の世界の存在』だという俺の予想は、きっと当たっているのだろう。
それを、俺がどうこうする手段なんてないけれど、なんだか凄く『不安定な世界』だと言わざるを得ない。
「で、この特殊階層っていうのは、到達したその日に突破できるものじゃないんだね?」
「そのようです。ここで一度帰還し、その階層に今現在到達している人間が一定数集まったら、そこで初めて『なんらかの試練』が課せられるようですね。そして、それを外の人間に中継する」
「まるで見世物だな……バラエティ番組みたいだ」
「ふむふむ……なにかレクリエーションみたいなことをするのかしら? それともトーナメントみたいなことかなぁ?」
「どうだろうな……過去にどんな試練があったのか、人伝に聞くのもありかな」
「もしかしたら、殺し合いのような物騒なものもあるかもしれません。油断はできませんね」
そう、そうなのだ。ダンジョンマスターが善人だとは思えない。
これまで見てきたダンジョンマスターは皆、何かしらの悪意を持っているように見えた。
……いや、少々何を考えているのか分からないヤツもいたかもしれないが。
あの海底に続くダンジョン……あそこのマスターは、少々毛色が違ったように思える。
が、あんなのは例外だ。警戒して損はないはずだ。
「じゃあ、ダンジョンに向かおっか。えーと、ダンジョンはどこなのかしら?」
「向こうに、地下に続く大きなトンネルがありますね。そこから行くのでしょう」
「本当だ。それらしい人が沢山中に入っていくね。じゃあ……今日は手始めに、三階層くらいまで進んだら帰還しようか? どうやら、このダンジョンは途中で帰還しても、次回はその階層から再開できるみたいだし」
時間さえかければ、いつかは最下層に辿り着けそうな仕組みになっているダンジョン。
だが、そんなに親切な設計をしている裏には、必ず何かあるはずだ。
……そこにこそ、何か大きな悪意があるのではないだろうか。
俺達は早速、その巨大なトンネルに吸い込まれるように向かい、そして、ダンジョンへと続く転送装置に足を踏み入れたのであった――




