第67話.奪還作戦
偵察から戻ってきたリルは、緊張した面持ちのナナオたちに向かって小声でこう言った。
『居たわよ。手首に鎖をつけて寝かされてたけど、特に怪我なんかも無いみたい』
まずはその一言に、数人分の安堵の溜め息が漏れる。
リュリュはそれだけで、顔を覆ってしまった。きっとどうにか嗚咽を堪えているのだろう。
『んで、あいつらが隠れているのはナナオの言う通り、地下内に造られた大きな洞窟の中。もともとはここを掘り進めた当時の人たちが、中間拠点として使っていたんじゃないかしら。赤髪娘の抵抗で大怪我を負った仲間がふたり居るみたいで、移動に手間取ってそこで休んでいるんだと思うわ』
「さすがキュキュだな」
リルの報告の途中だったが、ナナオは思わず呟いた。転んでもタダじゃ起きない子だとは思っていたが、しっかり相手に手傷を負わせていたとは。
キュキュのおかげで、ならず者たちの移動速度を落とし、こうしてナナオたちも追いつくことができた。これは間違いなく幸運である。
リルはその後、洞窟内の簡単な見取り図のようなものを土の上に尖った爪の先で描いてみせた。
『それと、敵の人数は全部で十九人。配置としては、入口のすぐ外にふたり、入口付近に座っているのが三人。バラバラに座り込んでるのが六人。包帯グルグルで横たわってるのが二人、その看病をしてるのが三人。
あとの二人は、落ち着かずに歩き回ってるのと、もう一人の巨体ムキムキ男は、赤髪娘のすぐ後ろの岩の上ね。入口が見える位置にいるから、コイツの注意をかいくぐるのは難しそう』
「男……悪者の人たちは男性だったの? 師匠」
図の上に置かれた小石を見ながら問うティオの問いに、リルが頷く。
『十九人とも男よ。ナナオの言う通り、水色のバンダナを腕や足に巻いてた。それとほぼ全員、魔道具らしいナイフをお揃いで持ってて、ムキムキ男はでっかい斧みたいなのを横に置いてたわ』
予想通りだ。やはり今回キュキュを攫った犯人たちは、先日ミアナを攫おうとした男たちと同じ組織に所属する人間なのだろう。
彼らがどういった存在なのかは分からないし、その信念も不明だが、現時点で明らかなことは、クラスメイトのキュキュに仇成すもの――ナナオたちにとっては敵である、ということだ。
今はそれだけ分かれば十分だろう。
まずはキュキュを無事に取り戻さなければ。
洞窟からはまだ数十メートル離れた、行き止まりの道に潜んでいるナナオは、背後の少女たちを振り返った。
「男といっても魔道具が使える以上、一筋縄には行かないと思う。まず俺とティオが急襲して、暗闇に紛れて相手を攪乱しよう」
「やっとボクも役に立てるねっ」
装備した肉球型メリケンサックをにぎにぎするティオ。やる気に漲っていて頼もしい。
「そして隙を見計らって、俺かティオのどちらかがキュキュを誘導する。フミカとリュリュは入口付近で待機して、キュキュを安全なところまで逃がしてくれるかな」
「任せて。ゼッタイ。成し遂げる」
「…………」
「フミカ?」
無言のフミカに声を掛けると、フミカはいつになく固い表情をしていた。
「……わかった」
だが、消え入りそうな声音ながら頷いてくれたので大丈夫そうだ。
「それと、リルは……」
『アタシ? もう偵察で十二分に協力したでしょ。そろそろ帰りたいんだけど』
「じゃあ、一つだけついでに頼む」
『ついで? ハァ、仕方ないわね。ちょっとしたことならいいわよ』
「ありがとう! それならキュキュが誰かに攻撃されそうになったら、身代わりになってくれ」
『身代わりね、オーケ――じゃなぁいッ! 動物虐待で愛護団体に訴えるわよッ!』
また信じられないものを見るような顔つきでリュリュがナナオのことを見ていた。……いや、なので、ただの冗談だからね?
+ + + + +
何はともあれ作戦開始である。
行き止まりの道からほぼ同時に、ナナオとティオは飛び出した。
小石だらけの道を駆け上がるようにして登っていけば、洞窟の外で見張りをしているのはふたり。数分前、物音に様子を見に行ったふたり組である。
見張りには不慣れなのか、ふたりしてボーッと天井を眺めて、時折周囲に目を走らせるだけというお粗末さだ。
ナナオはそんなふたりの視線がこちらに向く前に、人差し指に乗せていた小石を素早く親指で弾いた。
ほとんど弾丸のような速度で暗闇の中から飛来したその石を、怠けている男たちが避けられるはずもなく――見事、その額ド真ん中に二発とも命中。
「ッッ!」
声を上げることすらできず、男たちは後ろに向かってゆっくりと倒れていく。完全に意識を失っているのだろう、仲良く白目まで剥いていた。
だがナナオはまだまだ容赦がなかった。ナナオとティオ、自己強化魔法をお互いに得意とするふたりは、そんな男たちの身体を力任せに担ぎ上げ――洞窟内に向かって、勢いよくブン投げたのである。
為す術なく宙を舞う、男たちの身体。
狙い通り、左右の壁にそれぞれ交差するような形で激突。本当は足元に放ってやったほうが動揺を誘えるのだろうが、キュキュが捕まっている以上は地面に混乱の種を振りまくわけにいかなかったのだ。
「な、なんだってんだ!?」
小さな松明が揺れ、戸惑いに男たちの影がいくつも揺れる。そのほとんどはどうにか立ち上がってはいるが、動きは鈍いものだ。
そして向こうが体勢を立て直す暇を与える意味はない。
「はああっ!」
ティオがメリケンサックを入口付近の男の顎にクリーンヒットさせる真横、ナナオは土を蹴って瞬時に洞窟の中を跳躍した。
「な――」
きっと、男たちは驚いたことだろう。ナナオの長い髪の毛が広がるシルエットは、まるでオバケのそれのように、洞窟内に広がって照らされていたのだから。
ついで、とばかりにリーダー格らしき巨体の男の顔面を踏んづけたナナオは、無事に地面への着地を決めて、そこで敷物の上で上半身を持ち上げているキュキュとばっちり目が合った。
「あっ、あなた――!」
「うん。話はまた後で!」
元気そうではあるが、手首が拘束されているせいでキュキュはかなり動きにくそうだ。これでは自力で立ち上がるのは難しいだろう。
咄嗟にそう判断したナナオはキュキュの身体を、米俵を抱え込むようにして持ち上げた。
「ちょ、ちょっと……?! いったいなに――」
「ごめん! 文句は後で聞くから!」
入口では、ふたりをうまく昏倒させたティオがもうひとりと向かい合っている。
というのも、懐に入ればティオの勝利は確定だろうが、暗闇の来襲でパニックに陥った男はなりふり構わずナイフを振り回しているのだ。これではティオもなかなか前に踏み込めない。
「【水流線】」
そこですかさず、入口から水魔法が飛んできた。
まともにその一撃を顔に喰らい、男が一瞬怯む。
その隙を逃さずティオが腕を伸ばし、鋭いアッパーをかました。当分起き上がれないほどの強力な一撃だ。
これで五人、キュキュが手傷を負わせた相手を含めば七人がダウン。
だがそのタイミングで、周りの男たちも冷静さを取り戻しつつあるようだった。
「おらああああッ!」
「うわっ」
いち早く目の前のリーダー格の男が、頭上から斧を振りかざしてくる。
キュキュを抱えたまま後ろに下がって躱すナナオだったが、その背後にも凶刃が迫る。
ナナオは振り返らずその一撃を交わしたが、そこに再び斧。あらゆる方向からナイフ、ナイフ、ナイフ……。いくら躱してもキリがなかった。
「ははぁ。はぁ、ハァ、ハァア……!」
……そして男たちの様子だ。
その手にしている武器は残らず、闇色のオーラをまとっている。
いつぞや見た通り、それを扱う男たちの目もぎらぎらと充血していて、口端からは涎を垂らす勢いだった。
ミアナのときと同じだ。魔道具を扱うと、彼らは正気を保てなくなるらしい。
周囲を囲まれ、包囲網はじりじりと狭まりつつある。このままではキュキュを外に退避させられそうもない。
「王女を、離セ。そいつは、オレたちの作戦に必要、なんダからな……」
瞳孔を大きく見開きながら、リーダー格の男が言う。
王女――確かにそいつは、そう言ったようだった。
――やっぱり……目的はシアだったのか。
何かがおかしい、と気がついたのは、小さな違和感が積み重なった結果だった。
まず、交換留学生の件。サリバはキュキュに打診していたのに、学院の二年生たちは、なぜかレティシアが代表生徒だと勘違いしていた。
先日の、ミアナが誘拐されかけた件もそうだ。目の前の男たちの仲間であっただろうあのふたりは、わざわざ王女であるミアナを誘拐しようとしていた。
それに、彼らが潜伏場所に選んだのは王都地下。
他に選択肢はあっただろうに、ナナオには、彼らがわざとリスクのある場所を選んだように思えてならなかったのだ。
つまり――こいつらは第九王女であるレティシアを材料にして、王城、ひいては女王に、何らかの交渉を持ちかけようとしていたのではないだろうか。