第66話.目覚めた少女
ナナオたちが王都地下へと突入する、ほんの数十分前のこと。
「う……」
しばらく気を失っていたキュキュは、目を覚ました。
どうやら粗末な藁でできた敷物の上に寝かされているらしい。
身体全体がひどく痛む。
それに頭の芯がくらくらするような感覚があり、落ち着かない。
反射的にこめかみを抑えようとしたが、それは叶わなかった。両手が背中側でまとめて、鎖で縛られていたからだ。
周りの様子をどうにか確認しようとしても、遠くの壁の台に置かれた小さな松明だけが光源なので、周囲の状況はちっとも分からない。
かろうじて分かるのは、ここが屋内ではなく、かなり広い屋外――それに土とカビの臭いが漂うような異様な場所であること、くらいだった。間違っても、見覚えはない。
あれから、どれくらいの時間が経ったのだろう。
キュキュはその体勢のまま、こうなった経緯を思い返していた。
そう、アルーニャ女学院の交換留学プログラム代表生徒として、馬車で学院を出発して……。
森の脇に造られた一本道を馬車が進んでいる最中のことだ。
突然、御者が馬を止めたかと思うと――馬車に向かって殺到してきた男たちが、唐突な事態に戸惑うキュキュを無理やりに引きずり下ろした。
もちろん、炎魔法で焼き焦がしてやるつもりで抵抗をした。この世界の男どもなど、女が子どもを産むときにその身体を利用してやる以外に、何の使い道もない生き物なのだから当たり前だ。
それなのに……キュキュはたった八人の男によって、捕まってしまった。
闇のオーラをまとう武器を手にした男たちに、動揺の隙を突かれて捕縛され、その後すぐに意識を失ったのだ。サイル家の長女であるキュキュにとって、それは矜持を傷つけるほどの醜態であった。
「おう。目覚めたか、王女様」
「――?」
頭上から野太い声を掛けられて、キュキュは眉を顰めた。
「優秀とは聞いてたが、まさかここまで抵抗されるとはな。アンタの魔法で、俺たちの仲間はふたりも大火傷を負っちまったよ」
忌々しげに背中を小突かれ、一気に苛立ちが膨れ上がるが、キュキュは沈黙したまま答えなかった。
というのも既に持ち前の冷静さを取り戻したキュキュは、自分を攫った不届き者たちが明らかな勘違いをしていることをしっかり認識していたのだ。
――コイツら、私をレティシア・ニャ・アルーニャだと思ってる。
「でも、ボス。確か王女は、金髪碧眼の女だったはずじゃ」
「それに光魔法を使えるとか、上の連中が言ってたって」
「ゴチャゴチャうるせぇな。交換留学生に選ばれたのは王女なんだろ? それに炎も光も、同じようにまぶしいんだから一緒の魔法だろ」
なるほど、と感心したように周囲の雑魚っぽい男たちが頷いているようだ。姿はまったく見えないが、空気の揺れでそれが分かった。
今の会話も、国内最高峰レベルの機関で教育を受けているキュキュからすると「何言ってんのコイツら」というレベルのものだ。だが、それは実際、アルーニャ王国の実態を思うと無理もないことであった。
魔法を使えない男性は、魔法という異能の力に関わる機会が極端に少ない。
その仕組み、どんな種類が存在するのかなど、そんなことは彼らには知る由もないことなのだから。
「確かにコイツの魔法は強力だったが、こうして鎖をつけておけば、無力なただの小娘だ。恐れる必要も何もない」
そしてまたヒントを得て、心の中で納得するキュキュ。
もともと、ほんの小さな小声でも、発声さえできれば魔法は使える。
それに身体能力の強化を行う無属性魔法であれば、発声せずとも自力で発動させることができる。
それなのに……現在のキュキュは何故か、一切の魔法の力を行使することができなかった。
その理由は、つまり、コイツらにつけられた鎖。
ただの鎖にそんな力は無いので、おそらくこれは魔道具の一種なのだろう。
だが、疑問は残る。本来男性とは、魔力を持たない存在であるはずなのだ。
しかし最初に襲撃してきた男たちは、当たり前のように闇属性の魔道具、それに拘束型の魔道具を使用している。天地がひっくり返っても有り得ないようなことが、平然と起こっている。
この場には少なくとも八人以上の男が居るはずだが、そいつら全員が何かの偶然によって魔力を持っている? しかもそいつらは一国の王女を誘拐しようなんて信じられないほど無謀な計画を立てて、実行に移してみせた?
……そんな馬鹿なことが、あるのだろうか?
思索にふけっていると、背中側、遠くの方から「ガタンッ」という何かが倒れたような物音がきこえてきた。
数人が息を呑むような気配。先ほどからよく喋っているボスらしき男の野太い声が言う。
「おい! お前ら見てこい」
そのすぐ後、ふたり分の足音が慌ててそちらへと向かった。
キュキュは思わず、どきりとしていた。今の物音はもしかすると、キュキュを救出しに来たサイル家の人間――あるいは学院の教師なんかが、誤って立ててしまったものではないだろうか。
『ニャアオ』
だが、どうやらそうではなかったらしい。
「なんだ、猫かよ……驚かせやがって」
「にしても、やたら人間っぽい鳴き声の猫だな」
男たちの声と足音が戻ってくる。
それに引き寄せられるようにして、小さな生き物の足音まで。
懐きっぽく喉を鳴らしていて、とても可愛らしいが……危機感が薄いのだろうか。こんな無法者たちの集まるところまで来てしまったら、どんな目に遭わされるか分からないというのに。
「おお、猫か。な、なかなかカワ……じゃねぇ、良い毛並みをしてるな」
「貴族の令嬢にでも飼われている猫っすかね」
「んなこた知らねぇけどよ。カワ……じゃねぇ、目障りだからさっさと追い払え」
ボスっぽい男は邪険な扱いをしているが、猫はニャアニャア鳴いて、その場をうろちょろしているようだ。
ふと、その猫の姿を視界の端に留めたとき、キュキュは驚きのあまり目を見開いた。
見覚えのある整った顔つき。そういえばさっきのも、ヘタクソすぎる猫の声真似。
間違いない。あれはナナオ――ミヤウチ・ナナオの使い魔の、白猫だ。
しかし、何故あの白猫がこんなところに? と考えて……キュキュはその考えに思い至る。
きっと、ナナオは助けに来たのだ。キュキュが攫われたと知って。
別に大して仲が良いわけでもないのに。何かの義理があるわけでもないのに。
漏れ出そうになる罵倒を、唇を引き結んでどうにか抑えて、キュキュは静かに瞳だけを潤ませた。
それでもきっと、あのヘンテコな少女は――こんな所まで、キュキュを迎えに来てくれたのだ。




