表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レイテの幻像 (少女達が見た戦争)  作者: 扶桑かつみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/8

第四章「捷一号作戦始動」

「お、見ろよ、今日も来たぜ」

 土曜の昼下がり、呉軍港内の大型艦専用桟橋に接岸する軍艦『大和』艦上では、水兵らしいとは言えない会話が交わされていた。

「な、言っただろ。どれも結構可愛いだろ」

「と言っても相手は高校生だろ、守備範囲外だぜ」

「何言ってやがる、このロリコン野郎」

「オレは、背の高いのが好みだな」

「そうか、やっぱり真ん中の可愛い子だろう」

 相手に聞こえないのを良いことに言いたい放題だ。しかし、軍艦というものがいまだ男性乗員が過半数だという事を思えば、この程度同じ男なら許してやるのが人情というものだろう。

 そんな彼らの眼前に近づいてくる三人は、甲板にたむろする水兵を何気なく見ながら、ゆっくりとラッタルに向けて歩いていた。

「フワ〜っ、昨日夜更かしが過ぎたなぁ。寝たん何時やったっけ」

「え〜と、多分朝の五時ぐらいだったと思うよ」

「ふーん、私はいつもと同じぐらいだから平気」

「さっちんはナポレオンと同じやな〜」

 そんな気の抜けた会話ばかりしていたが、少しばかり責任感を感じたかすみが、今日も案内を仰せつかった水兵に語りかけてる。しかしあとの二人は突然会話を中断すると、その場で立ち止まった。いや、固まっていた。

「今日は半ドンだから、自由に見学できるんでしたよね……アレ?」

 チラリと振り返ったかすみが怪訝げに二人を見ると、慌てて追いついて来た二人が、水兵からかすみを少し離して耳元でささやきかけた。

「見て、甲板の上、水兵の数がさっきと違うんだ」

 橘さつきは、いつになく鋭い声だ。

「せや、ウチ品定めしてたから間違えヘンで。一番イケメンの兄ちゃんが消えてもた。他にも何人か。もちろん、歩いてどっかに行ったとかちゃうで」

 まさかぁ〜、と答えようとしたかすみだが、真剣な表情の二人を前にするとそうは言えず、とにかく自分の目で確かめることにした。

 しかし、かすみの視線の先には、水兵どころかまったく違う景色が広がっていた。

 静まり返った水面、その中で浮かぶ馴染み深い古い状態の『大和』。そこに急速に近づきつつある小さな船。そしてそこから『大和』を見ている曾お爺ちゃん。曾お爺ちゃんからは、いつになく気迫のようなものを感じる。

(『夢』。ううん白昼夢。でもどうして?)

 そこまで思ったら風景が再び一変し、先ほどのまでの光景に戻った。二人は、さっきと同じように怪訝な顔をしてその先を見つめ、東雲みゆきなどは、指を動かしながら何度も数え直している。

「あれ〜、瞬きしたら数が元に戻ってもうた〜、イケメン兄ちゃんもちゃんとおるしなぁ、何やってんや」

「かすみ、何かあった」

 かすみのわずかな変化を見つけたさつきが問いかけてきたので、ありのまま答えた。

 それを横で聞いていたみゆきが、納得したように断言した。

「どこからスタートしたんか分からんけど、ゲームはもう始まってるちゅーことやな」

 よっしゃ、やるで〜、と先ほどのあくびはどこへやら、元気全開で力強く歩き出した。

 その横では、納得いかないと言たげなさつきが、振り向きながらかすみを即した。

「行こう。もう道は前にしかないって事みたいだし」


「まずは、食堂でお茶にしましょう。そこで少し休憩を兼ねて本艦について少々ご説明します」

 三人は、昨日と同様に、案内の水兵に従い食堂へと入った。

 中は、時間外だったから非番待機の者が数人いるだけで、閑散としたものだ。なまじ大きな食堂なだけに、寂しいイメージが溢れていた。

 そしてついつい三人交互に視線を交わし合い、少し安心する。

 どうやら、『夢』を見た者はいないようだ、と。

 案内の水兵が冊子を取りに行くと告げて席を外すと、三人は首を付き合わせてヒソヒソ話を始めた。

 話題はもちろん先ほどの事件についてだ。本来別の事を話す予定だったのだが、そんな事は吹き飛んでいた。

 だが、臨時の議題は簡単に解決しした。と言うよりも、『夢』を見た者が『夢』に積極的な姿勢を示すと言う以外対処の取りようがなかった。それがゲームのルールだし、能動的にゲームに入ることができないからだ。

 続けて、さつきが切り出した。

「どうやら、『夢』だって言ってられないみたいだね、不本意だけど」

「まあ、なるようになるって、いちいち気にしてたらやってられへんで。ルールだけ忘れんようにしとけば当面問題ないやろ」

 もう完全に割り切っているみゆきは、余裕の表情だ。その言葉にかすみがうなづく。

「そうだね。でさ、さつきちゃん、私達が寝た後もパソコンで何かしてたよね、何してたの?」

 これが本来の議題だった。

「うん、少し説明パートのところ作っておいたんだ」

「さっちん、ちゃんと寝てるか〜?」

 さつきの言葉に、呆れたようなみゆきの声が少し大きく響いたが、特に気にした人は周りにいないようだ。さつきは、持っていたサイドバックから愛用のノートPCを取り出すと、素早くスタンバイした。

「うん、これだけど、水兵さんが来るまで見て」

「え〜、私が見ても誤字脱字ぐらいしか分からないよ〜」

 かすみが悲鳴にも似たうめき声をもらすが、さつきの視線に即されるままに、みゆきと二人で画面をのぞき込んだ。


 ◆ ◆ ◆


 レイテへと侵攻した米大部隊。それを守護する立場にあるハルゼー提督率いるTF三八は、台湾沖で現れなかった日本海軍の空母機動部隊が日本本土から出撃した事を知る。

 そして日本艦隊が多数の空母と戦艦を含むと分かると、空母部隊撃滅こそを至上命題に挙げる米海軍は、北方に強く引きつけられていく。米海軍の行動は、開戦以来さんざんに痛めつけられた相手なだけに、空母を無視するなどできない相談、とでも言いたげな行動だった。

 結果、レイテ島での橋頭堡を確保した二二日夕刻以降、三つあったハルゼーの高速空母群のうち常に一個空母群が北寄りに配備された。さらに二三日には、一個任務群が決戦のための補給を目的として前線から一度後退した。

 そして二二日午前一〇時、西村提督率いる第一遊撃部隊の全力がブルネイを出航した事を知った時、これを当面阻止すべき主戦力はレイテ付近にいた一個高速空母群と護衛空母群だけとなっていた。

 もちろん、すぐ後から補給作業を急いでいた任務部隊が応援に駆けつける予定で、昼頃には作戦展開できる筈だった。だが、相手の規模を考えると、阻止できる自信が持てなかった。

 このため、急ぎ旧式戦艦を中心とした戦艦部隊が、味方にとって有利な場所での水上打撃戦を意図して、急ぎ準備された。用意されたのは、第七艦隊で最も有力な戦艦六隻を中核にしたオルデンドルフ少将率いる打撃艦隊だ。「囮」である水上艦隊相手なら十分な筈だった。

 しかし不安は続く。日本艦隊の集結地ブルネイ付近で偵察任務に就いていた潜水艦の情報から、艦隊には恐るべき『大和級』戦艦が二〜三隻含まれている報告を受けたからだ。そこで最もレイテに近かった空母任務群の護衛をしていた新鋭戦艦「ニュージャージ」が、オルデンドルフ提督の旧式戦艦部隊に臨時編入された。また、ハルゼー提督から、艦隊指揮官は最も残存性の高い艦へ旗艦を置くべしと要請されたため、旗艦も「ニュージャージ」に変更された。さらに補給のため下がっていた空母群は、敵戦艦部隊攻撃を優先する事になった。

 これで万全の筈だった。

 ハルゼー提督率いる高速空母部隊は、「囮」の戦艦部隊をある程度空襲で痛めつけた後、「主力」である日本本土から襲来する空母部隊と対決する姿勢を取って戦闘初日を迎える。


 一〇月二二日午前一〇時にブルネイを出撃した西村艦隊だったが、ブルネイから出撃したのは第一遊撃艦隊だけでなかった。早朝、一足早く四隻の「松級」駆逐艦からなる小規模な艦隊が、戦闘海域に入る直前まで前路警戒のため活動していた。

 先に出た小さな艦隊は、本来なら主力艦隊随伴の洋上補給用大型高速タンカーを護衛するための戦力だった。だが、作戦距離と作戦目的の関係から護衛任務から一時的に解放されたもので、それを第一遊撃艦隊司令部が有効活用したに過ぎない。本来の正規の編成には存在しないものだ。

 また、この時のために、海上護衛総司令部を拝み倒して台湾で温存してもらっていた、対潜哨戒機部隊(九〇一空)に急ぎ進出して前路哨戒を行わせた。そうして潜水艦対策を行ってから、一八ノットの速度でレイテ島目指して一直線の突進を開始する。


 先に放たれた対潜哨戒部隊は、第一遊撃艦隊進路上付近海面に複数の潜水艦を発見。うち一隻を撃沈確実、二隻を撃破もしくは撃沈したという報告を各方面に知らせた。米海軍も、二隻の潜水艦を失ったことを自らの公文書上で認めている。

 だが、報告に安心した第一遊撃艦隊は、重巡洋艦「愛宕」に魚雷四本命中、「信濃」に魚雷二本が命中するという大損害を受けてしまう。

 魚雷を続けて受けた「愛宕」は、前部の弾薬庫近くに命中した魚雷の誘爆により轟沈と呼んでよいほどの短時間で沈没。この攻撃は、唯一潜伏に成功した米潜「ダーター(Darter)」によるものだった。

 被雷により約二時間の時間を消費した第一遊撃部隊だったが、小澤艦隊との連携のため遅れることはできないと西村提督は前進を強く命令。フィリピン中央部の海域へとさらなる進撃を再開する。

 なお、魚雷二本を被雷した「信濃」は、持ち前の優れた防御能力により僅かに浸水しただけですんでいた。速力も最大速力が二ノット低下しただけで戦闘航行に支障はなく、艦隊も何事も無かったかのようにそのまま進撃した。

 そして艦隊は、二四日の夜明けには米艦載機攻撃圏内であるシブヤン海に到達していた。

 二四日早朝、北方の小澤・山口機動部隊が索敵機を放った頃、フィリピン群島中央部の狭隘な水域に突入。そこで対空輪形陣を敷いた第一遊撃部隊は、ハルゼー機動部隊からかつてない苛烈な空襲を受けることとなる。

 しかし米軍にとっても、第一遊撃部隊は意外な存在だった。当初米軍は、この戦艦部隊を囮としての役割しか与えられていない弱敵と考えていた。しかし実際は、新鋭戦艦二〜三隻を中心とする戦艦七隻も有する大艦隊だった。対空防御力も、マリアナ沖で体験したよりも強固なものとなっている事を、様々な偵察により突き止めたからだ。

 しかもその中核となるのは、これまでの戦いで自分たちの新鋭戦艦を二度までも葬り去ってきた「モンスター」こと「YAMATO」クラス複数だ。つまりオルデンドルフ提督の戦艦部隊にそのままぶつかられては、突破される恐れも高い。そうなっては、作戦が根底から崩壊する事と判断された。

 故にハルゼー提督は、時間の許す限りノロマな戦艦の群のハンティングを部下達に命令した。

 「まずは、オードブルだ。メインディッシュまでに必ず平らげてこい」


 二四日一〇時二六分、米軍の第一次攻撃隊四五機が西村艦隊の上空へと現れる。だが、この攻撃は、まったくの失敗に終わる。台湾から無理矢理ルソン島南部に進出してきた日本の航空隊が、約三〇機ながら艦隊上空に戦闘機を送り込み、敵戦闘機はいないと考えていた米編隊の奇襲に成功したからだった。

 この時西村艦隊の防空に当たったのは、三四三空に属する「戦闘三〇一」の紫電、紫電改、零戦など合計三一機。対する米軍は、日本側戦闘機の存在を軽視していたためF6F戦闘機は一六機に過ぎなかった。

 日本側の最初の逆さ落としの迎撃によって戦闘機隊の大半が混乱に陥ってからは、「戦闘三〇一」の狩り場と化した。米軍も一部の攻撃機が隙をついて艦隊に攻撃を行ったが、少数の機体に多数の弾幕が集中した事から損害も大きく、「武蔵」に至近弾一発を与えただけで失敗に終わる。

 だが、航続距離にやや難点のある局地戦闘機が主力を占める「戦闘三〇一」は長時間の護衛は不可能だった。しかも三〇一に代わりうる戦闘機隊の進出が遅れているため、その後西村艦隊は空からの攻撃に対して丸裸となる。

 そしてそこに、第二波以降の米機動部隊による熾烈な攻撃が開始される。

 午前一二時六分、第二次攻撃隊六八機が襲来。

 これが第二ラウンドの始まりとなった。

 敵戦闘機の姿がなく落胆もしくは安堵する米編隊だったが、攻撃隊の方は前方を進む艦隊の中心で圧倒的存在感を示す「大和」、「武蔵」、「信濃」に攻撃を集中する。「大和級」戦艦は、空から見るとそれだけインパクトがあった。

 だが、無抵抗な水上艦艇を嬲る筈の米艦載機隊は、以前と勝手が少し違った。日本艦隊の弾幕密度がそれまでより大きく上昇していたからだ。

 中でも新鋭艦特有の船体の輝きを見せる「信濃」の弾幕は濃密で、戦艦四隻を核とした艦隊中心部にあって他艦にまで弾幕の網を投げかけており、しかもその両脇には、他の倍近い火力を叩きつけてくる巡洋艦が存在し、大きな障害となっていた。

 特に米軍機を悩ませたのは、各大型艦から発射される多連装式の対空ロケット砲による、炎の網を投げかけるかのようなこの攻撃だった。一斉に射点についた雷撃機が、雷撃を阻止されるばかりか、撃破・撃墜されるという事件が多発した。

 また、艦隊を構成する何隻かの艦艇は、多数の高角砲・機銃を装備した明らかに防空専門艦としての改装を受けており、それに邪魔された急降下爆撃の成績も芳しくなかった。そればかりか、高い防空能力を持つ艦をまず潰すべく艦載機が少数の艦に集中してしまい、米軍のドクトリンと言える、まんべんなく攻撃して敵全体の戦闘力を低下させるという状況にはならなかった。

 なお、攻撃が集中した艦艇は、米軍パイロットに邪魔と映った「信濃」、「長門」、「比叡」、「鳥海」、「摩耶」の五隻だった。午後に入ってからの攻撃は、もっぱらこの五隻とパイロットに大きなインパクトを与える「大和級」戦艦に向けられる。このため艦隊全体の損害は、最小限に抑えられた。

 米艦載機による空襲は、その後第五次攻撃隊まで続けられるが、第三、第四次攻撃隊は大きな規模で送り出せなかったため、結果は米軍側にとって芳しいものではなかった。大きな艦橋を持つ防空専門艦(「摩耶」)を魚雷により脱落させ、「大和級」戦艦二隻に命中弾数発を得ていただけだった。

 これは、日本側の防空戦闘が成功している何よりの証拠であり、事前の回避運動に関する変更がうまく機能したからこその結果だった。

 少ない戦果を前に、戦艦一隻の撃沈を厳命するハルゼーの決意を見せるかのごとく、約一〇〇機の大攻撃隊が午後三時を回ろうとしていた頃襲来する。日没と日本機動部隊との対決を考えれば、これが今日西村艦隊に対して出しうる最後の攻撃隊でもあった。

 この時西村艦隊上空に展開していた二六機の戦闘機は、そのまま増速すると一斉に米編隊の護衛についていたF6F、F4U戦闘機との空中戦に突入。日本軍戦闘機隊を自軍戦闘機隊が押し止めている間、約八〇機の攻撃隊が主に第一群目指して攻撃を開始した。

 標的となったのは、すでに被弾して最高速力が少し落ちていた「信濃」、「武蔵」で、一部がその側にいる「大和」、「長門」と一部の軽艦艇に向かったが、攻撃隊の八割以上が先の二隻に対して集中するという異常な戦闘へと発展する。

 この時の戦闘では、攻撃を受けた日本側にとっても大きな試練だったが、艦隊中心部だけを狙った米軍にとっても犠牲を強いる事になった。特に、多連装ロケット砲の網の中に突っ込まねばならない雷撃隊の損害は大きなものとなった。日本軍のロケット砲は、雷撃を直接的に阻止するのは難しいが、的確に雷撃した機体はそのすぐ後に炎の網に捕らわれる覚悟が必要だったからだ。

 しかも、一部の日本軍戦闘機は米戦闘機隊を振り切ると、自軍の弾幕をものともせず輪形陣の中に入り込んで米軍機を追い回すなどしたため、射点につけず魚雷や爆弾を投棄して待避する機体や、その逆に射点から外れる事のできない機体の多くが犠牲になっていた。

 なお、最も新しい防空システムを持っていた「信濃」は、この攻撃下において防空駆逐艦数隻分と言われる能力を発揮し、自艦、他艦の防空に活躍している。


 米軍の激しい攻撃は約二〇分間続き、米軍編隊が去ろうとしていた午後三時三〇分、西村提督は艦隊に一斉反転を命令した。

 この反転は、損傷艦艇の応急復帰のための時間を稼ぐ事と、突入時刻調整のためだった。だが、煙をあげ傾いた戦艦を抱えた日本艦隊の反転を後退と判断した米機動部隊は、本命の北の空母部隊への突撃を開始した、

 そしてここに、総数二九六機に及んだ長時間にわたる空襲はここに幕を閉じる。

 シブヤン海での戦闘総決算は、アメリカ側が攻撃機の約二五%、全体の約九%にあたる約七〇機の艦載機を損失した。対する日本側は、前日の潜水艦による損失を合わせると重巡三(「愛宕」、「高雄」、「摩耶」)、駆逐艦二の突入戦力を喪失し、うち重巡「愛宕」が完全損失となっていた。米軍編隊から集中攻撃を受けた各「大和級」戦艦は、日本海軍としては破格の防空弾幕と適切な回避運動により、多くの至近弾こそ出したが損害は最小限に止まっていた。

 前日に潜水艦の魚雷二本を受けていた「信濃」が航空魚雷一本、直撃爆弾二発、「武蔵」航空魚雷二本、爆弾直撃二発、「大和」爆弾直撃一発という、襲来機数から考えれば少ない犠牲で切り抜け、「長門」や各「金剛級」戦艦に至っては至近弾のみですべての攻撃を切り抜けていた。

 命中率で言えばせいぜい五%程度だ。

 そして、戦線離脱を余儀なくされた「摩耶」、「高雄」と護衛の駆逐艦二隻に見送られながら、午後五時一四分に再反転。爾後艦隊は、太平洋の玄関口となるサンベルナルジノ海峡へ突入を再開。日本艦隊の海峡突破予定時刻は、二五日午前零時だった。

 この時海峡出口にいた米艦隊は、戦艦七、重巡四、軽巡四、駆逐艦一九、魚雷艇三九隻という構成で、日本側の戦艦七、重巡九、軽巡二、駆逐艦一九と比較すると、数字の上ではほぼ互角の戦力と言えた。

 しかし日本側には損傷しているとは言え「大和級」戦艦三隻が含まれており、艦隊を構成する部隊のほとんどは水上戦闘においては日本海軍の最精鋭だった。対する米艦隊は、どちらかと言えば二線級の支援艦隊であり、陣形と技術的なアドバンテージ以外米軍には不利なファクターの方が多いと判断されていた。

 そして、狭隘な海峡で今大戦最大級の艦隊決戦が、夜戦という形で発生する。


 ◆ ◆ ◆


「あ、タイムリミットだ」

 周囲を見回していたさつきの声が二人を現実に引き戻し、そこでそれぞれ感想を口にした。

「空襲のあたり、昨日私がタクシーの中で見た『夢』だよね。ふーん、こういう風になるんだ。ここだけは、だいたい分かったよ。今でも飛行機の音とか耳に残っているもん」

「なあ、一気にここまで説明してまうんか? ハルゼー艦隊の空襲のあたりやったら『大和』と関係あるから、物語パートちゃうん」

「あくまで草稿だし、私自身が情報を概略だけでも把握しておくために書いたものだから、あまり気にしないで。そっちの話ができたらそれに合わせて改訂していいよ」

 二人の感想を聞いたさつきは、みゆきには本の進行上の都合もあるので丁寧に答えた。

 そこに歩み寄ってきた水兵が話しかけてくる。

「お待たせしました。これが『大和』の簡単な案内です。見学希望者の多い艦艇には、こういったものも準備されているので助かります。あ、それよりも何かを相談されていたようですが、どこか見学したい場所などはもう決まりましたか。機密に抵触しない限り、どこでもご案内しますよ」

 相変わらず、聞きもしないのに説明の濁流が続く。これには三人とも、一長一短だなぁという感想を持った。だが、何も答えないワケにもいかないので、それぞれが希望を口にする。

「私はいつも最初に『ぼーくーしきしょ』に連れて行ってもらっていたので、そこをお願いします」

「私は、第一艦橋見学を希望します」

「ほなウチは、……第三艦橋てあります?」

 みゆきなどパンフすら開いていない。

「あれぇ、行きたいところを相談していたんじゃなかったんですか」

 苦笑する水兵に申し訳ないので、さつきがまとめ役を買って出た。

「じゃあ、パンフに第三艦橋という場所はないので、まずは第一艦橋、そしてその後にすぐ上にある旧防空指揮所という場所をお願いできますか」

「はい、了解しました」水兵は快諾すると、聞きもしないのにまた説明を始めた。

「今第一艦橋には艦長がおいでになりますので、ちょうどお勧めしようかと考えていたところです。また、旧防空指揮所は現在任務には使用されておりませんが、こういう一般公開の折りは観光用の展望台として利用されています……」

 怒濤の説明が続く中、三人は一様に思った。

(これじゃ、サービス過剰のボーイと同じだ。チップ多めに渡した方がいいのかな?)と。

 

 第一艦橋に向かう途中、みゆきが何気なくさつきに問いかけた。

「なあ、昨日聞きそびれてんけど、さっちんのご先祖って戦争中どこいてはったん?」

「聞かない方がいいような場所ばっかりだよ」

「ゲっ、ゴメンなぁ」

 残酷な一言をシレっとした顔でいうさつきだったが、内心はそれどこではなかった。

(みんな満州北部に沖縄だもんね……)

 もし、非常識な事態に巻き込まれているとすると、とても心穏やかではいられないのだが、さつきなりに場を和ませておく事にした。

「ウ・ソ。ホントは本土のド田舎ばっかり。私にとっては、未来の職場と進学先が消えてしまう方が大変だよ」

「なるほど、そらそうやなぁ、もう冗談キツイで」

 さつきは、みゆきの安堵した声を聞きながらも、自分自身の中で徐々に態度が固まっていくのを感じていた。


 そうこうしていると、第一艦橋に繋がる小型のエレベーターまで到着した。現代の技術を用いて改装され、アッと言う間に水上から四〇メートル上にある第一艦橋へと到着した。

 ただ、エレベータから出るまでに小さな問題が起きていた。

「あ、あのね、やっぱり私最初に『ぼーくーしきしょ』見に行きたいの。だから、先に行ってて。艦長さんには後で私から誤るから。どーしても最初に行きたいの。お願いします」

 狭いエレベーターの中で、恐縮そうにできる限り頭を下げるかすみを見るとダメとは言えず、先に二人だけが艦長と会う事になった。

 温厚と評判の方なのでお気になさらず、そう言う水兵のフォローにホっとしたかすみは、エレベーターがつくなり、そのすぐ側にある急なラッタルを馴れた足取りで上りだした。

「かすみっち、こっちからパンツ丸見えやで〜」

というみゆきのいらぬツッコミを後にして。


「さ、お二人とも、第一艦橋はこの扉の向こうです」

 一悶着あったが、残されたものは、取りあえず目の前の扉へと進んだ。ほんの少しだけ揺れが感じられる場所の少し向こう、鉄の扉一枚挟んだ向こうに、三年八ヶ月の激戦を常に最前線で見続けてきた場所がある。

 二人とも少し身が引き締まるのを感じつつ、光が溢れ出したように開かれた扉へと向かった。


 ◆ ◆ ◆


 橘さつきが扉をくぐると、眼前が突然闇で埋め尽くされた。いや、正確には完全な闇ではない。目の前には蛍光塗料を塗ったと思われる時計があり、時刻は十時四十分あたりを指しているのが見えた。前面一八〇度に広がる窓からは、ごくわずかに夜空がもたらす光が差し込んでいた。

 『宿主』の瞳も既に闇に馴れているので、人々や機材の輪郭も浮かんでおり、何ら支障なく自らの立ち位置へと滑るように移動していた。

(真っ暗で揺れもけっこうあるのに、このバランス感覚はすごいなあ)

 さつきは素直に感心していた。いまさら『夢』に突入した事に違和感や混乱は感じなかった。いや、感じないことにしていた、というのが正しい。そして平静さを保ちつつ、情報の整理、できれば収集に入ろうとした。

 もっとも、一見して分かったことは、真夜中の軍艦の指揮中枢という事だけだった。

(多分『大和』の第一艦橋なんだろうけどね)

 今までの経験からそうアタリを付けると、今度は『夢』とは考えずに、過去、六〇年前の人物の意識の中と言う想定で考えてみた。

 いまだ理不尽や不可解な感情は目一杯あったが、そうした感情は完全に黙殺した。

 そうして意識のコントロールに成功したさつきが試みたのは、『宿主』の意識へのアプローチだ。子供の頃から鍛えられているので精神集中は得意だし、自分の記憶力には自信があったからこその行動だ。歴史を今のままに操作するなら必須で、思考の中に入れて情報が手にはいるなら、それに越したことはないのが行動理由だった。


 数分、いや一〇数分が経過した。

 周りはそれと共に動いていたが、さつきの方は片方の目的だけを限定的に果たしに過ぎなかった。

 果たせた事は、『宿主』の持つ知識を『宿主』が思った分共有できると言う事だった。

(思い通りねじ曲げられないって事は、ただの『夢』じゃないと思えってね)

 もうこういった点では、テイク・イット・イージーで考える事にしているので特には気にならなかったが、試みた時が良くなかった。

 ちょうど戦闘を目前にしているらしく、『宿主』たる人物、つまり宇垣纏中将はもの凄い勢いで自らの率いる第一戦隊を構成する『大和』、『武蔵』、『信濃』、『長門』のかなり詳細なデータが何度も反芻していたからだ。

 艦隊全体の主要な構成、どういう陣形を組んでいるか、どう動くべきか。さらには、敵の概略情報、予測陣形、伏在予測箇所など、熟練した専門家ならではの処理しきれない膨大な量の情報が頭に雪崩れ込んできた。

(ちょ、ちょ、チョット待って。オヤジ、オヤジ、ギャラリーの事考えて物事進めて!……と言っても仕方ないか)

 さつきは、子供っぽい勝手な悪態をつき思考をのぞくのを一旦カットし、しばらくは入った情報を整理しつつ傍観者に徹する事にした。

(まずは手に入った情報の整理か……)

 そう思うと、頭の中に時間と空間を想定して総合的に組み上げていく。

 日時は、一九四五年一月二四日、午後十一時を回ったあたり、もうすぐ時計の針は一五分。

 場所は、フィリピン諸島中央部の海、サンベルナルジノ海峡まで約三〇キロ西。ここから時速約三二キロで海峡目指して東進中。

 海峡の幅は最も狭いところで僅か五キロ、潮流は最大八ノットにも達する。水深は深いので真ん中を通らねばならないという事はなかったが、四〇隻近い大艦隊が通る事を考えると、まるで吊り橋を渡るようなもの。

 その海峡目指して、戦艦と重巡洋艦の隊列が二つ、軽巡洋艦を先頭にした水雷戦隊が同じく二つ、真一文字の陣形を組んで墨を流したような海面を滑るように進んでいる。

 そして、海峡出口付近には米水上艦隊の存在が強く予測されるため、海峡突破直前には最も防御力の高い第一戦隊が先頭に立つ事になっている。潮流を考え潜水艦や機雷の存在はあえて無視すると司令部は決定していた。

 もっとも第一戦隊の少し前には日本最強、いや世界最強とされる第二水雷戦隊が、伏在している可能性の高い魚雷艇や駆逐艦を警戒して前衛を務めている。

 そして今現在、各大型艦上では一つの作業が進められていた。


「司令、本艦並びに第一戦隊全艦の準備完了いたしました」

「ウム。後は艦隊司令部からの命令を待つだけか」

「ハイ、本艦から二機、他からもそれぞれ二機、第一戦隊だけで八機の水偵、水観が放たれ、翌朝にはさらに七機出ます」

「よく集めたものだな」

「まったくです。西村中将と内地の山口中将に感謝せねばなりませんね」

「多聞丸か……そうだな」

 宇垣第一戦隊司令と、『大和』艦長森下少将がやり取りをしたすぐあと、艦隊旗艦である「武蔵」からの司令が受信された。

 命令を受けて、「射出始メ」の命令が第一艦橋に力強く響く。第一艦橋後部にある電話を使ってどこかとやり取りが行われ、その約一分後、後方から「バンっ!」という何かが爆発するような音が二つ響いた。

 他の方向からも、同じような音が無数に響いてくる。だが派手な火焔などは見えなかった。偵察と照明弾投下、弾着観測任務のため多数の機体が放たれたのだ。

(ということは、もうすぐ戦闘が始まるって事か……本大戦最大規模の艦隊決戦が)

 そう思うと、特に海軍や軍艦に特に思い入れのないさつきも、どうなるのかな? という程度には興味が涌いてきた。

 残念な事に知識の吸収が中途半端だったので、一部を除いて大まかな事以外彼女には分からなかった。かすみがいるって事は『大和』が一発で消し飛ぶ事はないんだろう、と言う程度しか戦闘の結論は見いだせない。

 そして今までの経験から、強く意識を叩きつければ相手の思考に影響を与える事はわかったが、事態がここまで来ている以上、彼女にできることは何もなかった。

(できるとするなら、何か事件が発生した時にこのオッサン、もとい宇垣纏中将の思考のアシストするぐらいかな)

 あとは、味方の弾が敵に沢山当たって、敵の弾がなるべく逸れてくれることを願うしかなかった。

 フイに思った。

(でもそれって、かすみの領分だよねぇ……そういえば、一人で曾お爺さんのメインポジションに行ったけど、今『こっち』に意識が来てるのかな? だったら楽なんだろうけど)

 かなり前方で何かしらの発火が無数に確認される中、さつきはその光の瞬きをホタルのように見つめ続けていた。


 ◆


(ア〜ン、そう言えばこの階段ってすごく急なの忘れてたよ〜)

 みんなと別れ、下からのみゆきの声に顔を真っ赤にしながらも、かすみは小走りで駆け上がることを優先した。そしてその勢いのまま、旧防空指揮所、現在の事実上の見学用展望台と化した場所へと駆け上がった。

 実用一点張りの重い鋼鉄の扉を押して外に出ると、眼前には青空が一面に広がっていた。

 見慣れた、いつもの場所だった。

 それを見ただけで少し嬉しくなった。

 そして何よりかすみが重視したものが、その狭い展望フロアの各所に等間隔で設置されており、その一つに確信を持った足取りで近づいた。

「やっと、一人で覗けるようになったんだよね」

 内心の喜びを全身に満たしたつぶやきを漏らしつつ、目的の物、つまり大型の双眼鏡に手を掛けた。

(昔のものじゃなくて、イミテーションの安物って分かってても……ここに、そうここに曾お爺ちゃんは立って、その目で全部見てきたんだよね)

 かすみは、色々な思いを巡らせつつ、しばらくその双眼鏡をなでながら、静かに周りの景色を見渡した。

 眼前には呉海軍工廠と呉軍港のほぼ全貌が広がっている。それは『夢』ではなく現実に間違いなかったのだが、まるでそこがこの鋼鉄の塊が戦っていた時代を感じさせずにはおかないようにすら思えてくる。

 センチメンタルと言ってしまえばそれまでだが、そうした歴史のつながりを伝える場所に立ち、様々な事を感じつつ、視線を再び双眼鏡に落とした。

「エヘヘ、曾お爺ちゃんと背丈が同じぐらいになったなんて、なんか変な感じ」

 気持ちを誤魔化すため、軽い冗談を呟いてみたが、かえって気持ちが高ぶってしまった。

(一緒に来たかったなぁ)

 寂しげにかすみが思ったのは、もちろん曾お爺ちゃんの事だった。彼女の曾祖父はこの年白寿、つまり九九歳を迎える高齢だった。言葉はまだかくしゃくとしていたし寝たきでもなかったが、ほんの一ヶ月ほど前に怪我をしたためそれ以後自宅療養が心がけられ、肝心の執筆すらおぼつかなかった。もちろん、長距離の旅行に耐えられる身体ではない。

 本来今回の本作成とそれに関わる取材などは、かすみが秘書のような役割をして曾祖父が主となって作る予定で一年間近く進めてきたのだが、曾祖父の体調のため延期もしくは最悪中止を余儀なくされてしまった。

 そして文学部の部室で落胆しているかすみを見つけたみゆきが、励ましたり色々なアイデアを言っているうちに、今回の話しに発展したという経緯がある。

 そうした色々な事に思いを巡らせつつ、ゆっくりとアイピースに目を傾けた。


「前方距離三五〇に多数の閃光を確認、友軍の水観もしくは水偵の発砲炎と思われます」

 双眼鏡を覗いたかすみの耳に、男の声が響いてきた。眼前の光景も闇夜の中、遠くにチカチカと煌めく光がいくつも見えた。

(あ、まただ……一瞬で終わるのか、長く続くのかなぁ。それよりも私いつの間にか眠っちゃったのかなぁ、それとも白昼夢?)

 かすみは目の前に広がる光景よりも、自身のことが気になった。なにしろ今いた場所には自分一人だけで、他には誰もいなかったからだ。

(寝てたらどうしよう〜、誰か他の人が来たら恥ずかしいよぉ。それに強い風とか吹いたら、あそこから落っこちたりしないかなぁ。あ〜、さつきちゃん、みゆきちゃん早く来て〜)


 ◆


 一方、実はすぐ側に居る(と言う表現は適切ではないが)かすみの声なき声など聞こえる由もないさつきは、ただ見ているという行為に没頭することを短期間で止めていた。第一戦隊司令の宇垣纏中将の意識の奥底で、何とか自分自身が持つこの後発生する情報を引き出そうと努力していたからだ。

(そうそう、確か砲雷撃戦の前に、米軍の魚雷艇と日本軍の夜間航空機が戦うんだっけ)

 ただし、流し読み以前のような見方しかしていないため、いかに記憶力に自信のあるさつきと言えど、断片的なキーワードしか思い浮かばなかった。だから周りの状況すら忘れて、その断片と断片をつなぎ合わせる作業に没頭していた。

(『夜間戦闘』、『魚雷艇』、『水偵』、『水観』……たしか重武装のやつもあったよね、ええと、そう『瑞雲』。あれは爆撃もできるし大口径機関銃もあるから、魚雷艇潰すの楽じゃないかな。で、それを積んでるのが半分以上がが航空巡洋艦で構成されている第七、第八戦隊で、今は少し後ろの方にいるのかな。それで、魚雷艇を潰す役割は本来駆逐艦で、夜間戦闘するんだから照明弾や星弾もいるけど、でもそんな事今したら敵に丸見えだよね……と言っても米軍には優秀なレーダーがあるんだっけ)

 ほんの一瞬で、さっき悪態をついた宇垣提督並に思考を回転させる。だがそのため、周りの声に反応するのが遅れてしまった。

 周囲では状況がどんどん動いている。

 動かしているのは、『宿主』の宇垣提督だった。

「艦艇司令部に意見具申。内容は『我水観ガ交戦セルハ付近伏在魚雷艇ノ公算大。掃討ノ為残リ水上機ノ急ギ発進ヲ至当トス』、以上だ。あんなもので大切な艦艇が傷ついては話にもならん」

「艦隊司令部より信号。『各艦夜戦準備ナセ。ナヲ魚雷艇ニ対シテハ第二水雷戦隊ト既出ノ水観ヲ充テル』以上です」

「どうされますか、対水雷戦準備をしますか」

「いや森下艦長、第一戦隊すべてに同じ命令を出すぞ。それと用意でなくすぐにも行動に移ってくれ。即時発砲用意で構わない。夜戦準備の命令は出ているから問題ない。各艦に星弾も用意させろ。探照灯もだ。相手は魚雷艇だが、小型の優れた電探を搭載している。向こうに夜は関係ない」

(あ、アレ? これって私のせい? それともこれが普通の対応なのかな? こんな場面、個人の伝記でもないと乗ってないって。知らなければ正史もクソも関係ないじゃない)

 いささか下品な悪態をつきつつも、動いた状況に今更ガタガタ言っても仕方ないと腹を据えると、今度はあまり強く考えすぎないように、情報の整理に取りかかった。

 その間、事態急変から二〇分もすると、先ほどのような何かの爆発音が各所で響いて多数の水上機が夜の闇に放たれ、艦隊の前方で煌めく光の数が増し、無線や信号のやり取りが頻繁になっていた。

 まばゆい光を放つものも見える。

 幸いと言うべきか、『大和』の第一艦橋は分厚い防弾ガラスに囲まれ、周りからの喧噪は最小限に止められていた。しかも今は、砲戦指揮のため艦隊旗艦の『武蔵』より前、つまり第一戦隊の一番前を進んでいるので見晴らしも最高だった。

(ま、見晴らしがいいって言っても、闇夜じゃあんまり意味ないか)

 そんな事を思ったせいか、突然かなり前方に大きな半円形の火球が突如出現し、あたり一面を照らし出した。


 ◆


(ワッ)

 何かを思う間もなく、視界が一転した。

 しかし『宿主』がすんでの所で突然発生した光の影響を受けることを避けたので、この時の彼女の声なき声は、突然目に被さった手によって真っ暗になった闇に対して向けられたものだった。

(何なのよ〜)

 かすみは周りの激変する情景に、文句を言いっぱなしだった。

 曾お爺さんと集光率を高めた双眼鏡のおかげで、闇の中でも最低限の情景は見え、周囲の怒号から何となくは情報が手に入った。だが、だからと言って、それらの情報が消化できなければ、猫に小判、馬の耳に念仏だ。今のかすみは、まさにそのような状態だった。

 しかし、情景の変化と情報の入手は、途切れることなく続いていた。

(そうだ、このやり取りを覚えておかないと、曾お爺ちゃんの本ができないもんね)

 かすみはそう思い直すと、周囲の怒号を自分にも理解できるレベルの言葉の集合体に自分で翻訳しつつ、それを覚える作業に没頭する事にした。

「ただ今の爆発は、敵駆逐艦級の搭載魚雷誘爆の可能性大!」

「第八戦隊の水観、照明弾投下。瑞雲隊、敵隊列に接近中!」

「魚雷艇部隊の後方に、フレッチャー級駆逐艦複数による隊列を確認」

「第一戦隊ならびに第五戦隊、敵水雷戦隊に砲撃開始」

 懸命に作業を続けるかすみだが、翻訳した言葉や単語が何を意味するのかは、三割も分かっていなかった。彼女にとって、漢字の羅列に過ぎないのだ。ファッションに興味のない男性が、女性向けブランド専門店でウィンドーショッピングをするのに似ているだろう。

 その軍事音痴のかすみが作業に没頭していると、今度は『大和』が発砲し始めた。

 副砲を敵駆逐艦に向けて放ったものだ。三〇秒程でいくつもの水柱をあげ、すぐにも次の砲弾が送り込まれる。

(『大和』の大砲って、いつも最初の三回ぐらいは命中しないんだよね。どうしてかな?)

 『大和』が発砲した事でかすみは少し安心し、いつも思う疑問に思考を任せていた。

(最初から当たればいいのに……。さつきちゃんは、今まで通り『夢』と思って念じればいいって言うけど、今までだって最初から命中するのなんてほとんど見たことないよ)

 そんな事を思っていると、接近しているのか副砲の発砲間隔が短くなる。今では間隔が二〇秒もないだろう。

 そこでかすみが不審に思った。

(あれ、いつもより間隔が短いし、それにこんなに衝撃小さかったのかな?)

 そう、『大和』はこの時単独での副砲射撃としては、就役以来初めてと言えるほど激しい砲撃を行っていた。素人のかすみですら、いつもと違うと感じたのも無理ない事だった。

 だが、『大和』が撃ったものかどうかは別にして、敵隊列に多数の砲弾の命中の煌めきが瞬くものだから、そんな疑問もどこへやら、いつものような応援を始めていた。

(よーし、当たれ! みんなやっつけちゃえ!)

 かすみがそう念じると、何やら敵に命中する弾の数も増えた気がした。

 だだし、かすみは一つ完全に失念している事があった。これがただの『夢』でないとするなら、その煌めきの中では多数の人が倒れ傷つき、そして死んでいくという事を。

 もっとも、自らの近親者と敵を天秤にかけなければならないのなら、最終的に躊躇などしないだろう。本当の戦場の女神がそうであるように。


 ◆


(おー、絶景、絶景……てやつね。戦闘を意識しながら見るのって初めてだな)

 さつきは眼前に展開される光景に、多少ふざけながらも情報の整理を続けていた。

 現状は、日本側の夜間水上機と艦隊が連携し、米軍の魚雷艇群といくつかのグループに分かれていた駆逐艦の隊列に対して激しい砲撃を繰り出していた。さつきは、その一方的戦闘の観戦者に過ぎなかった。

 米軍は、夜間の海空両方からの攻撃をまったく予期できなかったのか、小さな島々が作り出す激しい潮流の海峡出口付近で、右往左往しながら射的の的のように撃破されていた。

 『宿主』の宇垣提督も、小物相手の戦闘ではあまり気が乗らないらしい。発砲により幾分意識は高揚しているが、冷静にこの次に現れる敵の事を考えていた。

 そう、この闇の向こうには、自分たちとほぼ同じだけの数をそろえた、米海軍の主力部隊が手ぐすね引いて待ちかまえている筈だった。

(う〜、何が待っているんだっけ……戦艦七、重巡四、軽巡四、駆逐艦一九、魚雷艇三九隻がここにいる米艦隊の総数で、うち駆逐艦の殆どと魚雷艇が今蹴散らされているから、残りはそれ以外か……じゃあ、数にしたら日本艦隊と同じぐらい。いや、まとまっている分有利だよね)

 さつきは頭をフル回転させて、情報の整理に努めていた。これには宇垣提督の知識も拝借していく。PCがないのは不便だけどこれなら十分補い付くかも、そんな事を頭の隅で思いつつ、次の瞬間に到来するであろう情報を固めていく。


『サンベルナルジノ海峡は、大きな二つの島の間に多数の小さな島々がある複雑な海峡だった。海峡最少狭隘部は五キロメートルと狭すぎ、また出口付近も陸地がV字状に広がってそれ程広い海面が確保できなかった。だから米軍は、海峡出口で十分なT字を描くことはできず、主力部隊は海峡出口からやや外洋で待機し、海峡付近からの偵察報告をジリジリと待っていた。

 だが、急遽展開した魚雷艇と駆逐艦部隊は、予想以上の潮流に押し流されて思うように伏在する事が出来なかった。日本艦隊がさしかかったとき、いまだに海峡内海側を右往左往していた。特に小型の魚雷艇は陣形すら乱れ、組織的な戦闘が難しい有様だった。彼らにとって、ここは初めての海に等しかったのだ。

 そんな海で、米軍の意図したよりも三〇分近く早く艦隊は敵水上機群に発見される。しかも、夜間を飛び回る非常識な日本軍機(※最後まで米軍は詳細を掴めなかった)によって、前衛の魚雷艇部隊は何もしないまま大混乱に陥りつつあった。つまり、主力艦隊は完全に出遅れたと言うことだ。

 なお、海峡の出口を押さえて圧倒的に優位な陣形をとった筈の米艦隊だったが、双方の位置関係から島影に隠れた形で狭い海峡を突破しつつある日本側の偶然の状況によって、遠距離から得意のレーダー射撃はできず、自ら接近するか日本艦隊が海峡から離れるのを待つしかなかった。

 これも予想外の誤算となった。

 砲撃戦は、日本側が海峡外に飛び出してから開始されると言うことになるからだ。

 そうした状況の中、米軍の砲火と日本側の水上機が落とす照明弾に導かれた西村艦隊戦艦部隊の砲撃が開始される。

 なお、三〇分前から日本側は増速していたため、海峡突破時刻も早まっていた。時間にして二四日の午後一一時四五分の事だった。』


(小説にすればこんな感じだよね。なんだ意外に有利なんだ)

 数分で情報を頭の片隅で文書化したさつきは、このまま覚えて後でデータ化しなければと、戦闘よりもそっちの方に気を取られていた。そして眼前に広がる状況は、まさにその通りに進展していた。

 眼前には、わずかに明るい夜空に、真っ黒な塊のような島の影が両翼から伸びつつあった。その間を一本棒で突き進む第一戦隊の周囲には、いまだ燃え盛って停止したり、火焔や黒煙を背負いつつよろばうように待避する米駆逐艦や魚雷艇のが、周囲の海面を照らし出していた。

 第一戦隊のすぐ後ろには、すでに戦力が半減した第五戦隊が連なる。斜め後ろの別隊列には、いまだ無傷の第三戦隊と第七、第八戦隊からなる長い列が続き、両翼には、第二水雷戦隊、第十戦隊が最大戦速で突進していた。

 そのどれもが、日本海軍の最精鋭であり、今まさに始まらんとしている世紀の大決戦を前に、普段の実力以上のものを出して敵に襲いかからんとしていた。

 『大和』の第一艦橋でも、様々な情報が飛び交い、それが一つの形へと収れんしつつあった。

 さつきは、友軍水偵が落とす照明弾を、試合開始のゴングを待つボクサーのような雰囲気として全周から感じ取っていた。

 周囲では、昂揚した気分のまま景気の良い言葉を口にしている人もいる。そんな感極まる情景と言える中、さつきただ一人が冷静だった。さしずめ、従軍カメラマンや従軍記者の心境と言ったところだろう。

(確かに、我が人生の本懐まさにこの時にあり、って感じね。悪くない雰囲気。勝てるよね)そう思いつつも、両軍の詳細なデータを検証してみた。

(まず先頭を突っ走るのが、「大和」「武蔵」「信濃」「長門」「羽黒」「妙高」「鳥海」で、そのすぐ後ろに「金剛」「比叡」「榛名」「最上」「三隈」「鈴谷」「熊野」「利根」「筑摩」って続いているのか。で、アメリカ側が、旗艦の「ニュージャージ」を先頭に「ウェスト・ヴァージニア」「メリーランド」「テネシー」「カリフォルニア」「ミシシッピー」「ペンシルヴァニア」の戦艦隊列があって、その前に重巡洋艦「ミネアポリス」「ルイスビル」「ピッツ・バーグ」「セントポール」、軽巡洋艦「デンバー」「コロンビア」「ヴィンセンス二世」「ポートランド二世」からなる隊列が並んでいるんだったよね、確か。それにしても、米軍ってほとんど前部新鋭艦か改造艦だ。金持ちは違うねえ)

 いや、そんな事よりも、数で言えば互角に近いけど、実際どうなんだろう、とそこまで思考を巡らせた時点で、やってはいけないであろう事に気付いた。

 今の『夢』が過去とつながって、自身の意識が『宿主』に影響すると仮定し、『宿主』が本来知らない情報が伝わっているとしたら……

(間違いなく歴史に介入した事になるけど、もう手遅れだ)

 これが生身なら顔が青ざめるか、顔面中に冷や汗が出ているかもしれない。だがさつきは、鉄仮面と言われるほど想定内の事で動じる性格ではないので、すぐさま今の考えが相手に影響を与えているか、情勢に何らかの変化を与えているのかを観察していた。

(ウン、起こったことは仕方ない。なら後はどうなるかを考えないとね)

 動じないと言うよりは、過去はあまり振り返らない性格のかもしれない。

 

「海峡突破時刻と同時に、敵主力後方に吊光弾を複数投下。これを以て砲撃開始の合図とする。以後別命あるまで敵戦艦隊列の一番艦に砲撃を集中せよ。なおこれは、本艦および『武蔵』、『信濃』による統制射撃とする」

 いささか意気込んでいるのか、宇垣司令が一気に命令を発した。

 後世の歴史家は、この時を以て第一遊撃艦隊第一戦隊の巨獣達の鎖が解き放たれたとしている。

(……て、ところだよね。あ、この文句いいな後で使おう)

 さつきの淡々とした気分をよそに、戦艦同士の砲撃開始を後数分に控えた第一戦隊は緊張の極致だった。『大和』でも、電探で判明する限りのデータが既に入力され、後は吊光弾が投下され、光学的な情報が入手できるのを待つばかりだ。

 そしてさつきが『予言』した午後一一時四五分が到来した。

 遙か彼方に花火を逆さにしたような情景が等間隔に浮かび、それぞれが力強く青白い光を放ち始めた。

 吊光弾が、連続して投下されたのだ。

「撃ち方始め!」

 艦長の凛とした声が響き渡る。

 ただし、いきなり主砲が発砲するのではなかった。

 電探と光学情報との修正が終了した二八秒後、ブルネイから出撃して初めて、『大和』の主砲が咆哮した。

 その衝撃と閃光は、ただ『宿主』の中で眺めているだけのさつきにも轟然と襲いかかり、『大和』の射撃を初体験したさつきは、一瞬意識が途切れそうになった。


 ◆


(キャッ!)

 周囲をもの凄い轟音が満たし、それに匹敵する全身をひっぱたくような衝撃と閃光、硝煙の香りがダイレクトに防空指揮所にも押し寄せた。曾祖父の目から戦場を見ていた朝霧かすみにも、『大和』が自らの持つ最強の兵器を使用した事が分かった。

(これで何度目かな)

 そんな事をぼんやりと思いつつ、主砲がもたらした衝撃から回復できないでいた。だが、まだ敵との距離があるらしく、曾祖父が全身全霊を傾けて視線を注いでいる遙か先に水柱が立つまでに一分以上が必要だった。だから、敵艦の近くに水柱が林立する頃には、意識もハッキリしていた。

(これって、二〇キロ以上も離れた場所から大砲を撃ち合っているんだよね。こうして双眼鏡で見てると全然そうは見えないな)

 かすみは、『大和』が砲撃を始めた時点で、勝利を疑っていなかった。

 だから冷静なまま観察を続けた。

(でも、いつも三回ぐらい撃たないと近くにすら落ちないなんてヘンだよね。曾お爺ちゃんも『大和』の乗組員は世界一っていつも言ってるのになあ)

 その思いが通じたのか、その次の砲弾は敵の一番前を走るスマートな影の周囲に落下した。巨大な水柱の数は一八個に増えていた。

 だが、その水柱を突き抜けて敵艦は何事も無かったかのように、自らの主砲から斉射、つまり持てる九門すべての主砲から砲弾を吐き出した。

 その赤師恩激しい火焔が見える。

 それに対して、日本側の先頭を走る『大和』には、互いの位置が斜めに交差するようになっていた事もあって、ついに全門斉射に入った。

 詳細が理解できないまま、それに魅入られていたかすみだったが、全門斉射は過去にも経験していたので、ついに『大和』が本格的に牙をむいたことは理解した。

 だから強く祈った。

(お願い、今度はいっぱい命中して!)


 ◆


『砲撃開始から約五分が経過したとき、オルデンドルフ少将の将旗を掲げ米戦艦部隊の先頭を進んでいた「ニュージャージ」に合計二七発、約四〇トンもの鉄量が降り注いだ。

 「大和級」戦艦三隻による統制射撃弾着の瞬間だった。

 この砲撃は、彼女達にとっての三度目の砲撃だ。そして日本最高峰の砲術の専門家がそれまでの修正を加え、自信をもって送り出した砲弾であるだけに的確だった。結果、敵艦上で圧倒的な破壊力を遺憾なく発揮させる。リンガでの訓練の成果とも言えるだろう。

 しかも「ニュージャージ」にとって間が悪い事に、この砲撃を受ける二秒前に自らも四斉射目となる砲撃を送り出していた。同艦の持つショック吸収機能は、自らの砲撃時の爆圧を受け止めるので精一杯という時に、先端部を灼熱化させた約一・五トンもの鋼鉄のかたまりが二七個も降り注ぐ。

 三隻のうちどれかは不明だったが三発が命中した。この海戦に生き残り、肉眼でこれを見た多くの者が証言すると共に、米軍のレーダーもまったく同じ科学現象をとらえている。

 命中した三発の一四六〇kgの砲弾がもたらした膨大な運動エネルギーは、就役して一年少しの美しい艦体の艦橋基部、第二煙突の直下、三番砲塔付近のそれぞれに叩きつけられた。距離二六〇〇〇という遠距離で降り注いだ砲弾は、彼女の分厚いはずの鎧を約三五度の高角度から容易く貫くと、それぞれ体内奥深くでその破壊力を発揮する。さらには、多数の至近弾によって船体が激しく叩かれて一部では浸水すら発生し、至近弾の爆圧によって強引な進路変更すら強要された。

 『巨人の手が海中から掴みあげた』という表現は、この時の状況をうまく揶揄しているといえるだろう。

 この戦争において最も新しく、しかも最新装備で身を固めた彼女だったが、史上最大級の運動エネルギーの前には、アメリカの誇る科学技術も四万八千トンの巨体もまったく無力だった。

 指揮中枢を艦隊司令部ごと吹き飛ばされ、機関の半分がボイラーの誘爆で破壊され、三番砲塔が使用不能になっていた。しかし、この時三番砲塔が誘爆を起こして爆沈に至らなかったのは、米軍のダメージ・コントロール技術の高さによる。

 そして、「ニュージャージ」の戦闘力・指揮能力喪失は、この戦闘を初期の段階で決定づける一手になった。』


(凄い! 四万八千トンもある鋼鉄の塊なのに、一瞬でスクラップになったんだ)

 戦闘の状況をどのように文書化するかを考えつつも、さつきは目の前の光景に圧倒されていた。

 断続的に発生する、自らの剣を振るう煌めきと衝撃波。悪意を以て降り注ぐ敵の砲弾が奏でる魔笛の音色。膨大な運動エネルギーが作り出す無数の巨大な水柱。すべてが今まで体験した戦闘を児戯とすら思わせるほど圧倒的で、そして暴力的だった。

 この状況に比較的冷静でいられるのは、さつきが女性だからかも知れない。もし男性なら、単なる傍観者であったとしても純粋な暴力と表現されるこの戦闘に男としての何かを強く刺激され、一種の躁状態になっていてもおかしくない。

 そんな中さつきは、従軍作家にでもなったかのように、目の前の惨劇の一部始終を記憶すべく、思考をフル回転させていた。

(我ながら、敵の損害の状況までよく覚えていたなぁ、感心感心。けど、文学的表現は他人の猿まねのせいか陳腐な表現が多いかも。ちゃんと文章にしたあとで、みゆきに改稿してもらわないとね)

 単純な殴り合いとなった今、何かを考える事はほとんど考慮せず、時の記録者という気分を抱いたままだったのだが、情景が俄に変化するとやはりそれに感心が向いてしまう。

 様々な情報が飛び込んでくる。

「敵一番艦に命中弾少なくとも三!」

「敵一番艦に大規模な爆発を確認!」

「敵一番艦沈黙、速力低下、進路逸れます!」

「敵隊列乱れます!」

「敵第四射弾着!」

「『長門』、敵二番艦に命中弾一、炎が見えます!」

「『信濃』より通信、舷側装甲帯ニ命中弾一有ルモ戦闘航行ニ支障ナシ!」

 最後の報告に小さなどよめきが起こった。

 同じ土俵の上で一方的に敵を撃破する。これこそが、『大和級』戦艦の有るべきと信じられた姿だったからだ。

(圧倒的じゃない。と言っても、史実通りなんだよね。じゃ次は……)

 目の前の状況は、さつきの『知っている』通りに進行していた。

 宇垣提督の鋭い命令が飛ぶ。

「敵主力艦群の脅威は一時的に消失したと判断する。第一戦隊は、接近中の巡洋艦隊列に対しての速射を実行する。あの数に今接近されては、第五戦隊では荷が重い」

「はい、敵新鋭戦艦が、千鳥足のおかげで助かりました」

 そこに、敵新鋭戦艦撃破で満足感いっぱいな口調の森下艦長が合いの手を入れた。

(へー、隊列が無茶苦茶に乱れると、敵も味方も砲撃できないんだ。結構面倒なんだね、戦艦同士の殴り合いって。もっと、パンチ・ドランカー同士の乱れ撃ちみたいなもんかと思ってた)

 現実の会話に対してもコメントを挟んでみるが、宇垣提督の目を介したさつきにも、敵隊列の一番艦だった「ニュージャージ」は各所で火焔と煙を噴き上げ、奇妙な方向に進路がねじ曲がってズルズルと遅れている。後ろに続く戦艦も、混乱に巻き込まれて右往左往だ。

 あつきが崩れゆく敵を見ている間も、、九本ある『大和』の主砲は、日本神話に出てくる魔物ヤマタノオロチのごとくそれぞれに鎌首を動かし、新たな獲物に向けてその火焔を投げかけた。

(新鋭戦艦でアレなら、巡洋艦なら一発でも当たれば致命傷なんじゃないかな)

 そんな事を思いつつ、眼前に広がる主砲発射の猛烈な火焔を見続けた。

(あとは日本艦隊の屠殺の場か……私の出る幕ないよね)


 ◆


「第六射ダンチャ〜ク、今っ!」

 かすみの耳に、他の見張り員の新たな怒号が飛び込んでくる。新しい獲物に標的を変えた『大和』が、三度目に放った砲弾が相手に届いたのだ。

(えっと……今度は三〇秒切るぐらいだから、一五キロぐらい先にいるんだよね。そろそろ当たるかな? けど、近くにしては小さな戦艦ね)

 敵の一番大きな戦艦が戦闘不能になったのを知った事で、安心して情景を見られるようになったかすみは、彼女にできる限り正確な情報を集めようとしていた。

 もっとも、彼女が『小さな戦艦』と感じた艦艇は、「バルチモア級」とされるアメリカ海軍の新鋭重巡洋艦だった。日本側が保有するどの巡洋艦よりも高い防御力が与えられ、実質的に二〇センチ砲での撃破は不可能と言えた。そして、この時代のアメリカの艦艇に相応しく、マスプロ的に建造された機能美の集合体と評して良い姿をしていた。自ずと「アイオワ級」戦艦と似た姿をしてる。だから、『小さな戦艦』と間違われも不思議はなかった。

 だが、所詮は重巡でしかなく、まさかこの戦場で最も凶悪な戦闘力を誇る艦艇群から攻撃を受けるなど想定していなかったのだろう。慌てて応射してくるが、数分は見当違いの場所に水柱を吹き上げるだけだった。

 そして、かすみが『予想』した通り、『小さな戦艦』に命中の煌めきが発生した。

「敵、第二列、一番艦に命中弾一!」

「敵、第二列、一番艦沈みます!」

 その瞬間、その場が「おーっ!」という歓声に包まれた。中には万歳三唱をしているものもいる。

(エッ、何、何が起こったの?)

 とにかく情報を集めないとと、いつの間にかみんながしている万歳の輪唱には加わらず、冷静に双眼鏡を覗いていた曾祖父の視線に意識を集中させた。

 双眼鏡の彼方では、それまで敵艦があった辺りに、大きな水柱と波紋、そして波紋の中心に対して等間隔に二つの『塔』が出現して、爆発を繰り返しながら急速に波間に没しつつあった。

 もっとも、かすみの感覚では、プールで空気の半減した細長い浮き輪の真ん中を掴んで沈めようとしているような感じだった。

(なるほど〜、これが『ごーちん』ってヤツね)

 そう思ったところで、爆発の音が約一五キロの空間を押しのけて殺到した。

 だが、一四〇〇人以上の人間を道連れにして一万四千トンもの鋼鉄の塊が一瞬にしてこの世から消え去ったのだが、双眼鏡から見ているせいか、どこか設備のいいシネコンで映画を見ているような気分しかなかった。

 しかしその時、かすみは曾祖父の口から小さな呟きが漏れるのを聞いた。

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」

 かすみはようやく気付いた。今殺し合いをしているのだ、と。

 突然、足下が無くなって落ちるような、もしくは足がすくむような感覚に襲われたかすみだったが、一つの思いがそれを押し止めた。

(せ、戦争なんだよね。それに『大和』が沈んだら曾お爺ちゃんだって……)

 そう思うと、先ほどまでの軽い気持ちは完全に吹き飛び、より一層強く念じるようになった。

(沈め! 沈んじゃえ!)

 もし彼女の意志が神の意志であるなら、彼女はあまりにも依怙贔屓な女神だった。


 かすみの意志が通じたのか、その後の戦闘はまったく一方的なものとなっていく。

 第一戦隊を構成する四隻のビッグ・ガンがそれぞれ一隻ずつの米巡洋艦(重巡三、軽巡一)を爆沈もしくは大破漂流に追いやる頃には、すべての日本軍艦艇が海峡を突破しつつあった。

 そしてこの段階で、日本艦隊の後ろを進んでいた「金剛級」三隻が統制射撃を開始。いまだ混乱から完全に回復できていない米戦艦の隊列に、日本側の戦艦七隻が集中射撃する形ができあがった。

 また、日本側の巡洋艦はそれぞれ分離して日本側が半包囲しよと動き、乱れた隊列を何とか立て直そうとしている米側が受けて立つという、当初とはまったく逆の状態が出現していた。


        「金剛」「比叡」「榛名」

「大和」「武蔵」「信濃」「長門」


「ウェスト・ヴァージニア」「メリーランド」「テネシー」「カリフォルニア」「ミシシッピー」「ペンシルヴァニア」


 文字として並べると、左記のような三つの隊列が海峡出口の狭い海域に犇めいていた。アメリカ側は、それぞれ二隻ずつチームを組んで先頭の「大和級」戦艦に挑んだ。日本側は、先頭を走る「大和級」三隻が「ウェスト・ヴァージニア」「メリーランド」「テネシー」「カリフォルニア」を順番に狙い、「長門」単艦は格下の「ミシシッピー」を、「金剛級」三隻は「ペンシルヴァニア」を手数の多さで袋叩きにする形ができる。

 その頃、副長が生き残っていた「ニュージャージ」では、彼の指揮のもと損害復帰に懸命だった。だが、すでに戦闘どころではなく、味方の勝利を願う以外なかった。味方が勝利しなければ、俊足を奪われた自らにも生き残る可能性が存在しないからだ。

 そう、戦場は、主に米軍艦艇が吹き上げる火焔により、ニューヨークの夜景のごとくライトアップされていた。さらに、無数に乱舞する日本軍水上機から頻繁に落とされる照明弾(吊光弾)のため、レーダーがあろうが無かろうが狭い海域出口での戦闘に関係はなくなっていた。

 しかも皮肉な事に、狭い海面を作り上げている島影すらレーダー射撃を阻害し、その逆にライトアップの一助となっていた。

 そんな地獄で、双方の砲撃が再開される瞬間がきた。仕切直しが終わったのだ。

 双眼鏡と優れた視力を介したかすみには、その様が手に取るように分かった。その目には、敵艦の主砲が生き物のようにうごめく様すら見えた。

 曾祖父も素早く敵の状況を確認しては、次々に報告を送っていく。

 だが、曾祖父の声はかすみにはもう届かず、彼女は夢中で、いや無我夢中で念じ続けていた。

(沈め、沈め! シズメ シズメ! シンジャエ!)


 彼女の意志には関係なく、『大和』が再び火を噴いた。いや、『大和』ばかりではなく、その場に生き残っていたすべての戦艦が一斉に火蓋を切った。敵味方を合わせれば、間違いなく史上最大規模の一斉射撃だったろう。

 そして、一三隻の戦艦が三つに分かれた大蛇となり、互いの尻尾に食らいつくべくその毒牙を相手に突き立てていく。


 すでに「長門」から砲弾を一発受けていた「ウェスト・ヴァージニア」の上部構造物が砕けた。

 一度に複数の四六センチ砲弾が命中したのだ。

 真新しい尖塔のような構造物が、火にあぶられた飴細工のようにスローモーションでひしゃげ、その近辺では爆竹を破裂させるような小規模な爆発が連続する。機銃弾や両用砲弾の誘爆だ。

 さらに次の命中は、彼女の強固な筈のバイタルパート(心臓部)をいとも簡単に、それこそパチンコでボール紙を打ち抜くように貫き、分厚い鎧の奥にある腑を深く剔った。

 大爆発が起こる。

 数万馬力のパワーを生み出すボイラーに砲弾が躍り込み破裂したのだ。

 このため上部構造物の多くが上空に火山弾のように上空に舞い散り、その中には最も強固な司令塔や砲塔の破片も混ざっていた。

 さらにその爆発に触発され、主砲の搭載弾薬も次々に誘爆していく。

 その様子をコンマゼロ秒の単位で見ることができたのなら、最初の爆発に続いて四つの火柱が次々に噴き上がるのが見えただろう。

 この誘爆は後続していた「メリーランド」にすら影響した。誘爆により発生した「ウェスト・ヴァージニア」の断末魔の肉片が、姉の「メリーランド」を闇夜に提灯とばかりの派手やかにライトアップしてしまったからだ。だからだろうか、彼女は恥じるようにスルスルと波間に没していった。

 そしてそれ以上ない目印を付けられた「メリーランド」は、二斉射で捉えられてしまう。弾頭を灼熱化した四六センチ砲弾が水平に近い弾道を描き、一斉に「メリーランド」と交差していく。

 そのうち幾つかがヒットした。

 縁日の射的のように、交差した幾つかの構造物が甲板の上からはじけ落ちる。

 幸いにしてやや遠弾だったため。船体には命中しなかった。だが、第二砲塔、第一艦橋、第一煙突、第四砲塔という重要な箇所に相次いで命中し、指揮中枢すら消滅した「メリーランド」にとって、何の慰めにもならなかった。

 そして、弾着の衝撃から何とか立ち直った副長が指揮権を引き継ぎ、隊列から離れる為の命令を下すとほぼ同時に、完全に修正された二七発の砲弾が横殴りに低角度から降り注いだ。

 距離は、二万メートルを切っていた。

 四六センチ砲にとってすでに至近距離だ。多数の砲弾を受けた「メリーランド」は、一〇分ほど前に真っ二つに折れた巡洋艦よりも酷い有様となっていた。かつて古さと新しさを混ぜ合わせた瀟洒な艦影を形作っていたものが、砕けた鋼鉄の肉片の塊となる。それがボトボトと周囲に落ち、それぞれの波紋を組み合わせた即席の前衛芸術を自らの最後の証として消えていった。

 そしてこれで、僅か八分の間に二隻の戦艦が四千名の将兵と共に消滅した事になる。

 これは既に人の耐えられる精神の限界を超えており、この時点でオルデンドルフ提督に率いられた旧式戦艦部隊の艦隊としての統制は事実上消滅していた。

 後はただの殴り合いだった。

 それは、米軍の側から撤退するチャンスを放棄した瞬間とも言えるだろう。

 当然ながら、昼間の空襲の復讐を誓う日本側の攻撃の手が緩む事なく、次々に敵艦を血塗られた刃にかけていった。

 もちろん自らも無傷では済まなかったのだが、主に敵戦艦の主砲弾を受けたのが「大和級」戦艦だったため、命中する米軍の砲弾の半数以上がまったく効果を発揮せず、甲高い衝突音だけを残してあさっての場所で虚しく炸裂するだけだった。

 また、命中した砲弾も、対艦戦闘に勝利する事だけを考えて生み出された鋼鉄の魔獣を前に、その任務を果たしているとは言い難かった。

 何とか艦上で炸裂した破片も、装甲や隔壁に食い止められ、僅かにその肌と飾り物を傷つけるだけに終わっていた。

 そして、敵の攻撃に怒り狂ったような「大和級」戦艦三隻が、「テネシー」、そして「カリフォルニア」へと順番に自慢の牙を見せるべく顎を開いた。

 その牙は、どれもまだ正常に稼働していた。

 まったく以て驚くべき防御力と言えるだろう。

 距離一七八〇〇メートル。

 この戦いで最も近い距離で戦艦に対する砲撃が行われた。

 「テネシー」「カリフォルニア」は、五〇口径の一四インチ砲弾二四発を放ち、「大和」、「武蔵」、「信濃」は、四五口径四六センチ砲弾二七発を叩きつけた。

 結果は好対照で、なおかつ日本側の圧勝だった。

 二四発の砲弾を一身に受けた「武蔵」は、それまでにも二発の航空魚雷、数発の爆弾、四発の一四インチ砲弾、二発の八インチ砲弾を受けていた。艦のそこかしこが破壊され、この時さらに四発の砲弾がまんべんなく全身に命中した。

 第一艦橋手前の非防御区画上部、第二砲塔横の舷側、煙突付近の高角砲エリア、三番砲塔横の短艇格納庫付近。その殆どが、撃ち抜かれていたら間違いなく致命傷になっていただろう。だが、二〇度の角度で傾斜された四一〇ミリの強固な装甲は、この距離で撃ち出された五〇口径の一四インチ砲の衝撃に耐えて見せ、新たに二つの小規模な火災を発生させたに止まった。

 いっぽう、二四発の砲弾と交差して「テネシー」に降り注いだ二七発の四六センチ砲弾は、相手ほど正確ではなかった。

 これは純粋に技術的な問題で、「テネシー」の前面に即席のカーテンのように落着した砲弾は、期待された水中弾の効果も発揮せずフィリピン海溝奥深くへと突進していってしまう。

 だが、海面激突時に一発の砲弾が製造工程の不備から信管を作動させ、大遅動信管に従い海中で爆発。その爆圧により、次々に同僚達の爆発を促していった。

 一瞬「テネシー」が浮き上がったように見えた。

 いや、明らかに三万トンを越える鋼鉄の固まりは、海面から浮き上がった。

 そして「テネシー」は、その過程でスクリューや舵を損傷して行き足を失ってしまう。

 あとは、パラメータを修正後に二度目行われた四六センチ砲の砲撃により、カリブの海でハリケーンに襲われた帆船よりも酷いスクラップへと変化していた。

 最終的に命中した四六センチ砲弾は一八発と言われ、これは本戦争最多被弾数だった。彼女は十分異常に耐え抜いたと言えるが、あまりにも相手が悪かった。最後の砲撃の水柱が収まったとき、原型が何だったのか判断に苦しむほど形が変化し、大きく傾いていた。あと一時間も持たないだろう。

 そう思わせる、圧倒的な破壊だった。

 だから日本艦隊は、それ以上見向きもしない。

 最後に残された「カリフォルニア」の末路は、さらに悲惨だった。「大和級」戦艦三隻ばかりか、「信濃」への攻撃に気を取られて反撃の遅れた「ミシシッピー」をほぼ一方的に撃ち砕いた「長門」までがその牙を向けてきたからだ。

 「カリフォルニア」が大破戦闘不能となったのは、それから日本側が四斉射を浴びせかけた後で、その頃には「金剛級」三隻と巡洋艦や水雷戦隊の戦いも終幕を迎えつつあった。

 「金剛級」三隻は、二四門対一二門という殴り合いによって戦闘を優位に進め、「ペンシルヴァニア」が最初の五分ほどの間「信濃」にかまけている間に、複数の砲弾を叩きつける事に成功した。その後「ペンシルヴァニア」が目標を「金剛」に変更するも、彼女が正確な砲弾を送り込む頃には勝負を決してしまう。

 「金剛」が彼女から撃ち込まれた二発の主砲弾を何とか耐え抜いた間に、十数発の砲弾を受けた「ペンシルヴァニア」は、指揮中枢こそ生きていたが全艦にまんべんなく砲弾を受け、溶鉱炉のごとく燃え盛りつつノロノロと動くだけの存在に成り下がっていた。

 しかもそこに第二水雷戦隊の一部が突撃して、魚雷による仕上げをしていった。

 いっぽう戦闘開始半ばで、突然三対四の戦いを強要された米巡洋艦部隊だったが、それでもまだ手数の多さで日本側を最初は圧していた。だがそこに、第七、第八戦隊を構成する六隻の重巡洋艦が乱入してくると、対応の遅れた軽巡洋艦は五分もしないうちに軽防御を突かれ大火災が発生。交差する約一〇分後には、ロクな反撃もできないまま大破してした。いや、魚雷を受けた艦艇の中には、すでに波間に没しつつある艦艇もあったほどだ。第二部隊に併走していた第十戦隊に属する駆逐艦の一隊が、雷撃を敢行していたのだ。

 このため、残された最後の重巡洋艦「セントポール」は、手負いとなった第五戦隊から袋叩きに合い、相手一隻に致命傷を与えるも命からがら離脱するのがやっとだった。

 そして敵のいなくなった第七、第八戦隊は、闇夜の中を何とか逃げようとする敵の最も大物、恐らく艦隊旗艦であろう敵新鋭戦艦を捉えた。

 そして自らの主砲で敵の統制の取れない反撃を力づくで封殺すると、次々に魚雷を投射した。

 もっともこの時狙われた「ニュージャージ」は、優れた乗員により適切なダメージコントロールが行われていたのか、新鋭戦艦の矜持がそうさせるのか、艦隊旗艦としての誇りによるものが沈没を拒み続けた。

 だから、完全に殲滅されてしまった第七艦隊主力艦艇の中で最も遅く波間に没している。

 なお、最後の攻撃により無数に八インチ砲を受けた「ニュージャージ」は、巡洋艦一隻に独立射撃による主砲弾を見舞って一矢報いるも、上部構造物のうち各主砲近辺、高射砲群、前部艦橋、後部艦橋など砲撃に関わるあらゆる箇所が重点的に破壊されていた。日本軍ご自慢の酸素魚雷を受けなくても、そのまま砲撃でスクラップにした方が早かったのではと言われているほどだ。


 ◆


(まっ、みゆきの文面を真似るならこんな感じだろうね。でも直に見るのと文献で見るんじゃ、迫力が大違い。時価だったら、この戦闘はいくらお金がかかっているんだろ)

 敵新型戦艦に友軍魚雷多数命中という報告を聞き流しつつ、さつきは冷静に観察を続け、機械的な作業に没頭していた。

 彼女が介入する必要性は、どこにもなかった。もしかしたら、自身の思考が宇垣提督の判断材料の一つになっていたかも知れないが、そんなの向こうが気付くとは思えないし、既に不可抗力だと割り切っていた。

 もっとも、艦隊の先頭を突き進んでいた『大和』率いる第一戦隊は、すでに戦場から最も遠い位置にあり、第二部隊が最後の戦闘を行っているに過ぎない。

「最後の相手が駆逐艦とは、何やら画龍点睛を欠くようだな」

 それまで数々の命令を発していた宇垣提督が、満足さに溢れた言葉を響かせた。上機嫌だった。

(そりゃそうだよね、空前の大勝利だもん)

 そして宇垣提督の言葉通りに、何を考えていたのか、突如現れた二隻の駆逐艦が第一戦隊に突撃を仕掛けてきたが、第一戦隊各艦からの副砲と、追いついてきた第二水雷戦隊、第五戦隊残余の砲撃を受け、ほんの数分でスクラップに変えられていた。

 今見える一番近い火焔は、その名残だ。

 そして宇垣提督の視線は、そのまま正面の時計へと移っていく。

 十二時一八分。砲撃を開始してからまだ三〇分程度しかたっていなかった。

 これにはさつきも驚きを隠せない。

(へー、もう何時間も経ったかと思ってた。三〇分て事は……でもこれを夢と考えると結局一瞬なんだよね)

 それで気が抜けてしまったのか、大きなため息をつくとそのまま意識が薄れていった。


 ◆ ◆ ◆


 昨日とほぼ同様、さつきが一瞬立ちつくすという事件はあったが、それを緊張故と好意的に解釈した現『大和』艦長の言葉によって緊張がほぐれると、その後数分間身の上話などの歓談が交わされた。

 それからは、みゆきが踏み込みすぎた質問を浴びせかけたが、さつきの呟きによって中断を余儀なくされてしまう。

「かすみ、上に上がったままだね」

「あ、ホンマや。あれから五分以上経っているのに遅いなぁ、迎えに行こか

 みゆきの合いの手によって、周りもそれじゃあという空気に包まれ、艦長が三時で任務時間から解放されるので、そこからは艦長公室でインタビューのようなものを行うことになった。


「やっぱり、大戦艦の艦チョーさんともなると大人物やなぁ。ウンウン、出来たお方や」

 妙に感心するみゆきだったが、さつきはかすみの事が少し心配になり、会話もそこそこにラッタルをかけ上り始めた。

 さっちんエエ尻してんなぁ、というデジャブーを感じさせるみゆきのツッコミを受けながら、開いたままの扉を素早くくぐる。

 そこは、青空を天井とする開けた空間で、狭いことと少し風がきついことを除けば、絶好の展望台と言えた。

 そしてその中に一人、軍艦の上という事を思うとまったく場違いな出で立ちをした少女が、呆然とした面もちで立ちつくしていた。

 さつきは彼女の真横まで行くと、顔をのぞき込みつつ小さく声を掛けた。

「かすみ、どうしたの」

 だが、反応はまったくなかった。瞳は見開いているのだが、そこには目の前の景色は映っていなかったし、さつきすら眼中にはなかった。まるで、どこか別世界をのぞいているようだった。

(夢の中……か。同じ景色見てたのかな。だったらもういいよね)

 さつきはそう思った。

 そこに、どないしたん? というみゆきの声がしたが、それには目で合図を送り、今度は両肩を少し強く掴むんで揺り動かしながら、大きな声で呼びかけた。

「かすみ、もう戻っていいよ」

 かすみ、かすみとその後二度続けて呼ぶと、瞳に意志を示す光が戻ってくる。

 だが、その光は強すぎ、まるで別人のようだった。それどころか、子供の頃野犬に睨まれた時のような感覚を覚え寒気がした。恐怖を感じた事など、剣道の大会ですらなかったのに、だ。しかも、かすみの可愛い口からは言葉が漏れていた。

「シズメ、シンジャエ」

 繰り返し、繰り返し、まるで呪詛の言葉のようだった。それはアメリカの大艦隊が、悉くその呪詛の餌食となったように感じたほど、純粋な感情に満ちた言葉だった。

 さつきは、自身も少し感じた戦場の雰囲気に、かすみが完全に飲まれていると感じた。

 そして、その恐ろしい光をたたえる瞳をなるべく見ないように、両手を肩に掛けたまま背後に回り込み、気を失った人の意識を回復させる要領で気合いを入れた。

「ハッ!」

 一瞬ビクっと華奢なかすみの身体が震えたが、次の瞬間には全身の力が抜けたように、その場にペタリと座り込んでしまう。

「何? やっぱり怖い『夢』でも見とったんか?」

 そこに急ぎ駆け寄ったみゆきが心配そうに声を掛けると、ようやくかすみが言葉に反応した。さつきとみゆきをゆっくり見ると、その瞳は徐々に潤み、見る見る涙が溜まっていく。

 そして、自らの慎ましい胸とさつきの胸を見比べたみゆきは、さつきを彼女の前にもっていく。

 何がしたいのか分からず、さつきが怪訝な顔を向ける。そこにみゆきの言葉がはいった。

「何やよー分からんけど、取りあえず泣かせたり。話はその後や。さ、かすみっち、胸は用意した。気の済むまで泣き」

 かすみはコクリと頷くと、次の瞬間さつきの胸に抱きつきワンワン泣き始めた。抱きつかれたさつきは、泣きじゃくるかすみの頭を撫でつつ、フト空を仰ぎ見た。

(晴天下の『大和』か。明日の向こうも同じ景色かな)

 かすみの子供のような泣き声をBGMにして、さつきはそう思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ