2026/06/17「恐竜少女は自由な旅を夢に見る」
太古、それは確かに地球上に存在していたと言う。
動物界、脊索動物門、爬虫網、双弓亜網、主竜形下網、恐竜上目、竜盤目、獣脚亜目、テタヌラ下目、ドロマエオサウルス科、ヴェロキラプトル亜科、ヴェロキラプトル属、ヴェロキラプトル。
「それが、私。まぁ、Raptorとでも呼んでくれればいいわ」
わたし前に突如として現れた自称恐竜女は、玄関先でドヤ顔でそう言った。
身長は百六十センチ後半だろう。
細身の躰には丈が短く、袖が異様に長い紺色のパーカーを着ていて、黒色のカーゴ―パンツにはオレンジ色の模様が入っている。履いているのはブーツなのだろうけど、前方に鍵爪のような何かが飛び出している。闇夜に溶ける黒髪は地面すれすれまで伸びていて、腰あたりで真っ赤なリボンで結ってあった。
全体的に黒いソレの中にあって、宝玉のような金色の双眸だけがただただ異様だった。
「もしかして、恐竜だって言いたい?」
突然の電波発言にわたしは思わず首を傾げてしまった。誰だってそうだろう。突如として現れた女に、自分は恐竜です、なんて言われたら首の一つや二つ傾げたくなると言うものだ。
「そうね。種族としてはそうらしいわ。まぁ、私にとって種の線引きなんてどうでもいいのだけれど、人間にとっては重要な事でしょう?」
そりゃあ、そうだよ。人間にとって種の線引きはとても重要だ。
あいつは別、こいつは同じ。あれとコレは一緒で、アレとこれは別。色が違う。見た目が違う。あるはずのモノがない。ないはずのモノがある。所属が違う。主食が違う。主張が違う。それだけで、線を引き、遠ざけ、壊し殺す。この世から根絶やしにしようとする。それが人間であり、遠い過去から続けられてきた人間の営みだ。
「わたし個人としては種の線引きなんてどうでもいいよ。だって意味がないからね。でもだ、それでも君が恐竜だって言うのは信じがたいなぁ。どこからどう見ても、可愛い女の子で人間のそれじゃない。仮に恐竜だって言うのなら、なんで人間の似姿晒してんの?」
意味わかんないでしょ?
そう彼女に投げかけてみた。さて、どう返ってくるか……。
「意味はあるわ。だって、この姿でないと、こうして貴女とお話が出来ないでしょう? それとも、貴女は私が元の姿、恐竜そのもので現れたとして、こうしてお話をしてくれたかしら? 人間を害する力を有する、肉食動物の姿で」
んー。それは難しい相談だ。
仮にこの子が恐竜の姿、つまりヴェロキラプトル――某有名映画の小型肉食恐竜――の姿で現れたとしてお話しなんて出来るわけない。言葉を介する自分を害する可能性のある獣が目の前に居て、冷静でいられる人間は少ない。
あの見た目だけは可愛い熊だって檻の外で出会えば恐怖が勝る。そう言うことだ。
わたしはこの子が恐竜として現れていたら間違いなく―――。
「どうやら図星の様ね。なら、話を進めるわね。私が貴女を訪ねた理由、貴女にしてほしいことがあったからここまで来たのよ。あの忌まわしき研究所から抜け出してね」
以下、Raptorのご高説だ。
四月十二日。その日、彼女はとある研究所から逃げ出した。
そこでは彼女を使って様々な研究実験が行われていたとの事。それはそれは筆舌に尽くしがたい行為であり、おおよそ人間の行う行為ではなかった。たとえそれが科学の発展のためであろうとも。
研究所から逃げ出したRaptorはこの町に流れ着いた。
そして、わたしを見つけたそうだ。その時のわたしは仕事中だったようで、その場面に出くわしたとのこと。でも、わたしにはそんな記憶は一切ないんだよね。
わたしの仕事ぶりを見て、わたしを探していたらしい。
「とりあえず、入って良いよ。玄関先でするには長くなりそうだし」
そこで初めてRaptorを部屋に招き入れた。
「ありがとう。邪魔するわね」
「どうぞー、狭い所ですが」
と、リビングまで通してソファに座っていただく。
「おしゃれなオブジェね」
壁に貼り付けられたお手製のオブジェを見ての一言だ。わたし自身も気に入っているので同意を得られたのは嬉しい。
しかし、まぁ。これで彼女が恐竜―――ないし特殊な人間であると言う話が現実味を帯びてしまった。
「それはどうも。じゃあ本題ね。内容と報酬は?」
「無期限の私の保護。言い値」
それは分かりやすくて助かる。
報酬に文句は無いが、現実的じゃない。そして、無期限……か。
「無期限と言うことは、わたしと一生一緒ってことだけど?」
「……………そうね。そう言うことになるわ」
この子、自分がすごいこと言ってるって自覚はないのかな? 恐竜だからそう言いうことに疎いとか? そんなことある? まぁ、獣に羞恥心が無いって言われれば、それもそうかとなるが……一応知性はあるでしょ?
顎に手を当てて、首を傾げた金色の瞳がわたし射抜く。
はぁあ。コレはわたしが言うべきだね。
「じゃあ、これからよろしく。君の一生をわたしがもらうね」
そう言って手を差し出した。今のわたしの顔は耳の先まで真っ赤だろうね。
「ウフフ。恥ずかしいならそんなセリフ言わなければいいじゃない……貴女、面白い人ね。ええ、私の方こそよろしくね、旦那様」
差し出された手を取って、Raptorはニコリと笑んだ。その女神のような笑顔にわたしの心はがっしりと鷲掴みにされた。
……………ん? 旦那様? わたしが?
―――――――――――――――――
「ところでココ、貴女の部屋じゃないのね」
「そうだよ。流石にこんな大っぴらな場所に住居構えられないよ。仕事が仕事だしね」
わたしたちは部屋を出た。
この部屋の真相を知るモノはいないだろう。
わたしたちを除いて。
「写真に残してあるから、さっきのが見たくなったらいつでも見れるよ?」
「見ないわよ」
「え? さっきはおしゃれって言ってくれてたのに」
「貴女には皮肉ってモノが伝わらないのかしら」
Raptorが顔を歪めて溜息を吐いた。
わたしのスマホの画面には先ほどのオブジェの画像が表示されている。
それは壁に貼り付けられた、巨大な花のオブジェだ。
肉肉しい花弁を持つソレは、まさしく肉の花。
誰もが目を背け、誰もが絶句する、生命への冒涜の為せる業だ。
一つの家族で―――人間で作られた巨大な肉の花。
「人間ってホント恐ろしい生き物ね」
「ねー」




