40 ディーネの葛藤
※読まなくても問題ありません
え、え、え、どーいうことよ? あれってゲイリーよね? いや、ゲイリーだけどそっちじゃなくてあのゲイリー。いかにも町の一般人で人畜無害で背景に紛れていても問題なさそうな凡人を描けば彼にあたるようなゲイリーが勇者ゲイリーだっていうの? だっていうのよね、あそこにいたんだもの。ああ、この回想を何度してるの? 自分の記憶と【望遠視力魔術】は間違いないのよ。わたしはしっかりガッチリこの目で見たの。それでなぜかパニックになって逃げてしまってナンシーを頼って引きこもり。わたし何してんのよ! 勇者の使命も投げ出してヒキコモリ! だってわけわかんなくてペーパにすら戻れない。あげくツージーにまで心配かけて王都に来てもらうハメになるなんて。でもツージーの食事は安心する。故郷の味が今のわたしには優しい。いっそ故郷に帰ろうかな。て、今度は現実逃避!? そうじゃない、そうじゃない。一番わかんないのは自分の気持ち。もうグチャグチャ。勇者ゲイリーの正体が知れたのは喜ばしいことよ。ナンシーもあきらめてぜんぶ教えてくれたし。だからといってモヤモヤは治まらない。むしろ増大していく。だって勇者ゲイリーなのよ? あの偉大で最強の男なのよ? わたしが憧れたたった一人の男が、実は庶民だった。いえ、庶民を下に見ているわけではないの。生まれはその人の問題ではないのだから。でもどこかでわたしは勇者ゲイリーはどこぞの王子……は、ないにしても大貴族の出であると勝手に思い込んでいた。だってあの風格、人格、人望、才気、勇気、武力、いずれをとっても一市民にはないものだもの。それがただの鍛冶屋の息子。素のゲイリーのときとはまったく違う。実はそっくりさん? あー、そー、そうに違いない。あれは絶対他人の空似……って馬鹿! ナンシーが教えてくれたでしょ! また繰り返してる……。そうじゃなくて、わたしが腹立たしいのはあの庶民ゲイリーが素知らぬふりでわたしに近づいたことよ! そう、そうなのよ! わたしが勇者ディーネと知っていて彼は近づいたのよ!? 自分の正体を明かすわけでもなく、わたしを探ったの! そう! それが許せない! さぞ面白かったでしょうね。それをおくびにも出さず、勇者のときは澄ましていたのよ。内心で、いつも被りっぱなしの兜の下で、わたしを笑っていたのよ! きっとそう! 断じてわたしが困っているのを見過ごせなかったわけではなく、ちょうどよく接近できる機会を窺っていただけなのよ。優しさとか、親切心とかじゃなくて、絶対に……。……そうなのかしら。勇者ゲイリーならそんな些末なことでも困っていれば何も考えずに手を伸ばす。勇者ゲイリーならそうする。わたしだってそうすると思う。だからあれは運命みたいなもので、偶然の重なりがなければ、彼だってわざわざ関わろうなんてしなかったのではないだろうか。わからない。話をしていて悪い気はしなかった。勇者ゲイリーといたときのような昂りはなかったが、気を緩めていられた気はする。だが、だからこそ正体を隠したままわたしに近づいたのが気に食わないのだ。彼に下心がなかったとどうして言えよう。彼には彼の思惑があるだろうし、正体を明かすリスクもわかる。だからだ! だから、わたしは、こうも許せないのだ! わたしだって勇者だぞ! 仲間だ! 同等で対等だ! そう思っていたのはわたしだけか!? そうなんだろうな! わたしが貴族で自分が平民であるから恥ずかしかったのか? 勇者にふさわしくないとでも思っていたのか? おまえは勇者ではないか! わたしが目指した最高到達点ではないか! おまえが勇者の姿を見せてくれたからわたしは挫けずに励み、オーズマリー領を救い、国のために戦えているのではないか。勇者ゲイリーがいたからこそなんだ。その勇者がたかが身分に脅えていたのか? それとも眼中にないからこそ、わたしなんてどうでもよかったのか? わたしの勇者姿は貴族の道楽とでも見えていたのか? あの庶民ゲイリーが見せた笑顔は、言葉は、嘘だったのか? 本心だったのなら、わたしを盟友として認め、正体を明かしてくれてもよかったのではないか? 結局のところそれなんだ。わたしが不満なのも、信じられないのも、隠したまま近づいたこと。ただ隠すだけなら理由はいくつもあるし、理解もできる。勇者の政治的利用や家族の安否を危惧しているだろうと察せる。だが、だがだ、ならなんで近づいたのだ! これなんだよ、これ。これがまったくわからない! 落とした果物なんて誰かが拾ってくれたはず。勇者が正体隠してやることじゃないだろ! それともおまえがわたしに近づきたいと思ったのか? 些細なきっかけが見つかって、嬉しくて声をかけたのか? それはいいが、せめてそのあとでも明かすべきだろ。公私ともにずっと隠していくつもりだったのか? それくらいわたしはどうでもよかったのか。ああ、またグルグルまわってる。よし、考えを変えてみよう。正体を明かすにしてもタイミングは重要だ。いつか明かすつもりはあったのだと仮定してみよう。ではそれはいつだ? どんなきっかけがあれば言う? ……わかるかぁ! 他人の心なんてわかるわけないだろ! こちとら幼少から剣を振って生きてきたんだぞ! 同年代の男たちにも敵なしだったくらいだぞ! 人の心理など考えてきたこともない。勇者になって、ようやく他人の気持ちというものに関心を寄せたくらいだぞ。勇者ゲイリーの背中を見て、人への接し方がようやくわかってきたような女なんだぞ。だからこそ友人と呼べるのがナンシーくらいしかいないのだからな。じゃあ、その人の心がわかる勇者ゲイリー様はどうなんだ? もう一ヶ月も引きこもっている勇者仲間を見舞いにも来ないではないか! それほど無関心だったのか!? あのとき確かに目が合っただろう。距離にして200メートルはあったが、そんなのわたしたちにはないにも等しい距離ではないか。バツの悪そうな顔をしていた。逃げたわたしを追って来る気配もなかった。今はペーパに戻っているらしいが、アークソドン教団がいなくなったなら勇者も廃業じゃないか。暇なら釈明に来てもよさそうなものだろう。ああ、そうか、思い出した。あいつにはアナベルという斡旋所の彼女がいたんだ。そうか。そうだ。あいつははじめからわたしに関心などなかったんだ。やっぱりからかっていたんだろう。あんな可愛らしい彼女がいるなら、こんな面倒くさい高慢ちきな女勇者などに関心など持つわけがない。もう嫌だ。ぜんぶイヤ。なぜわたしばっかり悩まなければならんのだ。悪いのはむこうだ。むこうはわたしを知ってるのに、わたしはおまえを何も知らないんだぞ。不公平じゃないか。そうだ、みんなゲイリーが悪い! わたしをこうまで振り回すのはおまえだけだ。おまえは勇者で、憧れで、目標で、だから、わたしは……。……わたしは、なんだ? なんなんだ? どうしたいんだ、わたしは! わたしはなぁ、わたしは――!
(寝落ち。起床後冒頭に戻る)
今回のウンチく
ただの鍛冶屋の息子……大魔道士〇ップ。




