第十七章 青すぎる空 2
スカイロードの合同訓練は、山岳警備隊のお手本なしに、三回生が二回生を教えるという訓練でアクロバット飛行を終えた。
エアジェットが飛び立つ直前、エミリア=サンジョベーゼ上等兵の機体のエンジン音がおかしいことに気づき、教官のビル=ポルスキー準曹が付き添いで残ることとなった。
フェリシアが操縦する機体とともに、他の学生のエアジェットは一斉に飛び立ち、要塞に向かっていった。
フェリシアとペアを組んだ3回生の学生は、次第に操縦が怪しくなり、隊列の後方へと下がると、隊列から抜け出し、断崖絶壁の谷底へと降下していった。
その様子が隊列を組んでいた他の学生にはわからず、指示していた教官もフェリシアの様子に気が付かないでいた。
そして、とうとう、フェリシアの機体は行方をくらました。
谷底に向かうと、日差しが届かず、暗闇の中を飛行する。ライトを照らし、さらに下へ下へと降下する。
最初、気が付かなかったフェリシアだったが、次第に周囲が暗くなり、周囲にエアジェットがいないことに気が付いた。
「先輩、どういうことですか。」
帰還する際は三回生に操縦を任せることとなっていたので、フェリシアはあわてて問いかけ、返事がないので助けを求めようと通信を試みたが応答がなかった。
「どうして?」
頭の中でパニックが起き始めた。
エミリアがいたなら、こんなことにはならなかっただろうと考えもした。
三回生にいったい何が起きたというのだろうと思った。
暗闇の絶壁に突き出した岩があった。
そこにエアジェットは着岸した。
エンジンが止まったのを確認して、上級生の肩に手を掛けようとすると、いきなり後ろを振り返った。
その目はフェリシアを見ていない。
「まったく、あなたも危機感のない人だなぁ。こんなことじゃ、すぐ敵にやられてしまうよ。」
フェリシアは青ざめた。視点が泳いでいて定まっていない。離陸するまえの三回生の様子と全然違うことを理解した。
「あなたはいったい何者なの?」
「さぁね。どうでもいいことじゃないか。」
「そんな、わたくしをどうするつもりなの。」
「どうもしないさ。これは脅し。」
「脅し?」
「そうだよ。あなたを脅して、揺さぶりを掛けるのさ。あの人にさ。」
「あの人って誰なの?」
震える手を押さえて、自分の命の危険性を考えいていた。
「そんなこと、あなたが考えなくてもいいんだよ。」
「わたくしを脅して、何のメリットがあるというのですか。」
「命は取ったりしない。怯えて大人しくしてもらう。それだけ。
こちらのやりたいようにやらせてもらう。そう主張するだけなんだよ。」
「意味がわからないわ。」
「わからなくていいって言ってるじゃないか。しばらく、ここで大人しくしてもらう。
騒ぎになってもらわないと困るからね。」
三回生はヘッドセットをずっとつけたままだった。
フェリシアはヘッドセットに手を掛けようとしたが、手を払われた。
「大人しくしていろよ。ここから落ちてもかまわないのか。砂虫に食われちゃうんだぞ。」
「食われるのはあなたも同じことでしょう。」
上級生の視点は相変わらずあちこちと動き回り、会話が続いていて、気分が悪くなったフェリシアは凝視できない様子で、相手の顔を見ないようにしていた。
「ふあはは。そうでもないんだなぁ。」
「どういうことなの?」
「これは操り人形。代わりはいくらでもいるしね。」
「命をとったりしないって、言ったわね。」
「ああ、そう。でも、砂虫に食われても死ぬとは限らないし、体の一部がなくなるかもしれないけど、山岳警備隊の威厳に掛けても命を落とすようなことはしない。
つまりは、体の一部がなくなってでも救い出されるんだよ。」
「操り人形ってどういうことなの?催眠術にでも掛かっているわけ?」
「さぁね。」
唇を噛んで、しばらく考え込んでいた。
「いいわ。大人しくするわ。騒ぎが起きて、救出されるのを待てばいいのね。」
「そういうこと。ものわかりが良くなったねぇ。その調子。」
「わたくしを馬鹿にしているのね。」
「そうでもないさ。親の言う事を聞いて良い子になろうとしているあなたは馬鹿じゃないって思うね。」
「どういう意味なの?」
「そういう生き方のほうが、楽でいいだろう。辛いなんて一時のことさ。」
「なにが言いたいのかしら。」
「そのうちにわかるよ。」
フェリシアは腹を据えて救助が来るのを待つことにした。
どちらにしろ、ヘッドセットで操られているのなら、犯人が判明する可能性が高いし、この上級生を調べれば誰が操っているかわかるだろうと考えていた。
一方、エミリアのほうでは、操縦席の基盤で回路が焼かれているのが判明し、その場で教官が修理することによって、調子を取り戻した。
そして、すぐさま離陸の準備がされ、要塞に向かったエアジェット部隊に追いつこうとしていた。
部隊に追いついたのはいいが、フェリシアの機体が見当たらないのを不思議に思った。
通信で隊列の教官に問い合わせたが取り合ってもらえなかった。
要塞に到着し、点呼が済むと、フェリシアとペアを組んだ3回生が乗ったエアジェットが不明になっていることが判明した。
エミリアは驚愕し、教官命令を無視して、エアジェットに乗り込んだ。
アップルメイト大尉がその様子を察して、ロブを呼び出した。
そして、パジェロブルーがないため、カイン=シュタット少尉を呼び出し、フェリシア救助に向かうためエアジェットを操縦しロブを連れて行く事を指示した。
エミリアはアップルメイト大尉に懇願した。
「わたしにも行かせてください。お願いです。足手まといにはなりません。わたしには殿下をお守りする使命があるのです。」
教官は校長からエミリアのことを特別扱いするように言われていたのを思い出し、許可を出した。
大尉も同意して、救出には、ロブ、シュタット少尉、エミリアが向かうこととなった。
大尉は要塞の通信士に、念のため、マックファット少尉にもフェリシア救出の件を連絡するように命令した。