第十六章 赤い山脈 3
要塞の頂上付近は、居住区と施設がある。
到着したのが夕方だったので、SAFのクルーは食事を取っていた。
レインは相変わらず、隊員や軍人にじろじろと見られていた。
「山岳警備隊では、レテシアは有名人らしいな。」
ディゴが言葉にすると、ロブが睨んでいた。
「グリーンエメラルダ号が先日までいてたのでしょう。」
ジリアンは知り得ていたことを口にした。
「それもあるだろうが、エアジェット無しに飛んでいる姿を披露したらしいぞ。」
周囲にいてる人間が一斉に食事の手を止めた。
「テオ少佐が言ってた情報は要塞からみたいだな。」
「少佐が言ってたの?どうして飛べるわけ?」
レインがディゴに身を乗り出して問い詰めた。
「普通、エアジェット無しで飛べるわけが無いだろう。アクロバットだよ。」
ロブは手にしたフォークを皿に突き刺してギリギリと音を立てていた。
その様子にジリアンは怯えていた。
ディゴの一言で手を止めてたものの、アルバートは食べ始めていた。
「レテシアに相棒がいるっていうことかな。」
クレアは考えていた事を口にした。
「そういうことだろうなぁ。レテシアの相棒になれる人物がロブ意外にいるとはな。」
周囲の人間が一斉にロブの方へ目線を送った。
ロブはフォークを置いて、席を立った。
「ご馳走様だ。シャワーを浴びてくる。」
ロブが立ち去るのを待って、食べ物をほおばりながら、アルバートが言った。
「三十歳過ぎている女性が、アクロバット飛行って、さすがだね。」
「エアジェットで人には出来ない飛行をするのが、得意な女性だったからね。
ロブがやっていることをまねしたがっていたんだよ。」
ジョナサンが遠い目をしながら、話し始めた。
「ああ、この話は、わたしが軍のエンジニアしていた時の話だよ。レテシアとはよく話をしていたんだ。
ホーネットクルーの時ね。」
クレアは細い目でジョナサンを見ていた。
「兄さんの真似をしたいって、よっぽどだね。」
ジリアンの言葉にレインが噛み付いた。
「どういうことだよ。」
「いや、特に意味は無いよ。」
クレアが援護した。
「レテシアは負けず嫌いだったからな。風車飛行を教えたのがレテシアなのに、すぐにできるようになったロブに嫉妬していた時期もあったんだ。」
それが愛情に変わったなんてはなしは、二人にしないほうがいいなと思っていた。
「ご馳走様でした。僕は周囲を散策させてもらうよ。知人がここにいてるのでね。」
カスターはそういって、席を立った。
「知人ってどんな人?」
レインが問いかけると、カスターは輸送隊に所属していたときのパイロットだと言った。
以前のカスターに戻らない様子に、レインやジリアンも寂しさを隠せずにいて、去っていくカスターの後姿を見ていた。
「大丈夫ですよ。そのうち、以前のカスターさんに戻りますよ。」
コーディが声をかけた。
「あたしゃ、用事があるから、これで食事を終えるよ。」
クレアがそういって、席を立ち、いなくなった。
残った者たちの何人かは、早々と食事を終え、次々と席を立った。
コーディだけは、マイペースに食事を取り、食堂から景色を眺めていた。
夜の要塞は、デッキゾーンの電灯がネオンのようにきらめいていた。
夜間飛行する空挺やエアジェットが飛び立ったり着岸する様は、蛍光する虫のように見えた。
デッキの幅が下へ行くほど広がっていて、段々になっていた。
上から見れば、下のデッキゾーンが見える。
各階には警備が配置されて、確認呼称の声が響いていた。
午後8時、第五デッキゾーンの3エリアが、ジェフとの待ち合わせだった。
そこに、テラスのようなリラックスゾーンが配備されていた。
椅子に腰掛けて、待っているとジェフが現れた。
「暗号の意味がわかっていただけたわけですね。」
「理解したくも無いけどね。昔からの山岳警備隊の暗号だろう。」
「やはり、忘れてないものですか。」
「忘れたくても忘れられないかな。」
ジェフのサインはクレアが医学生の頃に受けた夏季医療研修で、山岳警備隊に従属したときに知り得たものだった。
「座らせてもらいますね。」
クレアの横にジェフは腰をかけた。
二人が知り合いになったのは、スカイロード上官育成学校のときの事故でレテシアが入院している時だった。
卒業後のふたりはホーネットに所属希望していたが、事故が原因でジェフは山岳警備隊に配属希望し、レテシアは休学した。
クレアの義父ダンが亡くなった後、身を寄せていたのが、別の駐屯地で任務就いていた山岳警備隊の陸上部隊長で夏季研修で男女の仲になった人物だった。
その後、エミリアの兄同様、大規模な鉄鉱石窃盗団の捕獲作戦で命を落としていた。
その人物は、ジェフにとっても頼りがいのある人物であった。
「あの方は陸上部隊だったので接点はあまりなかったんですけど、クレアさんのおかげでよく可愛がってもらいましたよ。」
「墓参りに行こうかと思っているんだが、付き合ってもらえないかな。徒歩ではいけないところだからなぁ。」
「ええ、いいですよ。非番がありますから、合同訓練終了後ですね。」
「できたら、恒例のお祭りの間にこっそりに抜け出して行きたいね。」
ジェフは含み笑いをして、「了解」と返事をした。
「ときに、ここの隊長さんはあたしを買いかぶっているんだが、情報はどうやら、サンジョベーゼ将軍らしいんだが、どういうわけかな。」
「ああ、将軍は鬼艦長と懇意していたからですよ。将軍とはよくお話させてもらったのも、ハートランド家になまじ縁があったからなんですけどね。」
「へぇ、そうなんだ。」
「将軍は上を目指したけど、鬼艦長は船に篭ったというのが、口癖でしたよ。」
「ふぅん、そんなつながりがあったんだ。」
「鬼艦長はクレアさんのことを気に入ってましたからね。」
「忌憚のない行動的な女性とは、鬼艦長の言葉じゃないだろうなぁ。」
ジェフはクレアに擦り寄った。
「ところで、鬼艦長から、なにか頼まれませんでしたか。」
クレアはジェフの顔を横目で見た。
「ロブとの復縁か?」
「レテシアに未練があるとか。」
「未練というか、世の中にロブしかオトコがいないって思っているオンナだからなぁ。」
「で、どうなんです。ロブのほうは?」
「そんなこと聞いてもな。手ごたえが感じられない。というか、あいつ、閉じこもっているから。」
ジェフはクレアから少し離れて、下をみながら言葉を口にした。
「レテシアは、クレアさんに焼きもちを焼いてますよ。」
「そう、思ってたさ。だから、あまり、ドックにいないようにしてたんだがな。」
「僕からは、クレアさんがロブを相手にするわけがないって言っておいたんですがね。」
「耳を貸さないだろう。レテシアは分からず屋だからな。あいつら、似たもの夫婦なんだよ。」
「そうですねぇ、ロブも分からず屋だ。レテシアに謝る事を条件で情報を流してやってるのに。」
「何の情報?もしかして、カスターか?」
「ええ。カイン少尉から手に入れた話しですよ。」
「そうかぁ、だから、露骨に嫌な顔をしていたのか。」
下のほうからサイレンが鳴ると、前方から空挺が一機向かってきた。
下のほうのデッキゾーンに着岸する様子だった。
「こんな時間に到着する空挺か。」
「皇女殿下に従属する部隊でしょう。スカイロードとの合同訓練で、今回は特別訓練だと支持がありましたよ。」
「親ばかもいいところだな。」
「そうですね。親ばかといえば、どうなんですか、レインのほうは?親ばかぶりは何故か聞き及んでいるんですよ。」
ジェフはニヤ着きながら、クレアをみて、言った。
「外見は両親のいいとこどりをしたのだが、中身がなぁ。」
クレアは天井を見上げて呆れ顔だった。
「優柔不断で、無鉄砲で思量が足らない。その分、ジリアンが良いっていうか、頭の回転が早くて機転が利く。危機感もちゃんと持っているし。」
「あははは、無鉄砲で思量が足らないって、二人の悪いところでしょう。」
ジェフは笑いながら、手をたたいた。
「レインとジリアンと二人で足して二で割るくらいがちょうど良いかな。」
「鬼艦長が、レインを引き取りたい気持ちとそうでない気持ちとがあって、親権が取れなかったことは悔しいと思っていないって言ってたけど。」
「ふ、負け惜しみじゃないな。」
「でしょ。きっと、こう言いたかったんですよ。引き取っても自分で育てる自信がなかったって。」