第十六章 赤い山脈 2
断崖絶壁にキャティナ・マウントーサ・ロッソ駐屯地という要塞がある。
デッキゾーンが横に1キロに渡りあり、それらが崖の頂上から10ほどある。
スタンドフィールド・ドックの百倍はありそうなその要塞は、数百台のエアジェットに二十数台の空挺が格納および着岸している。
キャティナ・マウントーサ・ロッソ駐屯地にスカイエンジェルフィッシュ号通称SAFが着岸すると、山岳警備隊の隊長が出迎えてくれた。
「山岳警備隊・隊長で大佐のシェツ・エストリラです。わが駐屯地に来られた事を歓迎いたします。
研究所での襲撃の報告はこちらにも届いております。出発式を執り行なうことができず、残念な結果になったことは我々も遺憾に思っています。」
隊長の出迎えに対応したのは、クレアだったが、話半分にしか聞いておらず、こころは上の空だった。
まだ医学生だった頃にこの駐屯地に足を運んだことがあったが、その時とは比べものにならないくらいに巨大化していることを不思議に思っていた。
「合同練習を希望しているのですが、こちらはまだ、戦闘になれていないクルーばかりで、目的が医療行為ですから致し方ないのですが。
ぜひとも、こちらで訓練をし、腕をあげて、一人でも多くの命が救えるように成長していけることを望んでいます。」
心にも無いことを口にしたクレアは、背中が痒くなってきそうなのを堪えていた。
「謙虚な心構えですね。破天荒な方だとお聞きしておりますが。」
クレアは立ち止まって、天井を仰いだ。
「あ、いや、失礼な事を申し上げたのでしたら、申し訳ない。悪意はありません。」
「もちろん、そうでしょう。」
しばらく、間をおいた後、強調するように言った。
「医療行為が目的のスカイエンジェルフィッシュ号です。破天荒では決して成立できるものではありません。
それぞれの持ち場を生かしチームワークを重視してこそ、目的を果たすことができると思うのですが、違いますか。」
「いや、まったくそのとおりです。私の言い方が悪かったと思います。あなたのことを忌憚の無い行動的な女性という認識があるのです。
それは、自己中心的なものとは違い、確信あっての行動でしょう。直感で行動しない、きちんと裏づけされた行動で人を惹き付ける要素をお持ちだということです。」
「買いかぶっておられる。どなたのご意見でしょうか。」
「以前、この駐屯地を制しておられた司令官でサンジョベーゼ将軍です。」
クレアは少し耳を疑った。エミリア上等兵の父親が軍人である事を聞いていたが、将軍であるということまで知り得てなかったからだ。
「この要塞を完成させたという司令官ですか。」
「ええそうです。完成させたといいますと・・・。」
「学生時分、夏季研修と称して山岳警備隊で医療研修をしていましたから。その頃にはまだ、小さくて。今は驚くばかりで。」
「そうですね。クレア先生が学生の頃と申されますと、小さい駐屯地だったことでしょう。」
「その司令官は以前と申されますと、こちらにはいらっしゃらないということですか。」
「そうです。中央司令部で事務方をされておられます。3年ほど前に優秀な人材でおられた息子さんをこの駐屯地で命を落とされたのです。」
「それはまた、なぜゆえに。」
「大規模な鉄鉱石窃盗団がいまして、捕獲にむかったところ返り討ちにあい、数十機が打ち落とされてそのうちの一機に息子さんがおられたのです。
まだ、スカイロード上官育成学校を卒業されたばかりで、将来を有望されたパイロットでした。」
「もしや、司令官のご息女はその学校の学生ではありませんか。」
「そうですね。明日、この駐屯地で訓練をする予定の学生です。ご存知でしたか。」
「ええ、まぁ。」
「そういえば、襲撃事件で先導パイロットに選ばれていて怪我を負ったと報告書にはありましたね。」
「お兄さんを失くしたこの地で訓練とはさぞ辛いことでしょう。」
「気丈なお嬢さんだとお聞きしたことがあります。軍人としての誇りが高いとも聞いておりますから、悲嘆にくれて物怖じしたりはしないでしょう。
心配は無用かとおもわれます。」
「そうですね。」
クレアは、デッキの端から外に広がる、断崖絶壁の赤い山脈の光景をすこし恐怖に感じていた。
なんとも業の深い縁だなと思いながら、デッキに吹き込む風を感じていた。
クレアの頭によぎったのは、レテシアの兄のことだった。
レテシアが上官育成学校に入学する前に戦死していた。
エミリアにも同じことが起きていたことは偶然ではないように思えてしかたなかった。
その思いを読んでいたのか、エストリラ大佐は後方を振り返って言った。
「あちらの少年は、レテシア少尉に瓜二つですね。最近までグリーンエメラルダ号が滞在しておりましたから、なお一層そう思えます。
そういえば、レテシア少尉にも兄君がおられて、戦死したと聞いております。鬼艦長と字されているハートランド艦長が号泣されたという話は有名でした。」
クレアは、大佐の事をおしゃべりだなと考えていた。言わないとしたことを口にすることが少し耳障りに思えた。
もしかして、様子を伺っているのか、そうだなぁ、軍が分割しているとなれば、この駐屯地はどっちの側なのだろうと。
「瓜二つというより、そのままですよ。レテシアの息子のレイン・スタンドフィールドです。」
「スタンドフィールドといえば、アレックスのですか。」
「そうです。あちらの金髪の男性が父親のロブですよ。」
大佐とクレアが視線を向けている様子に、ロブは違和感を感じながらも、気づかない振りをしていた。
レインは軍の駐屯地や関係部署に滞在すると必ずされる歓迎のされ方にうんざりしていた。
ロブの後をジリアンとともに歩いているだけで、好奇な目で見られていることを敏感に感じていた。
デッキにいた軍人たちは、レインの姿をみると目を疑うからだ。
先日まで、レテシア少尉がいててここを出発したというのに。
SAFのクルーがいてるデッキに、一機のエアジェットが突っ込んできた。
「ジェフ=マックファット少尉、指令を無視して、第三ゾーンに侵入しないでください!」
通信士のアナウンスがデッキ中に響いた。
ロブは露骨に嫌な顔をした。その様子をみたディゴは、レテシアの同級生だったというジェフだとわかった。
そのエアジェットはデッキの端に着岸すると、スライド式にロックがかかると、翼を折りたたんでコンパクトに収納された。
操縦席から、一人の男性が降り立つと、まっすぐクルーに向かってやってきた。
「レテシアの息子が来てるって聞いて、急いで帰還してきたんですよ。大佐。」
「少尉、命令を無視して良いなどと、もはや思っていないだろうな。」
「もちろん、始末書なら、ちゃんと書きますよ。」
「書いたらいいっていうものじゃないよ。」
ジェフはクレアの方をちらりとみて、目で合図をした。
ジェフが向かった先はレインたちのほうだった。ヘルメットや通信機をはずしながら足を進めた。
「ロブ、久しぶりだな。相変わらず、嫌そうな顔をするなよ。」
開口一番に嫌味をぶつけてジェフは笑顔で挨拶をすると、ロブは口元をゆがませて、手を上げて挨拶をした。
「はじめましてだね。レイン。僕はジェフ=マックファットといって、君のお母さんの同級生だったんだ。」
ジェフはレインに右手を差し出し、握手を求めた。
「あ、はじめまして、よろしくお願いします。」
控えめな声で挨拶をすると、ジェフはレインの手を握りると大きく振った、テオ少佐のように。
「うわぁ、噂どおりの瓜二つだな。驚きだよ。男の子なのに、こんなにレテシアにそっくりだなんて。
ロブが育てたように思えないなぁ。」
レインの肩から二の腕にかけて手をあてて、ジェフは筋肉がついていることを確認していた。
「きみがジリアン君だね。話しはレテシアから聞いていたよ。レインの良きパートナーって感じだね。」
ジリアンに向けてジェフは右手を差し出し、ジリアンはしっかりとジェフの手を握って大きく振らないようにした。
その様子に、すこしたじろぎながら、ジェフは自己中心的に、その場から立ち去ろうとした。
「帰還したばかりなので、退散します。お騒がせしました。」
ジェフはロブたちを背に、クレアの方に向かって合図をした。
右手を広げて5本指を強調し、くるりと手首を回すと三本指にした。その右手の三本指を左手に持っていってあわせ、8という数字にした。
大佐はそれが視界に入っていたが見てみぬ振りをした。
クレアは左手で額を掻いて、返答をした。
「相変わらず、自己中心的な男だな。」
ロブがつぶやくと、ディゴが言った。
「さすが、レテシアの旧友だな。」
その言葉に、ロブとレインは眉をひそめた。




