第十五章 白い魚 4
「負のエネルギー?」
ジリアンはカスターが心配で仕方なく、診療室でクレアと話をしていた。
「負のエネルギーは、静電気みたいなもので、体にまとわりついていて、放電しないとその電気で痛みを感じたり、何かに点火してしまい燃えてしまう。」
眉をひそめて考えあぐねているジリアンを横に、クレアは診療書類を作成していた。
「放電するために、SAFからいなくなったのですか。」
「まぁ、そういうことだな。」
「点火するって、人間関係がこじれるってことですか。」
「そうだな。いまは、格闘技の練習して、ストレスを発散する余裕がないからね。」
ストレスを発散させるために格闘技の練習をするのかと、ジリアンは改めて認識した。
「体を動かすことでストレスを発散させるのですか。」
「そうだね。一人で体を鍛えるだけでは、得られないものを対人関係で得るんだよ。」
「はぁ、そうなんですか。」
クレアは書きはしらせていたペンを止めて、ジリアンの方に向いた。
「ジル、ちょっと嫌な事を思い出させる話をするよ。」
「はい。」
ジルは腹を据えた。
「ダンは、皇族が黒衣の民族の子を生んだ事を表ざたにしないためにも、セシリアの最初の子を死んだことにした。」
ジルの顔色を伺いながら話を進めた。
「ダンのしたことが正しいとは言わない。そうすることによって、セシリアはある意味、負のエネルギーを持ってしまった。」
ジルはクレアを睨むような目で見た。
「そして、僕は生まれたのですか。」
「誘因は、レインが生まれたことだろうとは思う。でも、負のエネルギーでジルが生まれたわけじゃない。ここは間違えないようにね。」
「はい。」
「ジルを生んだのは、セシリアのなかに出来た穴を埋めるためだろうと思う。こころの隙間みたいなものかな。」
「う~ん、よくわかりません。」
「そうだなぁ、無理かな。寂しかったから、自分の分身が欲しかったって感じかな。自分を愛してくれる子供を欲しかった。仮定の話しになるけどね。」
クレアの言うセシリアの気持ちがあまり理解できなかった。
「しかしながら、セシリアの子として生まれてくるわけにはいかなかった。だから、ゴメスとマーサの子として育ったんだ。」
「それはよくわかります。」
クレアは笑顔になって、ジルはハッとした。
「自分の子供として育てることができなかったので、負のエネルギーを持ったのですか。」
「そうだよ。」
セシリアの悲しみを知ることによって、ジリアンは違和感を感じ始めていた。
それはセシリアを理解することを拒んでいるかのようだった。
「でも、ジルは心の底ではセシリアを愛していたと思うよ。虐待されても耐えていたから。」
ジルは発作を起さずに、目から涙をこぼした。
「ジルは、セシリアの負のエネルギーを放電させていたのだと思うよ。」
その言葉を聞いて、クレアを見つめていた。
「気負いはしないでほしい。セイラのことも、兄か姉ともわからない子のことも。
ジル、君は受け入れできるよ。セシリアのことを愛していたのだから。」
とめどなく出てくる涙をぬぐうことなく、まっすぐクレアを見つめていた。
「カスターは必ず、もどってくる。信じて待ってあげてほしい。戻ってきたら、暖かく迎えてあげてほしい。」
「はい。クレアさん。」
ジルは大きな声で返事をした。
クレアは、スワン村での出来事を思い返した。
スワン村には登山で入村した。出入りしている荷物持ちをまかなって。
荷物持ちに言われていたように、男らしい格好をしていった。
スワン村で、一人身の女性は危険だからだ。
真っ先に図書館に向かったが、表示も整理もされていないので、どこにどんな書物があるのかわからない。
館内には清掃員しかおらず、書物に詳しい人間はいない。入館した者は自分たちで目的のものを探し当てなければならない。
目的の書物を探し出す手っ取り早い方法は、その図書館を熟知している人間を探し出し、情報を得ることだった。
クレアは情報を得ることに掛けては心得ていた。
ダンを知る者を見つけて、ダンの情報を得た。ダンが読んでいた書物を特定して、そこから目的の書物を探し出そうとした。
ダンを知る者に、ハリーという曲者がいた。ダンの養女である事を告げて、クレアは体を張った。
クレアはハリーの前で、下半身を露出し、壁に両手を付いて、腰を上げて、尻を出した。
「オイオイ、入れるだけの行為なんて、そんな安物情報じゃないんだぜ。ベッドでマッタリ楽しませてくれよ。」
「ハリー、だったら、1週間以上、水浴びもしていないような体で、求めに応じろとか言わないで欲しいね。」
「なに、お高くとまっているんだ。生娘じゃあるまいし。」
「生娘だったら、股を開くこともしないんだよ。水浴びしてこないのなら、交渉には応じない。水浴びしないの?するの?どっち!」
「ヤレヤレ。」
クレアがハリーの求めに応じて得た情報は、黒衣の民族についての書物がある本棚だった。
「清掃員に言わせて見れば、そこの棚だけ綺麗に拭いても、すぐ真っ黒になるんだってさ。
さすが、結界張ってるスワン村の図書館だな。曰く付きの本棚ってことさ。」
図書館のほとんどが手書きの書物で、スワン村での製作されたものがほとんどだった。あとは発禁本として持ち込まれたものになる。
クレアが情報を元に、探し当てた本棚にいくと、その手の書物だらけだったが、そのなかに「白い魚」というタイトルに惹かれて書物を手にした。
その書物はダンがスワン村を後にして書かれた書物であることがわかった。
食い入るように読んでいると、背にしている本棚の向こう側から名を呼ばれた。
「クレアさんですね。ご無沙汰しています。」
その声に聞き覚えがあった。その人物はクレアにとって意外な人物だった。
スワン村に受け入れられて、図書館に出入りするとは思えない人物だった。