第十五章 白い魚 2
白い魚とは魔術師を意味し、白髪なので、白い魚と言われていた。それは黒衣の民族の隠語だった。村長が通語として、使っていて民族そのものはこの言葉の意味を知らない。
クレアがスワン村で見つけたなかに、白い魚というタイトルの書物があって、中身を拝読した。
手に入れた情報に、スワン村に白髪の少女がいたという。スワン村で黒衣の民族が受け入れされるのは珍しく、ましてや魔術師は受け入れしないものと思われた。
魔術師がスワン村にきていろんな書物を盗むようなことがあってはいけないからだ。
しかし、白い魚という書物は白髪の少女の母親が書いたものと思われ、彼女を身ごもった状態でスワン村に来たことが書かれていた。
魔術師は、黒衣の民族にとって、神がかり的な能力をもった者だったが、ほとんど者がその能力を持っていなかった。
しかし、白髪の者だけは、博識や思量に長け、特殊な能力でもって、魔術師以下民族を制してきた。
白い魚の恐ろしいところはは常に男女一対で、厳と薫という名をもち、女が白い魚の男女一人ずつ生み分け、死んだ時、予備として生まれてきたものの人格を破壊して自我を無くし、体を器として魂をのっとることを生業にしてきた。
クレアがロブとスワン村に向かおうとしたとき、接触し墜落して死んだものと思われていた厳は、予備として生まれていた白い魚の男に乗り移ったということで生きていたということになる。
そして、スワン村に行くことに失敗して死んだ厳というのは、村長の一族でセシリアが最初に生んだ子よりも先に、混血児を妊娠させていたのだった。
厳の子を身ごもった女性がスワン村に入り、産んで育てながら、白い魚という書物を書き綴ったことになる。
白髪の男は元来種無しであることが多かったのだが、村長の一族として血を引く厳が子を得たということかもしれないと書物には書かれていた。
厳にしてみれば、子が生まれたことなど知る由も無かったが、白髪の少女はクレアがスワン村に入った時にはすでに出ていったので、その後はふたりが接触した可能性があったと思われる。
同じ遺伝子を持つもの同士が、共有という能力で、以心伝心することができるらしいことが書かれていた。
レインに接触したベルボーイは、人格破壊でのっとられ、白髪の少女に動かされていた可能性をクレアは考えていた。
「では、レインとジルの命を狙っている人物というのは、黒衣の民族ということですか。」
前置きの長い話を聞いて痺れを切らしたロブは尋ねた。
「さぁ、わからない。レインを殺すことをためらい、あの人とかあの方とか、代名詞で語る相手が誰なのかは特定できない。
むしろ、黒衣の民族の可能性が薄いと思っている。」
煮え切らないような言葉に、ロブはいらついた。
クレアの話を聞かされていたのは、ロブとアルバート、コーディだけだった。
ディゴはクレアの策略を把握するつもりがなかったから、その場からいなくなっていた。
「クレアさん、キャスを餌にその薫っていう白い魚を生け捕るということはいったいどういうつもりで・・・。」
「ロブに説明していたら、計画は失敗する。仲間を巻き込む覚悟が出来ない奴に、打ち明けられないんだよ。」
クレアに信用されていないみたいで悔しくて、ロブは唇を噛んだ。
「いつから、計画は実行されていたんですか。」
「最初からに決まっているだろう。」
「うっ。」
ロブは額に手を当て、唸った。
「カスターの気を引くことも計画のうちですか。」
「そうだよ。」
「では、アルバートを劣りに使うことは考えてなかったんですか。」
「アルは、最初から壊れているんだよ。餌にならないんだよ。人格が壊れている器はさ。」
クレアは、SAFのクルーで、白い魚の餌食になりそうな人物をカスターと決めていた。
餌食になりそうなのは、人格を破壊され自我をはがされ、乗っ取りができそうな人物に限られてくる。
乗っ取ることによってスパイ活動をさせる目的を、あらかじめ理解し計画していてのことだった。
アルバートは、研究所の実験で麻薬によって人格破壊をされ、多重人格になってしまっていた。
多重人格者は、自我をはがそうとしても、別の人格が自我としてへばりつく可能性があり、乗っ取ることが困難であるからだ。
他にクルーで、人格が破壊されそうな人物は、レインかジリアンに限られ、彼らを餌にすることは最初から想定されていなかった。
「キャスが思い通りにできると思わせることも肝要なんだよ。あたしの言いなりになるのも、相手のいいなりになる条件なんだ。」
「人格が破壊されて、正気がもどらなかったら、どうするんですか。」
「切って捨てる。」
「クレアさん!」
「心配するなよ。最初から、捨てる気で取り扱ったりしないよ。」
「どういうことですか。」
「ちゃんと、見張りをつけてるよ。」
「え?」
パラディーゾデラモンテグナ都市で姿を消したカスターには、テオ少佐の部下がクレアの依頼で見張りとして尾行していた。
「なにか、あったら、連絡があるし、その時は、パジェロブルーで助けに向かう。」
「だったら、最初からそう言ってくださいよ。」
「だから、ロブに・・・。」
「はいはい、わかりました。私が悪うございました。」
「開き直るなよ。」
クレアは、説明をひととおりし終わったところで、不眠不休で災害救助での治療任務に疲れが取れておらず、睡眠をとりたいと、自分の部屋に向かった。
「僕も、キャスの助けに一緒に向かうから、よろしくね。」
アルバートはそう言って、ロブにウインクをして、通信席に向かった。
ロブは疲れきった顔に安堵の顔色が指し、やれやれとつぶやいた。
コーディが黙っていたのが気になって、ロブは胸に秘めていた問いを言葉にした。
「コーディは知っているのかな。クレアさんに、恋人がいることを。」
「ご存知だったのですか。」
「やっぱりな。」
コーディはロブの鎌掛けにひっかかってしまったことに、過失を嘆いた。
「あ、ごめんなさい。」
「いや、いいんだ。そうじゃないかなって思っていたんだが、直接聞くのもなんだか。」
「直接聞かれてもクレアさんなら、答えてくれると思うのですが。」
「いや、あの人は答えないよ。俺の気持ちを利用している感じがする。」
「わたしが教えていただいたのは、ロブさんがクレアさんを利用しようとしていることです。」
「俺がクレアさんを?」
「ええ。レテシアさんを忘れるために。」
ロブは首をかしげて、苦笑した。
「はっきりとものを言うんだな、コーディは。」
「すみませんでした。」
ため息をついて、ロブは言った。
「クレアさんとは、子供の頃から拳で慣れ合ってきた仲だった。痛みも悲しみも喜びもわかちあえるもの同士だと思っていた。
慰めてもらおうとか、思ってはいなかった。お互いがお互いを求めていると思い違いをしていたのかもしれない。」