第九章 絆 3
登場人物
レイン=スタンドフィールド(主人公・愛称レイニー)
ジリアン=スタンドフィールド(主人公の弟・愛称ジル)
ロブ=スタンドフィールド(主人公の兄)
カスター=ペドロ(スタンドフィールド・ドックのクルーでメインは通信士・愛称キャス)
ラゴネ=コンチネータ(レインたちの叔父。グリーンオイル生産責任者・愛称じいさま)
ディゴ (スタンドフィールド・ドックのクルーで板金工)
ジゼル(スタンドフィールド・ドックのクルーで食堂担当。ディゴの妻)
コリン=ボイド(レインのクラスメイト)
ジョイス=ボイド(コリンの父親)
レテシア=ハートランド(元ホーネットクルー。グリーンエメラルダ号のクルー)
ロブは昼前に起きてきて食堂から厨房を覗いた。
当たりを見回し、カスターがいないことを確かめた。
「ジゼル、悪い。コーヒーくれないか。」
「はぁい。ちょっと、待っててね。」
ジゼルは昼食の準備をしていたが、コーヒー豆を取り出してコーヒーメーカーにセットしてお湯を注いだ。
本当なら、カスターが手伝いをしているのだが、厨房にいなかった。
「はい、どうぞ。」
ジゼルは厨房の窓口から、コーヒーを出した。
「ありがとう。」
暖かいコーヒーをありがたくいただくロブ。
「ジゼル、キャスと顔をあわせなかったかな。」
「ええ、そうね。いつものとおり、食材がちゃんと厨房に届けられていたから、寝坊とかしてないと思うわよ。」
しばらくだまり込んでいたロブだったが、ジゼルに昨日の話をした。
「そう、真実を話したのね。
レイニーとジルには会ってないから、どんな様子か知らないけど、ジルはわかっていたみたいだし。
問題はレインよね。」
「ああ、反抗期ってところもあるから。手に負えなくなったら、どうしようかと思ってしまうな。」
「あらぁ、変に弱気ね、ロブ。レイニーに嫌われたくないからかしら。」
ロブは沈黙していた。
「図星なの?笑っちゃうわね。まだ、13歳かもしれないけど、もう13歳なのよぉ。
嫌われちゃっても、仕方ないでしょ。そうやって、自立するんものなんだからって、おばさんくさいけど。クス」
「フフッ。そうだな。」
そこへカスターの無線が入ってきた。
「ロブ~、起きてるかぁ。タンクに水を放流するのを手伝ってくれよぉ。」
ロブはコーヒーを飲み干して、厨房の入り口に置いた。
「ごちそうさま、ジゼル。」
「あ、ロブ、朝食はコーヒーだけにするの?これ、持って行きなさいよ。」
ジゼルはロブに紙で包んだホットドックを渡した。
「サンキュ~」
ロブは無線をとった。
「起きてるぞ、キャス。今から向かう。」
日が暮れて、ジリアンは二人乗りのエアバイクでドックに帰り着いた。
もどってみると、そこにロブが立っていた。
「レインは?一緒じゃないのか。」
「あ、うん。コリンのところに泊まるって言ってたよ。」
「何も聞いてないが。」
「言うわけないでしょ。家出だもん。」
「家出?」
ジリアンは何食わぬ顔で、ロブの目の前を通り過ぎようとした。
ロブはジリアンの腕を捕まえた。
「おい、ジリアン。家出ってなんだ。一人用バイクがないのは、レインが乗っていったっていうことか。」
「そうだよ。僕が朝起きたら、レイニーはもういなかった。学校へ行ったらコリンと一緒に登校してきた。
しばらく、ドックに帰らないって言ってたよ。」
「しばらくって・・・・。」
ジリアンはロブにつかまれた腕をぐいと引き寄せてロブから離れた。
「顔を見たくないって言ってた。そっとしておいてあげてよ。」
ロブは唖然としていた。
ジルはそのまま、階段を上にあがっていった。
(そうか、ジリアンも反抗期か。というか、昨日の今日だからな。)
ロブは頭をかいて、ため息をついた。
コリンの家では閉店する準備をしていた。
コリンの母親は夕食の準備を、父親のジョイスは明日の準備のために材料を厨房に持ちこんでいた。
レインとコリンは店の掃除をしていて、コリンはずっと嬉しさのあまりニタついていて、動作が小躍りしていた。
コリンがレインになついている理由は、初めて会ったとき、レインがコリンと目を合わせてもそらさなかったことだった。
コリンが人と目を合わせるとかならず、相手が目をそらしてコリンを避けたがった。
その態度にコリンはいつも憤りを感じていて、幼少から他人となじめずに問題児な行動をとっていた。
レインと初等科4年生のことだったが、レインはコリンと普通に接していただけで、物怖じしなかったし、コリンの異質な行動のことは気にならなかった。
当時のレインはクラスメイトの女子に囲まれていたから、コリンはレインに近づけずにいた。
コリンはずっとレインとは友達になれると思っていて、機会を待っていた。中等科でその機会を手に入れ、思い通りになった。
店内の掃除が終わると、二人は住居スペースのキッチンに行った。
「母さん、掃除終わったよ。」
「ふたりともご苦労様。お風呂の用意をして、先に入りなさい。そのころには夕食できてると思うから。」
「はぁい。」
コリンは素直に返事をして、レインについてくるように指で合図を送った。
お風呂の用意ができたら、コリンは先に入るようレインにいった。
レインは一緒に入っても恥ずかしくないと言ったが、そのときはコリンが嫌がった。
二人は風呂を済ませると、ダイニングルームに行った。
「お風呂を先に入らせもらいました。」
「さ、お腹すいたでしょ。食事にしましょう。」
四人が席につき、食事が出来ることへの感謝の気持ちを言葉にしてから、食事をはじめた。
「ボイド家はもともと農家だったのよ。食事に対しては感謝の言葉を述べて食事をすることで、また食事できることに希望を持つのよ。」
「母さんは若いころにパンの作り方を勉強して、パン作りができるようになって、父さんと店を持つ夢を叶えたんだよ。」
「コリンは店を継ぐんだよね。」
「別に無理して継がなくても、コリンのしたいことをすればいいさ。」
「うん。でも、今はパン作りが好きかな。」
レインはボイド家の和やかなやりとりをうらやましいと思いながら食事をしていた。
時々突然切れたように暴力的になったりするコリンを知っているレインは、幸せなそうなコリンを見ているとそういう性質だということを忘れてしまえるほど和やかな雰囲気だった。
「レイニーは、ドックでどんなことをしているのかな。」
「今は体を鍛えることと、整備の勉強をしてます。あとはドックでのお手伝いですね。」
「お手伝いとはなにかしら。」
「グリーンオイルをつくりだすのに、水を放流したり、オイルをタンクからなくなったら、タンクを掃除したり、いらなくなったオイルを処理したりするんです。」
「そう、たいへんそうね。」
「でも、ドックにはたくさんの人たちが働いているから、その人たちにまじってちょこまかと見よう見まねでやっている感じですよ。」
「コリンも母さんの見よう見まねでパン作りをしているよな。」
「うん。発酵の仕方はまだまだ出来ないけど、形つくって焼く作業は母さんがいなくてもできるようになったよ。」
「父さん、早いものね。小麦粉を砂遊びのようにぶちまけていたずらばかりしていたコリンが人様に食べられるようなパンがつくれるようになるんですから。」
「そうだな。レイニーのお兄さんもレイニーやジルが成長していく姿を実感しているんだろうね。」
レイニーはロブの話をされると、黙り込んだ。
ジョイスは少し気まずい事になったかと思ったが、透かさずコリンがフォローした。
「僕たちはいつもまでも子供じゃないよねぇ、レイニー。」
「う、うん。ドックじゃ、いつも子ども扱いだけどね。」
「心配かけさせてくれるのも子供であることの証しだから、ほんとは嬉しいものかもしれないわね。」
「おいおい。そういうと、コリンが調子にのるぞ。」
「あはは、そうだねぇ、父さん。でも、母さんに心配かけないように努力するよ。泣いて欲しくないからね。」
「コリンったら。」
コリンやコリンの両親は、レインの家出の本当の理由を知らない。
レインは親子の和やかなムードに心が痛む思いがした。
レインにとって、親子の和やかなムードはなかった。
その親子じゃないにしても、ドックでは家族のような人たちがいっぱいいて、日常的に孤独を感じることはなかった。
いつもジリアンがそばにいて、それが当たり前のような日常だった。
コリンの家に来て、レインはよりいっそう自分自身が惨めなような気がしてきた。
食事を終えると、レインとコリンは食器の後片付けを手伝い、その後二人は部屋にもどった。
部屋に戻ると、コリンは食事中のレインの様子が気になっていたので、そのことをレインに聞いた。
「なんだか、元気なくなっていたけど、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。」
「ドックに帰りたくなったの?」
「そうだなぁ。ちょっと寂しくなったかな。物心ついたときには僕に父さんがなくなって母さんが病気で亡くなってしまって親と生活したっていう感じがしなかったかな。親の代わりになってくれる人は兄さんをはじめ、たくさんいたから。」
コリンは神妙な面持ちでレインに顔を近づけた。
「ど、どうしたの、コリン。」
「これから言うこと、誰にも話しないって約束してくれるかな。」
「う、うん。急にどうしたんだよ。」
「僕さ、養子なんだよ。」
「え?!」
「父さんと母さんの本当の子供じゃないんだ。」
レインは言葉が出なかった。
「本当は、僕の髪の毛、赤色じゃないんだ。黒なんだよ。」
「え、で、僕と一緒にお風呂はいらなかったのは・・・。」
「赤い髪じゃないって知られてしまうかもしれないと思ったから。」
「え、でも、どうして、それを・・・。」
「誰にも話してはいけないって言われたんだけど、レインには知っていて欲しいって思ったんだ。」
「誰にも話さないよ。」
「命に関わることなんだって。理由は教えてもらえない。」
命に関わることという言葉に、レインはジリアンを思った。
ドックの食堂では、ジゼルがロブの顔の傷を手当てしていた。
夕食前に、ロブはシャドウボクシングをしていると、ディゴに声を掛けられ、二人でボクシングを始めた。
最初二人は同等の力量で攻撃や防御を繰り返していたが、ロブがそのうち乱れ始め、ディゴに打たれ続けてしまった。
ディゴは容赦なく、ロブの顔を殴り続け、それをジゼルが見るに見かねて止めた。
ディゴは怒って、その場から去っていった。
「もう、ロブはだめだめになったら、そうやって自分を痛めつけることするでしょ。」
ロブは口の中を切っていたので、しゃべれなかった。
「レテシアと別れた時もそう。クレアさんに散々殴られて、抵抗しなかった。」
カスターが二人のそばに寄ってきた。
「クレアさんを殴り返したりできないでしょう、ジゼル。」
「あら、キャス。ロブが殴られて当然って思ってるんでしょ。」
「そうでもないよ。でも、殴られて気がすむっていうこともあるからさ。」
「そんな自虐的な性質、ちっとも、男らしくないわよ。」
「ああ、ディゴは男らしいからね。」
「キャス、怒るわよ。」
「ああ、ごめん。ジゼルを怒らせるつもりはないよ。」
ジゼルも話すことができないロブにかわいそうに思って、しばらく黙ったが、耐え兼ねて、言葉を口にした。
「ロブ。ディゴを連れて行かないってつもりなわけ。」
「何の話だよ」
ロブが話せない代わりにカスターが話をしていた。
「クレアさんの仕事の話、ディゴには何も話してないでしょ。
連れて行かないつもりなわけ?私たちに子供がうまれて、その子がまだ小さいから?わたしがディゴがいなくなって悲しむとでも思っているわけ?」
「矢継ぎ早だな。」
「わたしたち、ドックのクルーなのよ。このスタンドフィールド・ドックのためなら、命だって・・・。」
ロブはそれ以上ジゼルから言葉を話せないように、右手でジゼルの口を押さえた。
「ジゼル、そんなつもりはないけど。ディゴがこのドックに残ってくれたら、じいさまだけじゃ、こころもとないだろう。という話をロブとしたんだよね。」
ジゼルは、ロブの手を両手で押さえつけた。
「ね、聞いて。ディゴは何も言わないけど、わたしにはわかるわ。連れて行ってほしいの。ディゴがフレッドに約束したことがあるのよ。」
「なにを?」
「フレッドに何かあったらロブのことを頼むといわれていたの。フレッドには、ジルのことを頼まれたんじゃなくて、ロブのことを頼まれたんだって。」
ロブはうつむいた。
「フレッドがディゴにとって、とても大切な親友だって、あなただって知っているでしょう。約束をやぶるわけにはいかないのよ。」
ロブは手当てが終わったことにジゼルに感謝しつつ、うなづく動作をして、ジゼルの肩を右手で握った。
左手でジゼルの頬に触れた。
カスターはロブの代弁をした。
「わかったよ、ジゼル。考えておくよ。」
ジゼルは本当かしらという気持ちでカスターの顔をみた。
ロブはジゼルの頬を寄せて、自分の目を合わせるようにして、目を閉じて、返事を返した。
「ジゼル、あと片付けは僕がするから、もう帰っていいよ。
ディゴには何も言わなくていいから。ちゃんとロブから話すからさ。」
「そう、わかったわ。」
ジゼルはエプロンをはずし、折りたたんで、手に持ったまま、後ろを振り返り、ロブをみた。
ロブはジゼルに手を振った。
「おやすみなさい。」
ジゼルはそういうと、食堂を後にした。
BGM:「やさしさ」チャットモンチー