世界を壊しまくる男
考えなきゃいけないことが腐るほどある。
鏡の中で広がる現実世界での激闘を睨みつけながら、俺は必死に思考を回転させていた。まずどうやって時間をかけずに現実世界に行くか。もし行けたとして現実世界に影響を与えずに事態を鎮静化することはできるのか。そもそも勇者領の重役達にどう説明するんだ、てか表面世界にだって大なり小なり影響が出るはずだ、それどうするつもりだよ俺。いやいやもし助けられたとして、イリナを助けたという事実が俺の評価をプラスにしかねない。どうにかして俺の評価を下げつつ助けられないものだろうか。つーかなんで宏美は生身で魔物の身体を切断してるんだよ。人間と言うには無理があるぞそれ。どうすんだ、どうすりゃいいんだ………
「たとえば、狩虎ちゃん。貴方はテストを解いている時は何を考えているかしら」
鏡を睨みつけている俺に、スカラさんは唐突に聞いてきた。あまりにも唐突すぎて一瞬思考が停止したが、俺はすぐに頭を働かせてスカラさんに答えた。切羽詰まっているこの状況でわざわざ聞いてきたのだ、この質問には何かしらの意味があるのだろう。答えないわけにはいかない。
「問題のことしか考えてないですけど」
「まっ、当たり前の話よね。巷で天才と呼ばれている人であろうと、問題は必ず一問ずつ解く。天才と凡才の差は解法を導き出すのが速いか遅いかどうか。それなのに今、貴方は複数のことを同時に考えているわね。さらに言えば全くもって無駄なことまで考え始めている。違う?」
むーーそうなのかもしれないけれどぉ。でも俺って元からそんなに思考能力が高いわけじゃないからなぁ。勉強一本に絞ったから学校で1位取れただけだし。
「私は貴方と出会ってまだ10分ちょっとしか経ってないけれど、それでもこれだけは言えるわ。貴方は優先順位の付け方が非常に上手いのよ」
優先順位?…………なるほど?
「貴方は自分に最も必要な事を選びとり、やり抜く力に優れている。普通の人間なら子供の段階で自分の才能に絶望し、1つの道のみを極めようだなんて思いはしない。努力すれば……頑張ればきっと叶う……その形のない淡い可能性を貴方は全面的に切り捨てることで、進学校で学年一位の学力を手に入れた。今回の私達との戦いでもそう。私達の行動という運が絡む方にではなく、たとえ天文学的な確率であろうと、自分の力だけで成し遂げ得る可能性に全てをbetした」
「……言い過ぎですよ。俺はそこまで度胸ある人間じゃ……」
「そして勇者領を助けようとする貴方の行動。これだって目的を達成する為に、徹底的に他の要素を排除している。なんとかうまくいけば自分自身が助かるかもしれないという[甘い可能性]を捨て切って、勇者領を最高の形で助けることのみを狙っている。だから貴方は死ぬしかなくて、それ以外あり得ないと信じている。…………ふふっ、認めてあげるわ」
スカラさんは右口角を上げながら、左手の人差し指で右頬をかいた。全身蛍光ピンクの巨乳のおねぇさんがこういう仕草をすると、なんかエッちぃな。
「貴方は普通じゃない。努力家で、勤勉で、博学で、野心家で、狂人で、信念のある…………他の追随を許さない天才だとね。貴方が勇者領を救いきれるかどうかは分からないけれど、それでも何がなんでも諦めないことだけは確信できた。だから私は貴方に力を貸してあげると決めたのよ」
持ち上げすぎな気がするけどなぁ。俺はただ、俺自身にそこまで才能がないことを知っているだけだ。もし宏美が俺と同じ立場にいたら、きっと宏美はもっと上手くやっている。全部を助けて全部を幸せにしている。あいつはそういう奴だ。俺と違って……
「でも、諦めない。そうでしょう?」
「…………俺みたいな人間は諦めたら終わりなんでね」
「よろしい。それじゃあ諦めの悪い貴方にアドバイスよ」
バケツをひっくり返したような雨が降り始めた。俺が魔物化した時に出しまくった水が、炎によって一瞬で気化したせいだろう。爆弾なんて言葉じゃ生易しいような低気圧が発生し、一瞬で莫大な雨を生み出したのだろう。ああ、こんなこと言っても誰も理解してくれないだろうが、こういう分厚い曇り空を見ると、頭の中にゴウンゴウンという音が流れてくる。蓋を開けた洗濯機を回しているような……俺だけだとは思うのだけど、なんていうか、この音を聞くだけで心が空っぽになるのだ。
「本当はこんなのなんもアドバイスにはならないんだけど、ほら、貴方っておかしいからね。…………貴方の評価はもうどう頑張ってもプラスにはならないわ。そこを考える必要ないわよ」
「………」
「………」
「………………」
「………………」
「…………あっはっはっはっはっ!」
そりゃそうだ!何バカバカしいこと考えてるんだ俺は!こうなる為に必死こいて今まで準備してたんだろうが!まったく……思考ってのはあれだな、腐るほどあるってのはあり方としてやっぱり間違ってるんだな。
「そうだった、あーーー………………」
雨が落ちてくる。滝といった方が良いくらいの量だ。でも気持ちがいい。夏の雨みたいに生温くて、ずっと浴びていたいぐらいだ。
もう俺のことは考えるな。どうせ死ぬんだ、他の人間を、勇者領を、助けることだけ考えろ。死にゆく俺の存在価値なんてそれしかないんだから。
「………………」
途端、雨の音が消えた。久しぶりだ、この感覚。雑念の全てが削ぎ落とされ、ただ一つの思考だけが頭を支配している。スポーツで言われるゾーンという奴だな。俺は勉強を解いている時とゲームをしている時によく入る。肌で感じていた雨の温もりも次第に消えていく。ああ…………心地よい、助けることだけを考えるのは…………
「狩虎ちゃんのことはよく知らないけれど、そっちの方が似合っているわよ」
「……素直に受け取っておきますよその言葉」
滝のように流れ落ちる雨が俺を中心に割れた!そして俺は、地面に溜まっている水を集めて高さ2m、幅1.5m、薄さ1cmの直方体を生み出した。
お盆に海に入ってはいけないと何度か聞いたことがあると思う。海はあの世とこの世の境界線で、海に入ったら死者に引き摺り込まれるとかなんとか…………水とはしばしば境界線の役割を果たす。また、水は神聖なものと古来から認識されている。参拝するときの手水、身体の穢れを落とす為の水垢離……パッと思いつくのだけでもこんだけある。それだけ、水とは超常との架け橋とされてきたのだ。
そして次は鏡……鏡面と表した方がいいか。信仰の対象としても挙げられる銅鏡や、日本神話で三種の神器として称されている八咫の鏡。鏡面に仏を彫って信仰する物もあるらしく、古来より鏡は神聖視されていた。鏡を覗けばあの世を覗ける、はたまたあの世の写し鏡としてのこの世なのか……この際どっちでもいいか。とかく、鏡はあの世とこの世を繋いでいた。
ならば水で鏡を作ればどうなる?屈折率を調整した水鏡の水面には俺自身が写っている。全ての人が漠然と理解している[境界]であり[神聖]であり[あの世]であり[この世]。概念を抽出した俺は、ゆっくりと鏡に手を伸ばす。
そして俺は、この瞬間、指が鏡に触れるこの瞬間、確信した。俺はこの[水の魔力]を持っちゃいけなかったんだ……そう思うほどに相性が良すぎる…………
俺の体は鏡の先に溶けて消えた。
現実世界から表面世界へと向かう時、いつも俺は地面に刻まれた亀裂に飛び込んでいた。普通の人には見えないが、確かにそこにある大きな亀裂。そこを介しての世渡りは、なんというか、ハッキリとしている。身体の中に何かよく分からないものが流れ込み[移動している]感じがあるのだ。
しかし今回の移動はなんというか、[滑り込んでる]感じ。全品3円の大セールのスーパー内の人並みをかき分けて進むような、無理矢理空間を作り出してる感じ。たまらなく窮屈だ。しかしその感覚もものの1秒で消えてなくなる。そうして俺の目の前に広がっていたのは、現実世界。
辿り着くと同時に俺は飛び出した。身体の動きに合わさり、雨雲が空を駆けていく。闇が深まり、夜は更に落ちていく。そして……切り裂いた。
「助けに来てやったぞ、お前ら」
切り裂かれた魔物が地面に倒れ落ちるのと、俺が振り向くのはほとんど同時だった。俺はこの時、魔物化をした時のような不思議な気分にさらされていた。
次の日、俺は早起きしていた。弟妹よりも早く起きるのは珍しいな…………まぁあれだ、今日から修学旅行だし早めに準備するに越したことはないだろう。それに偶には俺が料理を作ってやって、彼らに早朝練習を気持ち良く迎えさせてやるのも悪くない。
欠伸をしながらキッチンに向かい、テキトウな野菜と肉を取り出し、フライパンに油を垂らす。アッサリ目の味でいいか……米も解凍すりゃあいいし……味噌汁も作ろ。
カチッ
ボォォウウウ!!!
「…………?」
コンロのツマミを回すと目の前を炎が掠めた。あれ?一瞬、炎の壁みたいなの出来たんだけど……
「………………」
カッッチ
ボォオオンンン!!!
「………………………」
コンロから炎が吹き上がり、天井が少し黒ずんだ。それを見上げている俺は、もうその、混乱とかそういうの通り越して逆に冷静になっていた。寝起きだったってのもあるだろうけれど、なぜかやけに落ち着いていた。
「…………やっちまったなこれ」
どうやら俺は、本当にやってはいけないことをやってしまっていたみたいだ。多分これ、現実でも魔力使えるようになってるな。
鏡にキスを編 終了
修学開闢旅行と乙女とカエル編 開始
今のところ彼の行動は全て裏目ってます。色々な目線で見ても、やはり裏目っています。




