ド ク ヘ
「久しぶりですみなさーん」
魔族領に来た俺はみんなに挨拶周りをしていた。1年に1回来るか来ないかの俺ではあるのだが、一応魔王だからね。みんなに挨拶しとかなきゃ立場がないでしょ。
「………あーー狩虎君!なんだ久しぶりだね!」
「本当ですよー。どうですか最近の魔族領は?変わったことでもありました?」
「それは炎帝様に聞いたら簡単に分かるじゃないですか」
「いやいや、やっぱりこういうのは色んな人から話を聞いた方がいいんですよ。偏った意見に意味はそこまでないですからね」
「やはり君は賢いね狩虎君。炎帝様にも見習って欲しいよ」
「やっぱりかなり派手なことやってたんですね。俺にそういうの黙ってるから………」
俺は魔族の人と会話をしながら城の玉座に向かっていた。
「ちょっと待った。君と炎帝は同一人物だよね?なんで他人みたいに会話してんの?」
イリナが話を遮ってきやがった。
「いや別人だぞ。…………これはこの世界の常識だろ?一々説明する必要ないだろ」
「いやいやいや、意味がわからない。常識って何?何の話してんの!?」
うっそだろお前………流石にこれは常識だろ。
「しょうがねーよイリナは特別だからな。ちゃんと詳しく説明してやれ」
グレンが話に入ってきた。マジで?イリナさんこんな当たり前のこと知らないの?希望の象徴とか言われてんのに?
「………マジで何も知らないの?」
「うん!」
「…………表面世界と現実世界の2つの世界があるのは理解してるよな?」
「それは当然!その2つの世界を私達は行き来してるんだよね!」
あ、この段階でもうダメなのか。本当に何も知らないんだなこいつ。
「正確には少し違う。行き来しているのは俺達の精神だけだ」
「せ、精神?」
「俺達は2人いるんだ。例を挙げるのならば現実世界で生活する[飯田狩虎]と、表面世界で生活する[炎帝]。この2人は別人で互いに干渉することなく生きている」
パラレルワールドにいるもう1人の自分だと考えれば分かりやすいかもしれない。自分ではないが自分と同じ存在のもう1人の自分。そんな感じ。自分が多すぎて頭がおかしくなりそうだ。
「しかし階級が高い一部の者だけはこの2つの世界を行き来することができる。現実世界の俺が表面世界の炎帝の身体を借りて行動するわけだな、これが俺達が2つの世界を行き来することができる理由だ」
「え、えーーっと………オッケーなんとなく分かってきた」
絶対分かってないなこれ。俺はイリナが情報を整理するあいだ無言で見守る。複雑なことは何もない。2つの世界に[俺]は1人ずついて、それを交換しあってるだけだ。何も難しくはない。
「じゃあ君が[炎帝]としてこの表面世界に来ている間は、現実世界での君の身体はどうなっているの?」
「そりゃあ[炎帝]の意識が入って勝手に行動してんだろう。まぁ今の俺はそれよりもちょっとだけ複雑なんだけど」
「え、もっと厄介な情報が来るの?」
「安心しろまだ説明しない。この昔話の途中でいずれ分かるから」
説明には順序が大切だ。俺の話はまだ必要ない。
この話はこの世界の一般常識なのだが、なぜイリナは知らなかったのか?それはイリナの特殊性に理由がある。
「しかしイリナは2つの世界に対して1つの身体しかない。イリナだけなんだ、身体ごと世界を行き来してるのは」
「…………そうだったの?」
知らなかったんだ………てっきりカイが教えてるものと思ってたわ。
「もし表面世界以外の世界、パラレルワールドが複数あったとしとても、イリナは1人しか存在しないんだと思う。この世におけるオリジナル。オンリーワン。イリナが希望の象徴だと言われる所以だよ」
もし意味がわからないのならジョジョの奇妙な冒険7部STEEL BALL RUNを見てほしい。マジで面白いから。
「話を戻そう。俺は年に1回、炎帝の身体を借りてこの世界に来ていたのさ」
年に1回の頻度とはいえ、魔族領に飽きていた俺は勇者領の見学をしてみたいと思っていた。魔族領のお偉いさん方に交渉するため、俺は玉座に向かっていたわけだ。
「炎帝様、今一度私の話を聞いてください」
その道を遮るように現れたのは青ローブだった。
「イリナが現れてから魔族の被害は甚大です。昔に決められたルールにただ従い、いたずらに被害を出し続けるのはやめましょう!私達は勇者領を制圧するべきです」
魔族領は勇者領に対して侵略行為をしないというルールがあった。遥か昔、現実世界でいう旧約聖書やモーセの十戒レベルの伝承だ。当時の王様と魔王の契約によって定められたとか何とか言われているが、正直よくわからない。そのレベルの話なのだ。
「その、あれだ。今日は飯田狩虎なんですよね。そういう難しい話は今日だけは避けてください」
「それならばなおのこと貴方に判断をお願いしたい。狩虎様は聡明でこういう判断が得意だと聞いています。どうか一考していただけないでしょうか」
「青ローブさんは確か魔増部隊の隊長さんでしたよね」
「はいそうです。毎日戦闘用の魔族を作り出し勇者領に派遣しています」
魔増部隊。魔族領が勇者領に侵略行為をしてはならないが、牽制をしなければ勇者が魔族領に攻めてくる可能性は高い。その為、人工的に作り出した魔族を定期的に勇者領に送り込む手段を魔族領はとっていた。その部隊の隊長が青ローブだったのだ。
「なるほど。被害が出ているというのは、作り出した魔族が全員倒されているということですか」
「はい!このままだと奴らは勢いづいて魔族領に攻め込んでくるはずです!私達の身を守るためにも勇者領を壊滅させましょう!」
俺はこの時初めて青ローブと対面し、彼を凝視した。彼の目には野望と底知れない思惑が内在してギラついているように見えた。
「………俺はそういうのがよく分からないので詳しいことは言えませんが、思うことは一つあります」
俺は青ローブから視線を外した。
「ヤバくなったら魔王が本気出すだけで全てが終わるんです。焦って戦争することはないでしょう。平和が一番ですよ」
俺は面倒臭かった。炎帝の方も面倒くさく思っていたのだろう。だから毎日青ローブの陳情を無碍にしていた。今時、戦争など時代遅れなのだ。
俺は青ローブをかわして玉座へと向かう。今思えばもう既にこの時から青ローブは行動を開始していたのだろう。これが2年前………ユピテルさんの婚約者が殺された日の話だ。
「………つまり勇者領に入り込んできてた魔族は全員、人造だったってこと?」
「そういうこと。自我はなく肥大化した殺人衝動でのみ行動する殺人マシーン。階級は1番高くても下から4番目というかなり低いレベルではあるが、勇者にある程度のダメージを与えるだけならそれだけで十分だったんだ」
クローンに近いんだよなぁ。魔力によって複製された人体に、青ローブの能力で魔力を埋め込む。魔力とは魂のようなものである為、人らしきものが出来上がるのだ。しかし所詮は紛い物、寿命は短いし自我もない。戦地に送り出して死ぬことを想定された使い捨ての命なのだ。
「最低だね…………」
イリナが吐き捨てた。まぁ非人道的だよなぁ。それは俺も思うよ。
「でも俺は正直どうでもいいと思った。俺が本気で生きてるのは現実世界であって、こんな戦争しかできない表面世界ではなかったからな。どうでもよかったんだよ、心底。この世界がどうなろうと」
非道だと思うかも知れないけれど、俺からすれば知ったこっちゃないよね。だってそうだろ?地球の反対側では貧困で死ぬ命がたくさんあるというのに、俺達は好き嫌い言いながらご飯を食って、不味いものは口をつけることなく捨てている。電気を大量に消費しながらゲームをして、なんかよく分からないデザイナーが作ったよく分からない服をアホみたいな値段で買ったりと、生きる上で絶対に必要だとは言えないことに金を投げ捨ててるわけじゃん?地球の裏側でそうなのだ、異世界なら尚更よく分かんねーよ。
「だから俺は表面世界の問題ごとは全部無視した。だからだろうな、一年前にそのツケを払うことになった」
一年前、学校で授業を受けていると先生から呼び出された。成績優秀な俺が先生に呼ばれるなんてよっぽどのことが起きたのだと思い、警戒しながら職員室に入った。そして担任から聞かされたのは信じられないものだった。
「君の妹が突如としていなくなったそうだ」
「…………それは、その、学校をサボった………とか、そういう意味ですか?」
「いや、学校で体育の授業をしていた時に突然いなくなったそうだ。神隠しみたいに」
真っ先に誘拐を考える。今の時期、外で体育をするから、1人になったところを拐われたとか………考えはしたが、うちの妹はボクサーだ。しかも中学生女子の部で日本チャンピオンになったような猛者。拐われる時に少なからず暴れるはずだから一瞬で拉致したとは考えにくい。
「うちの両親には伝えましたか?」
「ああ、今日は仕事を休んで妹さんの捜索に尽力するそうだ。狩虎君、きみも今日は早退していいからね」
俺は担任にお辞儀をしてすぐに家に向かった。ここ最近の妹との会話を思い出しながら、何か前兆があったかを探るが全くもって心当たりが一切ない。家出?…………ないわけではないが、授業中に忽然と消えたのがどうにも引っかかる。なんか変なことが起き始めている…………嫌な予感がした。
俺は家族と協力して思い当たる場所をしらみ潰しで探した。しかしどこにも妹はいない。まるでこの世界から消えてしまったみたいに。
「……………はははっ、ゲームのやりすぎかな」
夕方、学校が終わって駆けつけてくれた宏美と遼鋭と一緒に捜索していた俺は、芝生の上に座った。子供の頃によく遊んだ山の頂上。逢魔時と言うやつだ…………日が落ちていく様を俺は呆れながら見ていた。
「あり得ないと思うんだけどさ、ちょっと表面世界を探してくる」
「…………表面世界に消えたとでも言うのかい?それはあり得ないよ。身体ごとあっちに移動することは絶対にないんだから」
「それでも可能性があるのなら探すしかないだろ」
「なら炎帝に任せれば…………」
「………………」
俺は無言で遼鋭を睨んでいた。初めて遼鋭を睨んだ気がする。
「ごめん、そうだよね。自分の妹が誘拐されたかもしれないのに、そんな呑気なことしてられないよね」
行動ができるのなら俺は行動し続けたい。できる行動がなくなってからじゃないと祈ったって意味はないのだ。
「頼む、俺は表面世界を探してくる。2人はこっちでの捜索を続けてくれ」
日が落ちきり魔が支配した空を背に俺は表面世界に降り立った。
表面世界にきた俺は、真っ先に魔族領にいる階級の高い魔族達に話を通した。探知形の魔力を総動員して魔族領を探しまくった。連日連夜、初めて使った身体強化魔法をフルに使ってとにかく走り回る。それでも妹は見つからない。
ここにまでいなかったらマジで打つ手なしだぞ!どこだ、どこにいるってんだよ!
「…………飯田君、それらしき反応を見つけましたよ」
諦めかけていた時、染島さんが放った言葉に俺は飛びついた。
「どこ!?どこです!?」
「多分これ………勇者領ですね」
勇者領!?…………なんで!?安心以上に衝撃の方が強かった。そもそも魔族が勇者領に行くのは簡単じゃない。何をどうしたらそうなるんだ。
「…………分かりました、それじゃあ少数精鋭で勇者領に探索に行きます。大人数で勇者領に行けば問題になる」
こうして俺と他3人の魔族で勇者寮に探索に行くことになった。予想外なことに勇者領の探索を始めた途端に妹はすぐに見つかった。ただ妹はすでに青ローブに捕まっており、更にそこに向かって勇者が進行していたのだ。ここで救出しに行けば青ローブと勇者の大群を敵に回さなきゃいけない。俺以外の人達は探知系の魔力だから戦闘向きじゃないし…………やるしかないのか。俺の身体が燃え上がった。
「狩虎、確かに君ならあの勇者の集団をどうにかできるだろう。でも何も1人で行くことはないじゃないか。応援を待ってから安全に助けに行くべきだよ」
「いやダメだ。そんなこと言ってられる状況じゃない。今のあいつは狂っている。なにをしでかすか分からないんだ」
希望の塔から10km離れた場所で俺は遼鋭とテレパシーで交信する。そして炎が晴れた俺の身体は鎧に包まれていた。
「それでもあと3分………たった3分なんだ」
「待てない。………俺の妹が人質に取られてるんだぞ」
そして俺は兜を被った。真っ赤で巨大な鎧からは熱気が溢れ出て周りの空間を歪める。
そして俺は無限のエネルギーでワープゾーンを作り出すと希望の塔へと向かった。
そして後はご想像の通り。初めて経験する命のやりとりをする実戦にテンパった俺は全員を殺し、カイを殺し、イリナを絶望のどん底に叩き落としたってわけ。ね?最低でしょ。
「俺がちゃんとこの世界に意識を向けてたら………青ローブの凶行を止めようと頑張っていたらあんなことにはならなかったんだ。俺は止められる立場にいたんだ。それなのに……」
俺は無表情で語る。後悔はあるが今しても無駄なのは分かっている。俺はその感情を奥歯で噛み締めていた。
「…………思ったんだけどさ、その、ミフィー君の妹は誘拐されてたってことなの?」
話を聞いていたイリナが首を傾げた。そうだよ、そこが一番疑問だよな。
「ああ、しかもかなり斬新な方法でな」
俺はイリナを指差した。
「お前と同じになったのさ。[2つの世界に1つの身体]にさせられたんだ」
「…………え、ど、どういうこと?」
話をまとめればかなり簡単なんだがな。イリナはピンと来てないみたいだ。まぁこいつは自分が特別だってことを知らなかったんだもんな。仕方ないか。
「方法は知らないが、現実世界と表面世界の2つの世界を身体ごと行き来するようにさせられたんだ。だから妹が現実世界から唐突に消えたのは…………」
「表面世界に転移しちまったからってことか」
グレンが妙に納得したように頷いた。
「お前のその話かなりやべー情報だぞ」
「なんかわかったんですか?」
「最近よ、勇者領で失踪事件が多発しているだろ?最初はカースクルセイドに攫われているだけかと思ってたんだが」
…………なるほどね。
「つまり逆のことが発生していると」
表面世界の住人が現実世界の方に行ってしまったってわけか。確かにその考え方はあるな。…………しかしそうなると気になることがあるな。
「カースクルセイドの誘拐と、現実世界への移転はどういう目的で行われているのか…………意味がわからないな」
誘拐し魔族の魔力を与えることで戦力を補強するのはわかる。しかし現実世界への移転にどんなメリットがあるんだ?勇者領の戦力を減らすことはできるがただのそれだけじゃないか。誘拐した方が絶対にいいはずなのに…………チグハグだ。
「じゃあダースクルセイド以外が転移をやってるって考えてるの?」
ダースって絶対規模小さいじゃんその組織。恐るるに足りないよそんなの。カースクルセイドな。…………だとしても他のグループが転移させる意味がわからないな。何か目的があるんだろうけど、なんだろう、全然わからない
多分これは今の段階で考えても意味のないことだ。無視しよう。
「まぁつまり昔話からわかるように。俺は青ローブを止めなきゃいけないし、贖罪の為にも勇者領とイリナを強くしなきゃいけないんだ。これは俺の怠慢が生み出した問題だからな、俺が終止符を打たなきゃいけない」
「俺達は、でしょ」
イリナと目が合った。…………まったくこいつはすげーな本当。
「じゃあさミフィー君。今から炎帝に変わってよ、ちょっと1発ぶん殴ってみたい」
なんて恐ろしいこと言ってんだこいつ。だが俺は両の人差し指をクロスさせて拒否した。
「え、なんで?危険だとか?」
「……………」
俺は首を横に振った。ここで察しがいい人は俺が入れ替われない理由に気がついているはずだ。
「俺もイリナと同じになっちゃったんだ」
その言葉でイリナが目を丸くした。
「カイを殺してから身体ごと行き来するようになっちゃったんだ。だから俺は炎帝であり飯田狩虎なわけ。言いたいことわかる?」
なんの因果かわからないが、俺もまたイリナと同じ立場に立たされていたってわけ。笑えないよねこれ。
俺は両腕を下げて地面に手のひらをくっつけて脱力した。さてと話が長くなったな、本題に入ろうか。
「でだ。2年前の話に戻ろうか。青ローブの目的は勇者領の壊滅で、その為には魔王を動かさなきゃいけなかったんだ。勇者全てを相手取るには魔王の力が必須だからな。………ユピテルさんの婚約者はその為に殺された可能性が高い」
俺達が勇者領に来た時に重大事件が起き、捜査によって俺たちの存在がバレたら勇者領は大混乱に陥ってしまう。そうなれば勇者と魔族の戦争は避けられず青ローブの計画通りにことは進んでいただろう。婚約者は魔王を引き摺り出すためのトリガーとして殺されたと考えられる。
「だから犯人は青ローブか青ローブに関係する人物。カースクルセイドを追っていればいずれ見つけられると思う………俺がユピテルさんに言っても信じてくれないだろうから、グレンやイリナから言っておいてくれ」
「お前いつの間に俺のこと呼び捨てにしてんだ」
「やだなぁ呼び捨てになんかしてませんよグレン大先生」
「私を呼び捨てにしてるのも腹立たしいね」
「イリナに関しては毎日呼び捨てだろ」
「じゃあ学校でも呼び捨てにしていいんだよ?」
「それはちょっと恥ずかしいんでご遠慮させて下さい………」
俺は立ち上がり周りを探した。ユピテルさんがいないな……どこに行ったんだろう。
「ユピテルと黒垓ならお前達の試験を見ながら俺の家で待機してるよ。だから俺達から説明しなくても今の会話は奴らに筒抜けだ」
ふーん、じゃあ今の話の真意はユピテルさんが勝手に判断してくれるのか。…………なら大丈夫だな。
「じゃあ黒垓君ちょっとこっちに来てくれない?今からウィンディゴさんに会いに行きたいんだけど」
俺の発言にイリナの表情が固まる。ユピテルさんはいまだにウィンディゴさんに恨みを抱いているとイリナは思っているのだろう。俺もそう思っているのだが、それにしたってこそこそ行動したって意味がない。俺は彼が無実だと信じているのだから、素直に行動するべきなのだ。
「確認したいことがあるからさ………ユピテルさんも来たければ来ればいいですよ」
こうして本日二度目のユピテルさんとウィンディゴさんの邂逅が決まった。




