勇検終了、そして疑念
「おい狩虎、行く前にお前の鎧置いていけ」
勇検の試験会場を出て行こうとしたとき、なにかを思い出したのかグレンが呼び止めてきた。鎧って魔族のやつ?……ははーん?なるほどね。
「グ レ ンっ………さーん。なーんだ魔王の鎧を見てみたかったんですか。そうですよね珍しいですもんね、しょうがないにゃあ見せてあげますよ。子供なんだからぁ」
思いっきりぶん殴られた。それはもうニヤニヤしながらぶん殴られた。怒るのならもっと表情に出してくれてもいいじゃない……怖いよそれ。
「お前の鎧をもとに新しい鎧を作ってやる。感謝するのはてめーの方だボケ」
「鎧を作る?はははっ、何言ってんですか。魔王の鎧はそんじょそこらの鎧とはレベルが違うんですよ?第二類勇者ごときがどうこうできるわけないでしょう。魔王をなめない方がいいですよ」
「お前を見ているとどうしても見下したくなるんだよな……じゃなくてだ。俺は[鎧師]つってな、鎧を作る魔力を持ってるんだ。それでお前の魔王の鎧を勇者の鎧に変えてやる」
鎧を作る魔力?なるほど、王様の[剣を支配し剣で支配する]魔力の親戚みたいなものか。…………ん?
「予めに言っとくと俺の風の力は[鎧師]の副産物だ。魔力が2つあるわけじゃあねぇぞ」
「あーーよかった。なんか最近みんなが当たり前みたいに法則無視してるから、グレンさんも同類かと思ってビックリしちゃいましたよ」
「法則を無視してるのはお前が筆頭だけどな」
俺は目の前に炎を纏った鎧を生み出した。相変わらずゴッツイなぁこいつ。よくもまぁこんなの着て動いてたな俺。ヨチヨチ歩いて近づいてきた鎧を着た小間使いが、俺の鎧を持っていった。あー納得。定期的に現れていたこの小間使いはグレンの魔力で生み出されたものなのか。よかったーー………よくグレンの椅子にさせられていたから可哀想だと思ってたけど、中に人がいないのなら安心だ。
「だがさっきお前が言っていたことも間違い無くてな、魔王の鎧を作り変えるのにはかなりの時間が必要だ。まっ、出来上がるまで気長に待っててくれ」
「制服でこの異世界を戦い抜けというんですかあんたは」
「お前いつも制服だろ。殲滅戦の時もその格好だったんだからもう大丈夫だろそれで、アイデンティティにしろ」
確かに面倒臭くて制服のまま戦ってるけどさぁ。かなりの違和感だからね?鎧を着て戦ってる人達の隣で俺だけ制服で逃げ惑ってるって………もう一般人なのよ。重要戦力に見えないじゃん。
「それと、これだ」
グレンが何かを手渡してきた。ポケットに入るような小さめな巾着だ。中に何か入っているのだろうか。
「もしお前が伸び悩んでどうしようもなくなったらそれを開けろ。手助けになるはずだ」
「いやいや、俺が伸び悩むってそんな………」
ずっとニヤけていたグレンが無表情になって俺を見つめてきた。そして空を見上げて頭を掻く。
「お前は不器用だからな、必ずまた立ち止まることになる。才能の壁じゃなくて性格の壁に突き当たる。お前はそういうやつだ」
「俺は素直な性格ですよ?性格の壁なんてあってないようなもの。ねぇイリナ」
腕を組んで目を閉じているイリナ。あ、あれ?
「人は理解しがたいものに遭遇すると目を背けてしまう。丁度今の私のようにね」
「なに哲学してんだ俺の性格の安易さは日本一だぞ。それを[うん]という簡単な一言で肯定するだけなんだ、それだけだから早くやれ」
「ダメなものはダメだという素直さが人には大事だと思うの………ね?クソ偏屈野郎のミフィー君」
「うんそうだね」
今のイリナは哲学しまくっているから何言ってもダメだな。最近出番がないから拗ねているのだろう。しょうがないだろお前が戦ったら全部勝っちゃうんだもん。
思いっきりぶん殴られた。めっちゃくちゃ無表情で怖いんですけど………てか俺の心読まないで。イリナまで魔力2つあったら俺の個性がなくなっちゃうよ。
「お前は第二類勇者の力を引き出せるようになったんだ。これから先負けることはないよな?」
そしてニヤニヤ顔に戻ったグレンが聞いてくる。うーん、嫌な予感しかしない。
「勝負とは時の運ですからね。第二類勇者の力を持っていたとしても負ける時は負け………」
「もしこれから一敗でもしたら俺とイリナがお前のこと殺しに行くからな。負けんじゃねーぞ」
「ちょっ、グレンさんそんな意地悪言わないでくださいよ」
「本気だ」
ニヤニヤしてるけど目が笑ってない。真面目に殺されそう。
「お前は負けることに慣れすぎてる。勝ち癖をつけろ」
………たしかに負けることに慣れているのは認めるよ?俺の人生負け犬そのものだからね。負けっぱなしの人生なんだから、傷の舐め方が超うめーんだ。それを矯正するために勝たせようとするのはわかるけど、負けたら死ぬって………もうちょっとないのかよ。
「そして………まぁ、狩虎にばっかりもなんだな。イリナにアドバイスを送るとしたらお前はもっと疑い深くなれ。狩虎に騙されてばっかりだと、いずれ取り返しが効かなくなるぞ」
「わかってるもん………」
「この俺がイリナを騙す?ないない、俺は人を騙さない聖人君主のような人間ですよ」
「狩虎はイリナを、イリナは狩虎を。お前らは互いに足りない部分を持っている。大いに参考にしろ」
俺の言葉は無視ですか。そうですかそうですか………悲しいなぁ。こういうことされるから俺は自分のことを卑下するんですよ?
しっかしグレンは面倒見がいい人だなぁ。顔も怖いしオラついているのに、よくもまぁここまで優しいもんだ。
「………なんでこんなに気にかけるんですか?一応俺は魔王なわけで、恨みとかは抱いているものだと思うんですけど」
どうしても気になった俺は聞いてしまった。勇者である以上、魔族による被害は受けているはずなのだ。さらに言えば俺は裏切って勇者を虐殺しているわけだし………ここまで親身に対応してもらえている方がおかしいというのが一般論だろう。実際、今の俺にはかなりの敵がいるわけだしね。
「そりゃあ決まってんだろ。魔王のお前を味方につけたいからだ」
「でも俺みたいな胡散臭いやつ味方にできますかね?また騙されるかもしれませんよ」
「…………ぷっ。お前はやっぱり大変だな」
グレンは小さく笑った。
「いいよ、いくらでも騙してみろ。それでも俺はお前を手放さない」
「うわ、ゾッとする発言。もしかしてそっちの気があるんですか?それともそこまでして俺の力が欲しいとか?」
「当たり前だろ?お前と仲良くすりゃあ魔族と戦わずに済むんだ。戦わずに済むのならそれに越したことはないだろ」
今のグレンの言葉を聞いて俺は心底納得した。口が悪かったり人をすぐに殴ったりするが、今の言葉が彼の本心なのだ。彼が色んな人と仲が良いのも、面倒見が良いからじゃあなくて、こういう彼の優しさがなせる技なのだろう。
俺達はグレンに頭を下げて出発した。
「ウィンディゴさーん!怪我とか大丈夫ですか!?」
俺達はウィンディゴさんが隠れていた場所に赴くと、まず第一に彼らの安否を確認した。
「大丈夫ですよ染島さんに守ってもらいましたから!」
口を動かしてないのに声が聞こえてくるなんて相変わらず不思議だなぁ。
「さすが染島さんだぁ!」
「いえいえ〜。頼まれたことはキッチリするのが大人というものです。当然のことをしたまでですよぅ」
そして染島さんはニコニコしている。いつも通り笑顔が絶えない素敵な女性だ。これで強いっていうんだから凄いよなぁ。
「………染島梅雨美ってこんな感じなの?極悪人だって聞いてたからなんか…………驚いちゃうね」
「そんなことないですよイリナさーん!私は見た目通りフワフワした可愛い女の子なんですよ?誤解してるだけなんですよぉ」
「は、はは。そうかもね」
「そうなんですよぉ。私もう困っちゃって………」
両手を顎の下に置いて困ったポーズをする染島さん。それを見て最初の方は笑顔だったイリナの顔にドンドン影が落ちていく。イラついてるな………
「ま、まぁ………ぶりっ子ごときに私の心が乱されることはないから…………」
「流石イリナさん!おっぱいがない人は内面で勝負しなきゃいけないから寛大ですね!」
「待てイリナ!こんな安い挑発にのるな!」
光剣を引き抜き斬りかかろうとするイリナに組み付いて全力で止めにかかるが、イリナの馬鹿力がヤバすぎる!止まらねぇ!お前は本気出したらいけない人種なんだからやめろ!斬りかかるな!
「その無駄にデカい胸切り落としてあげようか!?」
イリナが全力で剣を振り抜いた!勇者最強最速のイリナの全力振りなんて死人が出ちゃうぅうう!
しかし染島さんはイリナの目にも止まらぬ剣撃をかわすと姿勢を下げ、両腕で自分の胸を寄せて一言。
「脂肪なんて切ったって意味ないですよイリナさん?」
「うざぁあああい!!その勝ち誇って余裕ぶってる感じが最高にうざぁあああいいい!!」
怒りで周りが見えなくなったイリナは光剣を振り回して染島さんを追いかけるが、染島さんは攻撃の全てをかわして逃げ続ける。これが持つ者の余裕なのか………見ていて可哀想になってくるな。
「あのイリナの攻撃をかわすなんて………どうなってるんだ一体」
「染島さんの魔力はテレパシーなんですが、ちょっと特殊で人の思考を読むことができるんです。だから染島さんはイリナの攻撃先を事前に把握してからかわしてるんですね」
テレパシーは基本的に双方向が繋がることで発生するものなのだが、染島さんの場合は一方的に送受信をすることができる。自分の思考を伝えることなく他人の思考を簡単に読めてしまうのだ。
俺の説明を聞いて納得したのかユピテルさんが頷いた。染島さんと戦った時の違和感が解消されたのだろう。
「イリナもそろそろ落ち着こうぜ。胸だけじゃないだろ人の魅力ってのはさ」
「そうかなぁ!?やっぱり男っておっぱい好きでしょ!」
「そりゃそうだが所詮は脂肪の塊だぜ?人の本当に大切な部分は中身だろ?」
「ミフィー君もそう思う!?やっぱりおっぱいで人は判断しないよね!?」
「まぁあるに越したことはないけど」
鬼のような表情のイリナに5分間追い回された。
「本題に入ろうか」
「よくその状況で話し始められるね」
何発か殴られて身体中から血を噴き出しながら俺は話を進めていく。お前に殴られたんだぞいらん配慮してんじゃねーよ。
「ウィンディゴさん言っていた資料は見つけられました?」
「勿論です!」
フヨフヨと7枚の紙が飛んできた。見てくるだけでよかったのに持ってきてくれたのか………感謝しっぱなしだな。俺はお礼を言うと資料を広げた。
「三次試験まで残った試験者の情報を探してもらっていたんだ。俺とディーディア君を抜いた7人………この中に今回の犯人がいる可能性が高い」
ディーディア君が犯人の可能性もあるが、怪しまれるリスクを負ってまで勇者になったのだ。今はまだ無害と判断するべきだろう。それにもし犯人でなければ、彼は犯人を倒したことになる。それほどの戦力は貴重だ、簡単に手放したくない。俺は資料に目を通して情報を確認していく。
「………うん、怪しいのが2人いるね」
2人分の資料をピックアップして残りは脇に寄せた。
「1人目は合計10回勇検に落ちてるが、2年前からピタリと来なくなっている」
「なのに今回は受験しているから怪しい………ってこと?」
「うん。俺的には今回の犯人は勇検とか勇者に恨みがある人間だと思ってるから、この人はかなり怪しいと思う。………そしてもう1人は」
もう1人の資料を見てイリナは首を傾けた。
「………なんも書いてないじゃん。これのどこが怪しいのさ」
「真っ白だから怪しいのさ」
この人の経歴には何もないのだ。今回の勇検は突発的に行われたことで事前準備の時間がなかった。その為、よほどの自信家でなければ受験することすら躊躇うものなのだ。実際、今回の受験者の大半は今までに勇検を受けたことがあり、常日頃から合格のために鍛錬してきた奴らばかりなのだ。それなのに勇検で落ちた経歴もなく、これといって活躍した経歴もない新参が三次試験まで通過しているというのは変な話なのだ。
「この世界は階級制。生まれた時から階級は決まっていて、階級が高ければそもそも勇検を受けることなく勇者領お抱えの勇者になれるはず。…………実力と経歴が比例の関係になるこの世界で経歴真っ白はおかしいのさ」
じゃあ考えよう。生まれた時から強かったのではなく、後天的に強くなったとしたら?
「カースクルセイドが関わっている可能性が高い。この2人を調査してカースクルセイドの尻尾を掴むのが一番手っ取り早いだろうな」
「なるほどね、確かにそれは言えてるよ。それじゃあ私達の今後の方針が決まったね」
よし、これで今日やるべきことはほとんど全て終わったな。勇検があって大変だったから今日はもう帰ろう。俺達は家に帰ることにした。
その道中………
「ウィンディゴさん。なぜ勇者領にきてたんですか?」
俺は染島さんのテレパシーを使って秘密裏に会話をしていた。ここが1番の謎なのだ。ウィンディゴさんが今日、この場に来なければここまで話がこじれることはなかったのだ。何があったんだ?
「宏美さんが勇者領に行くのを見かけたので、不安になって後を追っていました」
宏美が?………なんでだ?
「もう魔族領に戻ってはいますが…………これは他の人に言ったほうがいいですかね?」
「上の人間に一応伝えておいてください。ただそこまで真剣に捉えなくていいと思います」
別に宏美が勇者領に行くこと自体はなんら問題ではない。魔王の俺が出入りしてるのだ些細なことだろう。問題はこのタイミングだってこと。何かあるよな絶対に………
「そして最後、もし俺がグレンを倒したみたいな情報が勇者領に広がったら、俺を貶すような情報を流してください」
「な、なんでですか?」
「グレンとイリナは俺を祭り上げる可能性があるのでそれを早めに潰しておきたいんです。俺が第二類勇者の力を引き出せるのが敵にバレたら付け入る隙がなくなるんですよ」
魔王の力を封印され、勇者の力もろくに引き出せないと敵に思わせておいた方が色々と好都合なのだ。自分の力を隠す為に、今は俺の評価を下げてイリナの腰巾着に徹する必要がある。それにそんなことされたら裏切りづらくなるだろう?
「能ある鷹は爪を隠す。だが俺は烏を演じて全てを隠す。協力してくださいね」
テレパシーによる会話を止めイリナ達の会話に参加した。
「お兄ちゃんだぞー」
「…………………」
家に帰ってリビングに入った俺は、威嚇するクマみたいに両手を上げた。
「こんなのが俺の兄貴なんて悲しすぎる………」
それを見ていた弟の光輝は左手で顔を覆い項垂れた。
「お前みたいな反応の薄い奴が弟で俺も悲しいよ」
「兄貴と喋る時だけだ。他の奴らと喋る時はもっと明るいつーの」
「まぁ人間そんなもんだ。………花華は?」
「ランニングにでも行ってんじゃねーの?いつもの時間に帰ってくるだろ」
「ちっ、ご飯作ってもらおうと思ってたのに」
リビングに置いてあるテキトウなマンガを拾い、ソファーに深く腰掛けながら読み始める。このマンガ3周はしたなー。面白いマンガは何回見ても面白い。お気に入りのコマなら何時間と見てられるわ。筆者の魂を感じるよね。
「光輝にしては珍しいな。いつも練習行ってるのに」
「ここんところ筋トレしすぎてオーバーワーク気味だったんだよ。今日だけ休みもらってだらけてんの。そういう兄貴も最近勉強かまけてんじゃねーの?」
「いやなんとかなってる。自由時間がなくなったけど」
「…………あっちの世界の問題は終わったんじゃなかったのか?」
光輝の声色は相変わらずだが緊張が感じられる。オフの時の弟はいつも無表情に近いが、やはりアスリート故の鋭敏さがある。気の緩みを一瞬でなくせるんだから凄いよな。
「イリナとの話は終わったけどな、今は世界を平和にする為に頑張ってんだよ」
「兄貴が?…………面白くない冗談だ」
「本気だっつーの」
気に入ってる部分を読み終えた俺は本を元の場所に戻し、スマホをダラダラと見続ける。ニュースはいつもと変わらない。さして興味もない殺人事件をほへーと言いながら流し読みして行く。
「ふーーん…………でも正義のヒーローになるつもりはないんだろ?」
「そりゃあなぁ。何かを変えるのに本当に必要なのは正義じゃあなくて、変えるための代償を支払うことだ。これからたくさんの人間の血が流れることになる。当然俺もな」
「ふーーん…………」
光輝はさして興味なさそうに相槌をうつ。まぁそうだよな。俺だって一年前のことがなければ表面世界に興味など持てなかった。俺らが生きているのは現実世界であって表面世界ではないのだ。
「なってみればいいじゃん、正義のヒーロー」
そしてまた興味のなさそうな声で言ってきた。
「案外似合うと思うよ。兄貴は優しいくせに捻くれてるから勘違いされるだけで…………なればいいじゃん」
「面白くない冗談だな」
「本気だっつーの」
俺と光輝は笑い合った。…………そうだ。
「久しぶりに宏美と遼鋭を家に呼んでご飯でも食うか」
「あーーいいんじゃねぇの?」
宏美の確認もしたかったし丁度いいな。俺は宏美に電話した。




