タキオンの孤独 5
三百体の戦車が本当に存在するのか、自分が調べよう。その言葉通り、リードは翌日から調査を開始した。
さて、どこを探そう。ルドラカンドは学生のための町とはいえ規模が大きい。面積だけ見れば公爵領地と遜色ない。隅から隅まで探そうと思えば何日かかるか分かったもんじゃない。ある程度当たりを付ける必要がある。
三百体の戦車を隠すとなれば相当な面積の倉庫かそれに準じる空間が必要だ。それに、運び込むのも大変だろう。何かしらの痕跡を残している可能性が高い。
と、そこまで考えたところで、リードは自分の失念に気づく。
相手はバスウッド=カーペンター、世界最高峰といわれる魔道技師。誰にも気づかれないように物を運んだり、物を見えなくさせたり、何でもアリだ。きっと正攻法では埒があかない。
相手のことを何も知らない状態では調査にならないことに気づいた。
「あ、リードくんだ」
カウンターで本を読んでいた褐色肌の少女が近づいてきたリードに気づき声をあげた。やあ、とリードは軽く手をあげる。その声を聞きつけたのか、奥から少女がもう一人現れた。二人の少女は瓜二つであり、これで表情と肌の色まで同じだったら区別がつかないだろう。
後から来た少女、小さな司書マローダはリードを見てやや驚いた顔をした。
「こんにちはリードさん。何か御用でしょうか」
「ああ、バスウッド=カーペンターという男の情報が知りたくてね。棚まで案内してもらえると助かる」
リードの仕事は図書館から始まったのだった。
*
資料集めは存外に捗った。暇だからと、案内に留まらずリードの手伝いをしたマローダとメイカの活躍も大きい。リードは二人が集めてくる資料をとてつもない速さで消化していった。効率的な分担作業があるとはいえ、バスウッドについての伝記や史実書、記録書などなど分厚い本約三十冊を一時間足らずで読み切った。
もっとも重要であるバスウッドの魔法の実力についての記述は、細かくメモを取った。彼が世に送り出した技術は多種多様にわたる。誰もが日常的に使う物から軍事用の武器や乗り物まで、実にバラエティーに富んでいる。
「バスウッドに不可能は無い」資料を鑑みて、リードはそう判断せざる負えなかった。三百体の戦車を誰にも気づかれずルドラカンドに運び隠すなど彼にとって造作もない。転送魔法や亜空間干渉法などという小難しい単語が出てきた時点で分かり切っていた。といって、状況は芳しくない。方法がありすぎる。先手を打たなければ防衛、対策は不可能であるのに、実際は蓋を開けてみなければどんな方法を使ってくるのか分からない。すべての方法を対策することは恐らく不可能――。リードの頭を悩ませる要素が増えてしまった形だ。
技術と並行して、彼の経歴も鳥瞰で把握する。
バスウッドの人生は栄光と没落の二つの側面を持っていた。
初めて魔法を使ったのが生後三か月、誰に教えられずとも魔力のコントロールに成功した。その一年後にはオリジナルの陣を開発、その時点で一流魔導技師の仲間入り。よちよち歩きを始め簡単な言葉を話せるようになった頃に当時世界的に高名だった魔導技師に弟子入り、二年で免許皆伝。
そこからバスウッドの名が世界に認識され始める。フリーになり十年間で百を超える新理論と千を超える新商品を世に送り出す。世界最高の魔導技師としての地位は確かなものとなった。
齢十四にして富と名声を手に入れたバスウッドは、さらなる探求のためブラクコンティーンを研究するために作られた都市アンノーダム魔術特区に移住。古代魔法都市の研究に没頭する。その成果がアンノーダム魔術特区の実質的支配者であるイヴグリム侯爵に認められ、世継ぎに指名される。バスウッドはそれを受け、侯爵の娘と婚約も果たす。
およそ非の打ちどころのない人生。これより上を目指すとなれば、もはや王になるしかない。成人を前にして彼は世界の頂に上り詰めたのだ。
「しかし、彼の栄光はそこで終わる。十六歳の冬――バスウッドは部下である二十六人の研究者を殺害した。そこには妻であるイヴグリム侯爵の娘も含まれていたそうだ」
テーブルの向かいでリードの話を聞いていた二人が息を飲む。
「容疑者として出頭したバスウッドは罪を認めたが、詰問に対しては一切口を開かなかったらしい。そして、拘留され三日目に牢屋から姿を消し、それ以来消息がつかめなくなったそうだ――」
積み上げたものを自分で台無しにしてしまった。まるで理由が分からない。
実験中の事故だった――誰かの罪を被った――そもそも頭がおかしかった――当時は様々な憶測が飛び交ったと記されていた。もちろん真実は分からず、数年でバスウッドの捜索も打ち切られる。娘を失い気を病んだイヴグリム侯爵はバスウッドが姿を消した二年後に死亡。死因は伏せられていたが、おそらく自殺か病死だろう。指導者を失ったアンノーダム魔術特区は伯爵家の面々が集まり行政を行うも行き届かず、資金不足から研究の規模縮小を余儀なくされブラクコンティーン研究の実権をブーズステュー公爵領地に奪われてしまった。今ではしがない宿町になっているという。
バスウッドの凶行が都市一つ滅ぼしてしまったことになる。稀代の天才が、一転世紀の大悪党に――こんなに極端な経歴が他にあるだろうか。




