タキオンの孤独 4
「なるほどねえ――」
リード=ティラムントは頬杖をつき虚空を見つめた。
ロカは不謹慎かとも思ったが、彼の横顔に期待を込めた眼差しを送る。冷静沈着、常に物静かなリード。果たしてどんな反応を見せるのだろう。
「僕も食べたかったなあ――てんぷら」
満腹感で微睡む体に鞭打って夜道を駆け、息を付く間もなく長くややこしい説明を終え、ようやく得られた言葉がこれである。
「会長、さすがに怒りますよ」
こう見えてリードは”不動の騎士”という二つ名を持つ戦士であり、それなりの戦闘経験を持っている。なので、ロカが発する殺気をすぐさま察知することができた。
椅子のキャスターを転がし距離をとる。
「嫌なことでもあったのかい」
「ほっといてください。それより、バスウッド=カーペンターです。どう対処したらいいのか――正直、私には分かりません」
「うむ、そうだなあ。不確かな情報が多く信ぴょう性に欠ける。しかし、静観するには危険すぎるということだね――もっとも簡単な解決方法は素直に”箱”を渡してやることだが、なぜ欲しいのか聞いたかい?」
ロカの顔が曇る。
「聞きましたが”知らない”と言われました……。取って来いと言われたから取に来た、と」
「命じた人物は?」
「それについては、はぐらかされました。強引に聞き出すことができない以上、知る手段は無いと思われます」
彼女の渋い顔がバスウッドとのやり取りの過酷さを物語っていた。始終イライラしていたに違いない。
「そうなると、調査するしかないな。最重要課題は三百体の戦車が実在するのか否か。バスウッド本人に気取られないよう、秘密裏に調べるとしよう」
「賛成です。早速明日、全自治会員を招集しましょう」
「いや、皆には言わなくていい。大人数で動けば感づかれる可能性が跳ね上がる。調査は僕がやるよ」
「か、会長が?」
ロカが驚いた声をあげるのと同時に、リードが椅子から立ち上がり大きく体を伸ばした。柔軟体操をする年寄りの様な緩慢な動きだ。
「たまには体を張らんとな。任せておきたまえ」
あまりに呑気な口調。ロカは一抹の不安を覚える。
「ところで、今度小井戸くんの家にお呼ばれするときは僕も誘ってくれないか? 学友の家に遊びに行く――憧れていたんだ」
「会長、本当に友達いないんですね」
「…………」
*
「そろそろお暇しよう。いやあ、お世話になった。美味しいディナーもご馳走になってしまった。また今度お返しするから楽しみに待っていてくれ」
出されたお茶を綺麗に飲み干し、バスウッドが立ち上がる。
ソファで半分寝かかっていた二人が半目開きで挨拶する。
「お構いなく――また来てくださいね」
「じゃあねバスウッドくん。気をつけて帰ってね」
そんな二人を見てアーネットの叱咤が飛ぶ。
「お二人とも! お客様に失礼ですよ」
柔らかく微笑むバスウッドがなだめる。
「いいんですよ。微笑ましいじゃないか――気にせんでください。今日は本当にありがとう、貴方の料理は最高だった」
「そ、それほどでも――」
アーネットが照れて俯いている間に「それでは!」とバスウッドが玄関のほうに歩いていく。
そこでやっと気づく。
(帰してしまっていいのでしょうか……?)
親戚のおじさんが帰って行く――みたいな気分だったが、バスウッドは自称悪人だ。アーネットは急いで追いかける。
「あ、あの、バスウッドさんは悪い人なので――いえ、良い人だと私は思っていますが――ええと――――あれ?」
自分で作った迷路の中で迷子になるアーネット。
しかし、幸い言わんとすることは伝わったようだ。バスウッドはお道化て言う。
「僕を拘束したら戦車たちを起動します――だから、僕を呼び止める必要はないんだよ。ね?」
「――――なるほど」
だからロカは何も指示を出さずに行ったんだ。この男に命令や強制はできない。
「代わりと言ってはなんだが、僕に用事があったらマーケットで一番賑わっている店に寄ってください。僕はそこにいますよ」
「お店?」
「ええ、開店は明日です――忙しくなるなあ。そろそろ”あれ”も追い付いてくるだろうしね」
「――――?」
バスウッドは飛び切りお茶目な笑顔を残して帰って行った。
*
窓辺に現れた”ソイツ”はしゃがれた声で俺に警告した。
『この町に危険な人物が現れた――手を打たなければ大変なことになる』
と言われても、まるで危機感が沸いてこない。
それはきっと、フラフラと作り物のように揺れる尻尾のせいだろう。あるいは、思わず撫でたくなる艶やかな黒毛のせいだろう。なんなら、有体に”猫だから”と断定してもいい。
そう――俺に警告してよこしたのは、月夜に現れた黒猫なのだ。
派手に手を打てば逃げていくだろうか。そんなことを考えながら猫と向き合うようにベッドに腰を下ろす。部屋の鍵は閉めておいた。メイドに見つかったら何を言われるかわからん。
不思議な出来事には、それなりに耐性がある。今だって落ち着いている。
「事情は知らんが、そういうことならリードという男を訪ねてくれ。その方が話が速いと思うぜ」
猫の話を信じたわけじゃないが、こういう手合いは無視するのが一番よくない。適当に相手して、早いとこ退散願うのが得策だ。コイド=コウヘイという変わり者を友に持って分かった世界の真理。
猫はエメラルドグリーンの瞳で俺を見ている。
『お前が一番都合のいい人物だった。であるから我が現れた。どうやら疎んじられているようだが、是非は無い。お前には相克者になってもらう』
「何を言っている?」
『奴は力を持ちすぎた。世界の在り様を変えてしまいかねない――ある指向性を持った力の前には正反対の力が表れる。それは世界の意志であり、規律である。先に持ち得てしまった力に対して抑止力が生まれた。それが我。相克関係にある魂の持ち主を探し求め、ようやっと見つけることだできた。
それがお前だ――エイモス=レボア。相克者の器よ』
困ったな。
話を聞かない相手は変人――いや猫か、の中でも一番厄介だ。こういう場合は適当に話を合わせて会話を成立させるところから始めなければいけない。
「あー、その何とか者ってのに俺がなればいいのか? しかし、どうしようもないぞ。俺は凡人だ。山にこもって修行したところで精々見張り兵が頭打ちってところだ。その”奴”ってのが誰かは知らんが、他を当たった方が倒せる確率が高いと思うぞ」
猫ってのは怒れば鼻の頭に皺が寄るが、それ以外に表情がない。だから、黙られると唯々気まずい。
いっそ窓を閉めて追い出してやろうか――と考え始めたあたりで、猫がようやく声を発した。
『やはり、お前は器にふさわしい人間だ。奴と正反対の指向性を持っている――――明日、同刻にまた来よう』
こっちから何か言う前に猫は黒毛を月光に揺らめかせながら窓枠から飛び降り、何処かへ行ってしまった。
明日、同じ時間にまた来るって?
変人を避けるもっとも利口な方法は、まず会わないことだ。明日は窓を閉め切っていよう。




