タキオンの孤独 3
戦車の持ち主だと名乗り出た男――バスウッド=カーペンター。
見るからに変人であり、言動もおかしい。余り関わり合いたくない人間だ。といって、自分が犯人だと胸を張って言われた手前、ほっておくこともできない。
調べてみたところ、バスウッドはまったくの丸腰だった。事実だけ見れば本人の言う通りただ捕まりに来ただけにしか見えない。が、何か裏があるのは明らか。学校へ連行してリードに指示を仰ぐのが賢明だろうとロカは提案する。
小井戸はその意見に一応賛同したのだが、一つ提案を重ねた。
「美味しいですか?」
エプロン姿のアーネットが少し心配そうに問いかける。
生まれて初めて天ぷらを食べて、その目新しい触感に舌鼓を打っていたロカが答える――寸前に、
「んン――んまい! お嬢さんが料理したんですね? いやあ……こんな美味いもの、生まれて初めて食べました。あなたは最高の料理人だ!」
シャクシャクとレンコンの天ぷらを咀嚼していたバスウッドが前のめりにアーネットを褒めたたえる。
褒められすぎてきまりが悪いのか、アーネットは頬を染め「あ、ありがとうございます」と小声で呟く。
ロカは少し不機嫌になる。私だって天ぷらの料理人であるらしいアーネットに賛辞を送りたかった。先を越されてしまった、悔しい――――いや、そうじゃない。
このバスウッドという男は、何様なのか!
小井戸は、学校に連れて行く前にひとまず家に連れて行って話を聞こう。そう提案してきたのだ。
もちろんロカは反対した。バスウッドといえば世界最高峰の魔道技師として名をはせた男だ。丸腰とはいえ、事実として戦車とともに現れたのだから、危険すぎる。家に連れて行くなんてとんでもない、と。
しかし、小井戸は引き下がらない「俺やロカが居れば戦いになっても平気でしょ。それに、家にはアーネが居る。昔、戦車二台を一人で倒したことがあるんだから、心配することないよ」そう突っ張ってきた。
なるほど、そう言われると説得力がある――などと、その時は安請け合いしてしまったロカだが、今になって考えれば小井戸は単純に早く天ぷらが食べたかっただけなんじゃないか。そんな気がしてならない。
事実、小井戸は今会話に参加せず、ロカやバスウッドのことなど自我にもかけていない様子で天ぷらを次々平らげている。同じように鬼の形相で食べるメシアとで、すでに天ぷらは半分近く消費されている。二人は天ぷら早食いレースでもしているんだろうか。小井戸は家に危険人物を招き入れたということを覚えているんだろうか……ロカは不安に思っていたのだ。
そんなところに、バスウッドの客人面した態度――なんだか、自分だけ馴染めてない気がして、急にいたたまれなくなり、腹の底から沸々と怒りが沸いてきたのだ。
(まったく、どうしてこんな状況になるのか……)
そんなロカの不満に気づいた人物が一人。よりにもよってバスウッドだった。
「エルサンドラールのご令嬢――何やら不機嫌なようだが?」
ずけずけと土足で踏み入ってくる。ずっとその気配はあったが、この男は遠慮というものを知らないようだ。自分の立場を分かっているのか、と問うてやりたい。しかし、今は食事の席――楽し気に食べる小井戸家の面々を鑑みて、ロカは沈黙を選ぶ。
しかしバスウッドは、
「塩も悪くないが、この”メンツユ”というのに天ぷらを付けると、甘くて絶品だ。試してみたらどうか?」
「…………」
やはり遠慮がなく、世話を焼いてくる始末……。ロカはウンザリした。バスウッドの手から”メンツユ”の皿を掻っ攫う。
「ああ! それは僕の――」
「ご指南ありがとうございます。有り難く使わせていただきます」
「お、大人げない!」
もうヤケッパチだ。普段の彼女からは考えられない子供じみた態度だったが、それでいいとした。
そして、
「――――美味しい……」
”メンツユ”をつけた天ぷらは絶品だった。
*
「うおぉ食いすぎた……」
「ちょっと気持ち悪い……」
食後――ペースを落とさず食べ続けた小井戸とメシアはダウン。テーブルからソファに移動し、互いに体を預けるようにして、フニャフニャしている。
湯飲みを載せたお盆を持ってキッチンから帰ってきたアーネットが二人を見て顔をしかめる。
「お客さんが居るんですよ? 二人ともシャキッとしてください」
しかし、二人はヒラヒラと手を振っただけに留まる。ちょっとだけ――という感じだ。
アーネットは溜息を一つ。座布団に座り、ロカとバスウッドの前に湯飲みを置く。
「すみません、ロカさん、バスウッドさん。二人はいつもああなんです」
食事も終わり、ようやっと話ができる――と思った途端これである。ロカとしては、二人にも会話に加わってもらいたい。特に、当事者である小井戸は席に着くべきだ――と思う反面。
「大変そうですね」
アーネットを労う。料理から家事から、この家のことは彼女がすべて賄っているのだろうか――ソファの二人を見るに恐らくそうだろう。学校にも通っているのに、とんでもない仕事量だ。
しかし彼女は、
「いえ、毎日楽しいですよ」
笑顔で言うのだった。
「貴方のような人を良妻と言うんだねえ」
もはや家族の一員といった太々しさでバスウッドが言った。その意見については、完全に同感だったので文句は言わなかった。
「そ、そんなこと――――それより、何があったんですか? バスウッドさんはどういった方なのでしょう」
「……そうでした」
食卓に変な男が一人混じった説明を一切していない。ロカは何とか頭を切り替える。のんびりしてる場合じゃないのだ。
戦車が表れたことやバスウッドの奇怪な言動など、ことのあらましを一通り説明する。
「それって、つまり、バスウッドさんは悪い人ってことです――よね?」
話を聞いたアーネットは混乱していた。それはそうだ、話の中では完全に悪人なのに、友達のような体で一緒にご飯を食べたのだから、訳が分からなくなる。
自分の武勇伝を聞いているかのように、満足げに頷いていたバスウッドがアーネットの疑問に答える。
「そうです。僕は悪の手先なんです。悪いことをするためにルドラカンドに来ました」
「変な質問ですけど、そんなこと言ってしまっていいんですか? 悪いことってバレないようにするのが普通だと思いますけど……」
「それは、ズルいでしょう。手前みそだが、僕は正直な男です。何をするときも誠実実直! それがもっとうです」
「は、はあ……」
アーネットがロカを見る。顔には「変な人ですね」と書いてある。ロカは頭痛を覚えて頭を抱える。いかんいかん、私がしっかりしなければ……義務感で何とか気を取り持つ。
「貴方の目的は何ですか? 正直に言わなければ、拷問にかけることすら視野に入れていますから正直に答えた方が身のためですよ」
ズバリ核心に迫る質問。
バスウッドは、
「僕の目的は自治会がダンジョンから持ち帰ったという”箱”を奪うことだ。そのためには手段を選ぶなと言われている。取りあえず様子見ということで、ルドラカンド最強の男に戦車をぶつけてみたってわけ。ああもあっさり倒されるとは思わなかったけどね」
あけすけに全て話した。問うたロカですら戸惑うほど、簡単に。要するに、力ずくで物を奪う――強奪が目的だと言っているのだが、今から物を奪います――と宣言する意味がどこにあるのか。到底信じられる話じゃない。
「でしたら、なぜ自首するように私たちの前に出てきたんですか? なにか裏があるんじゃないですか?」
バスウッドのもっとも不可解な行動。自ら姿を現し、捕まえてくれと申し出てきた。裏があると考えるのは当然だ。
「君や小井戸くんに興味が沸いた。話してみたかった。だから、素直に全部話して捕まることにしたんだ。どうだい? 僕ってば素直な奴だろ?」
はぐらかされているんだろう。もう、驚くのもバカバカしい――ロカは焦れていた。暖簾に腕押し、馬の耳に念仏、これ以上の対話は無意味だと思い始めていた。はぐらかされるだけだ。
「もう結構です。これから自治会室に連れて行って強制的に吐かせます。本当はこんな手段とりたくないんですが、貴方がそんな態度なら仕方ありませんね――覚悟してください」
半分本気、半分脅しといったところ。
バスウッドは「おお怖い」とワザとらしくお道化て、
「それはお勧めしないね。悪いことは言わない、僕をひどい目に合わせたら危険だぞ?」
はったりだ――ロカは当然無視。
しかし、次にバスウッドが重ねる言葉に全身の血が引いてゆく。
「しつこい様だが僕は素直な男だ。予め全部言っておこう――僕に何かあれば待機させている三百体の戦車が動き出す。ルドラカンドどころか、近隣のエレドペリ王都――下手すればすべての公爵領地を壊滅させかねない数だ。だから、僕に酷いことしちゃだめだよ」
「なっ――?」
これもはったりだ――そうは思うのだが。
(もし――それがこいつの武器ということか? だとしたら、この堂々とした態度にも説明がついてしまう)
大胆不敵な、ともすれば短絡的な保身策――しかし「嘘だ」と決めてかかるには、危なすぎる。
”もし”バスウッドの言葉が本当だったら? ……嘘だと言いきれず、そうなると男に手出しはできない。
魔道技師バスウッド=カーペンター。
彼は、一台の戦車と、あけすけな立ち振る舞いにより、身の安全を確保してしまったのだ……。




