方向性をミスるととんでもないことになる
定期的にここに戻ってくる自分がいます。
何でしょう、いい意味で惰性。
天文部室を離れて、俺は自分のクラスに向かった。
まだ文化祭の開始には早いが、既に柚花は登校してきていた。クラスの女子と会話している。
それを廊下から遠目に確認して、俺はどういうわけか教室に入るのを躊躇ってしまった。
一旦、階段脇の廊下に撤退して、壁に背を預けた。
心臓がバクバクとうるさい。ゆっくり深呼吸した。
「落ち着けー………はあ、落ち着けぇ俺……」
とか言ってみるが、全然緊張は治らず。
顔を覆って、溜め息を吐いた。
少し前まで、彼女に「おはよう」と言うのに勇気は要らなかったのに。
昔はできてた"当たり前"が、今はすごく怖い。
多分……今日の柚花との文化祭を回る約束に、ビビってるんだろうな、俺は。
昨日の柚花の様子を見てれば、疎い俺でも分かる。
いやにもわからされるというか。そもそも、文化祭が始まる前から薄々気付いてはいたんだ。
昨日の彼女の雰囲気からは、別れた直後とかご褒美デートの時には感じなかった、"終わりの予感"がした。
俺との関係を、あの子はきっちり清算するつもりなんだろうなと思わされた。
終わらせたくない、というのはただの俺のエゴだ。
一度別れを切り出されて、それに応じてしまった以上、そこに駄々をこねて未練タラタラなのはどうなんだって話だ。
なのに、俺がそれを自分の中で処理しきれないのは、彼女には本当に申し訳ないと思ってる。
でも、どうしたらいい。
別れた理由は曖昧。
あまりに唐突で理解は追いつかない。
俺との関係を切ろうとする割には俺に甘い。
別れた後に自分の家に呼んだり、俺に言われて自分の両親に別れたことを黙ってたり……いや、今考えたら何してんだあの彼女は。
もっと危機感もった方がいいと思う。
そんな次第で復縁狙いの俺になんだかんだずるずる引きずられてた彼女が、今になって、俺との関係を完全に終わりにさせようとしてるのが本当に何と言ったらいいのか……
俺の何のせいで、彼女にそうさせてしまったのか……
そこをはっきりさせなければ。
そして、彼女から漂うこの"終わりの予感"をどうにか回避して、断ち切りたい……あわよくば……!
あわよくば……!
浅ましくてすみません……。
しかし、花園にも背中を押してもらった以上、俺は踏ん張らないといけない。ここが一番の正念場だ。
頰を叩いて、気合いを入れ直した。
「よっしゃ、頑張るんだ、俺……!ヘイ、カム・文化祭マジック──ッ!カムカム文化祭マジック!んぬぉぉ!」
学生の味方・文化祭マジックの神よ降臨してくれ…!
なんかよく分からないが前に兄貴に教えてもらった伝統的な呪術でもやっておくか。運気アップするらしいし。
空中に四縦五横の線を切り、印を結ぶ。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前──ッ!」
「蒼、おはよ〜。え、なに。厨二病?高校生にして目覚めちゃった?」
同じクラスの友人である宙が、おかしそうに笑いながら、登校してきた。
今日も今日とて、コイツは羨ましい限りのイケメンっぷりである。どうやったらそんな高い鼻で生まれてくんだ、てめーさま。
「えー、神宮くんだー♡何してんの笑」
そして、本日も安定にはじめて見る女子が宙くんの隣に居ますね!
何がどうやったらそんなコロコロと女子変わるんだよ宙、おめーはよぉ!
腕組んでるけど、君たちどんな距離感!?
彼女作らない主義の宙のことだから、彼女じゃないだろうけどさぁ……
昨日は違う女子と手繋いでたですやん。
宙くん、俺はいつかお前が女に刺されても知らないでっせ、ほんとにマジで。
「いやぁ……精神統一と運気上昇を……」
「蒼ってたまに変なことするよね」
「失礼な。あらゆる古術に長けたマニアなうちの兄貴が伝授してくだすった秘術になんちゅうことを」
「ソレ、災いを避けて身を護る術だから若干違くない?」
「……え、マジ?」
急に冷静になってきた。兄貴め。徒労だった。
「よく知ってたな」
「オレも女関係の災いが降ってこないように試したことあるから」
「お前は現在進行形でちっとは自重しろ……」
「トラブルって、ほら理不尽にも降りかかってくるからさ」
「いや自業自得なんだお前の場合」
なーにさっぱり見に覚えがないですみたいな表情してん宙くん。お前の腕にしなだれかかってる女子Aとそれを遠くから睨みつけてる女子B〜Eが目に入らないのかね?え?
もう戦争が勃発してるよ。やだよ俺知らんからな。
「蒼はどうせ水無瀬さんに声かける勇気なくて、教室の前で右往左往してるとかそんなとこでしょ」
「うっ、分かってんならほっとけ……」
第三者からの客観的指摘は耳が痛い。
「そんな調子で今日一日水無瀬さんと大丈夫?」
「ううううう」
やめて……マジで胃が痛い。
俺が精神的にダメージを負っていると、クスクスと笑い声が聞こえた。女子Aが堪えきれないのか、目尻に涙を浮かべていた。
「ぷっ、いやぁ〜神宮くんって意外とかわいいんだねー♬もっと飄々としてるタイプかと思ってた〜。水無瀬さんの前じゃいつも余裕そうだったし〜。いっがーい」
「はは、正直にダサいって言って良いんだよ愛理」
何だおかしそうに笑ってる女子Aはともかくして、宙テメェ酷いなオイ!?それ言っていいの本人だから、君じゃないから!友達でしょーが!?
「ええ〜別に〜?ダサいっていうか、可愛げある神宮くん、なんかイイー♡淡々となんでもしちゃうよりこっちの方が母性本能湧くぅ〜」
「えー、愛理オレは?」
「うーん宙は特別。宙はクズなとこが好き♡」
「やだなぁそんなつもりはないけど」
はてはて、みたいな惚けた顔をしている宙。これで無自覚だったら俺はコイツと友達をやめるか検討を始めるね、いや自覚あるのもやばいけど。
「でもオレも愛理に同意。蒼は水無瀬さんにそうやって情けないとこどんどん見せればいいのに」
「ね〜!」
「恋なんて心の釣り合いが取れときゃいいの。シーソーみたいなもん。その点、オレはバランサーで優秀…かな?」
「やだ〜、自分って言っちゃうとこが宙は残念〜♡でもそうゆーとこが好き〜」
イチャイチャしながら教室に入っていく宙と女子A。
あれで付き合ってないんだから、最高にクズい。
俺は教室の外から友達たちと喋っている柚花の姿をチラリと見た。
「情けないところを見せる……か」
柚花と別れてから、宙にも駿にもたびたび言われるようになった気がする。
お前はカッコつけすぎる、と。
『………蒼がその考えを改めない限り、明日もきっと上手くいかないよ』
昨日の兄貴の言葉を思い出して、俺は否定するように首を振った。
何をいってくれやがる。
フラれたくないから、いつも以上の自分に背伸びをするんだ。
柚花に情けないとこなんて、見せられるか。




