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5.活路

 あれから何日が経っただろうか。実際にはせいぜい3日もないぐらいだろうが、再び独りで過ごすのはやはりなかなかに堪える。虚空に喋りかけても、当たり前だが誰も答えてくれない。その当たり前が辛い。最後の方なんて声すら出なくなっていた。

 それでも正気を保っていられたのは、ひとえにユウが帰ってくると信じているからだ。今振り返ってみると必ず帰ってくるとは断言していなかったような気もするが、そうとでも信じないとやってられないというのが正直なところだ。

 ともかく、多少の成果を出さなければならないということに変わりはないのであるが。


 そう、奮起していたのが半日前のこと。心細さが消えたわけではない。しかし、人間というのは明確な目標があって、かつ危機感が高まれば強いものだ。途中なにも手につかなかったのが噓のように、それからは考え事に熱中することができたのである。



 日本にいたころの俺は、まあパッとしない大学生だった。別にFランというわけでなく、手前味噌にはなるが世間全体で見れば割と優秀な部類の人間ではあったのだろう。パッとしない、というのは嫌味な謙遜ではない。高校時代の友達やアイツをはじめとして、俺なんかよりも億倍も優秀な人間が周りにゴロゴロいたので、幸か不幸か無駄な自尊心を持たずにいられたというだけのこと。明確な展望もなく、かといって今熱中していることも過去の栄光もない。なんてことのない人間だった。

 そして、そのなんて事のない人間は交通事故によって死んだ。現代日本での交通事故死者数は30万人にのぼるらしい。そんなわけで俺はよくある、これが”よくある”と表現できてしまうのはとても悲しいことだが、ともかくよくある死に方をしたのだった。

 そこからは今の通り、俺は夢だとしても質が悪い状況に置かれることになった。


 次いで今の状況に映る。しゃべる石碑であるユウ曰く、俺は植物に憑依転生したが、その様相がどうも変らしい。彼でも分からない原理によって、同化するわけでもなく俺は植物の体に住み着いているのだ。今考えてみると亀ナレフみたいだ。彼ほど立派な人間ではないけども。ともかく、魂だか器だかがどうこうとユウは小難しく説明していた。

 そこから色々と考えて気が付いたのだが、要は今の俺が植物そのものではないということが重要だったのだり植物の体の構造とか、人間のころの感覚との違いとか、そういう話ではない。

 今、やっと分かった。


 動物としての感覚もなければ、完全に植物に同化しているわけでもない。一つの魂として、俺は半分独立している。

 これだ、俺の特異性は。


 そして、ユウは言っていた。


「魂は魂でものをみる」


 俺を包み込む感覚は魂で感じた情報。

 逆に言ってしまえば、今のこの世界は魂というものと深くかかわっているものだけで構成されている。

 そして、それは眼下の、確か魔力の淀みとか呼ばれていたものも例外ではない。


 ここまで来ればあと少し。解決しなければいけない問題も、あと二つ。

 一つ目は俺が魔力を感じられないこと。

 もう一つは魔力の淀みが循環されていない根本の原因。


 一つ目の答えはもう出ているようなものだ。

 ユウがひっそりと漏らした、クオリアという単語。感覚意識やその経験と表現されるが、要は刺激と感じ方の対応のこと。

 赤いものを見て赤いと感じ、湯だったスープを見て熱そうだと感じる。これらのことは全て、経験したことがあるからこそ生じるのだ。


 逆に言ってしまえば、一切経験も感知もしたことのない類のものは、まともに認識することさえできない。


 俺の知る限り、少なくとも俺みたいな一般人にとっては、地球上に魔力というものは存在しなかった。メアリーの部屋じゃないが、世界に魔力というもの自体が存在しなかったために、俺は今でも魔力を感じられないのだ。

 だが、それは俺が地球にいた時の身体的感覚だけで魔力をつかもうとしているからとも言えよう。魔法、なんてものがあるのだから、この世界では人間活動と魔力は相当密接な関係にあるようだ。この世界の人間が特有の器官をもって魔力を操っているなら詰みだが、そうでないのなら俺にも目が残っている。


 二つ目の答えは、ぶっちゃけると要はエネルギー不足だ。

 ユウは、魔力の淀みの処理は植物細胞が勝手にやってくれると言っていた。それが止まっているということは、自動では行えないなにかしらの障害が存在するということ。

 ユウは、魔力の淀みの処理は光合成の要領で行われるとも言っていた。この暗さの中だ。原動力である太陽光エネルギーが不足していて、循環とやらがそもそも止まってしまっているといわれると途端に納得できる。

 あるいは、循環していたとしても浄化ができていないだけということかも。


 ならば、解決策はもう分かった。

 第一に、俺は体の全ての感覚を手放す。別に消力の使い手というわけではないし、力を抜くというのがどういうことかも分からない。抱くイメージはただひとつ、催眠系ASMRで操り人形にされる時の、あの脱力感。今となってはとうに存在しない体の感覚を、さらに弱めて......。そもそも体など端から存在していなかったと、自分自身に暗示する......。


 すると、感覚が薄まる中で唯一残存するものがあった。

 糸のような綱のような何か。

 それをよく見よう、聞こう、感じようとすると、脱力が解けてしまう。何を感じて何を感じないかを素人の俺に制御できるわけもなく、しばらくはこの、もどかしい感覚と格闘していた。


 見つけては、見失う。

 ユウ曰く、淀みの浄化は植物細胞が自動でやってくれる。


 聞こえたと思えば、もう聞こえなくなる。

 ユウ曰く、その浄化には太陽光エネルギーを用いる。


 一度感じた次の瞬間には、その感覚を逃している。

 ユウ曰く......。


 今再び、それが存在する瞬間を捉えた。

 曰く、そのエネルギーは太陽光でなくてもかまわない。



 そして、次の瞬間にも俺はそれを捉え続けていた。


「見つ、けたぁっ......!」


 それは、この空間全体を巡り、俺のからだも貫いて、ほとばしるある黄金の奔流。

 ミシン糸のように微細ながらも、決して絶えない大自然の力強さ。

 あの小さな若芽の中にさえ、これほどのものが。

 これこそが、魔力の循環。

 理由もなくそう直感させられた。


 やってみれば意外とできるものである。それもこんなにあっさりと。


 今の俺は、いわばこの流れとほとんど同一化している状態だ。何が問題で、どこをどう直せば良いかが手に取るように分かる。

 今停滞しているこの流れに、きっかけを与えてやるだけで良かったのだ。


 この黄金の円環のごく一部分を眼下の澱みに浸すが、当然それだけでは何も起こらない。

 ここで、第ニステップだ。


 ユウの言葉を噛み砕けば、魔力の循環や浄化にはエネルギーが必要だが、その形は求められないと言える。

 そして今、それは状況証拠だけでなく直感をもってして事実であると俺は理解できた。

 この流れは詰まっているのだ。感覚としては鼻詰まりに近い。元々開いている穴がきゅっと閉じてしまっている感じ。この黄金の円環の中に穴が開いていたということは今わかったことではあるが。なるほど、これでは通ろうはずもない。これではストローでなくタッチペンでジュースを飲もうとするようなもの。

 おそらくはこの穴はエネルギーで開閉を制御するのだろう。今は太陽エネルギーが不足しているので、全体が閉じているのではないか。

 そうならば逆に、エネルギーを与えてやればこの穴が開き、毛細管現象の要領で通道するに違いない。

 ではそれに使うエネルギーはどう用意するのか。

 それの結論はもう出ている。


 そもそもエネルギーとは、定義で言うと仕事をする能力のこと。要何かしらはたらきかけてやったものが動いたり光ったり、熱くなったり膨らんだりすれば良いのだ。

 そして俺は今、この円環をある程度自在に操ることができている。特に意識するでもなく、それこそまるで自分の手足のように。

 俺の中の身体的感覚によらない要素、言うなれば魂が、魔力というエネルギーに依存する環に仕事をしている、ということは。


 俺の魂はエネルギーそのものであるということ。




 最初は小さな輝きだった。なんてことはない。この程度の量の新鮮な魔力は他の植物も出している。

 おかしいと思い始めたのは、それが通常の倍以上まで増えた時だった。一般人には感知されないものの、魔力に敏感なユウだからこそ気づくことのできた差異。


「彼は一体何をしているんだ?」


 ユウはそう言って、件の場所、数日前に彼と別れた山奥に全ての意識を集中させる。


 正直に言えば何も起こらないだろうと思っていた。

 確かに彼を置いていくことに不安はあった。彼は割合落ち着いていたように見えたかもしれないが、内心では取り乱していたに違いない。あれだけ悲惨な死を迎え、しかもよく分からん世界に飛ばされてなお平静を保つことができていたなら、気が狂っているとしか言いようがない。少なくともユウの知る限り彼はそれほどまでに強い人間ではなかった。

 それはそれとして、一般人の彼に何かができるとも思えなかった。

 カウンセリングに明るいわけではないが、多少気に病んだ彼を落ち着かせるくらいのことは自分にもできるはずと、ユウは思っていた。

 だからこそ、大した用事ではないにも関わらず彼を置いていったのだ。それに、ユウ自身心の整理をする時間が欲しかったというのもある。


 用事についてだが、進捗はまあまあと言ったところ。目的は達成していないものの、目星をつけたある場所に向かっていた。

 そんな折に、それは起こった。


 考える間もなくユウは踵を返していた。元々今じゃなくても良いことだったので、その判断は早かった。

 しかし、ユウが戻るまでの間にも刻一刻と魔力は更に勢いを増えていく。はやる胸を押さえながら、ユウは先を急いだ。


 戻るとユウは驚いた。

 近くに寄ってみるとその異様さは際立つ。あれほど小さな若芽からいくつもの黄金の光の筋が生えている。異常だ。


 この世界の諸現象は地球でのそれらと大きく乖離している部分がある。

 その一つに植物の成長が挙げられる。適切な条件にあって、かつ魔力に恵まれていれば、目に見える速度で生長することさえあり得るのだ。あくまで適切な条件なら。

 ここら一帯は極相林も極相林で、正直に言えば木っ端な草本植物は林冠を席巻する陰樹にほぼすべての太陽光を奪われ、蹂躙されるほかない。


 そんな草本植物に過ぎない彼が、魔力の循環で成功を収め、現にありえない速度で成長を始めている。まばたきをする間に小ぶりな苗木程度のサイズにまで至っていた。


「そもそも太陽光は自分で動けない植物が最も簡単に入手できるエネルギーってだけで、他で代替しちゃいけないってわけじゃない」


 確かにユウはそう言った。だが、それは彼と共同作業で取り組む前提だと思ってのこと。今思えば失言だったかもしれない。


 太陽光エネルギーを満足に使えない彼が利用するものは......

 それに考えを巡らせるまでもなく、ユウは件の草に潜り込んでいった。


 そうしている間にも、葉が一つ、新しく生えた。

誤字報告や感想などあらば、ぜひ書いていってください。

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