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4.珍しく真面目で草

「魔力の感覚とかいう高度な話をする前に、もっと大事なことがある」


 むむむ。


「そもそも魔術というものは座学である以上に、実践の学問としての側面が大きい」


 むむむむむ。


「魔法の行使は健全な肉体の上にこそ成り立つとされている。だから、君には植物として体の感覚をつかんでもらう必要があるんだけど……、どうかな?」


 む、むむむ……。


「いや無理じゃあぁぁ!!」

「あ、やっぱり?」


 俺の声は虚しくこだました。




 この空間に来てからかれこれ1日は経ったように思う。不思議とお腹は空かなかったが、俺は光合成で栄養をパーフェクトに自給自足できているからと思い込むことにした。お外暗いけど、関係ない。植物万歳!


 さらに言ってしまえば、食事どころか睡眠すら一切とっていない。無理をしてるとかそういうのではなく、本当に必要がなかった。食欲が湧かないから食べない、眠気が来ないから寝ない。ただそれだけだったし、今も意識は問題なくはっきりしている。一方で、食べも寝もしないで1日過ごしたのだから恐ろしく暇だったかと言われれば、そんなこともなかったのである。


 では何をしていたか。

 その話をするためには少々話を戻す必要がある。



 あのとき、大体半日と少し前ぐらいか、ユウが言うには......


「魔力の循環をするためには、サポートありきとはいえ、君自身で感覚を掴んでおく必要がある。補助輪がついていたとして、ハンドルが明後日の方向に向いた自転車じゃ意味ないだろ?」


 とのことだった。


 というわけで、そこからしばらくは独力で感覚を掴む訓練をしたのだが、なしのつぶてであったことは言うまでもあるまい。


 そんな俺を見て、ああやっぱりと呟いたユウはこう続けた。


「実は裏でこっそり手助けしてたんだけど、分かった?......そうだよね。ごめん僕のノウハウは役に立たないみたい、あくまで人間用だし。だから、まずは植物の体の感覚を掴むところから始めるしかないね」


 これを受けた俺は石碑のユウ不思議な力を使っていたことを思い出し、それを活用すれば良いのではと提案した。

 が、ユウは顔を顰めるばかりで首を縦には振らなかった。


 曰く、ユウは元々人間だったときに掴んだ感覚を流用しているにすぎないらしい。あらら、残念。

 というかコイツの経歴気になるわぁ。まあ、もう突っ込まんけど。


 そういうわけで、他に方法もないからと今の今まで訓練を続けてきたが、結果はご存知の通り。植物の感覚とか言われてもちんぷんかんぷんだわ。


 そもそも俺ら人間をはじめとする動物と植物は体の構造の時点で根本から異なっている。真核生物という括りで見たら同じとか、動く動かないの差とか、そういう話をしているのではない。

 色々と違いはあるが、今回関係ある違いは3つぐらいか。


 1つ目、骨格の構造。

 言わなくても分かるかもしれないが、脊椎動物は骨の周りに肉やら筋肉やらがくっついて組織され、この肉と骨の塊を神経を介して脳が操作している。これに対して植物に骨というものはない。体内伝達物質があるという研究結果もあるらしいが、少なくとも神経もない。代わりに全身の細胞一粒一粒が細胞壁という固い物質でコーティングされており、これが全体として骨の役割を担っている。

 別に体を動かす時にこの全てを意識しながらやっているわけではないが、骨がないのは違和感でしかない。


 2つ目、神経の有無。

 さっきの内容と被るかもしれないが、これも相当デカい、というか決定的な要因と言えよう。そもそも一般人なら外界の様子を神経経由で脳にやってくる刺激から判断する。殺気とかを感じる第六感があるなら別だが、感覚というものは神経がある前提の話なのだ。神経の走っていない植物が何を感じるというのだ。光と重力ぐらいだわ、精々。


 最後に、死細胞の多寡だ。

 当然細胞にも生き死にはあり、死んだ細胞じゃ代謝も呼吸もできない。動物の体のほとんどは生きた細胞によって構成されている。角層などは死細胞で構成されていることで有名ではあるものの、不可欠でありながら生命活動そのものには関係ないと考えることもできよう。一方で、植物にとっての死細胞は特に重要な役割を担っている。植物の体内循環には水を運ぶ道管と水に溶けないものを運ぶ師管の2つが活躍する。そして、なんと前者は死細胞によって構成されている。樹木に関しては生きている細胞の方が少ない部位すらある。

 元は人間であった俺にとって、死んだ細胞が体の中にあるという感覚が信じがたいもの。


 そんなわけで、人間だったころの感覚が忘れられない俺にとって、独力で植物の体の感覚をつかむことはそもそも土台不可能だったのだ。


「だーから、サポートしてるってば。忘れないでよ」


 ユウが口を尖らせて、そう反論する。

 おっと、これは失敬。


 ともかく、このままがむしゃらにやっても埒が開かない。食事も睡眠も自分でやらなくて良いから時間に余裕があるとはいえ、それは時間を浪費して良いことにはならない。


 どこかの偉い人が言っていた言葉を思い出す。

 努力には量と質が重要で、どちらかが欠けてもいけない。それは全く意味のない徒労となってしまうのだ。


 俺の場合に置き換えて考えてみる、1日もやったのだから量がダメということはないので、質に問題があったとするべきであろう。


 現時点で何が問題かを洗い出してみようにも、それすら分からないから苦労しているのだ。


 今思えば俺には自分の現状を整理する暇すらなかったように思う。

 ここまでの経緯。

 植物への転生と俺の特異性。

 やらなければならないこと。

 植物の体の構造。


 こんなに色々なことが起こった。すぐに自分の中で落としどころを見つけられるようなやつの方がどうかしていると言える。


 よし、決めた!

 今一度、全てのことを整理してみよう。今は努力するターンでなく、考えを巡らすターンだ。これで勝呂が開なかったとしても、少なくとも努力の方向が改善するであろう。というか、そう信じるしかない。よし。


 そういえば先ほどからユウが静かだが、何かあったのだろうか。


「それにしても淀みが多すぎる。外で何が起こっているんだ」


 あ、喋った。

 まあ、何か問題があれば絶対茶々を入れてくるタチだということはよく分かったので、今は大丈夫ということだろう。


「君、少しの間ちょっと君を置いていかなければならないみたいだ。最低限の力は残しておくから、無茶はしないでおくれよ」

「おうよ、俺もこれから脳内作戦会議をすることにしたから、ユウのサポートもあんま要らないと思う。大丈夫だから、そっちの事情を優先してくれ」

「ありがとう」


 よく分からんままにうなずくと、頭の中の気配が消えていったように感じた。

 よし、向こうはなんか大変みたいだし俺も頑張るか。まずは、経緯から......


 てなわけで俺は頭の整理をすることにしたが、それはユウが帰ってくる数日後まで続くのであった。




 場所は変わって、ここはルナール村。

 人類の大半が住んでいる大陸、ヒューマニアの中東部を走る東ヒューマニア山脈の東端、グランルネのそのまた南麓にぽつんと佇む塊村である。

 グランルネの周辺は台地が広がっており、温暖であるものの水に乏しいためか本来集落は形成されにくい。しかし、ここ一帯にだけ地下水が湧出してできた水源が集中しており、例外的に村が形成されたのだ。

 そういった成因ゆえにルナール村は村民の食糧以上に作物を作る余裕があまりなく、これといった特産品も特にない。しがない農村といった雰囲気だ。

 では、雰囲気に似て寂れた村かと言われれば、そんなことはない。村は小規模ではあるものの、これはつまり集団内の結束が強まると言うこと。村民同士がお互いを認知しており、しがらみも特にない。気候に似て温かな人ばかりの村だ。

 そして、ユウにとっては紛れもなく第二の故郷であった。



 そんなルナール村を見下ろす位置に、ユウはいた。

 彼は懐かしそうに目を細めて、村を見下ろしている。


 さて、上空から見ると分かりやすいのだが、この村の様相は特徴的だ。村を囲う柵は二重で一番内側に住居があり、その周辺を農地が囲んでいる。そして、それら全てを囲むように浅い堀が設けられているのだ。

 

 ところでこの世界、当然のように魔物が出現する。特に東ヒューマニア山脈以東はその活発さが顕著だ。ルナール村は歴史的に外敵に悩まされてきた背景があるのだ。

 確かにルナール村の人は総じて温和だが、外敵に対してもそうとは限らない。この柵と堀は外敵に屈しない意志の現れとも言えよう。


 柔らかな風が運ぶ土の香り。

 村をはっきりと照らす太陽光。

 そして、変わらない村のスタンス。

 そのどれもがユウにとっては懐かしい。


 しかし、思い出の心地よさに浴している暇はない。


「あの魔力の淀みは本当に偶然だったのか?まさか、奴らの残党が?鎮圧したはずだけど......」


 その独り言に答えるものはいない。

 彼、彼の若芽は一番安全な場所に置いてきた。

 これはユウ自身で確かめなければならないこと。


 よし。

 そう言って、覚悟を決めたユウはルナール村に飛び込んでいく。


 しかし、どうしても一抹の不安を拭えずにいるのだった。

誤字報告や感想などあらば、ぜひ書いていってください。

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