29-2.進化したポーション(2)
クリフからプリベロの粉末を受け取り、シェリルは作業台の上に置く。足元には水瓶があり、中には清水が入っている。これは、きゅいの力が入っていないものだ。
「きゅい、水には触れないでね。離れた場所から力を注ぐのもダメ。いい?」
「きゅう」
不承不承といった感じだが、きゅいはひと鳴きして、首を縦に振った。
シェリルは笑顔でそれに頷くと、ポーション用の小瓶を手に取る。
「よし、いくわよ」
魔力を纏わせた手で水瓶に触れると、小瓶にちょうどいい量の水がふわりと浮き上がる。それはやがて、キラキラと輝きだした。
「きゅうぅ~~~っ」
きゅいが嬉しそうに声をあげ、水の動きをじっと見つめる。興奮したきゅいが触れてしまわないよう、側にはドリーが控えている。
最後に一際大きく光り輝いた水は、吸い込まれるようにポーションの瓶に収まった。
「きゅいっ、きゅきゅ~っ」
きゅいがその瓶に近付き、慣れた手つきで蓋をする。
「きゅいっ!」
「ありがとう、きゅい」
蓋をするだけでも、きゅいの力が多少なりとも加わる可能性がある。しかし、それもするなとは言えない。きゅいは、シェリルの真似や、手伝いがしたくてたまらないのだから。
シェリルはそのまま同じ作業を続けていく。出来上がったポーションはどんどん台の上に並べられ、きゅいとドリーがそれに蓋をしていった。
「きゅ!」
作業を続けていると、不意にきゅいが入口の方を見る。それに気付いたシェリルもドアに視線を遣ると、すかさずノックの音がした。
「シェリル、入っていいか?」
ネイトの声だ。
ノックする前に反応したところを見ると、きゅいはやはり人の気配を感じ取ることができるのだろう。
「大丈夫よ」
シェリルが返事をすると、ネイトが入ってくる。彼の姿を見るやいなや、きゅいが作業台の上からこちらに向かって駆けてきた。
「きゅい、待て!」
「きゅい~っ!」
ネイトが止めた甲斐もなく、きゅいは台の上に並んでいたポーションを蹴り倒してしまう。何本かは床に落ちて瓶が割れてしまい、中身が床を濡らした。
「ああああ~~~っ!」
「きゅーーーーーっ!」
「きゃああっ!」
一瞬にして、阿鼻叫喚の図が出来上がる。
シェリルが慌てて瓶の確保に努め、きゅいはあわあわと狼狽えている。そして、悲鳴はドリーのものだった。
「ドリー!」
ドリーは、シェリルと同じように瓶を守ろうとしたのだが、床に落ちた瓶につまづいて、転んでしまったのだ。
「きゅうっ!」
きゅいがドリーの身を案じて動いた途端──
「あああっ!」
かろうじて無事だった瓶がその振動で落ちて……それが、偶々蓋のされていないものだったが故に、中身がドリーにかかってしまった。
「ドリー、大丈夫!?」
「は、はい、大丈夫です……」
ポーションが髪や顔にかかり、雫が滴り落ちている。そんなドリーを見て、きゅいがドリーに飛びついた。
「きゅきゅきゅ~~~っ、きゅっ、きゅきゅきゅいっ、きゅうぅ~~~っ」
「大丈夫ですよ、きゅい様。ちょっと濡れてしまっただけなので、タオルで拭けばいいだけです。それに、怪我もしておりませんよ」
「きゅう~~~~っ」
きゅいはドリーの胸に顔を埋め、しきりに鳴いている。おそらく、ごめんなさいと何度も謝っているのだろう。ドリーは、そんなきゅいを慰めながら頭を撫でている。
「ったく、しょうがない奴だな」
「きゅう……」
「きゅい様は、ネイト殿下の顔が見れて嬉しかったのですよ。だから、一目散に殿下のところへ行こうとしたのですよね?」
「きゅ」
上目遣いでネイトを見上げるきゅいに、さすがのネイトも苦笑いを浮かべる。
その間にも、シェリルは数枚のタオルを持ってきて、ドリーに渡す。そして、シェリルもドリーの濡れてしまった部分を一緒に拭いた。
「申し訳ございません、シェリル様」
「いいのよ、このくらい。それに、きゅいが粗相をしてしまったから……」
「きゅう」
「いくら嬉しくても、周りをちゃんと見なくちゃダメよ、きゅい」
「きゅいぃ」
しきりに反省するきゅいに、シェリルも笑いながら頭を撫でる。
濡れてしまったドリーは、髪や顔は問題ないが、衣服については着替えた方がよさそうだった。タオルで拭いても布が水分を吸ってしまい、しっとりと肌に貼り付いている。
「私、急いで着替えてきますね」
「そうね、その方がいいわ。その間にここを片付けておくから」
ドリーがきゅいをシェリルに託し、調合室を出ようとすると、それをネイトが止めた。
「問題ない」
そう言って、ネイトは何か小声で呟き、手を動かす。すると、温かな風が吹き込んできて、それが瞬く間にドリーの服を乾かしてしまった。
「え!?」
「ネイト様! それは……風魔法ね?」
ネイトは笑みを浮かべ、そうだというように頷いた。
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