21-3.きゅいの成長(3)
「ネイト様、きゅいと、婚約とか結婚の話をしたのでは?」
ネイトがギクリとした顔をする。見事「当たり」のようだ。
「あいつ……何か言ったのか?」
「教えた覚えもないのに、婚約や結婚の意味を理解していたわ。それに、番なんて言葉も覚えて」
「あいつ……」
ネイトが呆れたように吐息する。
いったい、二人でどんな話をしたのだろう?
しかし、ただ普通に尋ねても教えてくれない気がした。なので、シェリルは揺さぶりをかけることにする。
「きゅいは、私と番になりたいんですって」
「なにっ!?」
面白いくらいに引っ掛かった。シェリルは、笑いを堪えながら続ける。
「私と結婚したいなんて、これじゃネイト様とライバルねって……」
その瞬間、ネイトに思い切り引き寄せられ、強い瞳で見据えられる。
燃えるような緋色の瞳に吸い込まれそうになり……いや、そんな生ぬるいものではない。……火傷しそうだ。
まさか、ここまで過剰な反応をするとは思わなかった。だって、相手は人間ではなく、聖獣、しかもまだ幼体であるのに。
「誰にも渡さない」
「……っ」
「シェリルは、俺のものだ」
好きな相手からでなければ、なんて傲慢な言葉。しかし、好きな相手からだと、なんて嬉しい言葉。
こんな束縛されるような言葉を喜ぶようになるなど、想像もしていなかった。
ネイトに抱きしめられ、シェリルは静かに目を閉じる。
いつからだろう? 心臓が暴れだしそうになるほどドキドキするようになったのは。そのくせ、側にいると安心する。そして、姿が見えないと淋しいなんて思うようになったのは。
知識としては知っていたが、実感する初めての気持ち。
シェリルは、そっとネイトを見上げる。
彼は、いつからシェリルを想ってくれていたのだろう?
最初は、貴族らしからぬ娘に興味を示しただけだったのだと思う。いや、面白がっていたのかもしれない。顔を合わせると、よく揶揄われた。
だが、ふと気付く。
どんなに揶揄われても、不思議と嫌な気持ちはしなかった。その場では怒ってみせても、本気ではなかったし、別れた後はどこかすっきりもしていた。彼は、口調はぞんざいだったが、シェリルを貶めるようなことは一切口にしなかった。
(お上品な口をきいていても、内容は人を傷つけるものだったりする。貴族なんて、ほとんどはそう。でも、ネイト様は口が悪くても、嫌なことは言ってこなかった。私のことを面白がっていたのは事実でしょうけど、同時に気遣ってもくれていた気がする)
ベリンダやカレンに嫌味を言われても、きつい雑用を押し付けられても、ネイトと話した後は、つい笑ってしまうほど心が晴れやかになった。
ネイトは、シェリル自身も自覚していなかった鬱屈した気持ちを、吐き出させてくれていたのかもしれない。
(そこまで考えてくれていたのかわからないけれど、この人が優しい心の持ち主であることは真実)
「そんなに見つめられると、我慢がきかなくなりそうだ」
「えっ」
ネイトの手がシェリルの頬に添えられる。親指で軽く撫でられ、シェリルはビクッと身体を震わせた。
「自分でわかっていないんだろうが……そういう顔は男を煽る。俺以外には絶対見せるなよ」
そんなことを言われても、シェリルは今、自分がどんな顔をしているのかわからない。
ネイトは吐息だけで笑い、再びシェリルのこめかみに口づけを落とした。
「シェリルと、シェリルの大切なものを守る。全てだ。あいつとも……そういう話をした」
シェリルは大きく目を見開き、ネイトを見つめる。
あいつとは、きゅいのことだ。いつの間にそんな話を──。
「まだ幼いが、あいつは聖獣だ。この世界に遣わされた聖女を守るために、あいつは生まれた。シェリルがきっとそうなのだろう。だが、シェリル自身は聖女に囚われる必要はない。やりたいことを、やりたいようにやればいい。それがきっと、世界のためになることだ。そのために、きゅいは生まれた。そして……俺もずっと側にいて、シェリルを守る」
自分の身は自分で守る。家訓どおり、そうする力はすでに持っている。
しかし、そういうことではなく──
「……はい」
恋した人にそう言ってもらえる幸せを、シェリルはしみじみと噛みしめていた。




