表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/129

06.そして、←今ココ

 そんなこんなで、忙しいなりに平和な日々を過ごしていたところ、世話をしていた漆黒の卵に異変が起きた。突然ガタゴトと動き出し、やがてあちこちにヒビが入る。

 シェリルとネイトは、穏やかな昼下がり、散歩をしていたところだった。


「え? 生まれる!?」

「みたいだな」


 こんなところで急に。


 シェリルは慌てるが、ネイトは落ち着いたものだ。

 慌てても仕方がない。手助けするのも良くないだろうということで、二人は卵が完全に割れるのを見守っていた。すると──


「きゅい!」


 というわけで、←今ココである。


「でん……じゃない、ネイト様、この子はドラゴン……よね?」


 我を忘れるほどパニックになると、どうしても「殿下」と言ってしまう。しかし、罰を与えると言われたことを思い出し、大慌てで言い直す。妙に色っぽい表情で髪に口づけられるなど、どんな罰だ。

 ネイトは苦笑しながら、シェリルの腕の中の生き物を指でつついた。


「ぎゅいっ!」


 抗議の声をあげるその生き物は、姿かたちからすると、ドラゴンに相違ない。


「ドラゴンだな。真っ白なドラゴンなんて、初めて見た」

「私はドラゴン自体、初めて……」


 魔物としてドラゴンは存在する。どす黒い血の色をしており、とんでもなく強いと言われている。倒すには、帝国レベルの大規模な軍隊が必要であり、もしクラーク王国にそれが現れたとしたら、いくら魔物討伐に秀でているターナー領の魔獣騎士団でさえ歯が立たないだろう。

 シェリルの腕の中にいるのは、そんなドラゴン。


「この仔……魔獣……じゃないよね?」

「シェリルはどう思う?」


 聞き返され、シェリルは戸惑う。

 卵を初めて見た瞬間から、これは悪いものではないと思った。色は黒いが、そこに禍々しさなどなく、むしろ美しいとさえ思った。

 そんな卵から産まれたのは、雪のように白い仔ドラゴン。……とても魔獣とは思えない。


「魔獣じゃないと思う」

「俺もそう思う」

「じゃあ……」


 シェリルは、仔ドラゴンをまじまじと見つめる。仔ドラゴンはそれが嬉しいのか、シェリルの胸にすり寄ってくる。可愛い。


「ドラゴンは、悪しきものか聖なるものかのどちらかだ。悪しきものじゃないとすれば、一択。こいつは聖獣だな」

「聖獣……」


 まさか、聖獣をこの目で見るとは思わなかった。

 聖獣は、ゴード神の使いと言われている。この世に聖獣が存在していたこともあるが、直近でも数百年前まで遡る。こうなると、もはや幻、おとぎ話のようなものだ。それなのに。


「嘘でしょ……」

「きゅい、きゅううううう~」


 嘘じゃないよ、ほんとだよ、とでも言いたげな顔。生まれたばかりだというのに、人の言葉を解するのだろうか。


「お前、きゅいしか言えないのか?」

「ぎゅううううっ!」

「それじゃ、お前は「きゅい」だな」

「ぎゅっ! ぎゅぎゅぎゅっ!」


 めちゃくちゃ反論している。もっとかっこいい名前にしろ、とでも言っているのだろうか。しかし──


「きゅいって、可愛いと思うんだけどな……。まさか、ネイト様がこんな名前をつけるとは思わなかった」


 シェリルが何気なくそう呟くと、なにっ!? というように、仔ドラゴンがシェリルを見上げた。そして、甘えるような声を出す。


「きゅう~、きゅうううう~」


 シェリルは思わず笑顔になり、仔ドラゴンに頬を寄せる。すると、仔ドラゴンはますます喜んで声をあげた。


「はい、そこまで」

「ぎゅっ!」

「ネイト様っ!」


 ネイトは猫にするように、仔ドラゴンをつまみ上げる。仔ドラゴンはじたばたと暴れるが、ネイトはものともしない。


「お前、シェリルにくっつきすぎ」

「ぎゅいっ!」

「ぎゅいぎゅい言うな。ぎゅいって呼ぶぞ?」

「ぎゅぎゅぎゅぎゅ~~~っ!」

「嫌だって言ってるし、ぎゅいよりきゅいの方が可愛い……」


 再び呟くシェリルに、仔ドラゴンがぐりんと彼女の方を向く。


「きゅいっ! きゅいぃ~っ!」


 シェリルには、「その名前がいい!」と言っているように聞こえた。なので、ネイトの手から仔ドラゴンを取り戻すと、その大きな目を見つめ、言い含める。


「よし! 今日からあなたは「きゅい」よ。よろしくね、きゅい!」

「きゅうううう!」


 ターナー領に、新しい住人(獣?)が加わった瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ