彼女ができました②
「それじゃぁ、ゼツ君はこれからも風俗店に通い続けるの?」
「もう行かないよ。これ以上ノエルに悲しい思いをさせたくない」
僕は不安そうに尋ねるノエルに即答した。
「……〈加護の欲求〉を我慢できるの?」
誰もが知る常識〈加護の欲求〉は食欲や性欲と同様で人間の自然の摂理である。
この欲求はレベルを上げたい、スキルを使たいという欲求と、己の加護を全うする責任を果たしたいという欲求、この二つ要素が入り混じっている。
「レベルは上げたいけど、それよりも僕はノエルと一緒にいたい。だから我慢できる」
「ゼツ君……」
彼女は悲しそうな顔で僕を見詰める。
僕のパッシブスキル〈無責任〉はやらなければならないことに責任を持てないスキルだ。 言い換えれば、やりたいことは好きなだけできる。
僕がやりたいのはノエルと冒険者を続けること。その思いが、己の加護への責任を放棄してくれる。
それにスキルは使えるから、レベルを上げたいという欲求だけ我慢できれば何とかなるはずだ。伝説では勇者ビッグベニスのレベルは300だった。僕のレベル296。もう十分じゃないか。
「ゼツ君、風俗通いを続けていいよ……。それで私がゼツ君を嫌いになることはないから。むしろその逆が心配なんだけど……、ゼツ君が離れていっちゃうんじゃないかって」
「風俗通いをすることはできない。僕は君を悲しませたくない。さっき『今日のことを思い出すたびに悲しくなる』って言ってたね。そんなこと思い出さないくらい君を幸せにしたい」
「私、期待してもいいの?」
「ああ、期待してくれ。 ノエル……、こんな酷いことをしておいて、お願いできる筋合いはないんだけど、僕は君が好きで、だからもし良かったら付き合って欲しい」
そう言うとノエルの瞳は一瞬キラリと輝き、また涙を浮かべた。
たくさん店をまわって色々な嬢と話し、平民には『付き合う』という習慣があることを知った。これは貴族の親同士が決める許嫁と似た制度で結婚への前段階、通過点になるそうだ。
僕はもう貴族ではないから、これからは自分で許嫁や妻を探さなければならない。
「……私、ゼツ君と一緒にいられれば奴隷でもいいと思っていたの。でも、ゼツ君が優しいからどんどん色んなことを期待しちゃって、欲が出て……。ゼツ君が他の女の子と仲良くしたら嫌な気持ちになったりして……。奴隷にそんな権利ないのに……。 けど、もっと期待してもいいって言ってくれるなら、私も…………、私もゼツ君と付き合いたい」
真っすぐ僕を見詰めるノエルの瞳には決意が宿っていた。
「じゃぁ今日から僕はノエルの彼氏で、ノエルは僕の彼女だ」
「うん!」
ノエルは微笑んだ。
「色んなことって、何を期待してたの?」
「そんな、大したことじゃないよぉ。漠然としてるし、まぁ色々かなぁ~」
と恥ずかしそうに彼女は言う。
「例えばぁ?」
「うーん、例えば……、冒険で白金貨5枚貯まったら家を買って。あっ、家は小さくていいの。ゼツ君と楽しく過ごせる場所が欲しいだけだから。二階建てで一階はリビングで二階は二部屋かなぁ。 それくらいの広さなら毎日の掃除も楽だしね。 それで子供は絶対に二人以上欲しくて。私一人っ子だったから。 二人以上ならゼツ君が欲しいだけ産むつもりだったの。それから料理も覚えたくて、だから台所が広い家は絶対だよねぇ。それとあとね…………」
それからノエルは暫く自分の構想を語っていた。
「へぇー、結構具体的だねぇ」
「え? そんなことないよぉ~」
こうして仲直りした僕達は手を繋ぎ宿屋への帰路を二人並んで歩み出した。
【アエロリット視点】時を同じくして
ペルシヤ王国、首都バビロニア。そこにある世界最古のダンジョン〈バビロンの塔〉の最上階。
無数の蛇が絡み付き、黒いゴスロリドレスを着た紫色の長い髪の少女、魔神アエロリットは透明な丸い水晶を覗きながらクツクツと笑う。その目は閉じられているが彼女には水晶に映るものが見えている。
アエロリットの横にはサラサラの黒髪ロングで赤い瞳をした冷たい表情の女が立っていた。
「落として、上げる、か。 主は女の扱いが上手いのう。クツクツクツ」
アエロリットがゼツにかけた〈神の隠蔽〉はこの水晶の中にゼツを隠す魔法でアエロリットは何時でもゼツを監視することができる。
「そうでしょうか?『落として』とは風俗店で女遊びをしていたことを仰っているなのら、私はいくら上げられてもこの殿方を信用することはできないです。それにこの殿方、私は生理的に無理です。女性を馬鹿にしています」
黒髪の女は冷たい口調で言う。
「ふん。小娘が言うようになったのう。そもそもお前は男嫌いじゃろう」
「ええ、そうですね。この方に限らず殿方は生理的に無理です。 ところで良かったのですが? 彼、レベル上げを放棄したように見受けましたが……」
「クツクツ、問題ない。主がレベル800になれば、アクティブスキルが解放され、奴が復活する。〈種分身―タカヒロ〉がな。 そうなれば主が望まなくともレベルは勝手に上がる」
「レ、レベル800ですか?」
黒髪の女は口元を手で押さえ、後ろへたじろぐ。
「魔王のお前でも驚くレベルじゃろう?」
「このレベルが上がる速さに既に驚いておりましたが……。 しかし現在のレベルは296です。800まで上げられるのですか?」
「クツクツ、それも問題ないわ。 このノエルという女がいるからのう。今日経験値を稼げなければ届かなんだが、296なら800は射程内よ。 例の仕掛けは不要じゃったのう……」
「あれはもう解除できません。このスクワードは火の海に飲まれるでしょう」
「それも一興じゃ。 クツクツクツ」
水晶を覗き込むアエロリットの思考は続く。
(この二人が番いになる。それは妾とって望ましい。 しかしこのゼツ。我が父ソロモンに似ている。不思議なものよのう。 クツクツクツ)
水晶の中では宿の部屋に入ったゼツとノエルが、きつく抱き合うと、舌を絡める激しいキスをして、服を脱ぎ、本番を始めだした。
アエロリットは慌てて水晶を暗くし、見えなくする。
「ご覧になられないのですか?」
「……濡れるからのう」
「そうですか…………」
少し気まずい雰囲気になったが、魔神と魔王の会話は続く。
次回からはダンジョンです。そろそろ勇者も登場します。




