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裏道イタリアン



 -------------時刻は17:00。


 30分後からのディナーの仕込みが終わり、店内で一息ついている時、店のドアが開いた。


 「申し訳ありません。 ディナーは30分後・・・あ。」


 「こんにちは。 ちゃんと洗って返しにきました。 どーも。 『ブス』です」


 ドアの方に目を向けると、そこには機嫌のよろしくない千秋が立っていた。


 「はいよ」

 

 千秋がオレに近付いてきて、洗った容器が入っていると思われる紙袋を乱暴にオレに押し付けた。


 『ブス』と言われた事を根に持っているらしい。


 てゆーか、先に悪態ついてきたの、そっちじゃねーか。


 「じゃあ、これで」


 ぷりぷりしっぱなしの千秋が早々に店を出て行こうとした。


 感想の一言くらいあっても良かろうに。


 「美味かったろ?? ティラミスもババロアも」


 帰ろうとする千秋を呼び止める様に話しかけると、


 「・・・足りなかった」


 千秋は立ち止まり、唇を尖らせながら振り向いた。


 「・・・あ??」


 イヤイヤイヤ、足りなくないだろ。 間違いなく2コずつ入れただろ。 


 「美味しかったさ。 とてつもなく美味しかったさ。 でも、両方ともあっという間に口の中で溶けてなくなっちゃうんだもん!!」


 へそを曲げ続けている千秋は、何故かドルチェにまで腹を立てた。


 でもそれは、文句の様な褒め言葉。


 千秋、もういい加減怒るの辞めればいいのに。


 あ、オレが『ブス』を撤回すればいいのか。


 「・・・でも、流山先生が凄く喜んでた。  ありがとう」


 『ブス』とこき落としたオレにお礼を言うのが悔しいのか、千秋は『ありがとう』と言った後に小さく『くぅー』と唸った。


 そして、


 「もう少しでディナーですよね?? ワタシ、帰ります」


 今度こそ家に変えろと、千秋がドアノブを握った。


 千秋が帰る前に『ブス』を撤回しておいた方がいいかな。 あの時は千秋がイラっとして、つい悪口言ってしまっただけで、別に本心じゃないし。 まぁ、だからって千秋の事を美人だとも思ってないけど。


 「・・・オマエは『ブス』じゃないよ」


 「・・・え??」


 千秋が驚いて、なんなら顔をちょっと赤らめてオレの顔を見たりするから、


 「・・・愛くるしい『ブス』だ」


 どうして良いのか分からなくなって、自分でもどうしてこんな事を言ったのか分からない余計な一言を付け加えてしまった。

 

 「・・・だったらいちいち言い直さんでいいわ!! ボケ!!」


 赤らめた顔を、怒りで更に赤くした千秋が、ブチキレながら店を出て行ってしまった。


 「・・・千秋が急に変なリアクションするからだろうが」


 千秋が出て行ったドアに向かって言い訳をする。


 


 「・・・ちょっとドキっとしたやんけ。 ばーか」






 -------------あれからパッタリ千秋が来なくなってしまった。


 代わりに流山先生が週3位の頻度で来る様になった。


 この前はディナーの予約を入れてくれて、家族全員で来てくれた。


 流山先生の奥様もウチの店を気に入ってくれた様で、奥様会の予約を入れてくれた。


 流山先生の息子さんも、彼女を連れて来てくれた。


 それもこれも、千秋が流山先生を連れて来てくれたおかげ。


 千秋が来たら、今度こそ『ブス』ではなくてお礼を言いたい。


 ・・・てゆーか、ただ千秋と話したい。


 アイツと喋るの、なんか楽しかったから。




 「今日も来ないっスネー。 千秋ちゃん」


 タケが窓の外を眺めながら、道行く人の流れの中に千秋を探した。


 「アイツ、一応漫画家だし、そうそう出歩かねぇだろ。 タケ、昼休憩入っていいよ」


 「うぇーい」


 タケに休憩の指示を出すと、タケは『千秋ちゃん来ないとつまんないなー』と言って、もう一度窓の外を確認してから休憩室に入って行った。


 今日も有難い事に客の入りは上々。


 でも、千秋の特等席は空いたまま。


 『ふぅ』と溜息なのか深呼吸なのか分からない、若干深めの息を吐くと、現時点の売上を確認しようとレジに向かった。


 キャッシャーを開け、お札を数えながら、何となくオレも窓の外に目をやる。


 「・・・ん??」


 思わず顔を窓に近付けると、自分の鼻息で窓ガラスが白く曇ってしまった。


 クロスで窓ガラスを拭き、再度目を凝らす。


 目に飛び込んできたのは、全力疾走している女の姿。


 ドスドスドスドス。


 無駄な動きが多すぎる、その走り。


 その女が勢いよく店のドアを開け、中に入って来た。


 「今日の日替わりパスタって何!?」


 息を切らせながらも、恐ろしくハイテンションな千秋だった。


 「・・・小松菜とベーコンのコンソメパスタ」


 振り切れてテンションの高い千秋に戸惑い、『いらっしゃいませ』と言うのも忘れる。


 「ひゅー。 美味しそ!! じゃあ、日替わりパスタを1つお願いしまーす」


 千秋はオレの案内も待たずに、ズカズカ『特等席』へ歩いて行き、勝手に座った。


 何なんだ、千秋のこのテンションは。


 『ひゅー』っつったよ、この女。


 とりあえず水とグラスを用意して千秋の席に行くと、千秋がニッコニコな笑顔でオレを見た。


 イヤ、違う。 『ニヤニヤ』だ。


 「白木氏、白木氏」


 「・・・何??」


 千秋があまりに気持ち悪いので、冷めた視線で返事をする。


 そんなオレの引き具合などお構いなしに、千秋は自分の鞄から雑誌を取り出すと、1発で開けるようにする為であろう、ポストイットを貼り付けていたページに手をかけた。


 「じゃーん!! 今日発売の『溺れる人妻』第1話でーす!!」


 千秋が勢いよく開いたページを、即座に閉じてやった。

 「テメェ、ヒトの店でなんつーモン開いてんだよ!! しかも、声デカイんだよ!!」


 『じゃーん!!』じゃねぇだろ!! ばかやろう!!


 「イヤイヤイヤ、この前ここでワタシの絵見ながら散々バカにしてたじゃん」


 「あん時はお客さん少なかったからだろ!! 今日はおかげさまで大繁盛なんだよ!!」


 「・・・何だよ。 じゃあ、いいよ。  早くパスタ持って来てよ」


 不貞腐れた千秋が、残念そうに鞄に雑誌をしまおうとした。


 「・・・よこせ」


 千秋の前に手を出し、上下にパタパタさせた。


 本当は見て欲しいんだろうが。


 「もういいです。  早くパスタ持って来て下さい」


 臍を曲げた千秋は、ほっぺたを膨らませながらそっぽを向いた。


 あー。 めんどくさいパターンだ。


 女は拗ね出すとタチが悪い。


 「よこしなさい」


 少々強引に雑誌を奪い取り、後ろから見られぬ様、背中を壁にピッタリつけて、『溺れる人妻』のページを開いた。


 アレ?? 千秋の名前が載ってない。


 画:篠田 冬馬。


 ・・・誰。


 「『篠田』って誰??」


 「あぁ。 青年誌で描く時はその名前にしようと思って。 同じ名前だと、少女誌で描くにも青年誌で描くにも、変なイメージついちゃいそうだから」


 千秋に『かっこいい名前でしょ??』と同意を求められたが、顔と名前がかけ離れすぎていて、 全然しっくりこない。


 「それより、どお?? どお?!」


 さっきまでしょぼくれていたくせに、身を乗り出して感想を聞きたがる千秋。


 やっぱり千秋は絵が上手い。


 漫画家なんだから上手いのは当然なのかもしれないが、それにしても綺麗で、素人目から見ても丁寧に描かれている事が分かる。 それに・・・。


 「・・・エッロ」


 「へへっ」


 オレの素直な感想に、千秋が嬉しそうに笑った。


 「『エロい』は今のワタシにとって最大の褒め言葉。 流山先生も褒めてくれたんだ?」


 千秋がオレに1番に見せたわけではない事を知って、謎にガッカリ。


 でも屈託無く笑う千秋が子どもみたいに可愛く見えて、頭を撫でたくなった。


 ・・・って、千秋の頭、撫でてしまっているではないか、オレ!!


 「・・・お??」


 千秋がオレを見上げる。


 「よ・・・よく出来ました??」


 自分の行動が理解出来ない為、発する言葉も疑問系。


 「あ、どうも」


 千秋が、首を傾げながらとりあえずのお礼を口にした。


 そりゃ、千秋もリアクション取れなくて当然だ。


 「・・・じゃあな」


 引き際が分からなくて『じゃあな』などと言ったはいいが、行く所はキッチンで、パスタが出来ていれば1分もしないうちに千秋の席に戻る事になる。


 え?? オレってこんなに馬鹿だったっけ??


 キッチンに戻ると、タイミング良くパスタが出来上がった。


 オレにとっては良いタイミングとは言えないが。


 パスタを持って千秋の席に向かうと、千秋がせっせとケータイを弄っていた。


 「お待たせしました」


 仕事かな??と思い、気を遣ってそっとパスタをテーブルに置いて、静かに席を離れる事に。


 イヤ、嘘です。 さっきの自分が恥ずかし過ぎて、さっさと捌けたかっただけです。 なのに、


 「白木氏、来週の水曜日のディナーって、まだ予約取れる??」


 千秋がオレを呼び止めた。


 『ディナーは高くて食べれない』と言って1度も来た事ないくせに、何なんだ、千秋。


 「・・・水曜日だし、空いてるんじゃね??」


 「じゃあ、19:00に3人でお願いします」


 『水曜、19時に予約取れましたーっと』と言いながら、携帯にメッセージを打ち込み、誰かに送信する千秋。


 仕事の関係者と来るのだろうか??


 ・・・経費で落とす気か??


 「コースどうする??」


 「5・・・イヤ、7・・・奮発しよう!! 10,000円コースで!!」


 千秋がぎゅうっと両目を瞑り、1番高いコースをオーダーした。


 支払いは千秋がするらしい。 だったら・・・。


 「7,000円コースでも、充分豪華だぞ??」


 相当無理をしている様に見える千秋に、1つ下のコースを提案。


 「イヤ、10,000円コースで。 折角田舎から親が来るって言ってるんだから、ケチケチしたくない」


 それでも千秋はコースを変えなかった。


 仕事関係じゃなくて、両親と食事なのか・・・。


 千秋、割と見栄っ張りだな。 まぁ、親想いとも言うか。


 「・・・しかし、急にどうしたんだろう」


 千秋がフォークをくるくる回してパスタを巻き上げながら首を傾げた。


 田舎の親が、娘に理由を言わず上京って・・・。


 千秋お得意の、よく漫画でお目にかかるアレじゃね??


 『見合い話』じゃね??


 ・・・千秋が見合い。


 そしたら田舎帰っちゃうのかな??


 漫画は田舎でも描けるしな。


 「あー!! やばい!! ハズレないなー。 うーまー!!」


 千秋が目の前で、今日も幸せそうにパスタを食っている。


 もう、千秋がパスタを食いに来る事もなくなってしまうのか??





 -------------モヤモヤしたまま水曜日を迎えた。


 立ち聞きなんて趣味が悪すぎると分かってはいたがやっぱり気になるオレは、今日の客入りはまずまずだというのに、キッチンには入らずにホールに出る事にした。


 19:00。


 篠崎一家ご来店。


 頑固そうな父親と、優しそうな母親に挟まれた千秋は何だか嬉しそうだった。


 きっと、家族に会うの久々だったのだろう。


 そんな3人を席に案内し、コース料理を順番に運ぶ。


 何度往復し、聞き耳を立てていても、見合いの話は出てこない。


 至って和やか。


 千秋が自慢気に『ここ、何食べても美味しいでしょ??』と鼻を鳴らせば、『ホントねー。 幸せー』と千秋の母親が微笑む横で、父親の方は無言ではあるが、頷きながら黙黙と食べている。


 千秋の両親は、本当に何の理由もなくただ娘に会いに来たようだ。


 親だもんな。 娘には理由なく会いたいもんだよな。


 ラストのドルチェを食べ終え、


 「ワタシ、お会計してくる」


 千秋が立ち上がった時だった。


 「オマエは篠崎千秋だよな?? 篠田冬馬じゃないよな??」


 千秋の父親が厳しい表情で口を開いた。


 娘に会いにくる理由は、しっかりあったのだ。


 「・・・・・・」


 千秋が無言で見つめ返す。


 「取り敢えず、座りなさい」


 と千秋の腕を引っ張り、千秋を椅子に戻す千秋の母親。


 「オマエはあんな下品な漫画は描かないよな??」


 千秋の父親の口ぶりから、おそらく千秋は自分の両親にエロ漫画を連載している事を話していない様fだった。


 千秋は青年誌に漫画を描く時は、名前も変えていたが、絵の描き方も少し変えている。


 でも、親にそれが分からないわけがない。


 ずっと千秋の絵を見てきたのだろうから。


 「・・・下品って、何それ。 あの雑誌に載ってる漫画の作家さん達が、みんなどんだけ一生懸命描いてると思ってるの?? 今のは許せない。 撤回して」


 千秋は瞬きさえもせず、父親を睨みつけた。


 「じゃあ、何で名前を変えた?? 何でお父さんにもお母さんにも言わなかった?? 下品だと分かっていたからだろう?? 恥だと自覚していたからだろう??」


 千秋の父親は声を荒げることはしないが、確実に怒りを放っていた。


 「・・・お父さんが、嫌がると思った」


 さっきまで睨みを効かせていた千秋が俯き、悲しそうに弱々しく呟く。


 「だったら今すぐ辞めなさい。 代わりの漫画家はいくらでもいるだろう」


 「・・・辞めない」


 下を向いたままの千秋は、父親の話に首を縦に振らず、テーブルの下でスカートをグっと握り締めていた。


 「オマエがこんな漫画を描いている事が近所に知れたら、恥ずかしい思いをするのは家族の方なんだぞ!!」


 自分の言う事を聞き入れない千秋に苛立ちを抑えられなくなった千秋の父親が、遂に大きな声を出した。


 驚いた他の客の視線が、千秋の席に注がれる。


 それに気付いた千秋の父親が咳払いをし、呼吸を整えた。


 千秋の父親の気持ちは理解出来る。


 千秋だって分かってるはず。


 千秋が譲れない気持ちも理解出来る。


 でも、千秋の父親には千秋の気持ちが分らない。


 千秋があの漫画を描く事に悩んでいた事、苦労していた事を、彼は知らない。


 「・・・芽も出ない。 結婚もしない。 挙句、コレか・・・。 向かいの家の園子ちゃんは、オマエと同い年なのに、結婚して立派に3人も子ども育てているというのに」


 溜息を吐きながら、漫画とは関係のない『結婚』を引き合いに出して千秋を追い込む千秋の父親。


 「・・・ごめん」


 千秋が更に深く頭を下げた。


 ・・・何で謝ってんの?? 千秋。


 何でちゃんと言わないんだよ。


 努力してたじゃん。 頑張ってたじゃん。


 千秋に、腹が立った。



 「もう少しだけ、頑張らせて下さい」


 頭を下げ続けて父親に懇願する千秋。


 「周りに迷惑をかけながらシゴトをする事に、オマエは抵抗がないのか?!」


 再び大きな声を出しては我に返り、周りを気にする千秋の父親。


 千秋の父親はきっと、とても真面目に生きてきた人で、だから世間体がすごく気になってしまうタイプなのだろう。


 「・・・ワタシには才能がない。 だから、努力するしかない。 やりたいシゴトをするには、遠回りしなきゃ出来ないの。 もう少しだけ目を瞑って下さい。 お願いします」


 千秋がテーブルに頭が付きそうなくらいに首を折り曲げた。


 「・・・・・・」


 千秋の父親が、複雑な表情で千秋を見つめる。


 千秋の気持ちは伝わっただろうか??


 「・・・帰ろう、母さん」


 千秋の父親がジャケットの胸ポケットから財布を取り出し、そこから10,000円札を3枚抜き取るとテーブルに置いて立ち上がった。


 「今日はワタシが「そんなシゴトで稼いだお金で飯など食いたくない!!」


 テーブルに置かれたお金を父親に返そうとする千秋の手を振り払うと、千秋の父親は店の外に出て行ってしまった。


 千秋の気持ちは、父親に伝わらなかった。


 「お父さん!!」


 千秋の母親が後を追おうと立ち上がる。


 そんな母親の鞄に、千秋が30,000円をねじ込んだ。


 「行って、お母さん」


 そう言うと、オレにチェックの合図をする千秋。


 千秋は、困った顔で店を後にする母親を横目で確認すると、泣きそうな顔をしながらクレジットカードをオレに手渡した。


 「・・・オイ」


 「騒がしくしてスミマセン」


 「オイ」

 

 「美味しかったです。 ご馳走様でした」


 「オイ」


 「あ、1回払いで」


 「オイって」


 「もう、何なんですか?!!」


 涙目の千秋が少しイラついた様子でオレを見上げた。


 「『行って、お母さん』」


 「はぁ?! 今、ワタシの真似ですか?! 全然似てないんですけど!!」


 完全に馬鹿にしたオレの言い方に、千秋激怒。


 でもオレの態度云々より、そもそも千秋が悪い。


 「行くぞ、千秋」


 千秋の手首を掴んで店を出た。


 「何、何!?」


 『痛い!! 痛い!!』とたいして痛くもないくせに、大袈裟に騒ぐ千秋。


 「いちいち騒ぐな、うるせーな!! 何でちゃんと親を説得しないんだよ!!」


 「白木氏に関係ないでしょ!!」


 オレの手を振り解こうと千秋が暴れる。


 確かにオレは何の関係もない。


 オレ、こんなに出しゃばりだったかな。


 関係ないけど、首突っ込んでやる。


 だって、面白いから(笑)




 千秋の両親が少し前を歩いている。


 2人に追いつこうと千秋の手をぐいぐい引っ張るが、明らかに行きたくなさそうな千秋は、イラつく程にチンタラ歩きやがる。


 「さっさと歩けよ、短足が。 なんなら走れよ、鈍足が」


 「韻踏むなよ、ラッパー気取りかよ」


 「足短いよりましじゃ、ボケ」


 「ラッパーに謝れよ、韻の踏み方がダサいんだよ」


 千秋がくだらない口喧嘩で時間稼ぎをしようとしている。


 面白いから、うっかり乗っかってしまったではないか。


 つーかコイツ、敬語辞めやがった。


 あ、オレもか。


 てゆーかオレ、気短い方なんだよ。


 「腕、引き千切られたくなかったら走れ」


 いつまでもタラタラ歩く千秋の手首を握ったまま走り出してやった。


 「肩、はずれる!! 腕は商売道具なんだよ!!  やめろや!!」


 オレに引きずられながら、お菓子を買ってもらえない子どもの様に駄々をこねては大暴れする千秋。


 「売れてから言え!!  3流!!」


 そんな千秋の抵抗など、完全に無視。


 「腕千切られたら売れるモンすら描けなくなるだろうが!! そんな事も分からんのか!? パスタと一緒に脳みそまで茹で上げたんか?!」


 腕を引っ張られながら走る千秋は、足を縺れさせながら悪口三昧。

  

 言い訳ばかりしてきた人間というのは、口が達者で困る。


 漫画ばかり描いて運動して来なかった人間は、身体が動かなくて参る。


 つまり、コイツまじでしょーもない。


 「うるさいわ!!」


 後方から迫り来る喧しいオレらに気付いた千秋の父親が、立ち止まって振り向いた。


 「あ・・・」


 思わずオレらの足も止まる。


 「ホラ、千秋」


 肘で千秋を小突くと、千秋は『フイッ』と目線を逸らした。


 はぁ?! 千秋、はぁ?! コドモか、コイツ。


 「あの・・・」


 「キミ、誰。」


 仕方なく千秋の代わりに話出そうとした途端、千秋の父親に出鼻を挫かれた。


 「あ・・・失礼しました。 ワタクシ、先程お食事して頂きましたレストランの・・・「あ、ウェイターの」


 千秋の父親は、オレが名乗る前にオレの事を思い出し、言葉を被せてきた。 ・・・が、


 「・・・オーナーです」


 一応オレはあの店のトップなわけで。


 「あ、そうでしたか。  ・・・で??」


 ただ、千秋の父親にとっては、そんな事はどうでも良い事で。


 まぁ、そうなりますよね。 オレ、全く関係のない人間だし。


 「あの・・・。 『篠田冬馬』の絵を見て、どう思いました??」


 あんなに一生懸命描いた千秋の絵を、千秋の父親は本当に『下品』としか思わなかったのだろうか??


 「・・・・・・」


 無関係のオレの質問に、千秋の父親は答えてくれない。


 「娘さん、あの絵を描くのにとても苦労されてたんですよ。 決して描きたいわけではない、描いたこともない絵を描くのに、色んな人にアドバイスもらいながら、一生懸命描いてました。 ワタシは、手抜きのない、すごく良い作品だと思います」


 千秋の父親が何も話してくれない為、自分の意見を熱弁。


 そんなオレの隣で、千秋が目を見開いてオレを見上げていた。

 あ、うっかり千秋褒めてしまった。


 コイツ、調子に乗ったらどうしてくれよう。


 ゲンコツだな、ゲンコツ。


 「・・・ワタシは親ですよ?? 娘が描いた絵を見て、頑張ったかそうでないかなど一目で分かる。 ただ・・・あんな卑猥な絵を描く必要があるのか??」


 千秋の父親の言葉に、千秋の顔がまたも曇った。


 「・・・まぁ、エロいですよね」


 「エロ過ぎるだろう!!」


 「フッ」


 オレの言葉に反応した千秋の父親に、思わず笑ってしまった。


 してやったり。


 見事に誘導成功。 引っ掛かったし、千秋の父。


 「『エロい』は今の娘さんにとって、最高の褒め言葉だそうですよ」


 『ニッ』と笑ってやると、千秋の父親の隣にいた母親が『フフッ』と笑った。


 「いじわるね、白木さん。 お父さんだって自分の大事な娘の絵は褒めたいし、沢山の人に見てほしいのよ。 でも、今回は絵が絵だから、見てほしいのに見てほしくなくて、モヤモヤしてるのよ」


 「ちがうわ!! 母さん、余計な事言うんじゃない!!」


 笑う千秋の母親の隣で、父親の方は焦ったように怒っている。


 千秋の父親は亭主関白に見えるけど、実際は奥さんの掌で転がされている様だ。


 「なんか、オマエん家いいな」


 微笑ましく千秋の両親のやり取りを眺めていると、


 「また褒めた。 白木氏って、人をけなす事しか出来ない人だと思ってた」


 と、千秋がまたこれでもかと目を見開いてオレを見た。


 ・・・コイツめ。 ゲンコツ決定だな。


 「・・・ところで、白木さんとウチの娘って・・・」


 千秋の母親が、ニヤニヤしながらオレたちを見た。


 おそらく、千秋とオレが付き合っていると勘違いしているのだろう。


 「オレらは・・・「ダメだ!!  こんなろくに挨拶も出来ん男はダメだ!!」


 千秋の母親の思い違いを正そうとした時、何も始まっていない千秋との交際を、千秋の父親に大反対され、強く否定された。


 開口一番に挨拶しなかったオレも悪いが、そっちだって、オレが挨拶しかけた時に遮ったじゃねぇか。 

 

 何となく納得のいっていないオレの様子に気付いたのか、

 

 「ごめんなさいね、白木さん。 お父さんこそ余計な事言わないで下さいよ!!」


 千秋の母親は、オレに困った顔を向けながら謝ると、千秋の父親を叱った。


 「挨拶は大事だろうが!!」


 が、千秋の父親は自分の嫁にまで当たり散らす。


 「お父さんがそんな事ばっかり言ってるから、この子にいつまでたっても彼氏が出来ないのよ!!」


 そんな千秋の父親を、『千秋に男が出来ないのはお父さんのせいよ!!』と言わんばかりに千秋の母親が責めた。


 千秋の両親の言い合いにより、千秋に長い事彼氏がいない事が発覚。


 「・・・可哀想に。 全然モテないんだな、オマエ。 ずっとひとりかよ」


 半笑いになりながら千秋の方を見ると、


 「いちいち親に報告しなかっただけですー!! いましたー!! 山ほど彼氏いましたー!!」


 千秋が、聞かされる方が何だか悲しくなる様なホラを吹いた。


 「何が『山ほど』だよ。 カルデラだろ、どうせ。 切ない見栄を張るな、嘘吐きが」


 「嘘じゃないもん!! ホントだもん!!」


 しっかり嘘を見破っているというのに、千秋は認めようとしない。


 コイツ、ムキになって言い返しながら恥ずかしくならないのだろうか。


 「世の中にブス専の男はそんなにいない。 故に、千秋に男が山ほど集るわけがない。 したがって、千秋の話は大嘘」


 そんな千秋にトドメを刺すと、


 「~~~~~おかーさーん!!」


 言い返せなくなった千秋が、自分の母親の元へ泣きつこうと駆け出した。


 「じゃあ、ワタシたち本当に帰りますので。 心配しなくても、私たちは娘の事を1番応援してますから」


 が、千秋が辿り着く前に、千秋の母親はオレにニッコリ笑いかけながら会釈をすると、何か納得のいっていない様子の千秋の父親を引っ張りながら歩き出してしまった。


 「あの!! 今度改めて挨拶しに行きますから」


 千秋の両親の背中に向かって声を掛けると、


 「待ってます」


 千秋の母親が振り向き、嬉しそうに笑った。


 「じゃあね」


 千秋の母親が微笑みながら軽く手を振ると、


 「またね、気をつけてね」


 母親に縋る事を断念した千秋が手を振り返した。


 ちょうど良く近くに停車していたタクシーに乗り込む千秋の両親を、2人で見送った後、


 「・・・オイコラ。 何で自分で親を説得しようとしなかったんだ。 オレにさせやがって」


 「イヤイヤイヤ、頼んでませんよね?? 白木氏が勝手にしゃしゃったんですよね??」


 千秋との喧嘩再開。


 「『しゃしゃった』?!」


 『どの口が言っているんだ?!』と、思わず千秋の顎を鷲掴む。


 まじでゲンコツだな、この女。


 「だってそうじゃん!! で、謎に『挨拶に行く』宣言」


 顎を押さえつけられながら、それでも千秋は口を閉じない。


 コイツ・・・。 本当に可愛げねーな。


 そして、確かに謎に『挨拶に行く』って言ったな、言ったわ、オレ。


 「だって、あー言わなきゃオレ、挨拶出来ない奴みたいだったやんけ!!」


 「そんな理由で余計な事言わないで頂きたいわ。 お父さん、絶対『いつ来るんだ??』とか言って来るっつーの」


 千秋は黙らないどころか、御礼も言わずに文句ばっかり垂れやがる。


 「ちゃんと行くわ、ボケ!!  有言実行じゃ、クソが!!」


 何となく後には引けないし、そもそも引く気もない。


 「何て挨拶すんの??  『友達です』って程仲良くないし」


 「・・・・・・」


 千秋のツッコミに、返事が出来なかった。


 千秋の言う通り。


 オレは自分を何と名乗ればいいんだ。


 折角だから・・・。


 「・・・彼氏です。 ・・・とか??」


 「何の為に嘘吐くの」


 千秋の速攻の返しが地味に傷つく。


 オレ、割と今までモテてた人生を送ってきたと言うのに。


 「何コレ。 オレ、薄っすら千秋ごときに振られてんの??」


 何か、納得いかないんですけど。


 イヤ、全然納得出来ん!!


 「振ってないよ。 そもそも告られてない。 つか、何??  『千秋ごとき』て」


 不服そうに口を尖らせる千秋。


 千秋はオレの悪口が引っかかる様だけど、そんな事より何、今の言い方。


 『だったらちゃんと告れよ』的な。


 千秋のくせに。 モテたことないくせに。


 「・・・千秋さぁ、まさかオレに告って欲しいの??」


 自分でも、嫌な言い方だなぁと思う。


 でも、モテないくせにオレに告白させようとする千秋に、ちょっと意地悪をしたくなった。


 不思議な事に、千秋を怒らせて喧嘩をするのが、何故かちょっと楽しいんだ。


 「・・・はぁ?!  調子のんなよ」


 千秋が顔を赤くして怒る。


 図星を射られて恥ずかしいのか、本当にキレているのかは分からない。


 「帰る!! ・・・今日は色々すいませんでした。 あと、『しゃしゃって』とか言ったのもごめんなさい。 本当は嬉しかったです。 自分じゃ、ちゃんと親を説得出来る自信がなかったから。 それと、今日も全部美味しかったです。 ご馳走様でした。 ありがとうございました。 じゃあ!!」


 千秋は言いたい事を一気に言うと、オレにペコっと頭を下げ、身体の向きを変えた。


 顔を赤くしたのはきっと、恥ずかしい上に怒ったからだ。


 千秋は本当に分かり易い。


 「なぁ、千秋。 オレ、千秋といると楽しいわ」


 既に歩き出していた千秋に話し掛ける。 


 「・・・・・・」


 千秋が立ち止まってオレの方を向いた。


 「ウチの料理、美味しいって言ってくれるのも嬉しいし、千秋の漫画も何気に好きだし」


 「・・・・・・」


 千秋が無言で期待いっぱいの眼差しをオレに向ける。


 やだなー。 千秋の思うツボかよ。


 でもなー。 今っぽいもんなー。 タイミング的に。


 「『彼氏』って名乗って挨拶しに行っていい??」




 「ダメ。」


 


 「・・・は?!!」


 千秋に振られるなんて思ってもいなかった為、驚きの余り裏返った変な声が出た。


 ・・・振りやがった。 この女、オレを振りやがった。


 「はぁ?! 何、オレの事振ってんの?!」


 振られてまさかの逆ギレ。


 痛いな、オレ。


 「だって、ワタシの名前『千秋』じゃないし」


 千秋がオレに白い眼を向ける。


 ・・・ん?? どういう事??


 え?? そっち??


 「もっと早く言えよ。 『冬馬』」


 「本気なの?? ボケなの?? バカなの?! 本名で漫画描いてる人なんてあんまりいないから。 本名は・・・って、ワタシも白木氏の下の名前知らないし」


 散々オレの事を罵っておいて、自分だってオレの名前を知らない始末な千秋。


 確かにオレ、千秋に下の名前呼ばれた事ないわ。


 つか、本名使わないとか漫画家あるある知らんがな。


 「フッ」


 思わず笑ってしまった。


 オレらは、お互いの事を何にも知らない。


 歳も、名前も、電話番号も。


 身体をかがめて、千秋の耳元に顔を寄せた。




 「じゃあ、今夜ベッドで教えてあげる」





 目を血走らせた千秋がオレを見上げた時だった。


 

 どっかーん!!



 爆発音に近い雷が鳴ったと思ったら、ゲリラ豪雨。


 何このタイミング。


 一瞬にして2人共びしょ濡れ。


 「あぁ!! 何なんだよ!! 店戻るぞ!!」


 千秋の手を取ると、


 「いいよ、もう帰るから」


 千秋が・・・違う、コイツは千秋じゃなかった。 めんどくせーな、誰だよ、コイツ。


 名前も分からん目の前の女が、オレの手を払って帰ろうとした。


 「家どこだよ?! 風邪ひくぞ」


 「M町」


 女の言うM町は、徒歩では到底帰れない。


 「オマエ、そんなずぶ濡れで電車乗る勇気あんのかよ」


 「・・・・・・がんばる」


 女はどうしても家に帰りたいらしく、よく分からない頑張りを見せだした。


 がんばるって何だよ、このバカ女。


 今じゃねーだろ、頑張り時。


 他で頑張れよ、それこそ漫画とか!!


 「他の乗客の迷惑じゃ、アホ。 タオル貸すから、取り敢えず来い!!」


 再度女の手を掴む。


 「・・・まじで今日・・・ベッド・・・??」


 なかなか歩こうとしない女。


 何、嫌なワケ?? オレとそんなに寝たくないの??


 「・・・まぁ、見せらんないわなぁ。 なんかオマエ、だらしない身体してそうだし」


 何度もこの女に振られてたまるかと、さも女側に問題があるかの様な言い方をしてやった。




 「・・・・・・ムカつくなぁ。 ・・・・・・違うんだよ。 下着の上下が」


 ボソボソと小さな声で言い訳をする女。


 あぁ、確かに女の事情だな。


 ・・・つーか、ヤリたいんかい、コイツ。


 まぁ、こっちもそのつもりでしたけど。


 「・・・ちょっと待ってろ」


 この女に時間くれてやろうかな。


 走って店へ帰り、タオルとアパートの鍵を持って、通勤用MYチャリで女の元へ戻った。


 海坊主の様な姿になった女は、雨を少しでも避けようとしたのか、近くにあった街路樹の下にいた。


 が、暴風の為、街路樹の葉っぱは飛ばされ、全く雨宿り出来ていない。


 コントかよ。 やっぱりコイツは面白い。


 そして、雨に濡れた洋服からベージュと言うより、ラクダ色に近い何とも言えない色の下着が透け出している。


 コイツ、気抜き過ぎだろ。


 そもそも、どうしてその色を買ったんだよ。 良いと思って買ったんだよな??


 いちいちウケる。 

 

 「どうせまた濡れるけど、取り敢えず拭いとけ」


 女に近づきタオルを渡すと、あまりに濡れ過ぎていてどこを拭けばいいのか分からない様子の女は、取り敢えず持っていた鞄を拭きはじめた。


 そっち?!・・・まぁ、いいけどさ。


 その間に、オレより遥かに足の短い女の為にチャリのサドルを下げてやった。


 「よし、これ乗ってオレん家行け。  風呂入ってオレのTシャツ適当に着てろ。 あ、しっかりムダ毛の処理もしとけよ」


 「・・・くっ」


 女が羞恥の余り、オレを睨んだ。


 ・・・やっぱり、ムダ毛の処理甘かったんだな。


 「じゃあオレ、シゴト戻るから」


 「うん」


 チャリに跨り走り出した女を確認して、オレも走って店に向かった。


 ・・・確かロッカーに着替えがあったはず・・・。


 ・・・ん??


 オレのチャリに乗った女が、オレの横を素通りしたかと思えば、目の前でブレーキをかけた。





 「・・・・・・白木氏ん家、どこ?!!」








 オレたちは、お互いの事を全然知らない。



 だから今夜、ベッドの上で自己紹介をしよう。









 雨の日に、キミと一瞬に創るエロ。


 

 おしまい。

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