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A/Rights 変質した世界で  作者: 千果空北
第二章:茨の道と血濡れの足跡
89/119

Ⅵ-2



 追い付いた!


 山道を走るクロは視界の端で二台の箱型車の姿を捉える。福岡南部から大分西部――この辺りは軍の空白作戦で民間人の立ち入りが禁止されている区域で、部隊も一切展開されていない。無許可で立ち入った住民の可能性も捨てきれないが、早朝にそこまで考慮する必要はない。


「紅緒、先行しろ」


 クロはハンドサインで後ろに座った紅緒に飛び上がるように指示を出す。山に沿って敷設された道路は曲りくねり、夜闇の助けもあって余程警戒していなければ後方から接近する車の存在など気付けない。


 だがクロにしてみれば、気付いて貰わなければ困るのだ。


 紅緒はコートの背中に無理矢理開けた専用の穴から翅を取り出し飛び上がる。クロは追い越していく紅緒の姿を確認するとエンジンを唸らせ、二台の車との差を早急に詰める。静かな山道に響く爆音に気付かない筈もなく、二台の片割れが露骨に速度を落とし始めた。


 そして、後部ドアが開く。


 小銃を構えた二人の男が動く車内からクロのバイクに狙いを付ける。小銃の先端で銃火が煌めき、バイクごとクロを撃ち抜こうと弾丸が迫る。だがクロは減速とハンドル捌きでその掃射を躱す。


「下手糞!」

「ギャハハ、訓練通りにも出来ねーのか!」


 車内の罵倒と嘲笑が風に乗って聞こえ、――――


「ちょっとお邪魔するの」


 紅緒が後部ドアから侵入した途端、銃で狙いを付けていた男たちの軽口は途切れ、絶句する。


 紅緒が侵入して数秒、車内から次々に男たちが投げ出される。計四人、その内三人は紅緒に立ち向かい、執拗かつ簡潔に痛めつけられた後に車から投げ出され、最後の一人は車内に残った運転手を見捨てて自ら飛び出した。小銃があるとは言え車内では取り回しが利かず、権利者と正面切って戦うよりは生存率の高いと踏んで敢て飛び出したのだ。


 決死の覚悟で飛び出しはしたが、その程度では逃げられない。


 車から飛び出し二転三転し始めたばかりの男は、後方から詰め寄ったクロに右手一本でベルト辺りを掴まれ、軽々と拾い上げられた。唖然とした男は即座に反撃しようと拳銃に手を伸ばすが、クロが右腕を少し下げただけで男の身体がアスファルトを跳ね、拳銃を取り落としてしまう。


「あ、ああ、ああああああああ!!!!」


 ガリガリガリと男の体とアスファルトが擦れる。腰周辺をクロに掴まれて地面と向い合わされた男は両腕で素肌を剥き出しにした顔面を覆った。その身代わりとして差し出した腕や防ぎようのない膝といった突起した部位は、頑丈な迷彩服で覆われている。


 だがそれも、数秒しか持たない。


 道路(アスファルト)は、目の粗い巨大な(やすり)だ。その鑢に接触した腕や膝の衣服は虚しく削られ、ほんの一瞬だけ肌色を晒して赤に染まる。痛みに耐え兼ねた絶叫も、今はもう聞こえない。コールタールのように黒いアスファルトの上に、血のペンキで一本の線が描かれる。最初は細かった血の痕は次第に太くなり、紅緒が乗り込んだ車が全力で逃げれば逃げる程に、男の体から血は失われていく。


 パンッ、パンッ! と車内から銃声が聞こえ、それに合わせるようにして紅緒が車から飛び出してくる。くるりと空中で体勢を整えた紅緒は、迷わずクロの後ろに着地する。


「権利者はいなかったの」

「運転手は?」

「撃って来たから逃げたの」

「…………」


 紅緒は立ち上がった姿勢のままクロの肩に手を置いて前を眺める。クロは掴んでいた男を持ち上げ、紅緒に手渡す。


「こいつを使え。タイミングは任せる」

「使えって……どうするの?」

「想像力だ。相手が一番困る方法を考え、実行しろ。それが突破口を開く基本だ」


 エンジンを唸らせ、バイクはぐんぐんと速度を上げる。紅緒はクロに言われた通りに少し考え、男を抱えたまま翅を震わせ飛び立つ。今のクロと紅緒は銃やナイフどころか棒切れ一本持っていない。もし生身で対峙したなら、相手が銃を持っていようと二人は身体能力で圧倒できる。けれど生身でない相手には――車の中にいる相手には、手出し出来ないのだ。最初のように相手を誘い出して急襲を仕掛ければ別だが、もう相手は乗ってこない。


 そう、普通は乗ってこないのだ。


 鋼鉄の塊に追いついたクロは、ぎりぎりサイドミラーに映る位置でバイクを並走させる。


 運転席に座った男は隣を走るクロに気付いている。それでもしっかりとハンドルを握り前だけを見据えているのは、薄暗く見通しの悪い夜明け前という時間帯と険しい地形の所為である。下手に手を出して運転を疎かにすれば、崖下に真っ逆さまだ。


 故に男は隣のバイクを無視して運転に集中する。積んでいた戦闘員は全て振り落とされたが、小回りは利くがバランスの悪いバイクとのカーチェイスは悪くない。少しでも車体を寄せれば、それだけで相手は倒れてしまうのだ。クロが乗る常識外れの巨大なバイクを目にすればバランス云々が間違いであると気付けるが、不幸にも男は時折ミラー越しに見える姿しか知らなかった。


 クロも並走しながら運転手の冷静さに感心する。


 紅緒に対してそうしたように、運転手は並走するクロを疎み、必ず拳銃で牽制をいれると思っていたのだ。だが相手は自身の優勢を理解して誘いには乗らない。厄介で、堅実な相手だ。


 だからこそ、使える方法もある。


 コンコン、とクロはドアをノックするような気軽さで車の窓を叩く。異様な行動ではあるが分かり易く、非常に乗らせ易い『挑発』だ。薄暗い中での運転と並走するクロの存在は想像よりずっとストレスであり、クロは『挑発』はそのフラストレーションが満ちた袋に小さな穴を開けたに過ぎない。


 クロの『挑発』に乗った男は、時は来たと思い知らされ、全力でハンドルを切る。


 箱型車と大型バイクの斜体がぶつかり、バイクは大きくバランスを崩す。男はガードレールに押し付けようと車体を更に寄せるが、接触する寸前にクロはバイクを『加速』させて逃げ出す。車はガードレールに車体を擦りつけるが、落ちる寸前の所で立て直す。


「惜しいな」


 一転して前方に躍り出たクロは左手一本でハンドルを支え、体を捻って運転席の男と向い合う。一歩間違えれば谷底に真っ逆さまの危険な山道で、車より遥かに安定性に欠けるバイクを駆るクロは前を見ていない。


 自殺行為――普段ならそう切り捨てる所であったが、『挑発』を掛けられ心の平静を失った男の目線では、煽っている風にしか見えなかった。


 事実クロは男を煽っていたが、行動その物は自殺行為とは程遠い。踏み外せば転落必死の道から既に抜け出し、今は木々の生い茂る林道を進んでいる。ガードレールの類は消えたが、それは何倍も危険が少ないからだ。そして何より、クロは一度、シロを助手席、ケイジを後部座席に乗せてこの道を通ったことがある。ゆったりとした速度で周囲の状況を余さず脳裏に焼き付けていたクロにしてみれば、目を瞑っても運転出来る道である。


 ファック! だの、サノバビッチ! だのを叫んでいるのだと口の動きで分かるが、当然クロまで声は届かない。それより運転席から見えない場所――屋根に立つ紅緒を見て、クロはほくそ笑む。


 煽りなどではない、自然にこぼれた微笑みだ。


 紅緒はクロの渡したモノの使い方を理解し、今まさに仕掛けるタイミングを計っている。想像力――相手が一番嫌がることを、紅緒は実行しようとしているのだ。


 クロは姿勢を戻し、バイクを『加速』させて車を引き離しにかかる。


 常識を超えた急『加速』を目にした運転席の男は、離されまいと反射的にアクセルを踏み込み――突如フロントガラスに現れた仲間の死体に驚き、全力でブレーキを踏む。慣性が紅緒を吹き飛ばし、急ブレーキに慌てた車はアスファルトを滑り外れ、木の一つにその鋼鉄の体を叩き付けた。車体が歪み、フロントガラスが盛大に砕ける。真っ白なエアバックが車内に広がり、四枚の翅を煌めかせた紅緒が傍に降りていく様子が遠ざかっていく。


 先行していたクロは旋回して事故現場に戻る。


 車から薄らと煙は上がっていたが現在主流の電気自動車らしく、ガソリン車のように爆発炎上はしそうになかった。クロは事故車の傍にバイクを停めると紅緒に近寄る。紅緒はゴムボールを咥えて飼い主に駆け寄る子犬のような瞳でクロを待っていた。ただ一つ違いがあるとするならば、紅緒が手に入れたのはゴムボールではなく事故車から引きずり出した運転手である点だけだ。


「ご主人、こいつどうするの?」


 紅緒はジタバタと抵抗する男に馬乗りになり、その顔面に一発二発と拳を叩き込みながらクロに尋ねる。『羽化』で甲殻化した拳は硬く鋭く、たった数回の拳の出し入れで返り血に染まり、僅かに残った反抗の意思を打ち砕いた。


「殺す必要もない。ケイジさんに回収させればいい。連絡をしろ」

「分かったの」


 クロの言葉に頷いた紅緒は、男の襟首を掴み持ち上げてその首筋にがぶりと噛みつく。怪訝な目を向けるクロを余所に、紅緒は数秒それを続ける。口を離したその時には、紅緒を押し返そうとしていた男の腕は力なく投げ出され、瞳孔は縮み瞼や手足は微かに痙攣していた。


「……神経毒か」


 クロは倒れた男の様子を眺めながら、以前紅緒が口にした言葉を思い出す。


「アセチなんとかって毒なの。痙攣眩暈……そんな症状が出るらしいの」

「そんな危ないモノを俺に飲ませたのか」


「別に危なくないの」と紅緒はむくれるが、クロの思考は既に別の場所に飛んでいた。九州で戦った時の紅緒――女王であった時の紅緒が、本気で戦っていたなら、万全の状態で戦えていたなら……、そう思うとゾッとする。翅を利用した飛行と拳銃弾程度なら物ともしない肌の甲殻化、強化型特有の怪力、――そして神経毒まで。


 戦闘に関してだけなら、きっと自分を凌ぐポテンシャルを秘めている。


「紅緒、これを使え」


 だからこそ、一つの戦闘スタイルに固執してはいけない。


 男の装備品であるナイフでシートベルトを切り、それで伸びた男を拘束し終えたクロは車から取り出した一丁の小銃、そして二本のマガジンを手渡す。


「銃? 私、素手で戦った方が強いの」

「状況次第だ。十分に距離を取った相手でも、俺たちなら問題なく詰め寄れる。しかし遮蔽物があり、弾幕を張られたら一気に状況は厳しくなる」


 クロは紅緒の硬いおでこを手の甲でコンコンと叩き、「何発も銃弾を浴びると、流石のお前でも無傷とはいかないだろう?」と言い聞かせる。


「分かったの。……でも、私は銃なんて撃ったことが無いの」

「簡単だ。ここで単発オートセミオートの切り替えをして、後は引き金を絞るだけだ」


 クロは簡単な説明を紅緒に行う。銃火器の類は――威力や装弾数は別として――取扱いと言う点だけに置いては、ここ十数年あまり進歩していない。生体認証装置を着ける試みも一時期活発になったが、戦場での取り扱いのし辛さ――主に故障により銃火器を登録者であるにも拘わらず扱えなくなる事案の頻発、そしてコスト高を原因にその試みは頓挫してしまった。


「基本的な操作方法さえ覚えれば十歳の子供でも扱える。反動もお前なら問題ない。小銃は紛争国の少年兵も装備している程に取り扱い易く、信頼性が高い武器だ。弾が当たるかどうかは、また別だが」

「少年兵は国際法で禁止されているの」

「例えだ。妙な所で絡むな」


 紅緒はクロの説明通りに銃を構え、実際に引き金を絞る。小銃はダダダッと弾を吐き出し、紅緒の体を揺らす。狙っていた木には当たらず、弾丸は深く暗い森に吸い込まれて消えていった。


「結構難しいの」

「すぐに慣れる。それより乗れ、紅緒。もう一台を追い掛けるぞ」


 クロはバイクに跨り、紅緒を後ろに乗せる。頭の中で地図を確認し、いざ出発しようという段になって、クロの背中に手を回す紅緒が声を掛ける。


「ご主人、橙堂少尉から伝言なの」

「なんだ?」

「生きて帰れ、なの」


 その伝言にクロは何も返さず、バイクを発進させる。


 ここから先が危険なのは、言われなくても知っている。


 何かしらの『魔法権利』が張り巡らされ、猛烈な眠気を掻き立てる一角。軍も恐れて踏み込もうとせず、航空写真ではAFですら起き上がる意志を奪われ、そこから抜け出せていない。かつてシロとケイジ、三峰の四人で駆け抜けた『催眠』の街――それが、敵組織の拠点、シロと情報部の二人が拘留されているであろう場所である。


 そこを抜ける算段を、クロは抜かりなく用意していた。



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