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A/Rights 変質した世界で  作者: 千果空北
第一章:彼と彼女らの馴れ初め
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Ⅴ-2



「……何故、俺たちが邪魔をすると思う?」


 自分たちの敵も同じAFなのに、とのニュアンスを込めてクロが尋ねる。


「既に一回、邪魔されたからだよ。身に覚えがあるよね?」

「ああ、意図してやったことだ」

「……一応、理由を聞いていい?」


 クロと之江の問答は少しずつ険悪な雰囲気を醸し始める。


「偶然、俺たちの警戒網に触れたからだ。そして消耗を避けるため戦わずに追い払った」

「……追い払ったのは、僕の獲物だったんだけど」

「AF相手に単独で消耗戦――先のない無謀な戦い方だ」


 図星を指摘され咄嗟に言い返せず、之江は眉間に皺を寄せ反論の言葉を手探りで選ぶ。だがそれより早く、クロは続きを言い放つ。


「俺たちと来ないか? 単独なら無謀な消耗戦も、複数なら有利な殲滅戦に変わる」


 半ば感情的になって反論を飛ばそうとしていた之江にとって、クロから差し伸べられた手は拍子抜けするものであり、また久しぶりに味わう人間的な感覚でもあった。


 ここ数日間、之江は単独でAFと戦ってきた。銃を持った軍人たちや稀に現れる権利者たち。『円熟』によって後付けされた直感が、彼らに付いて行っても未来はないと告げていたのだ。


 だが、目の前にいる彼らは違う。


 薄らと心に浮かんでくる感覚と先ほどの自分の振舞、その双方で揺れる之江は選択に悩み、結果として一つの提案を口にする。


「クロ、僕と勝負しよう」


 その唐突な挑戦に事の推移を見守っていたシロが異を唱えようとする。だがクロがそれを制し、之江の挑戦を受ける。


「勝敗は背中を地面につけた方が負け。お互い大怪我させない程度に加減出来るのなら、『魔法権利』の使用はアリ」


 公平を期すためにクロは自身の『魔法権利』を伝えようとするが、之江に拒否される。


「クロが勝ったら僕はクロの言うことなら何でも聞く。僕が勝ったら一緒に行くけど好き勝手にやらせてもらう。勝っても負けても僕にはメリットがあるんだから、多少のハンディは我慢するよ」


 自信満々に宣言する之江に、傍で見守るケイジはその無謀さに呆れ、シロは之江の出した条件に静かな怒りを燃やす。勝っても負けても之江はこちらに同行してクロに付き纏う可能性は十分にある。之江を連れていくこと自体はクロの提案であり筋も通っている為に文句は言わないが、やはりシロにとって面白い状況ではない。


「分かった。シロ、開始の合図を頼む」


 ただ、クロの頼みを無下に断る理由もないので、渋々と懐から一枚のコインを取り出し二人に見せつける。


「じゃ、やるわよ」


 キンッと金属が爪に当たる音が響き、宙を舞う数秒を経て地面に落ち、再び軽い金属音が両者の間に響き渡る。


「…………」

「…………」


 しかし開始したにも関わらず、クロと之江は距離を取ったまま動かずにいた。


 ”背中が地面に付いたら負け”と、その条件を達成する方法は多くはない。投げるか押し倒すか……、簡潔に言えばその二択になる。反面体格差のある之江には、柔術的な動作でクロを投げるしかない。力らでは勝てない。現にクロは的確に顎を襲った拳を難なく耐えている。


「……どうしたの? じっとしてないで僕をエスコートしてよ」


 体格差がある以上、相手の力を利用するしかない之江は挑発を口にする。ただクロの持つ『挑発』の『魔法権利』のような効果はなく、之江の挑発は行動の誘発には繋がらない。


「クロー、そんな小娘パパッとやっちゃってよ!」


 しかし外部からの野次には弱いらしく、クロは構えもせず一歩ずつ距離を詰める。



 そして、『加速』を使って一瞬で背後に回り込んだ。



「――――ちょっ!!」


 それもただ速度頼りに回り込んだのではなく、しっかりと緩急とフェイントを仕込んだ行動の結果である。正面で向き合った状態から目で追える速度で右から左へと視線を誘導し、最後は反応を許さない急加速で右側から回り込む。


「勝負あったな」


 背後を取ったクロは反撃する間も与えず、之江の両腋に手を入れ親が子供にするように持ち上げる。背後を取って尚も組み伏せなかったのは、一度その動作を見ている之江の対抗策を事前に無意味にする為である。


「まだだよ!」


 虚を突かれ劣勢に追い込まれたとはいえ、之江は諦めてはいなかった。両足で器用に背後のクロを掴み体を密着させ、逆に膠着状態を作り出す。背中が地面に付いた方が負けという勝敗条件である以上、今の状態を維持したままだとクロは之江に勝つことが出来なくなってしまった。


 クロの思考に一瞬、『挑発』の存在が過り即座に払い除ける。この戦いはルール無用の殺し合いではない。便利だからといって『挑発』を使い続ければ、そう遠くない日に自分は別人に変わってしまう。そんな予感が、頻りに胸を打っているのだ。


 そしてその一瞬の逡巡を――逡巡により招いた力加減の変化を、当然之江は見逃したりはしない。


 掴まれた腋のことなど気にもせず両手を自分の後頭部に回し、クロの視界を塞ぐ。急に変わった視界に注意を引かれた隙に之江はクロの体を掴んでいた足を離し、腹部を蹴り拘束から逃れる。


 そして着地するや否やクロ含めた三人に感心する間も与えず、再びクロに密着する。


「つっかまーえた!」


 クロは僅か十数センチの場所に現れた、満面の笑みを浮かべた之江の顔に驚き、そして困惑する。この距離ではクロが少し前に力を掛けるだけで之江は簡単に押し倒されてしまう。どのような意図でこの距離まで詰めてきたのか、クロはそれを理解することが出来ずにいた。


 だが、そんなクロの疑問は自身の体勢と共に崩れ去る。


 気づけばクロの左足は遥か前方に蹴り出され、それを之江の右足が追っていた。


 之江の動作は傍から見ても完璧であった。事前に悟られないよう体を密着させ、前方に力を掛けられるより先にクロの左脹脛を蹴り、前方に蹴り出された左足の勢いと自身の体重を使ってクロの体を押し倒す。


「――――貰ったッ!」


 半ば勝利宣言のような言葉を口にしつつも之江の行動に油断はなく、寧ろ詰将棋の如く僅かな負け筋を消し去るためにクロの左手を追っていた。そしてそれを苦も無く掴み取ると、後は勝利の余韻に浸るだけ――と、クロに自身の体を預ける。


「…………え?」


 だが数瞬後に訪れる筈だった勝利は訪れず、之江の視界には地表から僅かに浮かび上がったクロの体だけで映っていた。


「詰めが甘い」


 何が起こったのかを理解するより先に、クロの言葉と反撃が届く。


 之江の誤算は、クロが『魔法権利』だけに頼らず肉体を鍛え抜いていたことであった。


 クロは之江に蹴り上げられた左足で地面を蹴ると同時に、自身と之江――服飾を含めるなら更に増えるが――合わせて約百三十キロの重量を支えた右腕に力を籠め、体を反転させる。


「あっ……」


 当然、之江に掴まれた左腕で今度は之江を逃がさないように掴んだまま……。




 決着の直後、之江の正面にはクロの顔があり、お互いが健闘を讃える言葉を発するより先に、クロの体が横から掻っ攫われる。


「まっ、待てシロ――――!」

「クロは女子高生が好きなの? 女子高生に抱き着かれて、AF相手にも滅多に見せない隙を作っちゃうくらい女子高生が好きなの……?」


 ギリギリとヘッドロックを極めるシロ。涙を浮かべつつ抵抗するも拘束は振り解けず、結果されるがままになっている。之江は起き上がり、そんなクロとシロに向けて一言添える。


「また押し倒してね。僕、いつでもいいから」

「…………」

「痛い痛い痛いシロ、痛いって!」


 シロの顔は引き攣り、クロは焦りと痛みで顔を歪める。既にスキンシップの域を超えたそれにクロは本気で痛みを訴え始めるが、シロ本人や煽った之江も止め時を失っていた。


「それ以上はやめとけ」


 それ故、ケイジの制止はまさに助け舟であった。シロのヘッドロックから解放されたクロはぜぇぜぇと呼吸を整えながら、誰とも視線を合わせようとしない。


 度を越えた悪ふざけの謝罪や心配を含んだシロや之江の呼びかけにも一切応えようとはせずに、クロは下を向いている。この場では、唯一ケイジだけがクロに同情の視線を向けていた。


 クロは、その無表情とは相反して他人の機微に疎くはない。それに対して言葉や行動に起こすかは別問題として、持ち前の注意深さや経験則を活かせる能力を備えていることから、寧ろ他人の機微には敏感であるとも言える。


 今回のシロの行動の意図は理解出来るし、事実今まで何度も女性絡みで似たような体験を重ね、その度にシロから折檻を受けてきた。クロは必要以上に他意を持って女性に接することはせず、シロもそれを理解しているからこそ折檻は嫉妬の延長でしかなく、嫉妬の延長でしかないと知っていた為、クロもそれを甘受してきた。


 だからこそ、自身の認識の変遷に戸惑っている。


 理不尽への耐性が減ったのか、今は怒りに似た苛立ちを感じている。


 尤も客観的な視点を持つ人物ならば十中八九、クロのそんな感情は正当であると背中を押してくれる。例外がいるとするなら、過去の自分とクロを深く知るシロだけである。そしてその例外こそが、クロを黙らせる主因であった。


「やっぱり怒ってるよ、僕なら絶対口利かないもん」

「悪いことは言わないから、意地張ってないで謝っとけ」


 クロが黙って自身の変化を追っている間に、すっかりと打ち解けた之江を加えた三人は反省会を行い、辿り着いた結論がそれであるらしい。


「ごめん、クロ! …………やっぱり怒ってる?」


 二人に促され謝罪を口にするシロの額に、クロはコツンと拳を当てる。


「何故俺がシロに憤りを感じる? そんなこと、あり得ない」


 クロの言葉はシロたちを安心させ、誰もそれが反語的表現でなく本気の疑問であることに気付くことはなかった。


 仮に気づいたとしても、クロ含めて誰も答えを見つけることは出来ないだろう。


 それだけクロとシロの関係は複雑なもので、解きほぐすにはあまりに時間が経ちすぎていたのだから……。






そういえば昨日「渇き。」を見てきました


どうやったら、あんなぶっ飛んだ内容が思いつくんでしょうかね

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