Ⅴ-1 戦闘狂の釣り針
Ⅴ.戦闘狂の釣り針
車の前に立ち塞がっていたのは、活発な少年の雰囲気を纏いつつも女性特有の柔らかさを持った一人の少女であった。くるりとした大きな瞳には活力が籠り、短く大雑把に切り揃えられた黒髪は所々に赤が混じり、暗く濃い紫色が活発な雰囲気に一抹の影を落としていた。
そして不気味さを混ぜ込んで尚、少女は人を惹きつけるだけの魅力を備えていた。
「降りて来い、この馬鹿野郎!」
そして美少女の口から飛び出した第一声は、これである。
「降りるのは俺一人でいい」
言葉に釣られ反射的にドアに手を伸ばしたシロを、クロが止める。そして封の開いていない水のボトルと使い捨てタオルを手に車から降りる。
「ああ、そうだ。俺が危なくなったら遠慮なく目的地に向かって逃げてくれ」
言いたいことを言い終えたクロは、返事も待たずにドアを閉める。シロはその身勝手さに頬を膨らませ、ケイジはそんな二人を見ることもせず地図を熱心に眺め、頭を悩ましていた。
クロは苛立つ女子高生の都合など気にせず、飽く迄ゆっくりと余裕を持って歩く。
「待たせたな。馬鹿野郎が降りてきたぞ」
その謙り驕慢とも取れる口調、無駄に余裕のある仕草に対し、少女は対話といった温い過程を一足で飛び越えて直接的な行動へと移る。
具体的には、拳が飛んできた。
クロと対面する女子高生の身長は150cmの前半で身長差は30cm近くもあり、頬へのビンタは届かない。他の定番――殴り易い腹などを警戒しつつも、所詮は女子高生の拳と高を括っていた。そんなクロに対し――――
「あんた、僕を舐めてんのか!」
とても素人のモノとは思えない拳が、的確に顎へと突き刺さる。
意識を揺らされつつも目の下に『魔法権利』発動時の印を確認したクロは、揺れる意識など微塵も気にせず、握った水やタオルを離し即座に反撃に移る。
「って、ぬわ――っ!」
クロは顎を打ち宙を彷徨ったままの相手の拳を掴み、意識と体を力の限り引き寄せバランスを奪う。そして一瞬の動揺を見逃さず足を払い組み伏せる。
「舐めてはいない、気のせいだ」
組み伏せるのは形だけで、特に圧力を掛けることもせずに解放する。容易に制圧されてしまったためか、女子高生は俯せたまま動かない。
「…………」
強く頭を打った可能性なども考慮して、クロは一抹の不安を感じつつ女子高生の体を俯せから仰向けにとひっくり返す。ムスッとした仏頂面が現れるが、そんな不機嫌など気にせずクロは水を拾い上げ、宣告もなせずに女子高生の顔に掛け始める。
「ちょ、やめっ! うわぁっぷ!」
降り注ぐ水を手で防ぐが完全に遮ることなど出来ず、その顔は見る見るうちに濡れてしまう。そして水が止まると体を起こして口に入り込んだ水を「ぺっ、ぺっ」と吐き捨て、間髪を容れずにクロに食らいつく。
「あんた、いきなり何すんだよ!」
今度はクロの体捌きを恐れ、野良猫が毛を逆立てるように警戒して寄り付こうとはしない。そんな様子を少し可笑しく思いつつも、無表情のままクロは手を前に差し出す。
「こちらに敵意はない。まずは顔を拭け」
差し出された手の先には使い捨てのタオルが握られている。そしてそれが自分に向けられた一種の好意であると理解すると警戒を弱め、素直にタオルを受け取って顔を拭き始めた。
「ふぅ……、久しぶりに生きた心地がするよ」
顔や腕などを順に拭いていくと、使い捨てタオルは元の白さを完全に失い赤黒く染まっていた。どうやら体の汚れと共にクロに対する怒りも拭き取ったらしく、その顔は年相応の少女のものへと戻っていた。
「いきなり殴ってごめん。僕は紫条之江、之江でいいよ」
「俺はクロ、車にツレが三人いる」
「クロって渾名? 本名はなんていうの?」
クロの何が気に入ったのか、之江は質問を重ねていく。年上の人間に実直さを気に入られることはあっても、不愛想なため年下に懐かれることがないクロには、この年下の少女のあしらい方が分からなかった。
救いを求めて振り向くが、そこにはフロントガラス越しでも分かるほど不機嫌な顔付きをしたシロと上の窓から身を乗り出し野次馬に徹するケイジがいた。
之江も二人を吟味するように眺めていたが、小さなくしゃみでそれを中断する。
「すまない、いきなり水を掛けたのは悪手だった」
「らいじょうぶ、くしゅっ! …………たぶん」
鼻を啜りながら答えるが、傍目からだとそうは見えなかった。まだ昼だとはいえ、ここ数日姿を見せていた太陽が今は雲に隠れ、冷たい秋風が地表に残った熱気を奪っていく。更に之江の制服も随所が裂け肌を露出させ、顔に注がれた水は髪や肩辺りを大きく濡らしていた。
くぐもり声で大丈夫と答えた後も連続でくしゃみをするクロは、流石に罪悪感に駆られ対応を講じる。
「これ、着るか?」
急場凌ぎで思いついた対応が、自分が着ていた皮のジャケットを手渡すことだった。困惑しつつも受け取る之江は、その手に収まったそれに思わず驚愕の声を上げる。
「うわっ、重たい!」
外見は普通のジャケットだが『加速』に耐えられるように改良を施した特別仕様で、その重量は女子高生の手に余るほどだ。
「…………それに凄く汚い」
之江はジャケットを大きく広げ、点々と付着する汚れに顔を顰める。クロもそれに対し引け目を感じ何かを言おうとしたが、それより早く背後から手が伸びる。
「汚いのが嫌ならクロに返せばいいでしょ!」
いつの間にか車を降りて傍まで来ていたシロが之江の広げていたジャケットを掴み奪い取ろうとし、之江も奪われまいと抵抗する。
「やだよ、着ないなんて言ってないよ! これは僕がクロから借りたの!」
「なら私の貸すから! クロのは私が着る!!」
火種の自分から大きく離れて取っ組み合いの喧嘩を始めた二人を止めることも出来ず、クロは黙ってその様子を眺めていた。しかし二人は誰に止められることもなく、ほぼ同時にピタリと動きを止める。
視線を一点に向けて、シロと之江は同時に舌打ちする。
「……一時休戦かな」
「そうね。クロ、敵が来るよ」
クロも二人の言葉を受けて未だ慣れない索敵を飛ばし、AFの存在が確かであることを知覚する。
之江は奪い合っていたジャケットをクロに投げて返し、代わりに砕けたガラス片やアスファルトの欠片を拾い集める。用途は知らないが必要な準備であると理解したシロも、クロを促して之江と共にそれらを拾い集める。
「……取っ組み合いの喧嘩の次は何してんだ、お前ら」
運転席から顔を出したケイジが三人の近くに車を寄せながら尋ねるが、そんな初対面のケイジを軽く無視して拾い集めた大量の欠片の一部を持ち、ボンネットを一踏みで軽快に飛び越えて車の屋根に立つ。
「この数と距離なら、僕一人で十分かな」
欠片の一つを手の平で遊ばせながら、クロとシロ、運転席から降りたケイジの三人が見守る中で『魔法権利』を発現させる。
そして突然、手の平で遊ばせていた欠片が之江の細腕から投げ出される。
風を切って進む欠片は、遠く離れた先の――といっても視認できる程度だが――AFに命中した。
命中した後、AFは燃え上がり崩れ落ちる。
その光景を目にしたクロとシロは押し黙り、自らが持つ知識や経験を総動員し同じ結論を導き出す。
紫条之江もまた、二つ以上の『魔法権利』を所持している――と。
シロと同じくAFの気配を察知したことより発散型の『魔法権利』を、欠片の投擲距離から身体能力を補強する強化型の『魔法権利』を所持しているとみて間違いない。
それ自体は特段不思議なことではない。『魔法権利』とは強者に集まるシステムになっており、多数が入り乱れる戦場では更にそれが顕著になる。
問題はその権利の出所、それが分からない限り両者には不信感が残る。そんな不信感を少しでも軽減するには、直接尋ねるしかない。
「之江、お前も複数の『魔法権利』を持っているのか?」
「うん、持ってるよ」
クロの問いに、之江は三人を見下ろして少しの負い目もなく答える。
「『円熟』だけじゃ勝てなかったから、仕方ないよ」
言い終えると之江は車上から投擲を再開し、風切音から少し遅れて遠くでAFの断末魔が響く。車の周囲では之江の言葉の意図を読み切れない三人――特にクロとシロが、徐々に警戒を強め始めていた。
「あ、でも誤解しないで」
AFが退く気配に満足しながら、之江は再び三人を見下ろす。
「僕が元々持ってた『魔法権利』は、こっちだから」
そう言って余った破片を道路標識に向かって投げ、命中と同時にライターで藁束に火を付けたときのように標識が燃え上がる。
『点火』と『円熟』――それが之江の持つ『魔法権利』の名称であった。
「この近辺にAFが溢れ始めた頃、『円熟』を持ってた人を中心に徒党を組んで抵抗してたんだ。でも筋トレと通信空手を習得したサラリーマンが野生の羆に勝てないのと同じで、僅かな肉体強化だけじゃダメだったみたい。時間を重ねるごとに増えていく数と強くなるAFに押されて、結局相打ちみたいな形で終わってたんだよ」
「終わっていた?」
「負傷して戦えなくなったってこと」
之江の最後の表現が引っ掛かったケイジが復唱し、之江から即座に解答を受ける。
「あの人、『円熟』なんて便利な権利持ってた所為で諦めも早かったし先見の明もあったんだ。だから事後処理――権利を僕に引継ぎ、早々に逝っちゃったんだ」
ハァとため息をつきながら物憂げな瞳を過去に向けていたが、すぐに物憂げを振り払い決意の色を瞳に宿らせる。
「だから僕は、一匹でも多くのAFを殺さないといけない」
その瞳も次第に鋭いモノに変わり、その唐突に訪れた雰囲気の変貌は之江を見上げる三人を圧倒していた。
「これからは僕の邪魔、しないでね?」
近々あらすじを書き直そうか検討中
初期プロットのあらすじだと、どうにも




