Ⅳ-7
道路に立派な砂場を作り上げた三峰だが、開始当初の余裕は微塵も残っておらず、肩を大きく動かし呼吸を整えようと必死になっていた。
「大丈夫か?」
三峰の予想以上の動揺に、クロは困惑する。そして砂場の一部を指差し、動揺の原因を伝える。そして、三峰自身はその原因には一切目を向けようとはしない。
「…………死体なんて、珍しくもない」とクロは一蹴する。
三峰の指差す先には、小さな腕や足――子供の体のパーツが転がっていた。それらの出現元は、三峰が蹂躙したAFの体内だ。半ばボロボロで形を崩しているモノから真新しいモノまで、その形状は様々である。
「聞いてませんよ……、普通に捕食するなんて」
呼吸を整え終えた三峰は、改めてAFの体内から出てきたそれらと対面する。
「寄生するだけで簡単に人口が減る訳ないじゃない。『閃光』で焼いたり『加速』で潰したりしてたから見えなかっただけよ」
遅れてやってきたシロはそれらの死体を一瞥するだけに留め、それ以上は何も言わなかった。
「それより移動よ、移動。また囲まれたら堪ったもんじゃない!」
そう言って移動を急かし、その言葉を受けて気落ちしていた三峰と無表情に戻ったクロはゆっくりと車の方へ足を動かし始める。シロも歩調を合わせ、二人に並んで進む。
「ミツ、お疲れ様。使ってみてどうだった?」
「銃の方が楽でいいです。こっちは使えば使うほど疲れてしまって……」
手首や首をぶらぶらと解しながら、体に溜まった疲労をアピールする。緊急事態のため駆りだされただけで、三峰は元々内勤である。当然訓練はしているが、『魔法権利』なしで大勢の化け物を相手に大立ち回りが出来るほどの技量や体力はない。
「丁度いい。目的地に着くまで睡眠を取れ」
そんな三峰に、クロはそう提言する。強くはっきりとした口調であったが、その根底にあるのは不器用さと気遣いであることを理解してきた三峰は、その提言を受け入れる。
「……私もちょっと寝ていい?」
「構わない。危なくなったら起こす」
大欠伸を手で覆い隠しシロは助手席のドアに手を掛ける。座席に着いたら、すぐにでも目を瞑ってしまいそうな状態である。
「ケイジさんも寝てていい。昨夜はあまり眠れていないのだろう?」
影のように、いつの間にか車まで寄って来ていたケイジにクロは声を掛ける。シロと三峰は既に車内で目を閉じ寝息を立てていた。
「いや、俺はいい。あれだけ寝れれば睡眠時間は十分だ」
「そうか、ならいい」
あっさりとした受け答えを経ても、二人はドアに手を掛けたまま動かない。疑惑や牽制とは違う、ぎくしゃくとした空気が流れる。
「……俺に何か言いたいことがあるのか、クロ?」
緊張に耐えきれなかったケイジが先に沈黙を破る。
「今朝はあったが、今はない」
そうか、と短く言い残しケイジは車内へと消え、クロもまたケイジを追って運転席に座る。車内の空気は即座にシロと三峰の寝息から、気まずい沈黙へと上書きされる。
もっともそんな空気を醸し出す当人――クロとケイジは、全く気にしていない。
クロは人の機微には決して疎くはないが、他人の変化や評価をあまり気にしない。ケイジも同様に、過ぎ去った出来事に袖を引かれたりはしない。必要以上の詮索や干渉はせずただ居心地がいいだけの関係――それがケイジとクロ、そしてシロを加えた三人の関係であった。
そう、少なくとも五年前までは――学生時代の三人はそんな関係で、学生時代の二人はそんな中身をしていた。
黙ったままの今の二人の中身は、当人以外に知る由もない。
「……ケイジさん、シロと三峰どっちがいい?」
数十分続いた沈黙を破ったのは、クロであった。唐突で圧倒的に言葉の足らない質問に悪態を漏らしつつも律儀に補足を求める。
「徹夜して先程まで戦っていた三峰と惰眠を貪るシロ。起こすならどっちだ」
「そりゃシロ…………あ、だが待て。まだ起こすなよ」
分かり易い誘導先を示された二択にケイジは答え、そして苦笑を浮かべる。
「先にお前とシロの関係をはっきり聞かせろよ。兄妹なのか恋人なのか……友人としても一人の男としても興味あるんだよ、な?」
下劣な笑みを浮かべるケイジの顔をバックミラーで確認して、クロは頭を抱える。
ケイジは告白という拙い形式でシロに対し明確な好意を示した最初の他人なのだ。結果は惨敗だったとはいえ、まだ意識しているのかもしれない。
「あ、フリーなら俺が手を出そうとかじゃねーぞ。碓氷は俺以上に勘が冴えてるから、女の臭い漂わせるだけで問い詰められて八つ裂きにされちまう」
「碓氷……ヘリを寄越した軍の元同僚か?」
ケイジは下劣な笑みを、焦りと恥じらいを混ぜ合わせた妙な表情に作り変えながら口をパクパクと言葉を探していた。その様子から推測し、クロは表情を動かさずに追撃する。
「そうか、恋人なのか。おめでとう」
「お、おう。…………まあ恋人だってのには違いがないんだが」
そして妙な表情を気恥ずかしさに寄せるケイジを見逃さず、クロは追い打ちと逃亡を同時に行う。
「シロ、起きろ。面白いことを聞いたぞ」
「ちょ、ちょっと待て!」
ケイジの制止を軽く無視し、片手で助手席のシロを揺すって起こそうとする。
「…………なに?」
そしてクロに応じて目を覚ましたシロは、かなり機嫌が悪かった。しかし厳しい視線を向ける先は睡眠を邪魔したクロではなく、それを止めようとしたケイジに対してである。
「起きて早速で悪いが、AFの反応を探ってくれ」
クロは真剣な顔立ちに戻り――といっても常に無表情であるが――助手席に座る不機嫌なシロに助力を求める。後部座席のケイジはホッと一息付くが、定期的に向けられる視線の鋭さに再び息を飲む破目になる。
「シロ、ひょっとしてお前、起きてたんじゃ――――」
「黙って! 今集中してるから!!」
ケイジが起死回生に放った推測は、ここ数日で一番剣幕な声に抑え込まれる。ちなみに索敵に慣れたシロならば、集中が必要どころか鼻歌を奏でながらでもクロ以上の精度を維持できる。
目を瞑って歯軋り時々恨み言を呟くシロの隣で、クロは不敵な笑みをケイジに向ける。シロの視線に抑えつけられ迂闊な言動が許されなくなったケイジとクロの間で静かに火花が飛び散っていた。
しかしその対立も、シロの驚嘆の一言で終わりを迎える。
「うっわぁ……、これまさか、カーくんでも来てるの?」
「俺の思い過ごしじゃない、か」
「また俺だけ除け者か? 頼むから分かるように説明してくれよ」
ケイジがまたも呆れた声で補足を求めたが、それに対しての返答は短く一言ずつ。
「この辺り、AFが結構いるんだけど」
「順調にその数を減らしている」
ケイジは頭を捻りながら二人の短い言葉を噛み砕いていく。
「つまり誰か戦ってる……ってことでいいのか?」
ケイジの推測に対し、クロとシロの反応は鈍い。どうやら気配だけでは何が起こっているのか把握することは難しいのだろう。
「どちらかと言えば、移動が主だ」
「逃げながら戦ってるのか、追いながら戦ってるのか……。探れるのはAFの気配だけだから、ここからだと分からないの」
その気配を追って車を走らせるクロ。新たに手に入れた『挑発』は発散型であり、当然索敵も行える。今までシロに任せていた対AFナビゲートを必要としなくなったのだ。
「そろそろ接触する。ケイジさん、上から鉛玉ばら撒いてくれ」
「…………」
「あー、おう。任せてくれ」
ケイジの曖昧な返事は、シロを配慮してのことだった。クロがシロを頼らないのは蔑ろにしている訳ではなく、適材適所に沿っているだけだ。車で移動しながらの迎撃に、シロの『閃光』は向いていないのだ。それを理解しているからこそ、シロは何も言えない。
しかしそれでも、シロがクロに好意を抱いている事実を知るケイジはクロの対応にもどかしさを覚える。二人の友人である自分が手助けをしてやりたいと思うことは、これまで多々あった。だがその度にクロの不器用さと頑固さを思い知らされて終わったことも同時に思い出す。
上の窓から身を乗り出し、ジャラジャラと長いベルトの収まった弾倉が取り付けられた機関銃を構え二人の指示を待つ。
「おい、まだか?」
痺れを切らしたケイジは車内を窺うが、反応はない。そろそろ、と言いつつも見える範囲にAFの姿はなかった。仕方なく車内に戻ったケイジにシロがむすっと告げる。
「逃げられた」
「逃げられたって……、AFにか?」
「無駄死にしたくないからでしょ。こっちには気配飛ばしてる権利者が二人、AFが誰かを追ってたなら挟み撃ちにされる危険性がある。だからこう、左右に散っていったの」
手をひらひらと振りながらシロは説明する。そしてAFは追わずにAFが追っていた相手に接触してみると付け加える。
「ケイジさん、接触が穏便で済むとは限らない。もしもの時は、俺が足止めする」
そう言ってクロは運転を片手に地図を手渡す。ケイジはそれを受け取りながら、不意に浮かんだ疑問を率直に尋ねる。
「なんでシロに頼まないんだ……?」
そんな質問を投げかけられ、クロだけでなくシロまで答えを詰まらせる。
「なんでって……、え?」
「運転するのはシロだ。運転中に地図は読めない」
呆れた顔をする二人に対し、ケイジは急に恥ずかしさが込み上げる。それを表に出さないように気を付けながら地図を眺める。ショッピングモールから目的地までを繋ぐ直線からはずれているが行程は半ばを超えているが、今からの接触で予定がどう変わるかは分からない。
そして数分後、熟睡している三峰を含めた四人は現場に到達する。
「これは、穏便では済まない」
道路の真ん中には人間が一人、仁王立ちで待ち構えていた。そしてシロの言葉通り表情は険しく、一触即発で殺し合い――とまではいかないが、罵倒浴びせられる程度の覚悟は必要だった。
こちらを睨みつけていたのは制服姿の女子高生であり、クロが車を止めると同時に大声で怒鳴り声をあげる。
「降りて来い、この馬鹿野郎!」
その活発そうな容姿に違わず、戦闘の痕跡で制服の随所を赤く染めていた。




