(最終話) 作戦の行方
「領主様はとっても穏やかな方ですのね。それにお子様方も皆様愛らしくて……。下のお子様は、髪色のせいかしら。ジュリアン様によく似ていましたわ」
今日はスカイライン侯爵家の食事会に招かれた。
「あのリンゴ、ジュリアン様のお父様が作っていらっしゃるなんて知りませんでしたわ」
「隠居してからの趣味がすっかり本格的になってしまったようだ。父も領地で過ごすようになってからは、すっかり丸く穏やかになったよ」
そういえば投資の失敗でお兄様がお継ぎになったとジュリアン様がおっしゃっていたわね。
今はすっかり貴族のお屋敷に見えたけど、一度は何もかもなくなってしまったなんて……。
今日、私が描いた湖の絵を贈り物として持参したら、ジュリアン様もご家族の皆様も大層喜んでくださった。
ジュリアン様のお父様が作ったリンゴをいただいて、二人で手をつないで帰路に着く。
◇
「う、嘘だろう……!?朝からこれを着ていたっていうのか……」
(ついさっきまでの甘やかな空気はどこへ行ってしまったの!?)
ジュリアン様が唸りながら頭をがしがしと掻きむしっている。
(……怒らせてしまったみたい)
「あの手紙だって燃やしてやりたいくらいなのに……!これ以上嫉妬させないでくれ……っ」
──先日隣国から届いた手紙。
差し出し人は名前も見たくもない元夫。
しぶしぶ手紙を開けば、泥棒猫の産んだ子があの人の子ではなかったらしい。復縁を迫る内容だった。
ジュリアン様の嫉妬が爆発し、その日朝までずっと離してもらえなかった。
翌日私が動けなない間に侯爵家に話をつけたらしく、その翌日には、ジュリアン様と私は婚約していた。
『隣国の元のご家族へは、我が家から丁重に手紙を認める。クラウディアからは絶対に手紙を書……、書かないで、ほしい』
しょんぼりした大型犬みたいな姿に、思わず抱きしめてしまった。
こちらから伺うべきところを、領主様自らご家族を連れ領地へ来てくださり、今日が婚約の報告をかねた食事会だったのだ。
その歓迎ぶりには困惑してしまった。
『先日は家の者が突然訪ねてしまい大変申し訳なかった。ジュリアンには領地の整備関係の事を任せていて、とても頼りにしているんだ。だが、いつまでも独り身でいたから心配していた。クラウディアさんのような素晴らしい方に出会えて本当によかった』
『私もジュリアン様の大事な方にお会いしたかったし、子どもたちもジュリアン様やお義父様にお会いしたかったの。ですからお気になさらないでね』
ジュリアン様はご家族とも仲が良好のようで安心した。それに、訳ありの私を受け入れてくれて、気さくに接してくださる領主様と奥様にほっとする。
以前体調不良の時にお世話になった侍女のドロシーが、私たちのことを予め伝えてくれていたそうだ。
ドロシーがあの時のジュリアン様の慌て具合を、眉間に皺を寄せた顔真似をして、面白おかしく聞かせてくれた。
『クラウディアを一人にするなんて心配だ!朝までついていてやってくれ……頼む!』
こんなに笑う日が来るなんて。ジュリアン様と知り合ってから、本当に毎日が素敵。
──なのに。目の前の彼を怒らせてしまったわ。
(……魅惑の下着で悩殺大作戦、失敗よ!マリーさん)
◇
「……何が復縁だ!今さら!……この姿を、俺以外の男が見たかと思うと、クラウディアの……元夫を殴り飛ばしてやりたくなる……っ!!」
ジュリアン様は私の元夫のことをすごく気にする。
私はジュリアン様しか見ていないというのに。どうお伝えしたら、わかってくれるかしら。
「君の清楚なドレスの下にこんな魅惑的な下着を着るなんて、少し見えでもしたらどうするつもりなんだ!……少しは慎みを」
「今、なんておっしゃいました?」
「少しは慎みを……だな、もってほしいと……」
「その前ですわ。魅惑的……と思ってくれたんですわね?」
ジュリアン様に一歩近づく。
「それは、……そうだな、正直、目のやり場に、困る……」
(マリーさん!成功ですわよ!)
「驚かせてしまいましたけど……よくお考えになって。私の今日のドレス、首元まできっちり隠れたものでしたわ」
「あ……」
「それに……そうなったのは、昨夜のジュリアン様の仕業ですわよ」
私は未だ痣のように残る首元の印を指差した。
ここ数日、婚約騒動でバタバタして、共寝できずにいた。焦れたジュリアン様がつけたものだ。
「この下着はお針子のマリーさんと私で考えたものですわ。こんな……薄くて心許ない……破廉恥な下着は、私だって、は、初めて着ましたわ。……ジュリアン様に、夢中になってほしかったんですの」
ジュリアン様がふらふら近づいてきたと思ったら、息もできないほど激しく唇を奪われる。
「とっくに夢中だ!本当に心臓に悪い……っ」
腕の中に囚われて、身動きができない。
「最高だ、クラウディア。美の女神のようだよ。……マリーとは、しばらく目を合わせられそうもない……」
真っ赤な顔で呟くジュリアン様。
気に入ってもらえたようだわ、最後の方はよく聞き取れなかったけれど……。
甘い甘い夜の始まりに、不埒な動きをし始めた指をそっと掴んで、ジュリアン様の耳元で囁く。
「もう、着ない方がよろしいですか……?」
「い、いや……たまには、着ても、良いんじゃないか……」
目を泳がせるジュリアン様が、本当に可愛いらしい。
「よかった!実はもう次のを頼んでありますの。……楽しみにしててくださいね?」
「……ああ」
がくっと肩を落としながらも、ぎゅっと力を入れて抱きしめてくださる。
私たちは、深くて、とびきり甘い口づけをしたのだった。
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