第117章 〜光の胎動〜
ヴァエリスの妊娠が確認されたのは、あの庭園の夜からさらに数週間が過ぎた夏の盛りだった。といっても、アルテアの診断杖が反応したわけではなかった。ライラのルーンも、マリスの水の感知も、何も捉えられなかった。彼女のお腹が膨らむこともなければ、つわりが起きることもなかった。ただ、彼女の核の輝きだけが、少しずつ、しかし確かに強くなっていった。
「また大きくなったな」と、ある朝、俺は庭園で彼女の核をそっと手で覆いながら言った。
「うん。この子は私の体じゃなくて、核の中で育ってる。人間の胎児とは違う。光の塊が、ゆっくりと形を作っていくの。まるで星が生まれるみたいに」
「星が生まれるところを見たことがあるのか」
「ない。でも、想像できる」彼女は微笑み、核を両手で包んだ。「私、最近ずっと考えてるの。この子が生まれたら、どんな風に育つんだろうって。人間の子と同じように歩くのか、それとも浮かぶのか。そもそも性別はあるのか。わからないことだらけ」
「わからないなら、一緒に学んでいけばいい。俺たちはそうやってきた」
「うん、そうだね」
庭園の花々が彼女の言葉に応えるように輝き、銀葉樹の黄金の葉がかすかな音を立てて揺れた。
ヴァエリスの妊娠は、塔の生活に新たな種類の静けさをもたらした。彼女は戦わない。走らない。重いものを持たない。そういった制限は物理的な妊娠にはつきものだが、彼女にはそのどれも当てはまらなかった。ただ、彼女は以前よりも長く庭園で過ごすようになり、銀葉樹と対話し、光る花々に囲まれて目を閉じていることが多くなった。
「あれは瞑想か」と俺がアルテアに尋ねると、彼女は診断杖をしまいながら答えた。
「おそらく、胎児との対話です。人間の母親が胎教をするのと同じ。ただ、彼女の場合はマナを通じて直接、光の子に語りかけている」
「何を語ってるんだろうな」
「それはヴァエリスにしかわからない。でも、悪いことではないはずです。彼女の核は安定しているし、輝きも健康的だ」
「治癒師としての意見か」
「ええ。そして、友達としての意見でもあります」
夏の盛りのある午後、子供たちが庭園に集まってきた。ヒカリがヴァエリスの核を見つめ、カイが静かにその輝きを観察し、テオが「なんで光ってるの?」と何度も尋ねた。
「赤ちゃんが中にいるからだよ」とヴァエリスは優しく答えた。
「どうやって入ったの?」
「愛。愛で入ったの」
テオは首をかしげ、まだ理解できないという顔をしたが、それ以上は尋ねなかった。ヒカリはそっと核に触れ、小さな手が青い光に包まれるのをじっと見つめていた。
「動いた」とヒカリが言った。
「そう、動いたね。あなたに挨拶してるんだよ」
「私にもわかるかな、いつか」
「わかる。あなたは光に触れられる子だから」
ヴァエリスは三人の子供たちを順番に見つめ、それから俺のほうを見て微笑んだ。その顔には、かつて封鎖室で震えていた精霊の影はもうなかった。ただ、母になる者の穏やかな覚悟だけがそこにあった。
夏が終わりに近づいた夜、俺は久しぶりに一人で庭園を訪れた。ヴァエリスはすでに自分の部屋に下りていて、銀葉樹だけが静かに輝いていた。光る花々が夜風に揺れ、壁のマナの流れがゆっくりと脈打っていた。
そこへライラがやってきた。彼女は手に一冊の古い本を持っていて、その表紙にはかすかなルーンの輝きが残っていた。
「シン、少し調べたの。精霊の出産について。記録はほとんどないけど、いくつかの古い文献に断片があった。それによると、光の子は通常の妊娠期間とは異なるらしい。数ヶ月で生まれることもあれば、数年かかることもある。すべては精霊のマナの強さと、伴侶との絆の深さに依存する」
「絆の深さ?」
「ええ。精霊は愛によって子を宿す。だから、その愛が深ければ深いほど、子の成長は早まる。逆に、不安や恐れがあれば、成長は遅れる」
「ヴァエリスは不安がってはいないと思うが」
「ええ。だから、おそらく年内には何かが起きるでしょう」
俺は銀葉樹を見上げた。黄金の葉が風もないのに揺れ、祝福するように光を降り注がせていた。
「ありがとう、ライラ。調べてくれて」
「当然です。私はこの塔の記録者だから。それに――」彼女は少しだけうつむき、それから顔を上げて微笑んだ。「私もいずれ、ああなりたい。自分の番が来たら、ちゃんと準備ができるように、今から勉強してるの」
その言葉は静かで、しかし確かな決意に満ちていた。
秋が来る頃、ヴァエリスの核の輝きはもはや手で隠せるものではなくなっていた。彼女が庭園に座っているだけで、周囲の花々が一斉に咲き誇り、夜になると第四階層全体が青い光に包まれた。子供たちはその光を「お星さま」と呼び、毎晩のように見に来た。
「もうすぐだ」とヴァエリスは言った。「この子が外に出たがっている。まだ形はないけど、すごく強い意志を感じる。まるで『早く会いたい』って言ってるみたい」
「それはお前の子だな。せっかちなのは母親譲りだ」
「私は何世紀も待てたのに?」彼女は笑い、核をそっと撫でた。「でも、そうかも。この子は私よりずっと積極的。生まれたら、きっと塔の中を飛び回るんだろうな」
「楽しみだ」
「うん、私も」
その夜、俺はレナの部屋で彼女と並んで横になりながら、天井を見つめていた。
「ヴァエリスの子は、いつ生まれるんだ」とレナが尋ねた。
「ライラの調べでは、年内らしい。でも、確かなことは誰にもわからない」
「そうか」
「不安か」
「不安じゃない。ただ、不思議だ。私がここに来たときは、私以外に誰もいなかった。今は八人いて、子供が三人いて、もうすぐ四人目が生まれる。精霊の子だ」
「お前がドアを叩いたからだ」
「あの夜か」
「あの夜、お前がドアを叩かなかったら、今のこの塔はなかった。全部、お前から始まった」
彼女は長い沈黙のあと、ゆっくりと俺のほうを向いた。琥珀色の目が月明かりに輝いていた。
「なら、私にも少しは貢献があったってことだな」
「少しどころじゃない」
「そうか」彼女は俺の肩に頭を凭せかけ、尻尾を満足そうに揺らした。「なら、いい」
秋の風が塔の周りを吹き抜け、光り草の防護帯が静かに瞬き、銀葉樹が黄金の葉を散らせていた。その下で、青い核が今日も規則正しく脈打ち、新しい命がゆっくりと、しかし確かに形作られていった。




