第一話 始まりの絵
僕の名前は滝沢蓮斗。どこにでもいる、何の取り柄もない高校生だ。とある理由で幼い頃から、いろんなことをやらされてきた。ピアノ、将棋、習字、そろばん。スポーツでいえば、空手やサッカー、野球。だけど何をやっても上手くできなかった。
これといって特別な能力もなければ、頭の良さも割と普通で何をやっても上にはなれない。
簡潔に言おう。僕は全てにおいて中途半端な存在なのだ。時間が経つにつれ、気づけば中途半端という言葉がついて回るようになっていた。小学校に上がった頃には、その言葉がはっきりとした形になった。
「ダメダメ蓮斗」
誰かがそう呼んだ。最初は笑い声の中の一つだった言葉は、すぐに学校中に広がった。
最初はそう呼ばれるのが嫌だった。当たり前だ。でも、何度も何度も呼ばれるうちに、慣れてしまった。
……いや、慣れるしかなかったのだ。
父は元アスリートで母はピアニスト。才能の塊みたいな二人のもとに生まれたのに、僕には何一つ受け継がれていなかった。だからだろうか両親はあまり僕に期待しなかった。というより、僕に対して関心が薄かった。
その分、弟には向いていた。なぜなら弟は僕とは正反対の存在。何でもできる。勉強も運動も、全部上位。
まさに“天才”。いや超人かな。
……これで性格が悪ければ、僕も割り切ってまだ楽だったのに。
でも、あいつは違うんだ。めちゃくちゃいいやつなんだよ。僕が親に責められていると、庇うように必ず間に入ってくれる。
だからこそ、家の中は余計にしんどかった。
小学校、中学校を卒業して、僕は県外の高校へ進学した。なんで県外にしたのかって?そんなの理由はただ一つ。全部から逃げるためだ。家族も、周りの連中も、全部。僕のことを知らない場所で、やり直したかった。
高校生活は、意外と悪くなく、相変わらず特別なことは何もない。でも、誰も僕を「ダメダメ」とは呼ばなかった。それだけで、僕には十分だった。
そんな中途半端な僕にも一つだけ“マシ”だと思えるものがあった。
それは絵だ。自分では、結構うまいと思っている。でも、周りの評価は違った。
「何描いてるのかわからない。」
よくそう言われた。……それでもいいと思っていた。
僕の絵だから。僕にしか描けないものだから。
そして、その絵をちゃんと見てくれる人もいた。
おばあちゃんと弟だ。
「すごいじゃん、兄ちゃん。」
「蓮斗はすごいね〜、将来は画家さんかな。」
2人はそう言ってくれた。その一言が嬉しくてたまらなかった。だから、描き続けた。絵を描くことをやめられなくなっていた。そして気づいたときにはもう後戻りはできなくなっていたのだ。そして僕は、美大を受験することを決めた。
いよいよ受験前日。緊張で、全然落ち着かないし大丈夫か不安だけど、でもやり切るしかないよね。ここまで来たんだから。
当日の試験は長かった。何度も手が止まりそうになったり途中で眠くもなった。
それでも最後まで描ききった。全てを出し切った。……と思う。
試験会場を出たとき、頭は真っ白だった。もう疲れすぎて何も考えられない。
ふらふらと歩く。横断歩道の信号が赤だったことにも気づかず一歩、踏み出した。
その瞬間覚えていたのは、誰かの叫び声。横から迫る音。視界に飛び込んでくる、車。視界が歪み、音が遠ざかる。
ああこれ、終わったな。そう思った。
次に気づいたとき、僕は“何もない場所”にいた。体の感覚は曖昧で、でも意識だけははっきりしている。
……おそらく死んだんだな。そう理解するのに時間はかからなかった。短い人生だったけど、まぁ僕にしては良かったのかも。いや、そんなことはないか。結構ろくでもない人生だったとそう思い返す。心残りがあるとすれば、一つだけ。弟の顔をもう一度だけ見たかったかな。
……でも、おかしい。いつまで経っても、意識が消えない。本当に死んだのかだんだん不安になってきた。この後って漫画とかだったら異世界転生とか、世界を救ってください。みたいな展開になるのが普通だよね?え、もしかしてずっとこのまま?まじでそれだけは嫌だーと心の中で繰り返す。
本当に死んだのか?徐々に不安が広がっていく。このまま、ずっとこの状態なのか?
そう思っていると——光が見えた。遠くから、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
……いや、普通に怖いんですけど。
なんか身動きとれないし、いやマジでやばいって。このままだと光に飲み込まれちゃうよ。
「ちょ、待っ」
そのまま、僕は光に飲み込まれ、そのまま意識を失った。
どれくらいたったのだろう、かすかに風の音が聞こえる。さっきは動かなかった体が動かせる。そしてゆっくりと目を開けると、そこに広がっていたのは巨大な城だった。まるで、漫画や小説に出てくるようなそんな建物。
「……は?てかここどこだよ。本当に異世界に来ちゃったとか?」
状況が理解できない。すると頭の中に声が響いた。最初はノイズがかかったような声だったが次第にその声が鮮明になる。
「蓮斗ー、蓮斗ー、聞こえてますかー?」
「ひゃい!?」
急に頭に響く知らない女性の声に思わず驚き、声を出してしまった。
「なんですかそのヘンテコな返事は。」
そりゃ、驚くでしょ。気づいたら知らない城の前にいるし、頭の中から急に声が聞こえるし、正直パニックにならないほうが異常だと思う。
「えーと、誰ですか?」
僕は頭の中から聞こえてきたその声に質問をしてみた。
「まさか、分からないのですか?あなたが意識を失っていた間必死に呼んであげていたのに。私は悲しいです。」
「すいません。僕が知っている女性の中にあなたのような声に聞き覚えがなかったもので。」
「あ、確かにそうですね。うっかりです。」
今うっかりですって言わなかった?
「こほん、えー私はあなたをこの世界に連れてきたものです。」
「あのーあまり覚えてなくて。何がどうなって、こうなったか説明していただけませんか?それともうあちらの世界には戻れないってことですか?」
「もーしょうがないですね。では一から説明しましょう。蓮斗、あなたはあちらの世界で車に轢かれぽっくり逝ってしまいました。その様子を見ていた私があなたをこちらの世界に連れてきてあげたのです。そしてあなたがあちらの世界に行く方法は少ないですが存在しています。」
良かったどうやら帰る方法もあるみたいだ。だけどぽっくり逝ったって。もっと他に別の言い方あっただろ。
「つまり、僕はもう死んでるってことですか?」
「そうですね。確かに一度死にました。ですがあまりにも可哀想な人生を送っていたため、私が頑張ってこちらの世界に召喚したというのが概要ですね。分かりましたか?」
「あのーだいたいは分かったのですが、これって異世界転生ってやつですか?それとも異世界召喚というのですか?こういう場合ってヒロインがいてそこから物語が始まる的な感じが王道だと思うんですけど。」
「あなた、意外と面倒くさいですね。どちらかというと転生よりも召喚に近いですね。詳しく言うと、あちらの世界のあなたの体をコピーして、こちらの世界に転送、そしてあなたの魂を体にズドーンと押し込んだ感じです。」
「あーなるほど。え、いまズドーンって言いました?」
「いえ、そんなことは言ってないですよ。気のせいです。」
絶対言ってた。
「それであなたは何者なんですか?こんな芸当ができるってことは神様ですか?」
「あら、意外に賢いのですね。少々みくびっていました。改めて自己紹介を私は女神ルシエナ。この世界にいる神の1人です。本当は敬うべき存在なのですよ?」
なんだろう。この女神様、どこかポンコツな雰囲気を感じる。これが僕の勘違いだったらいいんだけど。
「ちなみにこの世界ってなんなんですか?自分がいた世界とはどこか違う感じがするんですけど。」
「そうですね。この世界にはあなたの世界とは違う要素がたくさんあります。例えば魔法とかですね。」
「え、魔法あるんですか?てことは僕も魔法が使えるってことですか?」
「少し違います。まずこの世界の魔法は人によってその種類が変わります。火を扱うもの、水を扱うもの、大気を扱うもの、重力を扱うもの。まぁ、このような魔法を持っているのは、少数です。基本的には、地味めの魔法が多いですね。」
「でも僕って召喚されたわけじゃないですか?ということは何か特別な魔法を扱えるんじゃ。」
「それは、私にはわかりません。」
女神なのに?と心の中で思った。
「基本的に魔法というのは小さい頃に発現し分かるものですが、あなたは例外中の例外。魔法が宿っているかもわかりません。」
「クソーー。なんだよ。魔法使えないのかよ。」
「急にどうしたんですか。頭大丈夫ですか?水飲みます?」
「いえ、結構です。てか水ここに出せないでしょ。ああもう、この後どうすればいいんだー。」
「それについては大丈夫。あなたがこの世界に馴染めるよう、私がしっかりナビをしてあげます。」
「本当ですか?」
「ええ、もちろん。任せてください。なんたってこの世界の女神なのですから。」
さっきはポンコツって言ってごめんなさい。そう心の中で静かに謝った。
「それじゃあこの世界のことは大体わかったので、この後どうすれば?」
「そうですね。まずは、目の前に見える。大きな城の門まで行ってください。」
「門ですね。わっかりました。」
女神ルシエナと名乗ったその女神様は教えてくれた。どうやら僕は、死んだあとこの世界に“召喚”されたらしい。しかも理由は、「あなたがあまりにも可哀想な人生だったので」とのこと。
そしてこの世界には魔法があるらしい。ただし、誰でも強い力を持てるわけじゃない。
そして僕に関しては「それは分かりません。」と言われた。まじで終わってる。
それでも、女神様は言った。
「安心してください。私がしっかりナビしてあげますから。」その言葉に返事をしたものの……なんだろう、このとてつもない不安は。とりあえず、言われるままに城へ向かうことにした。
いよいよ僕の第二の人生が始まろうとしている。少し不安だけど、なんとか頑張ってみよう、そう思った。
いつか、元の世界に戻って弟に言ってやるんだ。
兄ちゃんは、成長したぞって。
そして次の日の朝。僕が優雅に目を覚ました場所は、冷たい牢屋の中だった。
……ほんとに、やっていけるのかこれ。
一方、蓮斗がいた世界では受験の採点が行われていた。
「どの作品も、去年と似たような傾向ですね。」
採点会場の空気はあまり良いものではない。
並べられた作品の数々。どれも一定の技術はある。構図も、配色も、破綻はない。
だが、「無難すぎるな」と年配の採点者が、静かに呟いた。
「これといって、目を引くものがない」
「そうですね。今年は特に“上手いだけ”の作品が多い印象です」
別の採点者も同意する。減点は少ない。だが、加点する理由も見当たらない。
そんな作品ばかりだった。
「今回はかなり絞られるぞ。」
「確かに、例年より厳しくなりそうですね」
淡々としたやり取りが続く中でふと一人の採点者が視線を止めた。
「……おい、あそこの作品なんであんなに人が集まってるんだ?」
視線の先では部屋の一角に、数人の採点者が固まっている。
「さあ……何か問題でもあったんですかね。」
近くにいた採点者も首を傾げる。
「一旦見に行くか。」
二人は立ち上がり、その輪へと歩み寄った。
人だかりの隙間から作品が見える。その絵は、最初の印象としては、地味だった。
際立って美しいわけでもなく技巧が光っているわけでもない。かといって、粗雑でもない。
完成しているのか、未完成なのか。一見しただけでは判断がつかない。
だがその作品から目が離せなかった。
「……なんだ、これ」
誰かが、ぽつりと呟いた。その言葉には、困惑が混じっていた。だが同時にわずかな高揚も含まれていた。
理解することができない。何を描いているのかはっきりとは分からない。構図も、主題も、曖昧だ。
なのに“何か”がある。視線を逸らそうとしても、逸らせない。理由を説明しようとしても、言葉にならない。
「これは……誰の作品だ?」
別の採点者が、受験番号を確認する。
「……滝沢、蓮斗か、」
その名前に心当たりがあるものはいなかった。だがその場にいた全員が同じようなものを感じていた。この作品は他とは決定的に何かが違うのだと。
「評価、どうする。」
その場に静かな声が落ちるが誰もすぐには答えられず、全員が迷っていた。




