4.人それぞれなハピエン
「す、すまん!
なかなか意中の令嬢を打ち明けてくれんのに焦って、深夜テンションでお前の背中を押すつもりで、考えが足りんことをしてしもうた。
すまん、アルフォンス! 本当にすまんかった!」
国王は、壇上で膝をつき、がくりとうなだれた。
あ、そういうことね…と、生暖かい空気が流れた。
国王の親心もわからんでもないし、深夜テンションでやらかすのは、人間の性である。
小説だって、眠い目をこすりながら深夜書いた部分は、誤字誤用誤変換タイプミスがてんこもりなのがお約束なのだ。
「いえ、なにもかも、勇気がなかった私が悪いのです。
父上、母上。ご心配をおかけして、本当に申し訳ありません」
アルフォンスは、慌てて壇上に戻り、両親に謝った。
こういうところ、殿下めっちゃいい人なんだけどなぁと、皆、嘆息する。
国王一家にそっと目礼し、ジュリエットと改めて堅く手をつなぐと、ジュスティーヌはシャラントン公爵とその嫡男の方へ向き直った。
「お父様、お兄様。
わたくし、ジュリエットと結婚して、魔道士協会に入りたいと思います。
それで、よろしゅうございますか?」
口では柔らかく訊ねながら、決意を固めたその眼は気迫に満ちている。
否と言えば、この場で一暴れして駆け落ちも辞さない勢いだ。
「ふぐぐぐぐ……
ま、まあ、儂より弱い男にジュスティーヌを持っていかれるよりは!」
「アリだ! 私より頭がよくない男に嫁ぐよりはアリだ!」
動揺しつつも、グレイヴをとっては大陸一と謳われる、巌のような公爵は重々しく頷いた。
顔も頭もいいがシスコンっぷりが酷すぎることで有名な兄も、悔しげに叫ぶ。
フォルトレス男爵夫妻はこの場にいないが、公爵家が認めた婚約を覆しはしないだろう。
これで、この国初の令嬢同士の婚約が確定した。
2人はきゃーっと声を上げて、堅く抱き合う。
よかったよかったと、ほんわかした空気が流れた。
「というか、あなた!
券は一枚だけ作ったのでしょう?
それがこんなに出てきたのは、複製魔法なんじゃ!?」
次から次への怒涛の展開にあっけにとられていた王妃が、人前であることも忘れて国王に叫ぶ。
うなだれていた国王は、びゃっと飛び上がった。
今、王宮で複製魔法を使えるのは、魔道士達の長である老師とその弟子達、自分、あとは王太后くらい。
きっと、王太后の仕業だ。
「は、母上!! 母上、起きてください!
かぼちゃにかけた複製魔法を解いてください!」
すやすやと眠っている王太后に駆け寄った国王は、揺り起こしながら必死に呼びかけた。
「ふぬ……?
複製魔法? そんなのかけとらんが……」
まだ寝ぼけている様子ながら、王太后はむにゃむにゃと呪文を唱えて、ぱちんと手を叩いた。
「「「「「ああああああ!?」」」」」
あちこちから悲鳴があがる。
かぼちゃごと、複製された「誰とでも結婚できる券」が、ぽむっと消えたのだ。
沼の貴公子が掲げていた券も、ジュリエットが持っていた券も消えてしまった。
誰の券が残ったのか皆、慌ててお互いを見た。
その視線が一人に集まっていく。
カタリナだ。
カタリナがアルフォンスに突きつけた券だけは残っている。
彼女が見つけた券が、本物だったのだ。
カタリナはどう出るのか、皆、固唾を飲んで見守る。
満座の注目を浴びながら、カタリナは、おもむろに「誰とでも結婚できる券」を持っていた手を下ろした。
壇の上で、立ち尽くしているアルフォンスを見上げる。
カタリナは、なんだかんだでアルフォンス本人のことも好きだった。
もちろん、自分に気がないことくらいは重々承知だったが、それでも好きだった。
ライバルであるジュスティーヌは、王太子妃となるのを避けている風でもあったし、自分がアルフォンスの妃となるチャンスは十分あると思っていた。
嫌われてはいないのだから、妃となれば後はなんとでもなる、とも。
しかし──
さきほどのアルフォンスの自爆失恋、やっぱりそういうことだったのかと納得しかなかった一方、さすがに堪えるものがあった。
そもそも、王太子妃になったとして、本当に自分の幸福はそこにあるのだろうか。
優しいアルフォンスのことだから、自分を粗略に扱うことはないだろうし、それなりに夫婦としての情は育つだろう。
だが、アルフォンスが密かにジュスティーヌを愛していたように、自分を愛するようになるとは、カタリナには思えなかった。
自分はアルフォンスが好き、アルフォンスではそうでもないという非対称性は、年月を重ねれば重ねるほど、自分にもアルフォンスにも重くのしかかってくるのではあるまいか──
ふと、カタリナは「誰とでも結婚できる券」が消えてしまって、片膝を突いたまま真っ白な灰になっているエルンストに視線を移した。
愛らしい?たぬき顔は、既にもっさもさの前髪で隠れている。
去年の社交シーズン、某家の晩餐会でエルンストの隣にたまたま座ったことがあるのをカタリナは思い出した。
エルンストはぼそぼそと、しかしとんでもない早口で、自領にある湿原の美しさを語っていた。
社交の場なのだから、当人の業績である土地改良の成果を誇るべきところなのに、なんで誰も行かないような僻地の話をするのかと思いながら、適当に相槌を打った覚えがある。
今になって、カタリナはわかった。
単純に、この人は地元が好きなのだ。
辺境伯家は代々、技術者を雇い、土地改良に取り組もうとしていた。
だが、地盤がぐずぐずに弱い沼地の工事は難しく、技術者達はすぐに音を上げて、なかなか実を結ぶことはなかった。
だから、エルンストはみずから土木工学を学び、自分の手で実験を重ね、最初の成果を挙げた。
相当な苦労があったらしく、めったに人を褒めない父が、本来は次期辺境伯たる者が自身でやるべきことではないが、それにしてもたいしたものだと感心していた記憶もある。
好きになったものには、まっすぐに斬り込んで、全力でいく。
そういう男性に愛される人生は、どのようなものなのだろう。
じっとエルンストを見下ろすうち、カタリナは、今まで考えたこともなかった新しい世界が拓けていくような心地になった。
「陛下、わたくしの『誰とでも結婚できる券』は、有効なのでしょうか?」
「あ、ああ。もちろんだ」
色々ありすぎて、もはやぐったりしている国王は頷いた。
「以前、エルンスト卿に、辺境伯領には大変美しい湿原があると伺いました。
なんでも、天気の良い時には、湿地全体が空を映して青に染まり、まるで空の上、天上界にいるようだとか。
その折、ぜひ一度見に来てくださいとご招待いただいたのに、まだ果たしておりません」
「はへ!?」
驚いたエルンストが顔を上げる。
確かに、そんなことをもごもごとカタリナに言い、「機会があれば」的な社交辞令が返ってきた覚えはある。
だが、本当に来てくれるとはまるで考えていなかったし、そもそもそんな話は忘れているだろうと思っていた。
「まずは辺境伯領を訪問して、ゆっくり先行きを考えたいと存じます。
エルンスト卿、あなたのお気持ちは十分わかりました。
そろそろお立ちになって」
カタリナは嫣然とほほえみながら、エルンストに手を差し伸べる。
びっくり顔になって、ますますたぬき感が増したエルンストがその手を取って立ち上がった。
なんでここで拍手になるのか自分でもよくわからないまま、周りが拍手しはじめた。
ジュスティーヌとジュリエットはもちろん、ついさっきカタリナに求婚をかまされたアルフォンスや我儘娘に手を焼いていたサン・ラザール公爵夫妻までほっとした顔で拍手している。
とりあえず、イベントは終了という雰囲気だ。
王妃は席を立って、へなへなの国王の代わりに声を張った。
「今年のかぼちゃ探しは、これにて終了とします。
ファーストダンスは……」
王妃は視線をさまよわせた。
普段は、アルフォンスと婚約者のいない令嬢達の誰かが踊っているのだが、さすがに今の息子に踊らせるのは酷だ。
王女たちもいるが、今はちょっと、王家の者が前に出るのはよろしくない気がする。
「はい! はいはいはーい!
姫様に教えていただいて、ワルツならだいぶなんとかなってきたので、踊りたいです!」
ジュリエットが、元気に手を挙げた。
「……では、ファーストダンスは、ジュスティーヌとジュリエットで」
王妃は頷き、皆が大広間の真ん中を空け、楽隊がワルツの前奏を優雅に奏ではじめた。
蛇足ながら、その後のことを少し。
結局、カタリナはエルンストに嫁ぎ、やがて辺境伯夫人となった。
領でほそぼそと作られていた草の繊維を用いた織物にカタリナは眼をつけ、改良して、絹のようになめらかで光沢があり、絹よりも熱に強く、自在に染色できる新たな織物を作り出した。
この織物を辺境伯家は大々的に売り出し、その収益で沼地の干拓と風土病対策を進めた。
今の辺境伯領は、織物と広がった農地で生産される農産物、そして「天ヶ原」と夫妻が名付けた湿原の観光で潤い、着実に成長し続けている。
アルフォンスは、この騒動の2ヶ月後、諸国を訪問して見聞を広めるグランド・ツアーに出た。
各国を訪問するうち、いわゆる中間子搾取をくらって嫁き遅れていた4歳年上の大公女セレステと出会い、二人は恋に落ちた。
自分の我を通すのが苦手で、無駄にもだもだしてしまうアルフォンスだが、誰かを守るためならば、デキるスーパー王太子と化す。
いじわる大公家にほどほどにザマァをキメつつ、アルフォンスはセレステを故郷に連れ帰り、2人は結婚した。
ジュスティーヌとジュリエットは、無事S級魔道士となった。
今では氷龍を倒したドラゴンスレイヤーとして大陸に名を轟かせ、魔獣退治を重ねながら諸国漫遊の旅を楽しんでいる。
2人はそれでも母国を忘れることはなく、数年おきにたくさんの珍しい文物と土産話を持って帰ってくる。
帰国したら最初に行くのは、今は鬼籍に入った先代国王フェルナンドの墓参り。
国王夫妻も辺境伯夫妻も予定をあわせ、子どもたちを連れて一緒に額づく。
なにしろ、あの日、先代国王がやらかさなければ、この6人は今とはまったく違う──おそらく、今ほど幸せではない人生を送っていたはずなのだから。
最後までご覧いただき、ありがとうございました!
この作品は、弓良十矢先生の「設定投げて!」企画に参加したところ、有理守先生から頂戴したネタ(王宮のイベントの余興で、「誰とでも結婚できる券」をみんなが引きまくって大混乱!)から書いた話です。
弓良先生、有理守先生、ありがとうございました!
「王太子アルフォンスが雑な扱いを受ける短編とか中編」シリーズ第15作目です。
過去作品は、下のリンクよりご覧いただけます。




