3.だったら姫様、私と結婚しませんか??
本日更新3/4です。
「い、いきなりではありません!
6年前、王宮の庭で、私がイキったヤカラに絡まれていた時、通りがかったあなたが『醜い真似はよしなさい』と、一睨みで連中を追い払ってくださった。
その日から、王都にいる間はずっとあなたの姿を眼で追っていました。
もし妻を娶ることがあれば、あなたしかないと……」
6年前と言えば、沼の貴公子は18歳、カタリナは12歳。
公爵家の娘とはいえ12歳の令嬢が、6歳年上の男性同士の諍いに割って入ったのかと、皆驚いた。
ま、天上天下唯我独尊なカタリナならやりかねないことではある。
「レ、レディ・カタリナ。
辺境伯領は開発に手をつけたばかりです。
正直、あなたにふさわしい華やかな生活は難しいかもしれない。
だが、この先なにがあろうと、私は生涯あなたを愛し抜く。
女神フローラの御名にかけて誓います!」
真っ赤になって叫ぶと、沼の貴公子ことエルンストは前髪を無意識に払った。
現れたのは、タレ目で眉が太く、どことなくたぬきっぽい童顔。
鼻から頬にかけて、そばかすがかなりあるので、それを気にして隠していたのかもしれない。
だが、イケメン貴公子とは言えないにせよ、醜いわけでは全然ないし、独特の愛嬌がある。
「え。誰よ、沼の貴公子のあの前髪は、酷い痣を隠してるって言ってたの」
「なんだかちょっと、可愛い系?」
「これは……わたくしならアリ寄りのアリ!」
扇で口元を隠しながら令嬢達がささやき交わした。
カタリナはエルンストを見下ろしたまま、呆然と固まっている。
舞踏会など社交の場では一見モテモテに見えるが、カタリナは本気で口説かれたことなど一度もない。
見た瞬間、金がめちゃくちゃかかる女性だということが丸わかりだし、悪く言えば驕慢なところもある。
機知に富んだ会話は楽しいし、ダンスの相手には最高だが、恋人とするには高嶺の花すぎると敬遠されているのだ。
だからこそ、自分は王太子妃になるしかないと思いつめてもいたのだが──
「えっと、『誰とでも結婚できる券』ってことは、女の子同士でもいいってことですよね??」
ここで、空気を1ミリも読まないジュリエットが声を上げた。
その手には、例の券がある。
え??と周辺がざわつく中、小柄なジュリエットは、一緒にいたジュスティーヌを見上げた。
「誰とでも、と書いてあるのだから、そういうことなのでしょう」
ジュスティーヌは戸惑いながらも、おっとりと答えた。
女神フローラの教えには、同性同士が結婚してはならないとは書かれていない。
よかった!と叫んで、ジュリエットはジュスティーヌの両手を取った。
「だったら姫様、私と結婚しませんか??
私と結婚して、S級魔道士の資格をとって、大陸中を旅しながら魔獣ぶっ殺して回ったら、みんなの役に立つし、絶対楽しいですよ!」
「「「「「は!?」」」」」
謎に自然体なプロポーズに、ジュスティーヌ当人よりも、ジュリエットに求婚しようとしていた2人を筆頭に周囲がぶったまげる。
S級魔道士というのは、つよつよ魔道士に与えられる資格で、取得すると超国家組織である魔導士協会の一員になることができる。
大陸中を渡り歩いて魔獣に苦しむ国々を救うも良し、魔法の研究に勤しむも良し、身分に関わらず自由に魔法を極めることが出来る立場だ。
二人の実力ならば、申請すればまず通るだろうが──
「ジュリエットと討伐の旅をするなら、きっと楽しいでしょうけれど……
どうして結婚を?」
ジュスティーヌは、ぱちくりと眼を瞬かせた。
「姫様のことが大大大大大大大好きで、姫様のことをめっちゃ幸せにしたいからです!
友達とか、侍女じゃ、ちょっと足りない感じなんです!」
きぱああああっとジュリエットは胸を張った。
ぺっかー!と溢れ出る光。
光属性魔法が思いっきり漏れている。
まばゆ!と皆、眼を覆った。
「姫様、王都にいるときって、なんだかしおしおじゃないですか。
居心地悪そうなお顔されていること多いし」
魔法脳筋とはいえ、公爵令嬢。
ジュスティーヌは、いつもほのかな微笑みを湛えて社交も完璧にこなす。
いったいいつ、居心地悪そうだったのかと皆驚倒したが、ジュスティーヌは頷いた。
「そうね……
最新流行のドレスがどうとか、誰と誰がくっついたとか、わたくし、ちっとも興味が持てなくて」
そんな話題でジュスティーヌと盛り上がっているつもりだった令嬢達が、なんかすみませんと視線を泳がせる。
「でも、討伐に出たら、とっても生き生きされてて。
一度、野営をしていた時に、お嫁に行ったら、魔獣討伐にはなかなか参加できなくなるんだろうなっておっしゃって、寂しそうなお顔をされていたじゃないですか」
「そうだったわね。
魔道士として、もっともっと強くなりたい。
できることなら、ドラゴン討伐にも挑んでみたい。
けれど、嫁いだら……さすがにそんなことはできないわ」
「だったら、私と結婚して、他の国のS級魔道士と交流とかもして、もっともっと強くなって、いろんなところへ行きましょう!
ジャングルとかいっぺん行ってみたいし、北方圏のオーロラとか流氷も見てみたいし。
なんなら、ドラゴンを倒しながら極東まで行っちゃってもいいじゃないですか」
ジュリエットは、満面の笑みでジュスティーヌを見上げた。
最初は戸惑うばかりだったジュスティーヌが、揺れている。
「前に、ワイバーンの群れを倒しに行ったとき、おっきな寝袋に一緒に入って、むぎゅむぎゅになりながら、流星の数数えたり、いろんなお話したじゃないですか。
めっちゃ楽しくて、めっちゃ幸せで。
あの夜みたいに、姫様とずーっとずーっと一緒にいたいんです」
「ああ……」
ジュスティーヌが嘆息を漏らして、とうとう頷いた。
このまま婚約成立か!?というところで、ふらふらっとアルフォンスが、手を取り合う令嬢の前に進み出た。
なんぞ?と令嬢二人がアルフォンスに視線を移す。
「ジュスティーヌ。
私は、君がずっと好きだった。
だが、私が君を望んでいると知られたら、結局、君が義務として王家に嫁いでくることになるのではないかと……
そうなるのが、どうしようもなく厭だった」
そういうことだったのかと、国王や宰相以下、もだもだ王子に長年やきもきしてきた全員がため息を吐いた。
「だが、今のジュリエットの言葉で、初めて気がついた。
私は、私の気持ちのことしか考えていなかった。
君の幸せを考えていなかった」
アルフォンスは、かくりと両膝を突いた。
「私は、自分が恥ずかしい……」
握りしめていた「誰とでも結婚できる券」を乱暴に引き裂くとポケットに突っ込み、アルフォンスは両手で顔を覆った。
その様子を、カタリナが無の表情で眺めている。
「殿下……」
ジュリエットの手を離すと、ジュスティーヌはアルフォンスに半歩だけ近づいた。
その眼が懐かしげに笑む。
「わたくしのような者を、そのように思ってくださって……
ありがとうございました」
ジュスティーヌは深々と、美しくカーテシーをした。
「ありがとうございました」という過去形。
臣下としての礼である、カーテシー。
以前ならとにかく、ジュリエットと新たな冒険に旅立つ夢を見てしまった今となっては、アルフォンスの気持ちには応えられないということだ。
終わった。
アルフォンス終わった。
アルフォンス終了のお知らせーーー!
国王は、内心絶叫した。