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そのころ敵の別動隊は濃霧に覆われた森の中、
人の可聴領域を大きく超えたエルフに先導され、
視界の利かない森の小道を迷わず進んでいた。
人の身には自然現象に見えるこの霧も、
実は偶然の産物ではなかった。
魔王の悪意と言う名の魔法。
この辺りが朝がった冷え込むと聞いた魔王は、
前日に少し温めた水を森の中にまかせておいた。
こうする事で夕方蒸発した蒸気は、
夜間に冷やされ上空に上がる前に凝縮し、
濃霧になるのだ。
森の中に霧が出来やすいのは、
そこが湿気ている為であり、
朝方多いのは朝方森が冷え込むからだ。
(昼間温かく夜冷え込み安い日に、
特に濃霧は出来やすい )
冷えやすい森の中は特に。
そう、これは人為的に作られた魔王の罠だった。
そんな悪意の中に敵(人間)は囚われていた。
濃霧の中、
それでも森に精通したエルフの案内で、
なんとか川上に辿り着いた敵が、
そこで我が軍の別動隊を捉える事は無かった。
それでもここさえ抑えれば、
魔王軍の戦法を封じ込める事になり、
人類がたが優位にたてる筈だった。
全ては魔王の人類に対するその悪意への誤算。
そう、これは何重にも張り巡らされた、
罠の蜘蛛の巣だった。
川の中で罠にかかった仲間を救おうとして、
さらなる罠にかかる。
人類はこの時、
魔王の希望を見させて絶望に落とす、
最高の狂喜の体感者となった。
無人の川上を奪取したと同時に人類の別動隊は、
森の中で火の手が上がるの見た。
濃霧の中でその火の手が確認出来た時点で、
山火事は手遅れなほどに森全体に広がり、
退路をたたれたのはあきらかだった。
前もって森の中に、
油を染み込ませたロープを張り巡らせ、
それに火をつけたのだ。
油の染み込んだロープの火は、
一瞬でロープが張り巡らされた森全体を、
業火の中に包み込んでいた。
そう敵を取り囲む様に。
濃霧を作ったなのは、
全てこの罠の存在に気づかせないため。
そしてこちらの動きを隠し火の手に気づかせず、
逃走を困難にする為。
それでも濃霧が人工的に生み出せると、
分かってさえいれば、
一流の軍師なら見破れたかも知れない。
だがまだ存在しない技を見破れるのは、
存在しない技を作り出し生み出せ、
そしてそんな妄想を敵が使うと想定する、
バカと紙一重の天才だけだ。
実はこの濃霧を生み出すのも、
実例があった訳ではない。
これは魔王の人類を滅ぼしたいと言う妄執が、
その悪意を具現化させた呪いの策略だった。