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首落ち椿  作者: 浮草堂美奈
9/9

仕舞 読み殺して下さい


「千鶴へ

 お前がこの手紙を読んでいるのは一体何年先の事か、俺にはさっぱり分からない。けれどなるべくなら俺が死んで何年も経った後であって欲しい。恥ずかしいから。

 宛名も本当なら「文石千鶴忠朋殿」って書くべきなんだろうが……。俺達の間柄でそれは何か落ち着かないからやっぱり千鶴と呼ぶ。

 千鶴。お前は今幸せか?

 これを聞くのは、俺がお前に幸せであって欲しいと願っているからだ。

 普通の友人なら、奥さんはどんな人だ? とか子供は出来たか? とかご両親は元気か? とかそういう事を聞くだろうけれど。千鶴はどれも持っていないだろう。だからせめて聞こうお前は今幸せか?

 と、聞いても答えは聞けないのだな。俺が生きていたとしても、お前は絶対に教えてくれないだろうし。

 だから、俺が勝手に考えた幸せ死後生活をお前に贈る。不吉だってまた怒るかな。今さらだぞ。あんな妹を持ったら。

 まずお前の死に方。歳は幸せを感じた分だけの歳だ。お前は蒲団の上で泣く。怖い。怖い。死ぬのが怖い。って。違う。嫌がらせをしたいんじゃない。お前にはこの世に未練を残して死んでほしいんだ。あの策は巧くいくだろうか、とか死の直前まで考えていてほしい。理由はお前にも分かっているだろう。お前は考える事で命を保っている。疲れる事はあっても、終わる事はない。何かをやり切ったら直ぐに次をやり切らなければならない。俺達はそういう人生を歩んできた。きっとお前は変わらない。でも、それは不幸じゃないと思う。やる事が無くなったお前が一番不幸だと思うんだ。

俺達は走り続けなければ生きられない生き物だ。分類するなら「武士」かな。そんな風に俺達は生まれてきた。よく疲れたら休めば良いなんて言う人が居るが、それは単にその人が「武士」という種族ではないだけで間違ってはいない。間違ってはいないけれど、「武士」にそれはできない。休んでいても次の戦を考えてしまう。

 でも、俺達はそれが幸せなんだ。こう書くとお前はまたそっぽを向いて「勝手に言っておれ」とか言うんだろうな。

 次の戦の事を考えるとき、戦の真っただ中に居るとき、俺達は初めて充実する。充実しない人生は悪くない。充実が途切れ途切れの人生も悪くない。ただ、俺達には向いていない。戦戦で追いまくられるのが性に合ってる。

 お恋はまだ生きているか?

 千鶴、お前も気付いているだろう。お恋はお前より先に死ぬ。あんなに無垢な小娘の癖にきっと血しぶきの中死んでいく。お前がお恋を見送る度、必死に神ではない何かに祈っているのを知っている。お恋を何度も前線から外そうとしたのも知っている。そして、あいつが血塗れでしか生きられないと解った時の絶望感も知っている。

 だから、せめて、お恋がもう死んでいたら、きっと俺の所にちょくちょく遊びに来ると思うから、お恋の好きな菓子を俺の墓にも供えてくれないか? 偶にで良い。それどころかごく稀にでも良い。きっと死んだ後に戦なんてものはないから、俺達は凄く暇なんだ。俺達は死んで初めて「武士」という種族ではなくなるのさ。楽観論はお前は大嫌いだったな。すまない。そして、先に逝ってしまってすまない。本当の望みは、布団の中で死ぬのが怖いと泣くお前を、抱き締めて、「怖くない」と言ってやりたかった。これをお前が読んでいるという事は叶わぬ夢なんだろうけれど。

 千鶴。侍の時代はもうすぐ終わる。けれど、「武士」という種族は絶滅しないだろう。何の戦か知らないけれど、戦戦と追い立てられて、変わり者よと揶揄されて、それでも絶滅しないだろう。

 千鶴、お恋が買って来た風車を覚えているか。俺達は同じ空の色の風車を受け取った。今でもこっそり取ってあるんだ。千鶴、お前は風車のように回り続ける。ならば死んだ俺は、偶に止まってしまった時に、ふうっと息を吹きかける。千鶴、お前は強い。少し息を吹きかけるだけで、直ぐにまたくるくると回るだろう。

 千鶴。お前は弱い。怖がりで、泣き虫だ。死んだ俺にはそれは如何する事もできない。だからお前が死ぬのを待つ。お前が死んでこっちへ来て「怖かった」と幼子のように泣き続けるのを、頭を撫でて抱き締める。生きている時のお前が絶対させなかった事をする。

 だから、生きている間は走り続けろ。止まったらお前は死んでしまう。

 俺は気が長いから千年先でも待ってやる。だから走って走って走り続けろ。

 幸せに、生きろ。                           吉田稔麿」



 完

2006年ごろ初稿 2018年9月23日誤字脱字訂正

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